リッド達の夜
「全く……世にない新製品、新たな食文化、新旧入り混じった町並み、果ては公衆温泉に至るまで。バルディアの発展速度は本当に目に見張るものがあるな。私は今日一日、ずっと驚きっぱなしだったよ」
「ありがとうございます、レイシス義兄さん。そう言ってもらえて嬉しいです」
やれやれと肩を竦めるレイシス義兄さんを前に、僕は目を細めて相槌を打った。
今僕達がいる場所は、屋敷内にある和式の来賓室だ。
以前、デイビッド達と夜を過ごした部屋で室内にいるのは僕、レイシス義兄さん、キール、フェイの四人。
それぞれ寝間着姿で机を囲むソファーに腰掛けている。
「ねぇ、レイシス。バルディアとレナルーテって、何がどう違うんだい?」
「それは私も興味がありますね。ぜひ聞かせてください」
フェイが目をきらきらさせて発した言葉にキールが乗っかった。
「そうだな。まず……」
レイシスは腕を組み、思案しながら二人の質問に答えていく。
エリアス陛下達との会食が終わった後、僕達は木炭車で領内に繰り出し、経済発展で勢いあるバルディアの町並みから養鶏場、オリーブ畑、工場、研究所等々、バルディアの誇る様々な施設を陛下達に案内した。
今回のエリアス陛下達の訪問は、ズベーラの獣王戦に参列するついでのものだ。
レナルーテからズベーラに行くには、必ずバルストかバルディアを経由しなければならない。
レナルーテの立場上、どちらを経由するかとなれば帝国もといバルディア一択だ。
本当はもっと時間を取ってゆっくり領内を見てもらいたかったんだけどね。
陛下達も多忙な中、ズベーラ訪問に向けた日程調整をしている。
ほとんど時間は取れなくて、急いで彼方此方を見て回った。
会食での談笑が盛り上がって時間が押したせいもあるけどね。
領内の案内を終えて屋敷に戻ってきたら温泉と夕食を済まし、遊戯室で談笑して過ごし、今現在に至っているわけだ。
この場にいないファラとメル達は、エルティア義母様と一緒に過ごしているはずだ。
ファラとしては親子間の距離を縮めたいそうで、メル達はレナルーテのことをより詳しく聞きたいらしい。
母上も寝るまでは同席すると言っていた。
エリアス陛下は夕食を終えて遊戯室での談笑を経て『ライナー殿、我らは互いに義父同士だ。気兼ねなく語り合おうではないか』と言い出し、困り顔の父上を連れ立って再びお風呂に行ってしまった。
陛下はサウナがえらく気に入っていたからね。
語り合うついでに楽しみたいんだろう。
「……という感じで、レナルーテは『和』かな。だが、最近はレナルーテでも帝国文化、もといバルディアの文化に興味津々でね。日に日に、互いの良い文化を混ぜ合わせたものが多くなっているよ」
「なるほど。文化の混合ねぇ」
レイシスの説明にフェイが相槌を打つなか、キールが「ところで……」と切り出した。
「レナルーテで流行っている最近の帝国文化はどうですか?」
「最近、か。それで言うなら『華と恋』という『漫画』なる書物が入ってきてな。絵で帝国の雰囲気が楽しめることに加え、帝国の貴族間における恋が『情熱的』あるいは『愛憎劇』だと話題になっているぞ」
苦笑しながらレイシスが告げると、キールが「ふふ」と噴き出した。
「レイシス義兄さん。それはあくまで創作物に限ったお話ですよ。貴族間の結婚は縁談でほぼ決まります。漫画のような恋なんてほとんどありませんよ。真に受けないでくださいね」
「あぁ、そうだろうな。確かに憧れはするが、現実はそんなものだろう。レナルーテの華族間における結婚もそんなものだからな」
キールは『レイシス義兄さん』と呼んだけど、これは本人の了承を得ている。
僕とファラが婚姻したことで、レイシスは正式に僕の義兄となった。
そして、僕の妹メルとキールは『仮』婚約している。
僕達は歳も近いし『義兄さん』と呼んでも差し支えないというわけだ。
二人の会話を見聞きしている限りでは、何もないように思える。
でも、キールやバルディアの町並みを見るレイシスの表情には、どこか陰がずっとあるんだよね。
レイシスとキールは今日が初対面だし、緊張するのも無理はない。
だけど、二人は『ときレラ』の攻略対象同士。
もしかすると、そうした部分が関係している可能性も考えられなくはない。
ただ、今の雰囲気は悪くはないし、むしろ緊張もほぐれつつある。
そろそろ頃合いかなと、僕は「あのさ、レイシス義兄さん。ちょっと聞いてもいいかな?」と切り出した。
「ん……? どうしたんだ」
「いや、レイシス義兄さん。今日一日、どこか上の空というかさ。何か悩みでもあるのかなって」
「いや、それはその……」
レイシスが決まり悪そうに目を泳がせると、キールが「あ、もしかして……」と口元に手を添えて切り出した。
「バルディアに『ティア』がいないから、ですか?」
「な……⁉」
レイシスは真っ赤になって目を丸くし、僕はキールが『ティアの件』を知っている事実に驚愕して目を見開いた。
「ど、どうしてキールがティアのことを知っているんだ⁉」
僕が思いがけずに尋ねると、彼はきょとんとして首を傾げた。
「リッド義兄さんまで何を言っているんですか。私とメルの業務をビスケットが『ティア』の姿で手伝ってくれているんですよ? 知っていて当然じゃないですか」
「あ、いや、それはそうなんだけど。そうじゃなくて……」
本当に聞きたいことは『レイシスがティアに惚れたこと』なんだけど、さすがに本人の前では聞きづらい。
というか、驚きのあまりに聞いてしまったけど、そもそもこの話題を尋ねるべきじゃなかった気がする。
キールは「あぁ、そういうことですか」と何かを察したらしく、口元をにやりと緩ませた。
「ビスケットもといティアが前に『私はこの姿でやんごとなき殿方の心を射止めたことがあるんですよ』と自慢していたことがありましてね。メルも含めて名前こそ出ませんでしたが、私なりに推理してみたんです」
「す、推理だって……?」
ビスケット、あれほど周りに言うなと念を押していたのに。
半ば呆れながら僕が聞き返すと、彼はこくりと頷いた。
「はい、ビスケットの言う『やんごとなき殿方』とは誰なのか。これはビスケットの行動範囲を考えればおのずと候補は限られます。話に聞いたところ、リッドやメルと出会う前の彼女はレナルーテにいましたが、バルディアに来てからは国外に出ていません。彼女が『やんごとなき殿方』というからには、バルディア家よりも目上の可能性が高い。かつティアの容姿と年齢が近く、出会う可能性が最も高い人物となれば……」
キールはしたり顔を浮かべ、レイシスを見つめた。
「レナルーテのレイシス義兄さん。懇親会でバルディアを訪れた侯爵家のベル、あるいは同じ辺境伯家のデーヴィドあたりに絞られる、かなと」
僕とレイシスは唖然としてしまった。
まさかビスケットの言葉一つでここまで推理してくるなんて思いもしない。
帝国の中央政権、帝都という伏魔殿で生まれ育った皇族の一員らしい洞察力だ。
キールは物静かでいつもにこにこしているけど、その裏では物事をよく見ている。
こうした部分はさすがという他ないし、侮れない。
「ふふ。どうやら当たりだったみたいですね」
彼が嬉しそうに笑みを溢すなか、首を傾げながら話を聞いていたフェイが「はいはーい、質問」と手を挙げた。
「リッド、ティアって誰なの?」
「えっと、いつもメルと一緒にいるスライムのビスケットが少女を模した姿になった時の名前だよ。フェイも何度か会っているでしょ?」
「あぁ、なるほどね。あの子が人に化けた姿がティアってわけか。合点がいったよ」
フェイにはクッキーとビスケットを紹介済みだけど、ビスケットが少女の姿で居るときに『ティア』と呼ばれていることは説明していなかったらしい。
いや、したような気もするけどな。
僕が簡単に話したところで、レイシスが深いため息を吐いた。
「そうだな、確かに私の心にはティアの姿が焼き付いていた時期はある。しかし、今日考えていたことは別のことだ」
「別のこと、ですか。差し支えなければ聞いてもよろしいでしょうか?」
「レイシス義兄さん、僕も聞きたいな。義兄さんに悩みがあるなら、少しでも力になりたいし」
キールの発した言葉に続いて身を乗り出すと、レイシスは「う……」と目を泳がせて明らかに迷う素振りを見せた。
レイシス、今度はどんな悩みを抱えているんだろうか。
『ときレラ』に関わることなのか。
あるいは、ノリスのような変な輩につけ込まれている可能性だってゼロじゃない。
彼はやや思い込みが強く、視野が狭くなりやすいところがあるからだ。
あえて何も言わず待っていると、レイシス義兄さんは観念したらしく「わかった」と頷き、視線をゆっくりと動かしていった。
「私が今日一日ずっと悩んでいた理由。それは君のことだよ、キール・マグノリア」
「え、私のことですか?」
キールは目を丸くするも、僕は胸の奥でどきりと不安が渦巻いた。




