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【WEB版】やり込んだ乙女ゲームの悪役モブですが、断罪は嫌なので真っ当に生きます【書籍&コミカライズ大好評発売中】  作者: MIZUNA
第十章

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リッド達の帰館

「あはは。思いがけないところで大騒ぎになっちゃいましたね」


「……私もうっかりしていた。確かに一ヶ月程度では髪はそこまで伸びんからな」


「ふふ。皆様、リッド様のお姿に驚いておられましたね」


僕は苦笑しながら頬を掻いて、父上は額に手を当て俯き、ファラは楽しそうに微笑んでいる。


いま居る場所は、父上の執務室。


僕とファラはソファーに並んで腰掛け、机を挟んだ正面には父上。


室内の壁際にはティンク、カペラ、アスナ、ジェシカが控えている。


牢宮での修練を終えた僕とファラ。


そして、ブレイド・ベル隊所属となった皆はついさっきバルディアの屋敷に帰ってきた。


ただ、出迎えてくれたメルを始めとした皆は僕の容姿を見て唖然としてしまったのだ。


今の僕は後ろ髪を伸ばし、父上のように結んだ髪形をしている。


前髪は以前と変わらないけどね。


皆がざわめくなか、騒ぎを聞きつけた父上がやってきた。


『リッド、ファラ。二人はすぐに執務室に来なさい。残りの面々は第二騎士団宿舎に戻って待機。体を休めなさい』


その指示に従い、ブレイド・ベル隊所属の皆とカーティスは宿舎へ移動。


僕とファラは執務室に移動したというわけだ。


牢宮内は時の変化を感じにくいし、僕だけあえて髪を伸ばすことで月日が経ったことをわかるようにしていたつもりだった。


髪を伸ばした今の僕の姿は父上と似ているらしく、ブレイド・ベル隊の皆からは好評を得ている。


定期的に牢宮へ様子を見に来ていた父上にも評判が良く、そのままにしていた。


ただ、牢宮内では約一年の時が流れても、メルをはじめ屋敷にいた皆には一ヶ月程度の時間しか流れていない。


ちょっと違うけど前世の記憶にある昔話『浦島太郎』と似たような状況だろうか。


驚いたのは帰ってきた僕ではなく、待っていた皆だったけど。


「はは、リッドも父君も意外とうっかりしているとこ、あるよねぇ」


どこからともなく明るく声が聞こえ、唐突に黒い渦が宙に出現した。


次いで、あどけない顔付きと背中に蝶の羽を持つフェイが現れる。


「牢宮と地上の流れる時間差を利用した修練を言いだしたのはリッドなのにさ。それを最後に忘れちゃうなんて。詰めが甘いよねぇ」


「フェイ。そういう君だって気付いてなかったじゃないか」


むっとして睨むと、彼は肩を竦めておどけながら僕の隣に腰掛けた。


「僕はリッドが長い髪の姿を皆に見せたいのかなぁ、ってぐらいにしか思ってなかったからね。事前に言われていたら声掛けぐらいしたさ」


「き、君って奴は……」


ちょっとイラッとしてこめかみがぴくりとするも、「大丈夫ですよ」とファラが宥めるように切り出した。


「私をはじめ、残りの皆は以前と同じ姿でしたから。身長は少し伸びていると思いますが、それもよくよく見なければわかりません。少し残念ですけれど、リッド様が髪を切ればすぐに騒ぎは落ち着くと思います」


「まぁ、それもそうだね」


僕は後ろ髪を確認するように触りながら頷いた。


この髪を見ていると、牢宮で行った修練の日々が脳裏に思い出される。


開始当初は魔圧の負荷も軽かったけど、高魔圧環境下の修練は想像以上に過酷だった。


魔圧の段階が上がるにつれて、ただ立つだけでも辛く、何度地面にひれ伏したことか。


まぁ、それでも目標はやり遂げたけどね。


おかげで地上に戻った時、自分が存在しないかのように軽くて驚き、皆で大はしゃぎしたのは父上には秘密だ。


「……やはり、切らねばならぬか。惜しいな」


父上が顔を顰め、僕の髪を見ながら心底残念そうに唸った。


「え……?」


「あ、いや、何でもない」


きょとんとするも、父上はすぐに頭を振っていつも通りの表情に戻った。


「しかし、だ。髪を切る前にその姿、ナナリーにも見せてやるべきだろう。皆から話は聞いているはずだからな」


「そうですね。では、善は急げ。早速参りましょう」


「今から行くのか?」


僕がすっと立ち上がると、父上は戸惑った様子で目を瞬いた。


「父上、お忘れですか? 僕は母上と約一年も顔を合わせられていないんですよ。早く会いたいに決まっているではありませんか」


「お義父様、リッド様の仰るとおりです。私も同じ気持ちです」


ファラが僕の言葉に続き、その場に立ち上がった。


父上は定期的に様子を見に来てくれたから、牢宮での修練中にも何度か僕達と顔を合わせている。


だけど、母上は病気の治療もあるし、牢宮の環境は病状にどんな影響があるかわからない。


当然、牢宮を訪問することは固く禁じられていた。


「そうか、そうだったな」


父上は僕の気持ちを察してくれたらしく、ふっと表情を崩した。


「さぁ、早く参りましょう」


「参りましょう、お義父様」


僕とファラが身を乗り出すと、父上は「わかった、わかった。そう急くな」とゆっくり立ち上がった。


「だが、お前達の身に起きた変化の理由は、メル達にも伝えておくべきだろう」


父上はそう告げると、壁際で控えていたティンクを見やった。


「ティンク。悪いがメルとティス達を呼んできてくれるか?」


「畏まりました。ご配慮、感謝いたします」


彼女は会釈して顔を上げるなり、早々に退室する。


次いで、扉が閉まると廊下を駆ける音が聞こえ、だんだんと遠のいていった。


僕達と一緒にいたから、ティンクも娘のティスと会うのは約一年ぶりになる。


玄関で会ったといっても顔を合わせた程度だったし、逆に会いたい気持ちが爆発したのかもしれない。


そう考えてみればカペラとジェシカも同じ思いがあるのかも。


「えっと、カペラも奥さんのエレンに会いたいんじゃない?」


「お気遣いありがとうございます。しかし、私はリッド様の護衛でございます故、大丈夫でございます」


僕の言葉に、彼はゆっくりと首を横に振った。


エレンは第二騎士団の開発工房に属するドワーフの女性で、カペラに一目惚れして押しの一手の末に結婚まで至っている。


「リッド、ファラ。ナナリーと会った後、今日の護衛は第一騎士団で代わりの者を私が手配しておく。ティンクとカペラ、アスナとジェシカは早めに休みなさい」


父上がそう言うも、ジェシカは畏まって「いえ」と頭を振った。


「お気遣いは……」


「気遣いではない。これは命令だ」


父上が声を少し低くし、ジェシカとカペラを見やった。


「言い方を変えよう。体を休めて次の大事に備えろと、そう言っている。体調管理も立派な仕事だ。数日後には獣王戦に参列するため、我々はバルディアを発つ。当然、君達は共をすることになるだろう。休めるうちに休んでおくんだ」


「父上の言うとおりだよ。これは命令。いいね、カペラ?」


「そうです、これは命令です。ジェシカもアスナも、いいですね?」


父上の言葉に僕とファラが続くと、三人は諦めた様子で「畏まりました」と頷いた。


「決まりだな。リッド、後でティンクにも同じことを伝えておくことを忘れずにな」


「はい、承知しました」


「よし。では、行くぞ。ナナリーもお前達に会えないことを、ずっと寂しがっていたからな」


父上はそう言って執務室の扉を開け、母上の部屋に向かって颯爽と歩き出した。


僕達はすかさずその後を追いかける。


約一年ぶりに母上に会えるんだ。


僕の髪を見たら母上はなんて言うかな。


やっぱり驚くかな、それとも父上と似てるって喜んでくれるかな。


様々な考えが頭を駆け巡り、胸がわくわくして足取りが軽くなる。


執務室から母上の部屋への道は何度も通っているはずなのに、今日はとても遠く感じた。


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