来訪者とリッドの推理
「レナルーテにいる頃よりも、かなり可憐な顔付きになっているぞ。相当、婿殿にほだかされたとみた」
「え、えぇ……⁉」
ファラは顔を真っ赤にして耳を上下させながらたじろぐも、エリアスは「おやおや、その様子は図星かな」と意地悪そうに続け、口元に手を添えながら僕を見てにやにやし始めた。
「婿殿が愛妻家という帝国での噂はレナルーテまで届いておるぞ。ズベーラでは『妻馬鹿』とも呼ばれているそうではないか」
「あはは。噂は全て事実ですし、否定するつもりもありません。ですが、そう茶化さないでくださいエリアスお義父様。皆の目もありますから」
「そ、そうです。茶化すのは止めてください、父上」
「はは、エルティアから聞いていたとおり、二人が仲睦まじい様子で喜ばしい限りだ。これならレナルーテと帝国、もとい我らとバルディアは安泰だな。いやぁ結構結構」
「で、ですから、茶化すのは止めてください、父上」
ファラが珍しく大声を上げるも、エリアス陛下は豪快に笑ったままだ。
気さくなやり取りに、この場にいる皆は呆気に取られている。
この場でエリアス陛下と面識があるのは僕、父上、ファラ、メルなどの一部のみ。
加えてエリアスのこうした気の良い部分を知っているとなれば僕、父上、ファラぐらいだから無理もない。
「……陛下、そろそろお止めください。皆、困惑しております」
「そうですよ、父上。それに積もる話はここでしなくても良いでしょう」
エルティアとレイシスがため息を吐くと、エリアス陛下は「それもそうだな」と頷いた。
「では、ライナー殿。案内をお願いしてもよろしいかね」
「畏ま……」
「ライナー殿。口調を崩してくれたまえ」
「……わかりました。では、こちらへどうぞ」
父上は小さなため息を吐き、屋敷に向かって歩き出す。
その後をエリアス陛下、エルティア義母様、レイシス義兄が続いて行く。
僕達もその後を追いかけていった。
◇
「ほほう。つまり、この屋敷がファラに用意した別邸というわけだな。婿殿」
「はい。ただ、本邸は先の戦いによる襲撃で全焼してしまいましたので、今はこちらが本邸の扱いになっております」
「父上、こちらではレナルーテ式と帝国式のお部屋。それから双方の特徴を取り入れた和洋折衷のお部屋もございます。どれも素晴らしい造りですので、きっと旅の疲れが癒やされると存じます」
ファラが補足するように僕に続くと、エリアス陛下は目を細めて「そうか、そうか」と頷いた。
邸内の案内をエリアス陛下にお願いされた僕は、皆を先導するべくファラと並んで先頭を歩いている。
陛下の隣にはレイシス義兄さん、背後にはエルティア義母様が続いている。
レイシス義兄さんは平静を装いつつも、屋敷の造りに興味津々らしくて目線が忙しない。
エルティア義母様は前回に続いて二回目の訪問になるし、落ち着いた雰囲気で淡々としているようだ。
「……ところで婿殿」
「はい、何でしょうか?」
陛下はそう切り出すと、僕の耳元に顔を寄せてきた。
「婿殿はライナー殿と私が交わした『例の件』を知っているのかな?」
「父上と交わした例の件……ですか?」
はて、何のことだろう。
父上とエリアス陛下が特別に交わした約束があるのだろうか。
だけど、僕は何も聞かされていない。
つまり、知らなくて良いこと。
あるいは知らない方が良いことだろう。
僕は素知らぬ顔で首を横に振った。
「申し訳ありません。これといって心当たりがありません。父上に尋ねてみましょうか?」
「いやいや、知らないならそれはそれで構わんよ。忘れてくれたまえ」
「はい、わかりました」
にこりと微笑みつつ、ちらりと背後を見やれば父上がこちらを見て微笑んでいた。
ただし、目の奥が笑っていない。
僕はすっと前を向いて、平静を装いつつ考えを巡らせた。
エリアス陛下は屋敷の造りを見て、父上と交わした『例の件』と言ってきたわけだから、おそらく『例の件』とやらはこの屋敷に関わっているはず。
でも、父上は『例の件』の詳細を僕に伝えていない。
もし教える必要がない、あるいは僕が知らなくていい……そういう判断を下したと仮定するなら、僕が嫌がる、もしくは気を遣ってしまう問題なのかもしれない。
父上とエリアス陛下が交わした約束、新屋敷、僕が気を遣うもしくは嫌がること、か。
うー……んと、皆に悟られぬよう唸ったその時、ファラが「父上。こちらのお屋敷なんですけど……」と嬉しそうに切り出した。
「レナルーテでリッド様と顔合わせした後、『バルディア領で暮らすなら、どんなお屋敷が良いですか?』って聞いて下さって、その要望のほとんどを叶えて下さったのです」
「ほう、それは初耳だ。しかし、王族との顔合わせでそのような求婚同然の発言をするとは。やはり婿殿は隅に置けぬな」
「あ、あはは。恐縮です」
照れ隠しに頬を掻くも、何やらエリアス陛下から鋭い視線で射貫かれた気がした。
それになんだろう。
名刀で銅をばっさり横一文字に一刀両断されたような、この感覚は。
血の気が引いてぞっとするも、結果的に頭も冴えたのか、僕の脳裏で全てが繋がったような気がした。
そういえば、この屋敷を新築で建設することが決まった時、駄目元で全ての要望を突っ込んだ超、超高額の申請書を出したんだよね。
でも、予想に反して父上は一言も反対せずに通してしまい、こちらが面を喰らったほどだ。
あの時は唖然として、お金の出所を深く考えていなかった。
だけど、屋敷の造りを見てエリアス陛下が父上との『例の件』という発言をした以上、お金の出所はエリアス陛下もといレナルーテだったのかもしれない。
ファラとの顔合わせで初めてレナルーテに出向いた際、高位華族の『ノリス・タムースカ』の陰謀に僕は巻き込まれた。
詳しいことは知らないけど、父上は内心憤慨していたみたいだし、『例の件』とはあの一件を元に引き出したことなのかもしれない。
ふいにファラを見やれば、エリアス陛下に満面の笑みで屋敷のことを語っている。
僕の考えが事実かどうかわからないけど、確認すればファラは気を遣ってしまうだろう。
ファラの笑顔と、レナルーテの国庫あるいはエリアス陛下のお財布事情。
どちらを取るべきかと言われれば、僕が選ぶのは『ファラの笑顔』一択のみ。
うん、決まりだね。
『例の件』は金輪際忘れよう。
一、二の……ポカン。
僕は『例の件』について綺麗に忘れた。
そして、にこりと微笑み、エリアス陛下に振り向いた。
「エリアス陛下。ところで昼食は取られましたか?」
「いや、まだだ。バルディアでの食事は実に美味と聞いていたのでな」
「では、部屋にご案内した後、皆で会食するのは如何でしょうか?」
「うむ、そうしてもらえると有り難いな。レイシス、エルティア。二人も異論ないかね?」
「はい、私は構いません」
「私も異論ございません」
二人がこくりと頷くと、エリアス陛下はこちらに視線を戻した。
「だそうだ。婿殿、改めて案内を頼むぞ」
「畏まりました。では、こちらへどうぞ」
僕は威儀を正し、エリアス陛下達をこの屋敷で最も位の高い部屋に案内した。




