獣王戦の親善試合
「親善試合もあと二試合を残すのみよ。ギョウブ、次の試合はどうなるのかしら」
「そう慌てるな、ジェティ。次はバルディア騎士団から団長のダイナス氏。対するは熊人族の戦士マシヌだ。全員、拍手で迎えてくれ」
舞台上に立つ部族長のジェティとギョウブが意気揚々と声を張り上げると、会場の観客達から歓声と共に大きな拍手が湧き上がった。
程なくして東西の舞台袖からダイナスと熊人族の戦士マシヌが現れ、二人は目を合わせると同時に跳躍し、空中で前転しながら舞台中央に降り立った。
ダイナスはいつも通りのバルディア騎士団の隊服に身を包み、いつもよりもスキンヘッドが煌めいているように見える。
一方のマシヌは黒髪に浅黒い肌、大きく鋭い目付きに茶色の瞳が映えている。
身長はダイナスよりも高くて巨体だ。
さすがは熊人族の戦士といったところだろう。
二人の姿に観客が沸くと、ダイナスとマシヌは白い歯を見せて観客席に向かって手を振っている。
ダイナスもノリがいいけど、どうやらマシヌもノリが良いようだ。
獣王セクメトスの口上で開幕した獣王戦。
今は本戦前の余興として、バルディアとの親善試合が行われている。
舞台上にバルディアとズベーラの代表選手が素手もしくは木で作られた得物を手に立ち会いを行う。
試合の勝敗は相手に負けを認めさせる、もしくは審判兼司会進行として舞台上に立つジェティとギョウブが判断を下すというもの。
なお、勝敗に関係なく十分で試合終了となる。
あくまで親善試合だからね。
一試合目は、バルディア騎士団副団長のルーベンス対狼人族の戦士リアン・シベルスキー。
ルーベンスは言わずもがな、ディアナの夫にしてバルディア家が誇る優秀な騎士。
そして、最初に僕に剣を教えてくれた先生でもある。
木剣を持って舞台に上がった時はやや緊張していた様子だったけどね。
対する狼人族のリアンは濃い灰色の髪に鋭い目付きをし、寡黙な武士という感じの人物だった。
長剣ともいうべき木剣を用いて舞台上に立ち、ルーベンスと剣術で激戦を繰り広げる。
時間内に決着は着かず、観客に惜しまれるなかで引き分けとなった。
『さすが帝国の剣と名高いバルディア家に属する騎士だわ。どうかしら、私の側に来ない?』
試合後、進行役のジェティがルーベンスの腕を掴み、これ見よがしに体を寄せた。
『お、お止めください。大変光栄ではありますが私はバルディア家に仕えておりますので……』
『そうだぜ、ジェティ。聞いたところによるとルーベンス氏はすでに結婚しているそうだ。おまけに奥さんのお腹には子供もいるらしい』
『あら、私はそんなの気にしないわよ、ギョウブ。どうかしら、ルーベンス。部族によっては重婚が認められているの。少し羽を伸ばすつもりはない?』
『ふ、ふざけないでください。俺は、俺は妻のディアナ一筋です』
ルーベンスが顔を赤らめて大声を響かせ、会場は一瞬しんとするも、瞬く間に笑い声に包まれた。
『あっははは。さすがは親子揃って愛妻家と名高いバルディア家に仕える騎士だ。やれやれ、部族長ともあろう者が振られちまったなぁ、ジェティ』
『本当よ、失礼しちゃうわ。でも、こんな熱い男がいるなんてさすがバルディアね。ちょっと焼けちゃうわ』
ジェティとギョウブの軽快なやり取りで会場が爆笑に包まれるなか、僕はこの場にディアナが居なくて良かったと、ひっそり安堵した。
ディアナはバルディアに残り、第二騎士団の事務処理を行ってくれている。
本人はズベーラへ同行したいと言ったんだけど、母上が『慣れない土地への長旅は体に大きな負担を掛け、何があるかわかりません。今回は認められません』と許さなかったからだ。
もし、この場にディアナがいたら、きっと怒りで黒いオーラを発していたに違いない。
そうなればお腹の子にもよくなかっただろう。
ちなみに狼人族の戦士リアン・シベルスキーはまだ結婚相手がいないらしいが、『結婚したいなら、まずその仏頂面を直さないとダメね』とジェティに揶揄われていた。
二試合目は、ファラの専属護衛であるアスナ・ランマーク対牛人族の戦士ベルナルド・バレット。
アスナの参戦はエリアス陛下達の獣王戦参列が決定後、ズベーラから打診があった。
ダークエルフでファラの専属護衛である彼女が親善試合に出場すれば、バルディア、レナルーテ、ズベーラという三カ国の親交に繋がるという内容でね。
後は本人次第だったんだけど、アスナの答えは『ぜひお願いします』と目を輝かせて即答した。
彼女の対戦相手となる牛人族のベルナルド・バレットは、無造作に伸ばした濃い灰色の髪に日焼けした肌、明るく楽しげな目付きに青い瞳を浮かべた青年で、牛人族らしく身長は2メートルを超えているらしく、アスナと並んだときの絵面は凄かった。
ベルナルドは牛人族部族長ハピスも将来を期待しているらしく、終始にこにこ笑顔を崩さない。
また、彼が試合に用意した木剣は、自ら自作したという身の丈を超える鉈のような木剣。
対して、アスナは脇差しと通常の木刀。
あまりの長さにジェティとギョウブが物議を醸すも、アスナは『構いません。むしろ、望むところです』と告げ、試合が開始される。
アスナには牢宮で行った高負荷修練の効果をできるかぎり秘密にしてほしいと事前に伝えていて、彼女はそれを了承して試合に臨んでくれた。
ベルナルドが体格と力を活かした大剣の猛打を繰り出すも、アスナは技術と身軽さを駆使して受け流しつつ隙を突いて反撃する。
二人は互いに一歩も引かずに舞台中央で斬撃を繰り出し合う。
その剣戟で生まれた衝撃が突風となって吹き荒れ、会場は大いに盛り上がった。
『これは凄いわ。アスナちゃん、ベルナルドの体格差をものともせず、竦みもしないじゃない。ベルナルドの斬撃をまともに受ければ、木剣と言えども無事に済まないのに。アスナちゃん、とんでもない胆力だわ』
『すげぇなぁ⁉ さすがは元王女の専属護衛。聞くところによれば、アスナ殿はレナルーテで名の知れた天才剣士だそうだ。世の中、まだまだ俺たちの知らねぇことばかりだぜ』
ジェティとギョウブが興奮して声を発したその時、アスナが楽しそうに口元を緩め、それに応じるようにベルナルドも口を大きく開いて白い八重歯を見せた。
『はは、素晴らしい。素晴らしいぞ、ベルナルド・バレット。私の剣をここまで受けられるとはな』
『その言葉、そっくりそのまま返すぜ。俺の剣をここまで受けられる奴は、部族長以外でお前が初めてだ』
二人は笑顔のまま、剣戟は更に激しさを増していく。
『あっはは。この子達、戦闘狂【バトルジャンキー】だわ』
『違いねぇ。獣人族もびっくりの戦闘狂だぜ』
ジェティとギョウブが声を出して笑い、会場が沸いた。
それからアスナとベルナルドは手を休めることなく剣戟を続けたが、時間内に決着は着かずに引き分けとなる。
時間による終了を告げられ、二人はようやく手を止めた。
『楽しかったぞ、ベルナルド』
『こっちの台詞だぜ、アスナ。だがよ、お前は本気を出してなかったろ?』
『それはお互い様だ。また、機会があれば手合わせしよう』
『あぁ、その時は決着が着く形でやろうぜ。今日は俺の負けだからよ』
『なんだと?』
ベルナルドの申し出に、アスナは眉を顰めて首を傾げた。
『これだけの体格差があって大剣を使ったのに引き分けた。これは、俺様的には負けなんだよ』
『そうか。だが、私とて一歩の踏み込みが足りなかった。これは、私的には負けだよ』
『お前、負けず嫌いだな』
『お互い様にな』
試合が終わると二人は不敵に笑って握手を交わし、互いに踵を返して舞台を降りる。
その姿に観客席から自然と拍手と歓声が巻き起こった。
そして今現在、その舞台上にはダイナスとマシヌが上がっているというわけだ。
二人の試合が終わったら、いよいよ僕とヨハンの試合となる。
「さぁ、ルーベンス氏とアスナちゃんの試合に続き、この二人はどんな試合を見せてくれるのかしら」
「二人とも鍛え上げた体をしているからな。きっと先の試合に負けず劣らず、迫力ある試合をしてくれるだろうよ。さぁ、試合開始だ」
ジェティとギョウブが煽るように舞台上の二人を見やった。
すると、ダイナスは片手に持っていた木剣を両手でへし折ってしまう。
何事かと会場がざわめくなか、ダイナスはにやりと笑った。
「ここは拳骨でどうだ」
急な申し出にマシヌは眉をぴくりとさせた。




