王都ベスティア再び
「……ここで獣王戦が行われるのか」
僕は観覧席の手摺壁の前に立って周囲をぐるりと見回し、思わず声が漏れ出てしまった。
今居る場所は、ズベーラの王都ベスティア内にある巨大な円形闘技場の来賓専用の観客席だ。
この席からは会場全体と武舞台が一望できる造りになっていて、闘技場の一般席は人で隙間なく埋め尽くされている。
壁も立ち見客で覆われているし、場内は大衆の期待と緊張が巻き起こす喧騒によって嵐のような熱気が吹き荒れているようだ。
視線を下に向ければ、そこには荘厳な石作りで巨大な長方形の形をした武舞台が置かれ、舞台と観客席の間には水掘りが設置されている。
武舞台の大きさは優にサッカーができるぐらいの広さはあるだろうか。
以前、僕が行った鉢巻戦によるバトルロワイヤルを行った際と比較しても、この会場はかなり大きい。
でも、獣王を決める試合となれば部族長達は魔法と獣化を駆使してぶつかり合うことになる。
この大きさでも、やや小さいのかもしれない。
ちなみに、武舞台上では獣王戦開始までの余興として、巨大な太鼓と様々な楽器によって力強く闘争心を煽るような演奏が会場内に轟いている。
また、その曲に合わせて各部族が入り乱れてのダンスや演武による見世物【ショー】が披露されていて、待つ者を飽きさせない。
余興とはいえ、あの場に立っているということは彼らも各部族の選りすぐりなんだろう。
演奏、ダンス、演武、話術、どれを取っても遠目でも技量の高さがわかるほどだ。
これほど大規模な会場はこの世界中を探しても、多分ここだけなんじゃなかろうか。
まさに獣王戦はズベーラの威信を含めた一大行事なんだろうな。
眼下の光景を前に考えを巡らせているなか、ファラが「リッド様」と楽しそうに発して隣に並び立った。
「リッド様、すごいですね。私、これだけの人集りは初めて見ます」
「そうだね。僕も初めてだよ」
相槌を打ちながら横目でちらりと見やれば、彼女は目をきらきらさせながら会場を見つめていた。
ファラにとってレナルーテと帝国以外の国を訪れるのは初めてだから、きっと新しい体験に心が躍っているんだろう。
来賓用の観覧席には僕とファラの他、父上と母上をはじめとするメル達バルディア一行、エリアス陛下とエルティア義母様、レイシス達レナルーテ一行、アモンとラファ達狐人族一行などなど。
パッと見ただけでも、他の部族長達も集まって錚々たる顔ぶれが勢揃いしている。
獣王セクメトス、鼠人族部族長ルヴァ、狸人族部族長ギョウブ、牛人族部族長ハピス、熊人族部族長カムイ達はエリアス陛下、レイシス、エルティア義母様と談笑している。
猿人族部族長ジェティ、狐人族部族長アモン、馬人族部族長アステカはクリスティ商会の代表であるクリスと護衛のエマを囲んでいるが、その雰囲気は談笑と言うよりも商談に近い感じがする。
兎人族部族長ヴェネは補佐のシアを引き連れ、父上と母上に声掛けをして何か話し込んでいるみたい。
狼人族部族長ジャッカスは席にどっしり座って誰とも話さず、腕を組んで目を瞑っている。
鳥人族部族長ホルストはにこにこと目を細め、会場を眺めながら笑っているようだ。
この場にいるのは国もしくは領地の代表者ばかりだから、ちょっとした談笑も政治が絡んでいる。
皆揃って笑顔のまま腹の探り合い、と言ったところだろうか。
メル、ティス、キールの三人、ヨハンとシトリーは少し離れたところで、僕とファラ同様に手摺壁の前で横並びになって会場を見て目を輝かせている。
「それにしても、木炭車は驚かされました。まさかバルディアから数日でズベーラ王都に到着するなんて思いもしませんでしたから。アスナ、貴女はどうかしら?」
「姫様、私も同感です。木炭車の有用性は聞き及んでおりましたが、実際に体験したことで改めて木炭車の可能性。いえ、バルディアの発展に驚嘆した次第です」
「あはは。二人とも、少し大袈裟だよ」
ファラとアスナの言葉に、僕は苦笑しながら頬を掻いた。
バルディアからズベーラ王都に来る道中、狐人族領を訪れてアモン達と合流しているが、それを含めてファラの言う通り数日で到着した。
これは前回の訪問よりもかなり早い。
理由は木炭車と道路の改善だ。
特にバルディア、狐人族領、王都ズベーラに続く道路がここ数ヶ月で綺麗に整備されたのが大きい。
アモン率いる狐人族とバルディアの誇る第二騎士団による力であることは言うまでもない。
なお、『一回目の王都訪問時に僕が『激しい乗り物酔い』に襲われたから優先的に行った』ということはない……多分ね。
「あら、リッド。奥さんと二人だけで会場を見渡してるのかしら。ふふ、私も混ぜてくれない?」
妙に色っぽくて茶化すような口調が背後から聞こえてきたその時、「ラファ様、それ以上はお控えください」と、アスナが丁寧だけど冷たく鋭い声を発して制止した。
「貴女は専属護衛のアスナだったかしら。ふふ、そんなに怖い顔をしたら可愛い顔が台無しだわ。ねぇ、ファラ。貴女もそう思うでしょ?」
「そうですね」
アスナに制止されたラファが不敵に笑って問いかけるも、ファラは目を細めて頷き「しかし……」と続けた。
「そう仰るのなら『リッド様に背後から抱きつこう』としないでくださいね、ラファ」
「まぁ、それはごめんなさい。ちょっとした挨拶に目くじらを立てるなんて、そんな器量の狭い護衛と奥様だなんて思わなかったの。許してね」
「器量ではなく、場に合った礼節の問題です。大衆の面前でリッド様に貴女が抱きつけば、いらぬ噂が立ちましょう。軽率な行いだと気づけない点こそ器量が狭いのでは?」
「あら、言うじゃない。さすが『ファラお義姉様【ねえさま】』だわ」
微笑むファラ、不敵に笑うラファ。
二人の視線が交差した瞬間、周囲に電流が走って冷気が漂っていく。
ファラとラファ。
二人は名前こそ似ているけど、性格や言動は正反対だ。
『二人が顔を合わせたらとんでもないことになりそうだなぁ……』
そういう不安は以前からあったんだけど、今回のズベーラ訪問でそれは現実のものとなったのだ。
そして、あの日のことを僕は生涯忘れることはないだろう。
エリアス陛下達と共にバルディアを出発した翌日。
狐人族領に到着した僕達一行は、アモンと合流すべく部族長屋敷を訪れた。
そこでファラとラファは初めて出会った……出会ってしまったのだ。




