ダイナスの提案、拳骨勝負
「おぉっと、これは面白いわ。開始早々、ダイナス氏が熊人族であるベルナルドに、なんと素手での勝負を提案したわよ」
「獣人族が人族よりも身体能力が高いことは周知の事実。さぁ、この勝負、ベルナルドは受けるのか」
ジェティとギョウブが面白おかしく声を張り上げると、会場から次々に声が飛んでくる。
「マシヌ、やっちまえ」
「やれぇ、獣人族の『力』を見せてやれ」
「舐められてるぞ。返り討ちにしちまえぇ」
ベルナルドは首を左右にこきこき鳴らし、持っていた木剣の刀身部分を片手で持って握り潰した。
ぱらぱらと木片が舞台上に転がっていく。
「良いだろう、受けてやる」
彼はそう告げると、「むぅ……⁉」と力みだす。
みるみる上半身が膨れ上がって、程なくして衣服が破れ、ベルナルドの筋肉隆々の上半身が露わになった。
「どうだ。止めるなら今のうちだぞ?」
観客達が沸いて彼が得意げに鼻を鳴らすなか、バルディア騎士団の騎士達が「団長!」と声を張り上げた。
「やってください」
「そうです、遠慮はいりません」
「全力でいきましょう」
騎士達の声を聞き、ダイナスは不敵に笑って「ふん……⁉」と力み出す。
すると、みるみる彼の全身が膨れ上がっていき、心なしか体格が変わっているような印象すら受ける。
間もなく上半身と下半身の隊服が破れ、ダイナスの金剛力士とも言うべき肉体が露わとなった。
ちなみに彼の服装は短パン一丁みたいになっている。
「す、すげぇ……⁉」
「あれ、本当に人族か……?」
観客達がどよめきながらも沸いている。
ベルナルドも面を喰らったようで、呆気に取られているようだ。
「あの馬鹿者め」
「まぁ、ダイナスったら。ふふ」
父上からあきれ声、母上からは楽しそうな笑みが漏れ聞こえてくる。
すると、母上はその場にスッと立ち上がった。
「ダイナス、騎士団の制服を無闇に破ることは規則で禁止されています。支給分、減給ですからね」
「な……⁉ そりゃありませんよ、ナナリー様」
母上の声が届いたらしく、ダイナスが目を丸くしてこっちに振り向いた。
会場がどっと笑いの渦に包まれるなか、ベルナルドがにやりと笑う。
次の瞬間、彼は拳を思いっきりダイナスの腹に打ち込んだ。
「うぐ……⁉」とダイナスの呻き声に続き、ずんという重い衝撃音が会場に響きわたる。
「ベルナルド、筋肉が緩んだ瞬間を狙った強襲だわ」
「しかし、俺はもう試合開始を告げている。これは卑怯でも何でもないぞ」
ジェティとギョウブが楽しそうに告げるなか、ベルナルドが口元を緩めながら拳を引いていく。
「へっへへ。減給だってよ、そりゃ辛いな」
「はは、そうだな。しかしよ……」
ダイナスは白い歯を見せ、手を拳にしてベルナルドの腹に打ち込んだ。
「おご……⁉」という唸り声に続き、ずずんという重い音と共に衝撃波が突風となって会場に吹き荒れた。
「お前さんの拳よりも減給の方がよっぽど効いたぜ」
「……言ってくれるぜ。じゃあ、これならどうだ」
今度はベルナルドが手を拳にし、ダイナスの顔をぶん殴る。
しかし、ダイナスはその場を動かずに殴り返した。
そうして二人は交互に拳を繰り出し、殴打の応酬を繰り返していく。
二人が拳を振るう度、重い音と突風が吹き荒れ、会場は瞬く間に熱気と歓声の渦に包まれた。
「負けるな、ダイナス団長」
「今こそ筋トレの成果を見せてください」
騎士達が盛り上がるなか、観覧席の壁際で控えていたカペラがやってきた。
「……リッド様。そろそろ移動をお願いしたいとのことです」
「わかった。じゃあ、行こうか」
席をすっと立ち上げると、隣に座っていたファラが僕の手を掴んだ。
「リッド様、ご武運を。信じております」
「ありがとう。大丈夫、必ず勝ってみせるよ」
胸を張って微笑めば、周囲にいる皆がこちらに視線を向けていた。
「兄様の勝利、楽しみにしているね」
「リッド義兄さん、怪我のないよう頑張ってください」
メルとキールの言葉にこくりと頷くと、懐にいたフェイがこそっとキールの懐に移動した。
「フェイ、誰にも見つからないようキールの言うことを聞くんだよ」
「わかっているよ。それよりも負けないよう頑張ってね」
彼がハッとしてキールの懐に隠れると同時に「リッド」とアモンの声が聞こえた。
「立場上どちらか一方に肩入れ出来ないが、どうか悔いのないようやりきってくれ」
「リッドお兄様。頑張ってください」
「ふふ、貴方の活躍。期待しているわ」
「うん、期待に添えられるよう頑張るよ」
アモン、ティス、ラファに答えたその時、ヨハンから「先に行っているぞ」と呼びかけられた。
「僕は西側から入場するからな、一旦お別れだ。リッド、また舞台で会おう」
「わかった。楽しみにしているよ」
「はは。楽しみ、なんて言える余裕は今だけさ。いくら僕の大親友でも勝負は勝負。手は抜かないからな」
「当たり前さ。むしろ、手を抜いたら許さないからね」
「さすが僕の大親友だ。じゃあ、舞台上でな」
ヨハンは僕と握手を交わすと、颯爽と観覧席を後にした。
「あの、リッド兄様」
「うん? シトリー、どうしたの?」
振り向けば、彼女は何やら申し訳なさそうに立っていた。
「私はヨハン様を応援します。でも、リッド兄様も頑張ってください」
「ありがとう。その気持ちだけで十分だよ」
シトリーはヨハンと婚約している。
いくらアモンの妹で一緒にバルディアで過ごしているとはいえ、この場で僕の応援はできない。
本来なら、こうして声を掛けることもよく思われないだろう。
横目でセクメトスとタバルを見やれば、セクメトスは『気にするな』と軽く手を振り、タバルは『大丈夫です』と目を細めている。
まぁ、これぐらいのことでねちねち言ってくるなら婚約を破談させるけどね。
シトリーは、もう家族【バルディア】の一員なんだから。
「ほら、席に戻って。ちゃんとヨハンを応援してね。彼が君のことを大切に想っていることは間違いないと思うんだ」
「そう、でしょうか?」
「うん、だってね」
小首を傾げるシトリーの耳元にすっと顔を寄せた。
「ヨハンが君に眼差しを向ける時の雰囲気はね。ファラを目で追う僕とよく似ているからさ」
「あ……⁉」
彼女はハッとして頬を少し赤く染め、嬉し恥ずかしそうに俯いた。
端から見ても、間違いなくヨハンはシトリーに好意を抱いている。
シトリーはその好意に自信がないみたいだけど、こうやって背中を押してあげればきっと大丈夫だ。
「だから、自信を持ってね」
「はい、ありがとうございます。では、失礼します」
彼女は晴れた顔で会釈し、自身の席に戻っていった。
次いで、僕は父上と母上に視線を向ける。
「では、父上、母上。行って参ります」
「うむ。しかし、お前なら大丈夫だ。楽しんでこい」
「リッド、貴方の晴れ姿をこの目でようやく見られること、嬉しく思います。頑張って、そして悔いのないよう楽しんできてください」
「はい、ありがとうございます」
二人と皆に元気よく告げて、僕はカペラと一緒に観覧席を後にした。
なお、この場にはティンクもいるんだけど、彼女には母上とファラの護衛をお願いしている。
一応ここは他国だからね。念のための護衛強化措置だ。
それにしても、これだけの大衆が注目する舞台に上がるのは前世も含めて初めての経験で、さすがに緊張する。
だけど、僕は絶対に負けられない。
断罪の憂き目から、何人からも僕の家族【バルディア】を守るため。
そう、常に勇敢であれ【エヴァーブレイブ】、だ。
心の中で自らを鼓舞し、僕は舞台に上がるための東門に足を進めていった。




