大舞台、リッド対ヨハン2
「な、ななな、なんですってぇええ⁉ リッド氏、帝国とバルディア家だけでなく妻に勝利を捧げると宣言したわ」
「なんてこった。捧げると言うことは、これは勝利宣言でもある。ヨハン王子に対する挑発とも受け取れるぞ」
僕の宣言に会場が盛り上がるなか、ジェティとギョウブが大袈裟に両手や体を大きく動かし、それはもう楽しそうにおどけて声を張り上げる。二人の司会進行に観客達が再びどっと沸いた。
ちょっと気恥ずかしいけど、皆楽しそうで何よりだ。なお、舞台上からは、観覧席にいる皆が色んな反応をしているのがよく見える。
ファラは『えぇえええ⁉』と目を大きく見開いているけど、耳が少し上下に動いている。どうやら驚きつつも喜んでくれたみたいだ。
彼女の背後に立つアスナは『さすがです』と言わんばかりの笑顔で、こちらに向かって親指を立てている。
エリアス陛下は『それでこそ婿殿だ』と言わんばかりに豪快に笑っていて、エルティア義母様は『約束を果たしてくれましたね』という雰囲気で相槌を打ち、レイシスは訳も分からず唖然としていたが『リッドには敵わないな』というような顔付きで肩を竦めた。
メル、ティス、シトリーの三姉妹は『この展開は……⁉』と揃いも揃って目をきらきらさせながら身を乗り出している。最近、彼女達は『華と恋』をよく読んでいるようだし、似たような場面でもあったのかもしれない。
アモンは『やってくれたね、リッド』と言うように苦笑し、ラファは『あらあら、随分と楽しそうね。こんなことなら、私が審判すればよかったわ』という顔付きで残念そうに椅子の肘掛けで頬杖をついている。
観覧席の壁際に控えるブレイド・ベル所属の子達は『リッド様、よくやるよなぁ』という顔付きで、くすくすと失笑しているようだ。
母上と父上の側に控えているティンクは『もっと見せつけてください』というように目を細めている。
ルーベンスは『俺もディアナに捧げると言えば良かったなぁ』という感じで、ややしょんぼりしているだろうか。
いつの間にか着替え終えて観覧席に戻ったらしいダイナスは『その調子ですぞ』と白い歯を見せている。
母上の側に控えているサンドラは『リッド様、常識を突き抜けてて最高です』とこちらに目配せしてきた後、口元を咄嗟に押さえて必死に何かを耐えはじめた。
『あらあら』と母上は微笑み、父上は『やれやれ』と呆れ顔を浮かべているみたいだけど、どこか誇らしげにしてくれているようだ。
「さぁ、ヨハン王子はどう答えるのかしらね」
「この答えは器量が試されるぜ」
にやりと楽しそうに笑うジェティとギョウブに視線を向けられ、ヨハンはむっと目尻を上げて「それなら僕だって……」と観覧席に振り向いた。
「私も宣言しよう。ヨハン・ベスティアはこの試合の勝利をズベーラもといベスティア家。そして、婚約者であるシトリー・グランドークへ絶対に捧げてみせる」
彼が胸を張って大声で告げると、会場全体から再びどっと沸いた。
ふふ、本当に負けず嫌いだな。
彼の発言に笑みをこぼしつつ、観覧席を再び見やればシトリーは顔を真っ赤にしている。
アモンは開いた口が塞がらない様子で、ラファは楽しそうに手を叩いて笑っているみたい。
「おぉっと⁉ ヨハン王子も負けじと勝利宣言。それも婚約者となったばかりのシトリー・グランドークに捧げる、ですってぇ⁉ こんなの、もう惚気合戦じゃないのよ」
「あっはは。調べたところによれば、レナルーテでバルディア騎士団の騎士は愛に情熱的だと噂されているそうだ。そして、その騎士団を率いるライナー辺境伯は一部で『愛の伝道師』と囁かれているらしい。眉唾ものだと思っていたが、リッド氏の熱にヨハン王子は影響を受けた様子を見る限り、どうやら事実だったようだ」
「えぇえええ⁉ それは初耳だわ。私もバルディアに行ってみようかしら?」
ジェティとギョウブのやり取りで、会場に笑いの渦と黄色い歓声が巻き起こる。
父上は『勘弁してくれ』と言わんばかりに俯き、母上は少し困惑しつつも嬉しそうだ。
それにしても、父上がレナルーテで『愛の伝道師』と囁かれていた件まで調べていたなんて、ギョウブの情報収集能力も中々侮れない。
ファラとの顔合わせでレナルーテに訪問した際、仲間の騎士にディアナとの関係を挑発されたルーベンスが『ディアナを愛している』と大声で叫んだことがあった。
それに尾ひれが付いて噂が広がったことに加え、政略結婚にも関わらず僕とファラが良い関係を築いたことで父上は『愛の伝道師』と一部で囁かれるようになったと……そう伝え聞いている。
「さて、リッド。これで対等だ。勝負の続きといこうじゃないか」
「そうだね。いつでもどうぞ」
ヨハンが白い八重歯を見せて両手に持つ旋棍【トンファー】を構え、僕はにこりと微笑んで木刀を両手に持ち、出方が読まれにくい『霞みの構え』をとった。僕達は得物越しに睨み合い、互いの出方を窺いながら身の内にある魔力を高めていく。
自然と観客のざわめきは消え、会場は静寂に包まれている。舞台に立つ司会進行のジェティとギョウブも真顔となって、僕達の邪魔にならないように跳躍して距離を取った。
僕とヨハンの魔力が高まるにつれ、舞台が揺れていく。足下に転がっていた石の破片に振動が伝わって外へ外へと転がった。
「……リッド、あの夜から随分と腕を上げたな? 気配でわかるぞ」
「それは君も同じでしょ、ヨハン」
高負荷修練で僕は強くなった。でも、ヨハンも間違いなく強くなっている。猫人族領で手合わせした時とは比べものにならない気配を感じる。何よりも、初めて手合わせした時にあった荒々しさや隙が見当たらない。
一体、どんな訓練をしたんだろうか。
「リッド、あえて言っておくぞ」
ヨハンは旋棍を構えたまま、不敵に口元を緩めた。
「獣人族の身体能力は人族よりも優れている。獣人族の豪族の血筋となれば、生まれながらの戦士だ。そして獣王を輩出する血筋を持つ僕は、その中でも圧倒的な力を持つ最高峰の精鋭【エリート】。これは嘘でも誇張なく顕然たる事実だ」
「今更だね、みなまで言われなくてもわかっていることだよ。でも、それがどうしたんだい?」
「つまり、圧倒的な潜在能力を秘めた僕が修行した以上、リッドに勝ち目はないってことだ。だから、君が負けてもそれは必然であり自然の摂理。落ち込むことじゃないと、そう言っておきたくてね」
胸を張って流暢に告げたヨハンは、思いっきりドヤ顔を浮かべた。気配と言動からして、よっぽどの自信があるんだろう。
でも、彼の言動で初めて会ったオヴェリア達、そして彼等と行った鉢巻戦が脳裏に思い起こされる。皆も出会った当初、自分達の力を過信して似たようなことを言っていた気がする。つい「ふふ……」と笑いが吹き出てしまった。
「……何が可笑しいんだ?」
ヨハンが眉を顰めて睨んでくるも、僕はにこりと目を細めた。
「どこかで聞いたような台詞【せりふ】だと思ってね。種族の矜持は否定しないけど、行き過ぎればただの驕りだよ?」
「はは、驕りか。なら見せてあげるよ、獣人族で最高峰の血筋を持ち、修行を積んだ僕の恐ろしさをね」
「相変わらず大きな口を叩くね。つべこべ言わず、行動で示したらどうなんだい?」
「わかった、忠告はしたからな。負けても落ち込むなよ」
ヨハンがそう告げた瞬間、彼の居た場所で爆音と砂煙が巻き起こる。
一瞬で間合いを詰めてきた彼は、その勢いのまま旋棍によって連打を繰り出してきた。だけど、僕はその動きを把握し、木刀と最低限の魔障壁で全て捌いていく。
僕達が持つ得物、魔障壁の激しい衝突によって乾いた木々が打ち合う鈍い音と硝子が割れたような甲高い音が混ざった轟音が響き、魔力の激突によって起きた衝撃が魔波を起こし、突風が嵐となって会場に吹き荒れる。
「すごい、すごいわ⁉ リッド氏、ヨハン王子。互いに一歩も引かずに技をぶつけているわ」
「こりゃ、想像以上だ。この二人、すでにそんじょそこらの戦士なんて目じゃないぜ」
ジェティとギョウブの実況が響き、観客席から忘れていたように歓声が聞こえてくる。
「さすが僕の大親友【ライバル】だ。こうでなくちゃ面白くない」
「その言葉、そっくりそのまま返させてもらうよ」
激しい応酬の中でヨハンが上機嫌で発した呼びかけに、僕は嬉々として答えながら喜び、驚愕、感嘆、そして戦慄という様々な感情が湧いている。
立ち合って確信した。
やっぱり、ヨハンの実力は以前とは比べものにならない。
身体能力による近接戦だけでみれば、現時点で『以前の僕よりも強い』だろう。
体捌き、読みの感度、気配察知能力……それらを最大限に活かせる高い身体能力から繰り出される技の数々。
僕が前世の記憶を取り戻し、彼と初めて手を合わせるまでに積んでいた数年の修練。
ヨハンはその数年をたったこの二ヶ月弱で追いついたのだ。
いや、正確にはすでに追い越していると言って良い。
何故なら今の彼は、純粋な身体能力のみで戦っている。
僕はすでに『身体強化』を使用しているのにも関わらず、だ。
ヨハンはこれだけの動きを『身体強化』はおろか『獣化』もせず、肩も上げずに行っている。
これが『ときレラ』で物理最強の実力を有していたヨハンが持つ才能か。
僕が帝国の剣の一振りなら、さしずめヨハンはズベーラの巨剣だな。
「さて、そろそろ体が温まってきたな。耐えろよ、リッド」
ヨハンが口元を緩めた瞬間、彼が左手に持つ旋棍が僕の木刀を勢いよく叩き上げた。
「ぐ……⁉」
木刀を離しはせずも、両手を強制的に上げられて防御を強制的に崩された。
当然、ヨハンがその隙を見逃すはずもなく、がら空きとなった僕の腹部に目掛けて右手に持つ旋棍で鋭い打撃を繰り出す。
「いっけぇええええ!」
「そう簡単にはやられないよ!」
咄嗟に魔障壁を展開したことで、彼の一撃と魔障壁が激突。
甲高い音が雷鳴の如く轟き、僕達を中心に激しい魔波が発生し、突風となって吹き荒れる。
「うわぁお⁉ ヨハンちゃんがリッドちゃんの防御を崩して強烈な一撃を放ったけど、リッドちゃんは魔障壁で防いだわ。なんてすっごい攻防なのかしら」
「ジェティ、気持ちはわかるが言葉が崩れてるぜ。しかし、ここはヨハンに軍配があがりそうだな」
「え、どういうことかしら?」
ジェティが首を傾げてギョウブに尋ねたその時、『ピシッ』と硝子に罅【ひび】が入るような嫌な音が僕の魔障壁から響いた。
「あの夜、それで何度も防がれたからな。対策を考えるのは当然だろ。獅子牙貫衝【ししがかんしょう】」
「な……⁉」
ヨハンの声と共に旋棍の打撃が魔障壁を砕いた。
同時に強烈な魔波が吹き荒れ、砂煙を巻き起こして僕は思いっきり吹き飛ばされる。




