リッド達の夜2
「えっと、レイシス義兄さん。キールのことで悩んでいたってどういうことですか?」
僕が恐る恐る切り出すと、彼は遠くを見るような目付きで自嘲気味に口元を緩めた。
「リッドは覚えているだろうが、私は君とファラの婚姻に反対の立場だったんだ」
「え、そうなんですか?」
キールが目を瞬くなか、レイシスはこくりと頷いた。
「当時の私は、ファラの政略結婚に相応しい相手は帝国の皇族だと信じて疑わなかった。バルディア辺境伯家のリッドに大事な妹を渡してなるものかと、躍起になっていたんだ」
「でも、それは反対派の華族による甘言や影響を受けてのことだったじゃないですか」
レナルーテで出会った当時のレイシスは、バルディア家との婚姻反対派の筆頭である『ノリス』に言いくるめられ、ある種の洗脳状態に近かった。
だからこそ、出会って間もない『ザック』から『レイシス殿下の目を覚ましてほしい』とも言われたんだ。
「ありがとう。だが、例えそうした要因があったとしても、それを鵜呑みにした私が浅はかだったんだよ」
レイシスが頭を振るなか、キールが「なるほど……」と相槌を打った。
「レナルーテでも様々な思惑が渦巻いていたということですね。しかし、それらはもう終わったことなのでしょう? どうして私のことで悩んでいたんですか」
「……皇族との婚姻が必ずしも幸せに繋がるとは限らない、そう諭されて反省した私は、考えを改めてリッドとファラを祝福した。そして今現在、私は帝国の皇族に名を連ねるキール・マグノリア、君にも義兄さんと呼ばれている現実を直視するとね、否応なく以前の私が如何に視野が狭く、浅慮だったのかを思い知らされていたんだ」
レイシスが決まりの悪そうな顔を浮かべて息を吐くと、「それってつまり……」とフェイが切り出した。
「リッドとファラが結婚したことで、結果的に以前の自分が求めていた状況にもなっている。それが余計に自身の愚かさを際立たせるから、一人で勝手に打ちひしがれて落ち込んでいたってこと?」
「うぐぁ……⁉」
どこからともなく鋭利な刃物が何かに深く突き刺さったような『ぐさり』という音が聞こえ、レイシスが呻き声を発してがくりと項垂れてしまった。
「フェイ⁉ なんてことを言うんだ」
「えぇ、だってさぁ。回りくどくてよくわからなかったんだもん」
僕が声を荒らげるも、彼はぷくりと両頬を膨らませてしまった。
「そこは察してあげて。あえて何も聞かない『優しさ』だってあるんだから」
「そうですよ。そういうことは思っても心の中で止めておくものなんです」
「なんだよそれ、面倒臭いなぁ。というか、その口ぶりからしてリッドとキールも僕と同じことを思っていたってことじゃないか」
「ぬがぁ……⁉」
今度は鋭利な刃物を何度も深く突き立てたような音がどこからともなく聞こえ、レイシスが苦悶の表情で天を仰いでしまった。
口から魂が抜け出ているようにも見受けられる。
「だ、大丈夫ですよ、レイシス義兄さん。誰でも失敗や過ちはありますし、重要なのはそこからどう立ち上がるかです」
「リッド義兄さんの言うとおりですよ。過去よりも今を見ましょう。レイシス義兄さんは自らの過ちを認め、反省しているのでしょう。それでしたら同じ過ちをしないよう気を付け、前を向くべきです」
「うーん。僕は良くわからないけど、うじうじ悩む暇があったら何かした方がいいんじゃない?」
僕とキールの必死の励まし、フェイの言葉を受けたレイシスは「そ、そうだな……」と力なく呟いて前を向いた。
「君達の言うとおりだ。自分なりに吹っ切ったつもりだったんだが、すまない」
「いえいえ、気にしないでください。誰でも過去の経験を思い出して落ち込むことはありますから」
僕はそう言うと「ところで……」と話頭を転じた。
「レイシス義兄さんはキールのことを苦手とか、そういうことではないんですよね?」
「あ、あぁ、そうだな。誤解を招く言い方だった。キール、気を悪くしたなら申し訳ない」
「私は大丈夫ですよ。それにレイシス義兄さんの立場を鑑みれば『妹の結婚相手は帝国の皇族であるべきだ』という主張も理解はできますし。まさかバルディアが数年でこれほど躍進するなんて、誰も想像も付かなかったでしょうから」
キールに意味深な視線を向けられ、僕は「あはは……」と苦笑しながら頬を掻いた。
『ときレラ』の攻略対象の二人が顔を合わせることで、何か起きないかと心配していたけど杞憂だったみたい。
ほっと胸を撫で下ろしているなか「リッド、それから改めて謝罪したい」とレイシスが神妙な顔付きになった。
「えっと、急にどうしたんですか?」
「ナナリー様のことだ。御前試合での暴言、本当にすまなかった」
彼は畏まって深く頭を下げた。
御前試合での暴言とは、レイシスが僕と立ち合った際に挑発で発した言葉だ。
看過できる内容でもなかったから試合後、エリアス陛下に裁いてもらったんだよね。
「それはもう終わった話じゃありませんか。急にどうしたんですか?」
「いや、今日ナナリー様とお会いして初めて言葉を交わしたんだ。とても素敵な方で、自らの行いが本当に恥ずかしい。改めて謝罪したかったんだ。本当にすまなかった」
「ありがとうございます、そのお気持ちだけで十分ですよ。レイシス義兄さん、顔を上げてください」
「……ありがとう、リッド」
レイシスが顔をゆっくり上げていくと、キールが小さく咳払いをした。
「レイシス義兄さん、リッド義兄さんもこう言っているんですから。過去の行いを悔いることはとりあえず止めましょう。こうして私達が揃う機会もありませんし、もっと明るい話をするべきですよ」
「そ、そうだな。では……」
レイシスは頬を掻きながら僕に視線を向けた。
「リッドは、ズベーラで行われるという獣王戦に参戦すると聞いている。色々な思惑が絡んでいるようだが勝てる自信はあるのか?」
「もちろんありますよ」
僕は胸を張って即答し、にこりと目を細めた。
「そのために、この一ヶ月はみっちり修練を積みましたから」
「ふふ。でも、任されている第二騎士団の運営業務を私とメルに丸投げしましたよね」
「いや、それはちゃんと父上を通してキール達にも前もって相談したじゃないか」
「はは、わかっていますよ。ちょっとした意地悪です」
じろりと睨むと、キールは笑みを零した。
まったく、出会った時はもっと素直な子だと思っていたのに。
最近のキールはよく僕との会話で茶化してくるんだよね。
それだけ心を許してくれている、あるいはこれが彼の素なのかもしれないけど。
「そうか。しかし、獣人族が持つ個々の潜在能力は侮れないぞ。相手が獣王の息子となれば尚更だ。本当に大丈夫なのか?」
「心配性だなぁ」
レイシスが心配そうに発した言葉に、フェイがやれやれと肩を竦めた。
「リッドは牢宮【ダンジョン】でい……むぐ⁉」
「そう、この一ヶ月は牢宮で厳しい修練を積みましたからご安心ください」
僕は咄嗟にフェイの口元を手で押さえながら抱きかかえた。
牢宮で修練を積んだことは伝えても、地上と牢宮で時間の流れが違うことまでは教えるわけにはいかない。
今、明らかにフェイはそれを口走ろうとしていた。
目付きを鋭くして『それは言っちゃ駄目でしょ』と睨むと、フェイはこくこくと何度も頷いた。
「なるほど。牢宮となれば魔物も出るし、命の危機もあり得る。より実戦に近い訓練を積んだというわけか」
「えっと。はい、そんな感じですね。何はともあれ獣王戦の舞台で結果をお見せします。当日を楽しみにしていてください」
「わかった。リッドの……義弟【おとうと】の活躍を楽しみにしているよ」
合点がいった様子でレイシスが微笑むなか、キールが「あの、質問してもいいですか?」と自身の胸の前で小さく手を挙げた。
「どうして、レイシス義兄さんは獣王戦の前哨戦に『色々な思惑が絡んでいる』ことをご存じなんですか?」
「言われてみればそうだね」
獣王戦に招待されたエリアス陛下やエルティア義母様は知っていて当然だろうけど、王子のレイシスまで詳細を知っているのは少し違和感がある。
あの二人は秘密をおいそれと話す人ではないからね。
レイシスは腕を組み、椅子の背もたれに深々と体を預けた。
「獣王戦に他国の王族や貴族を招待するなんて前代未聞だからな。容易に想像はつくさ。それに父上がエルティア様に問い詰められているところに、偶然居合わせてしまってね。父上からズベーラの思惑を聞いたんだ」
「な、なるほど。納得しました」
エルティア義母様、ファラのことでエリアス陛下をも問い詰めたのか。
『リッド殿が獣王戦に負けた場合、ファラは帰郷させます』
エルティア義母様の言った言葉が脳裏に思い起こされる。
万が一に備え、外堀を埋めているのかもしれない。
この間、義母様はバルディアでマチルダ陛下とも顔を合わせている。
マチルダ陛下も『獣王戦で負けは許されません。これは勅命です』と言っていたし、エルティア義母様がそちらにも根回しをしていると考えるのが妥当だろう。
僕が負けたら『ファラが帰郷させられる』という状況がどんどん現実味を帯びているな。
「ふわぁ。ねぇ、リッド。そろそろ寝ようよ。僕、眠くなっちゃった」
胸に抱いていたフェイが欠伸をし、目を擦りながら僕達の目線にゆっくりと舞い上がっていく。
その姿を見て、レイシスが「そうだな」と頷いた。
「大分、夜も更けてきた。明日にはズベーラに向けて出発するんだ。そろそろ休むか」
「そうですね。休みましょうか」
「ふふ。話し足りなければ、明日もまたできますからね」
レイシスの言葉に僕とキールは頷くと、部屋の明かりを消して畳の上に敷かれた布団の中に入り込む。
ちなみに並びはキール、僕、レイシスという順番だ。
「リッド義兄さん、レイシス義兄さん。おやすみなさい」
「おやすみ」
「あぁ、おやすみ」
いよいよ、明日はズベーラに出発か。
牢宮で修練を積んだし、やれることは全部やったんだ。
大丈夫、大丈夫だ。
胸がどきどきするも、思いのほか疲れていたのか。
目を瞑って間もなく、僕はまどろみの中に落ちていった。




