大舞台に差す影
「なんとぉおおお⁉ ヨハンちゃんが魔障壁を打ち砕き、リッドちゃんを吹き飛ばしたわ」
「獅子牙貫衝、か。おそらく得物の先端、魔障壁と衝突する部分に高出力の魔力付与を行って貫通力を大幅に強化した技だろう。ヨハンの奴、意外と考えてるぜ」
ジェティとギョウブの実況に続き、会場から歓声が沸き上がった。
吹き飛ばされた空中で体勢を立て直して舞台に着地するも「さぁ、これからだ」とヨハンが轟音と共に跳躍し間合いを詰めてくる。
同時に彼は全身が白い体毛に覆われ、顔の形が変わっていく。
「ヨハンちゃん、跳躍で間合いを詰めつつ獣化を発動したわ」
「白猫、か。吹き飛ばされたリッドがいる位置は場外に近い。ヨハンの奴、一気にここで片を付けるつもりだろうぜ」
実況に耳を傾ける間もなく、ヨハンが旋棍による連打を繰り出してきた。
白猫状態に獣化したヨハンの動きに対抗するには、通常の身体強化じゃ無理だ。
僕は魔力の出力を上げて一気に烈火へと引き上げる。
彼の繰り出す旋棍、僕の木刀と魔障壁が強烈に打ち合う。
先程よりも激しい魔波が吹き荒れ、熱波となって会場に吹き荒れる。
「やるじゃないか、リッド。壊した魔障壁のその奥にまた新たな魔障壁を展開するなんて。驚いたぞ」
「対策されることは『対策済み』なんでね」
さっきの一撃は魔障壁を重ね掛けする『多重魔障壁』という方法で切り抜けた。
これはフェイが見せてくれた使い方を模倣し、僕なり研究したものだ。
「はは、そうこなくっちゃな。だが、僕の実力はまだまだこんなものじゃないぞ」
「それはこちらも同じだよ」
ヨハンはどんどん調子を上げ、手数を増やしていく。
僕は防ぎ、いなし、避けて、時に反撃を繰り出していくが、いかんともし難い身体能力の差がじわじわと効いてくる。
魔法を繰り出そうにも、魔法を使う暇を与えてくれない。
魔力付与や魔障壁は溜めなくできるけど、彼を吹き飛ばす魔法となればそれなりの魔力がいる。
下手に低い威力のある魔法を放てば、旋棍で掻き消された挙げ句に手痛い一撃をもらいかねない。
激しい攻防の中、ヨハンと立ち位置が入れ替わった。
今の僕の背後には大舞台、ヨハンの背後のすぐ側には場外の水掘りがある。
「形勢逆転、だね」
「いい動きだ。だけどな、リッド。一つ教えてやる、今の僕はただのヨハンじゃない」
彼はそう言って旋棍の連打を繰り出し、僕が展開した多重魔障壁を全て打ち砕いた。
脳筋め、なんて力だよ⁉
咄嗟に腕を交差して防御するも、彼の重い一撃によって僕は吹き飛ばされて大舞台を激しく転がった。
「ぐ……⁉」
「ヨハンちゃん、とうとうリッドちゃんの魔障壁を打ち破って一撃を入れたわ」
「やはり、身体能力の差か。リッドに魔法を使う間を与えず、ヨハンが押してるぞ」
ジェティとギョウブの実況で会場が大いに盛り上がるなか、僕はゆっくり体を起こし、片膝を突いた。
全身砂まみれ、足や腕には転がった際にできたらしい擦り傷も見られる。
ざり、と舞台上に転がる石の破片を踏みつける音が聞こえて正面を見れば、ヨハンが余裕に満ちた表情で白い八重歯を見せていた。
「はは、修行でちょっと強くなりすぎたかもしれないな」
「はぁ……はぁ……話が途中だったけど、ヨハンじゃなければ君は誰なんだい?」
息を整えながら尋ねると、彼は「おぉ、そうだったな」と嬉しそうにドヤ顔を浮かべた。
「僕は超【スーパー】ヨハンだ。リッドも頑張ったみたいだけど、残念なことに僕の方が強いらしい」
「ふふ、超【スーパー】ヨハンか。なるほど、それは道理で強いわけだ」
ちらりと横目で観覧席を見やれば、ファラと母上は表情こそ平然としているけど目には心配の色が浮かんでいる。
父上は腕を組み、顔を顰めているようだ。
断罪から、そして何人からも家族【バルディア】を守るため。絶対にこの大舞台で負けるわけにはいかない。
大衆の面前。それも他国で目立つことは避けたかったけど、やっぱりヨハン相手に『今までと同じ身体強化』では勝てなさそうだ。
「さぁ、どうする。負けを認めてくれるなら僕はそれでもいいぞ。それにこの大舞台は、魔法が得意なリッドには不利だからな。今回は僕の勝ち、でも次はどうなるかわからない。だから負けても落ち込むことはないぞ。勝負には環境と相性もあるからな」
「……残念ながらそういう訳にはいかないんだよ」
僕はゆっくり立ち上がり、口の中にある血と砂を吐き捨てた。
「それに第一幕は準備運動さ。第二幕で期待に応えてあげるよ」
「へぇ、言うじゃないか」
「それと僕も教えてあげるよ。君が超ヨハンなら、自分の限界を超えた僕は超越【ハイパー】リッドってところかな。ふふ、自分でいうと小っ恥ずかしいけどね」
「超越リッド、だって? はは、面白い。それが『本当』なら、まだまだ楽しめそうだな」
ヨハンがにやりと笑って旋棍を構える。僕は深呼吸して自らの中にある魔力を練り上げ、高めていく。
よし、いくぞ。
そう思った次の瞬間、大舞台が忽然と影に覆われた。
突然どうしたんだろう。まさか日食でもはじまった? いやまさかね。
会場がどよめく中、僕は空を見上げて「な……⁉」と言葉を失い唖然とした。
晴天だったはずの大空には、陽光を遮る巨大な生物らしきものが浮かんでいる。
パッと見た感じ、会場同等かそれ以上の大きな体、その背中には二枚の巨大な翼、首の長い頭、四つ足、尻尾を持っているようだ。
「なぁ、リッド。まさかこれが君の言う超越【ハイパー】リッドで得た力なのか?」
異変に気づき、手を止めたヨハンが空を見上げながら尋ねてきた。
「そんなわけないだろ、こんなの知らないよ。むしろ、君のお母さんが用意したものじゃないの?」
「いや、何も聞いてない。というか、あれは母上と父上の趣味じゃないぞ」
観客達も空に現れた巨大物に気付いて喧騒が大きくなり、小さな混乱が起きている。
観覧席を見れば父上、エリアス陛下、クリス達は険しい表情を浮かべているし、セクメトスは何やら声を荒らげているようだ。
夫のタバルが彼女を宥めながら周囲に指示を出し、獣人族の戦士達が慌ただしく動いている。
どうやら、ヨハンの言うとおりセクメトスもこの件は何も把握していないらしい。
それにしてもと、僕はもう一度空に浮かぶ巨大物を見つめた。
「さすがにどう見たって鳥じゃないよね。強いて言うなら空を飛ぶ亀、蜥蜴【とかげ】……」
「それを言うなら『竜』だろ、リッド」
ヨハンが突っ込んでくれたその時、「さて、君達。茶番は楽しかったかな」と穏やかで優しい声が聞こえ、ハッとする。
振り向けば、僕達の背後の空で見覚えのある優男が笑顔を浮かべていた。
「……ホルスト・パドグリー殿。これは貴方の仕業なのか?」
「あぁ、その通りだよ」
僕の問い掛けに、彼はさも当然のように頷いた。




