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【WEB版】やり込んだ乙女ゲームの悪役モブですが、断罪は嫌なので真っ当に生きます【書籍&コミカライズ大好評発売中】  作者: MIZUNA
第十章

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姿見鏡前のリッドと来訪者

「……やっぱりこっちの方がしっくりしてるかな?」


屋敷の自室、僕は姿見鏡の前で自分の格好を足下から頭の毛先までじっくり確認していた。


服装は普段と変わらないけど、先日と大きく変わったのは髪形だ。


牢宮で伸ばしていた髪を母上と皆にばっさり切って整えてもらったので、髪形は以前と同じものになっている。


一か月という短期間で髪が伸びたことが巷に広まれば、要らぬ詮索をされかねない。


髪を伸ばした姿を見た皆には内密にするよう釘を刺し、母上の部屋で髪を切ったというわけだ。


ちなみに、その時の父上と母上は笑みを溢して楽しそうだった。


『ちょっとした断髪式だな』


『ふふ、そうですね』


二人がそう言って鋏を入れた後、ファラやメル達も加わったんだよね。


『綺麗だからこれで鬘【ウィッグ】作ろうよ』


『あら、メルちゃん。それは面白そうですね』


『ほう、記念に作ってみるか』


『え……?』


メルとファラのやり取りに父上が何故か賛同し、切った髪はまるまる回収されてしまった。


結構伸びてはいたから鬘【ウィッグ】は作れるだろうけど。まさか本当に作るつもりなんだろうか。


冗談なのか、本気なのか。


ちょっと怖い。


 あと、こうして格好を気にしている理由は他にもある。実はこれから……。


「リッド様、鏡をそんなにじっと見つめてどうされたのですか?」


「うわぁああああ⁉」


背後から急に声を掛けられ、僕はびっくりして鏡の前から飛び退いた。


振り向けばファラが目を丸くしており、彼女の背後にはアスナが姿勢を正して控えていた。


「も、申し訳ありません。まさかそんなに驚かれるなんて……」


「いや、ごめん。ちょっと考え事をしてて気付かなかったから驚いちゃった。あはは……」


決まり悪く頬を掻くと、咳払いをして話頭を転じた。


「ほら、牢宮で伸ばしていた髪を切ったでしょ。久しぶりの姿だから確認していたんだ。どうかな」


「ふふ、リッド様はどちらの姿も素敵だと存じます」


「えっと。うん、ありがとう」


笑みを溢すファラ。


彼女の浮かべる曇りのない瞳で真っ直ぐに返され、僕は何も言えずにこくりと頷いた。


「お二人ともご馳走様です」


僕達のやり取りを見ていたアスナは会釈して口元を緩めるも、「しかし……」と続けた。


「恐れながら、そろそろ『皆様』が到着する頃かと。急がねばライナー様がお怒りになるかと存じます」


「あ、そうだったね」


相槌を打つと同時に「リッド様」とカペラの声が聞こえ、部屋の扉が丁寧に叩かれた。


「リッド様、時間になりますので移動をお願いします」


「わかった、すぐに行くよ。ファラ、行こうか」


「はい、お供いたします」


僕とファラは退室し、廊下で待っていたカペラやティンク達と一緒に屋敷の外へと移動する。


屋敷の前では父上と母上をはじめとするバルディア関係者の面々が、ずらりと並び立っていた。


母上は車椅子で、側にディアナとサンドラが日傘を差して控えているけどね。


「来たか、二人とも」


父上が僕達に気付き、こちらに振り向いた。


「お待たせいたしました。身嗜みの確認に少々時間がかかりまして」


「それはもう入念に確認していらっしゃいました。私よりもです、ふふ」


僕が髪を触りながら決まり悪く会釈すると、隣にいたファラがにこりと微笑んだ。


その笑みは瞬く間に伝播し、周囲から微笑が漏れ聞こえてくる。


「そ、それはそうだけどさ。ファラと僕じゃ、今からやってくる人達との……」


身嗜みに時間が掛かった理由を慌てて告げようとしたその時、「そこまでだ」と父上が低い声で発し、遠くを見るように目配せした。


見やれば、遠目に小さな土煙を上げる木炭車の一団が視界に入ってくる。


「……時間通りだな。皆、くれぐれも失礼のないようにな」


「はい、畏まりました」


父上が念押しすると、周囲の皆からすぐに返事が聞こえてきた。


念押しするのも当然だ。


だって、今から来る人達はバルディア家よりも目上の方々なんだから。


僕は深呼吸をし、近寄ってくる木炭車の一団を見つめていた。



木炭車の一団が屋敷に到着すると、被牽引車が僕達の前にゆっくりと停止する。


牽引していた先頭車輌からルーベンスが降りてきて、被牽引車の扉に手を掛けた。


「皆様、バルディア邸に到着いたしました」


畏まった彼がそう告げて扉をゆっくり開けていくと、車内にいる人影がゆっくりと露わになっていく。


そして、その人影は僕達を見てにやりと口元を緩めながら車輌を降り、バルディアの地に降り立った。


「ライナー殿、婿殿。そして、ファラ。皆も久しいな」


「エリアス陛下。本日はようこそおいでくださいました」


父上が畏まって一礼し、それに倣って僕達も頭を下げた。


そう、今日この地にやってきたのはレナルーテ王国の頂点に立ち、ファラの実父であるエリアス・レナルーテ王その人だ。


「はは、ライナー殿も皆もそう畏まるな。婿殿とファラが婚姻した以上、我らは家族だ。しばしの間、互いの立場を気にせずに参ろうぞ」


「……そう仰っていただけること、有り難く存じます」


エリアス陛下が豪快に笑うなか、父上は眉をぴくりとさせて頷いた。


互いの立場を気にせずに……そう言われても、やっぱり互いの立場はあるからね。


かといってエリアス陛下の気遣いを無下にもできないし、素直に受け取りつつ流すのが賢明、という判断だろう。


「陛下、恐れながらそこに立たれては降りられません」


「おぉ、そうだな。すまんすまん」


車輌内から聞こえてきた凜とした冷たい声に反応してエリアス陛下が横にずれると、ファラと同じ紺色の長髪を靡かせてエルティア義母様が降りてきた。


「ライナー殿、ナナリー殿。そして皆様、本日からよろしくお願いします」


彼女は僕とファラをちらりと見やって、早々にエリアス陛下の奥に移動する。


二人に次いで、少し小さな人影が車内の奥からやってきた。


「ライナー殿、ナナリー殿。皆もどうかよろしくお願いする」


緊張で気恥ずかしそうに少しツンとした口調を発して降りて来たのは、黒髪とツンと目尻の上がった目付きに黄色の瞳を浮かべる『レイシス・レナルーテ』。


彼はファラの腹違いの兄で、僕の義兄にして『ときレラ』の攻略対象の一人だ。


レナルーテの王族に名を連ねる三人がバルディアの地に降り立ち、空気がぴんと張り詰める。


彼らがバルディアにやってきた理由、それは僕達と獣王戦に参列を果たすためだ。


僕がズベーラの食糧難を解決する一案として牛人族と熊人族に水田による稲作を提示した。


事前にレナルーテ王国から農業技術支援を取り付けて、ね。


この提案を牛人族と熊人族は受け容れ、その話はすぐに獣王セクメトスの耳にも届けられた……ここまでは予想通りだったんだけど、セクメトスはすかさずエリアス陛下に親書を送って『獣王戦に招待』したのだ。


帝国の属国となる密約を結びつつも、外貨を手に入れたいレナルーテ。


国境で小競り合いの続くトーガを他国との協力で牽制したいズベーラ。


威信と存在感を示し、経済発展を遂げたい帝国。


これら三国の利害が合致したことで、エリアス陛下は僕達と一緒にズベーラの獣王戦に参列することになったというわけだ。


レナルーテが外貨を得て発展すれば、おのずと帝国にもその利益が入ってくるからね。


帝国の皇帝皇后、高位貴族達もその点をしっかり把握しての政治判断だろう。


「父上、お兄様、母上。ご無沙汰しております」


緊張感に包まれるなか、僕の隣にいたファラがエリアス陛下とレイシスの前に歩み出た。


「うむ。ファラも息災であったか?」


「はい。リッド様はもちろんのこと、お義父様、お義母様。皆様もとてもよくしてくださっております」


「そうか、それは良かったな。しかし、だ……」


「しかし……?」


ファラがきょとんとすると、エリアス陛下は彼女の顔をまじまじと見つめてにやりと笑った。


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