大舞台、リッド対ヨハン
「ド迫力の殴り合いが続くも、さすがにダイナス氏とベルナルドの肩が上がり始めたわ」
「次の一撃で決まるぞ」
ジェティとギョウブの声が会場に響いたその時、ダイナスとベルナルドが互いに「うぉおおおお」と力強く叫びながら拳を繰り出した。
ずずんという重い音に続き、衝撃波が吹き荒れる。二人の拳は互いの顔面にめり込んでいた。
「やるな、ベルナルド」
「お前もな、ダイナス」
二人は揃ってにやりと口元を緩めると、そのまま仰向けに倒れ込んだ。
「おぉっと⁉ これは同時に倒れた」
「こういう場合はやっぱりあれだな。テンカウントで先に立った方の勝ちにしよう」
「それいただきね。じゃあ、会場の皆も一緒に数えましょう」
ジェティとギョウブは観客席に見えるよう手を掲げ、指を折りながらゆっくりカウントを取り始める。
観客達も一緒に数えて数字が会場に轟いていくが、二人は立ち上がれない。
「……9、10。二人とも立てないわね。じゃあ、この勝負はここまでだわ」
「皆、暑苦しい殴り合いで楽しませてくれた二人に大きな拍手を頼む」
「おぉおおおおおお⁉」
ジェティとギョウブの言葉に会場がどよめき、大きく沸いた。
それから少しの間を置いて、ダイナスとベルナルドは互いを褒め称えるように握手と抱擁を交わし、それぞれが上がった門に歩き出した。
「ダイナス、お疲れ様。格好良かったよ」
東門に戻ってきた彼を、僕は笑顔で迎えた。
破れた制服で短パン一丁姿のダイナス。
彼の体は激しい殴り合いで痣だらけになっているが、表情は穏やかで晴れ晴れとしている。
「はは、ありがとうございます。たまには、こういうお祭りで馬鹿騒ぎもいいものですな」
「そうだね。それから盛り上げてくれたから、制服代の減給は僕から父上に相談しておくよ」
「おぉ、それは有り難い。頑張った甲斐がありますな」
ダイナスが嬉しそうに笑ったその時、「さて、親善試合は次で最後よ」と舞台上からジェティの声が聞こえてきた。
「次の試合は獣王セクメトスの息子にして王子ヨハン・ベスティア対バルディア辺境伯家の嫡男にして、幼いながら型破りな風雲児、帝国の双剣、愛妻家などなど数々の異名を持つリッド・バルディア氏が舞台に上がるわ」
「そして、だ。次の試合は今までとは違って必ず勝敗を決めるぜ。制限時間は30分。相手を戦闘不能に持ち込むか、場外となる水路にたたき落とせば勝ちだ。時間内に決まらなければ二人の状態を見て判断する。なお、その判断を下すのは審判役の俺とジェティ、獣王セクメトス、バルディア家当主のライナー氏、レナルーテ王国のエリアス陛下、以上の五名だ。結果がどうあれ、文句なしだぜ」
二人の呼びかけで、地響きのような歓声が上がった。
「あのお二人、先導が上手ですな」
「そうだね。観覧席で見てても面白かったよ」
ダイナスの言葉に相槌を打つと、彼はにこりと笑った。
「リッド様、どうか楽しんできてください」
「うん、ありがとう」
「では、私は着替えて参ります。観覧席で応援しておりますぞ」
彼はそう言い残し、廊下を歩いて行く。
その後ろ姿を見送っていると、カペラが「あの足取り……」と呟いた。
「ダイナス様、まだかなりの余力を残しておられますね」
「そこは言わぬが花じゃない?」
僕は苦笑した。
多分、親善試合に出た人達は皆揃って良いところで『引き分け』にしたんだろう。
親善試合にしろ勝ち負けが着けばどうしても遺恨が残るし、僕とヨハンの戦いで必ず勝敗が付くことを知らされていたはずだ。
「そうですね。失礼いたしました」
「ふふ、そんな謝ることじゃないでしょ」
彼が会釈して間もなく、「さぁ、ヨハン王子とリッド氏の入場よ」とジェティの声が聞こえてきた。
門の出入り口で構えてる猫人族の戦士がこくりと頷き、舞台上に上がるよう目配せしてくる。
「よし。それじゃあ行ってくるよ、カペラ」
「リッド様、ご武運を。気付いておられると存じますが、ヨハン様の気配。以前と違います。どうかお気を付けください」
「うん、わかってる。だとしても、僕の勝ちは揺るがないさ」
カペラが差し出した木刀を受け取って微笑み返すと、僕は足を進めて東門を出た。
その瞬間、会場を埋め尽くす人だかりから歓声がどっと上がる。
凄い熱気だな。
この会場の雰囲気に呑まれてしまえば、調子を崩して勝てるものも勝てなくなりそうだ。
気持ちが高まるなか、僕は平常心を保つために深呼吸をする。
次いで、会場を見渡せば観覧席でこちらを見ている父上、母上、ファラ達の顔が見えた。
ここからでも意外と皆の顔がはっきり見えるし、皆から『頑張れ』という熱意が伝わってくる。
負けるつもりはそもそもないけど、情けない姿は見せられない。
「さぁ、東門からリッド氏が入場してきたわよ」
「こっちの西門からもヨハン王子は出てきたぜ」
ジェティとギョウブの声が聞こえて正面を見れば、舞台の反対側、西門の前に旋棍【トンファー】を両手に持つヨハンの姿があった。
そして、遠目からでもはっきりわかる。
彼が『観客に見せてやろうぜ。大親友』と笑ったことが。
次の瞬間、ヨハンが立っていた西門から爆音が轟いて砂煙が巻き起こる。
彼が身体強化を発動して跳躍したのだ。
『リッド、少し付き合ってもらうぞ』
『やれやれ。相変わらずいきなりだね、ヨハン。でも、乗ったよ』
一直線に巻き起こって進んでくる砂煙。
僕は身体強化を発動し、その中心に勢いよく跳躍して飛び込んだ。
舞台中央で砂煙と僕は打ちかり合い、重い打撃音が雷鳴の如く轟き、嵐のような魔波が吹き荒れて砂煙が一瞬で散った。
「ちょ、ちょっとぉおおお⁉ いきなり過ぎるんじゃない⁉」
「こりゃあ、たまげた。部族長も負けてられないぞ⁉」
嵐のような魔波で吹き飛ばされまいと踏ん張るジェティとギョウブの慌てふためく声が聞こえてくる中、僕とヨハンは互いの得物で鍔迫り合いしながら睨み合っていた。
「この試合に合図なんていらない。そうだろ、リッド」
「目が合ったら勝負か。わかりやすくていいね。でも……⁉」
僕は木刀に力と魔力を込めて押し、彼を吹き飛ばした。
「く……⁉ やるじゃないか」
「勝負の前に、これだけは宣言させてもらうよ」
「宣言……?」
ヨハンが不可解そうに首を傾げるなか、僕は観覧席を見据えた。
「私、リッド・バルディアはこの試合の勝利を帝国もといバルディア家。そして、妻のファラ・バルディアに必ず捧げます」
「な……⁉」
ヨハンが目を丸くし、会場がしんとする。
でも、すぐに「うぉおおおおお⁉」という会場全体から黄色い歓声が上がった。




