リッド達の帰館3
「えぇええええええ⁉ 牢宮で一年過ごしたぁああああ⁉」
メルが目を見開き、その場で勢いよく立ち上がる。
座っていた椅子が倒れ、その大声が轟いて部屋の壁と窓を震わせる。僕は慌てて首を横に振った。
「そんな大声を出しちゃダメだよ、メル。この場にいる皆だけに話す秘密なんだから」
「ご、ごめんなさい。だ、だけど、そんなこと急に言われたらいくら何でも驚いちゃうよ」
「そうですよ、リッド義兄さん。地上と牢宮内で流れる時間が違うなんて聞いたことがありません」
メルが軽く頭を下げるなか、キールが身を乗り出してきた。
ティスとシトリーは目を瞬き、信じられないと言った顔をしている。
この場で僕達が牢宮で一年過ごしたことを知っているのは、牢宮で一緒に過ごした皆と母上、父上、サンドラ、ディアナのみ。
メル、キール、ティス、シトリー、ダナエ達は知らされていないから驚くのも無理はない。
「そうだろうね。僕もフェイと出会って初めてそういう牢宮があることを知ったんだ。そして、その証拠となるのがこの長髪ってこと」
「あ……⁉」
後ろでまとめていた髪を前に持ってくると、メル達が察したらしくハッとする。
その様子を見ていた父上が咳払いをしてこの場の耳目を集めた。
「リッド達が牢宮で特別な修練をすることを許可したのは私だ。もちろん、ナナリーには事前に伝えて了承をもらっている」
「……此度の獣王戦はバルディア家の行く末を左右するものになります。苦渋の決断だったことを理解してください」
「ナナリーの言うとおりだ。この件はくれぐれも内密にな」
父上と母上の言葉に皆はしんとし、部屋に重苦しい雰囲気が漂い始めてしまう。
僕は空気を切り替えるべく咳払いをし、「さて……」と話頭を転じた。
「この場にいる皆に、牢宮で過ごした一年間の成果を見せるね」
「一年の成果……?」
皆が顔を見合わせる中、僕は立ち上がって母上の側に歩み寄っていく。
事前に相談と許可を得ている父上とサンドラに歩きながら目配せすると、二人はこちらにやってきてこくりと頷いた。
でも、何も知らされていない母上はきょとんとしている。
「えっと、どうしたのかしら?」
「母上、恐れ入りますが両手を出してもらえますか」
「え……? えぇ、わかりました」
母上がおずおずと両手を出すと、僕はその手を優しく握った。
母上の手はとても暖かくて柔らかい。
僕は深呼吸をし、自身の中に流れる魔力に属性を与えていく。
母上の持つ属性素質は『水』『氷』『雷』『樹』『闇』の五属性だ。
ちなみに父上は『火』『風』『光』『土』の四属性。つまり、僕とメルは両親から全ての属性素質を受け継いだということになる。
全属性の素質を持って生まれたことには、これまでに何度も感謝した。
だけど、今日という日は、きっと後にも先にも最大の感謝をする日になるだろう。
「母上、大好きです」
「え……?」
母上が小首を傾げたその瞬間、僕は体の中で属性付与した魔力を繋いだ手からゆっくりと流し込む。
僕と母上を中心に淡い光が発せられ、小さな魔波が巻き起こる。
皆が何事かとざわめくなか、母上は「これは……⁉」と何かを察した様子で目を瞬いた。
「もしかしてリッドの魔力ですか?」
「さすが母上です。すぐに気付かれちゃいましたね」
僕が目を細めて微笑んだ瞬間、フェイが宙に舞い上がって胸を張り、ドヤ顔を浮かべた。
「これぞ、僕がリッドに教えた『魔力譲渡魔法』である」
「魔力譲渡魔法……魔力譲渡魔法だって⁉」
皆の目が点になるなか、キールがハッとして大声を上げた。
「そ、そんな馬鹿な。魔力譲渡魔法なんて、ミスティナ教の聖典に出てくるぐらいでしか聞いたことがありません。本当に、本当に魔力を譲渡しているんですか⁉」
「あぁ、その通りだ」
父上がこくりと頷き、集中している僕の代わりに『魔力譲渡魔法』のことを語ってくれた。
フェイから僕が教わった経緯、緻密な魔力変換と調整力が必要なことから誰でも扱えるような簡単な魔法ではないこと。
僕が今日という日のため、修練と並行して魔力譲渡魔法の練習をしていたことを、だ。
「……以上だ。この件も、くれぐれも内密にな」
「あ、あはは。バルディアが急激に発展した真の理由を垣間見た気がします」
キールは唖然とし、どさりと椅子に腰を落とした。
「じゃ、じゃあ、母上の魔力枯渇症はこれで完治できるの⁉」
メルが身を乗り出して尋ねると、「いいえ」とサンドラが首を横に振った。
「残念ながら魔力譲渡は魔力回復薬と同じで、あくまで対処療法になると思われます」
「そう、なんだ……」
メルはしょぼんとして俯くも、「しかし……」とサンドラは力強く続けた。
「ナナリー様の魔力が回復することは魔力枯渇症の治療に間違いなく良い影響を与えるでしょう。おそらく完治は間近になると思われます」
「……⁉」
メルがばっと顔を上げて目を大きく見開いた。
その目はみるみる潤みだして「本当に、本当に……⁉」と視線を僕と父上に向けてくる。
僕と父上がこくりと頷くと、メルは「あ、あぁ。うぁあああ」と大粒の涙を流し始めた。
「良かったね、メル」
「うん、うん……⁉」
キールがメルの肩を優しく抱き寄せた。
メルは頷きながら彼の胸に顔を埋めて肩を震わせている。
その様子を横目で見ていると、母上から「リッド……」と呼びかけられる。
振り向けば母上の目は潤み、今にも溢れ出しそうだ。
「はい、何でしょうか」
「貴方の魔力、とっても暖かくて優しいの。まるで、木漏れ日の下にいるみたいだわ」
「そう言ってもらえて嬉しいです。一年間、頑張った甲斐がありました」
「ありがとう、リッド。こんなに想ってもらえるなんて。私は幸せ者ね」
「いいえ、幸せなのは僕です。だって、こんなに素敵な家族に囲まれているんですから」
母上の声は震え、目からはいよいよ涙が頬を伝っていった。
その姿を前にして、僕の脳裏に前世の記憶が蘇った日から今日に至るまでの日々が思い起こされ、目頭が熱くなっていく。
そして同時に、母上の持つ魔力が僕と比べていかに少ないのかを理解させられる。
どれだけ注いでも、全然埋まる気配がない。
ひび割れしたグラスにでも注いでいるような感覚だ。
以前より大分回復しているはずなのに。
どれだけ、どれだけ頑張ってくれていたんだろう。
母上の強さ、想いに触れた気がして、僕の目からも涙が溢れ出した。
でも、あと少し。
母上の完治までもう少しのはずなんだ。
部屋にいる皆から鼻を啜る音が聞こえてくるなか、「あの~……」とフェイが気まずそうに発した。
「魔力譲渡魔法で母君は回復に向かっているんでしょ? どうして皆で泣いてるの」
僕は鼻を啜って「ふふ」と笑った。
「嬉しいんだよ。人は嬉しくても泣くんだよ、フェイ」
「へぇ。そう、なんだ。不思議だね」
「うん。不思議でしょ」
僕達が肩を震わせ、すすり泣く様子をフェイは不思議そうにずっと眺めていた。




