バルディア訪問の終わり2
「それならいいけれど。じゃあ、帝都に戻ったら皆に『真珠』が鍵となる恋物語を沢山書いてもらうようお願いするわね。そして『華と恋』で全面的に真珠を推すわ」
「うん、よろしくね」
ヴァレリが念のために確認したいという例の件とは、真珠を結婚の申し込みに使う文化を根付かせるための商業的な戦略だ。
兎人族領の養殖で産出される真珠をより多くの人達に買ってもらうためのね。
「あ、それから、もし『華と恋』で真珠の物語で人気作が出来たら舞台化もお願いね。もちろん、バルディアから援助もするからさ」
「漫画で人気が出たら舞台化ねぇ。完全なメディアミックス戦略じゃない」
彼女は呆れ顔を浮かべてやれやれと肩を竦めた。
メディアミックス戦略。
前世で人気が出た小説や漫画のアニメ、ドラマ、映画、舞台といった映像化を進め、グッズ販売に繋げていく手法のことだ。
この世界ではまだ映像化はできないけど、実写化なら舞台で可能だからね。
実力のある俳優と女優を用意し、二人が将来を約束する時に真珠の指輪を贈る場面を演出する。
そうすれば令嬢達は憧れから真珠を求め、子息達はそれに応えるべく指輪を用意するだろう。
そこに兎人族領で産出された真珠を売っていくというわけだ。
「リッド様。木炭車と被牽引車の準備が終わりました」
明るく元気な声が聞こえて振り向けば、そこにはドワーフのエレンとアレックスが畏まっていた。
「わかった。ありがとう」
僕が返事をすると、二人は会釈して父上のところに向かって行った。
同様の報告をするためだろう。
彼らの背中を見つめているなか「さて……」とデイビッドが切り出した。
「リッド、キールのことをこれからも頼むぞ」
「わかってる。デイビッドこそ、帝都に戻ったら公務があるんでしょ? 大変だろうけど頑張ってね」
「はは、そうだな」
彼が笑みを溢すなか、近くにいたキールが小さなため息を吐いた。
「デイビッド兄さんとリッド義兄さんに言われずとも、私は私でちゃんとやってますよ」
「そう言うな。バルディアで滅多なことはないとしても、私達はお前のことをいつも案じているのだからな」
デイビッドはそう言って、キールの頭にぽんと手を置いて優しく撫でた。
「や、やめてください。恥ずかしいじゃないですか」
「たまには良いじゃないか。兄弟愛の表現というやつだ」
キールは口を尖らせているものの、満更でもないみたいだ。
微笑ましい光景にほっこりしていると、「お前達、そろそろ時間だ」とアーウィン陛下の声が響きわたった。
僕達は和気あいあいとしながら、デイビッド達が搭乗する被牽引車の前に移動する。
父上、母上達も一緒だ。
「ライナー、リッド。この数日、とても有意義な時間であった。これからも、貴殿達の活躍を大いに期待しているぞ」
「陛下の有り難きお言葉、恐悦至極に存じます」
父上が畏まって一礼し、僕達バルディア家の面々も深く頭を下げた。
「うむ、ではな」
僕達が頭を上げると、陛下は笑顔を残して被牽引車に乗り込んだ。
次いでマチルダ陛下が乗り込むと思いきや、彼女は「リッド、少しよろしいですか」と僕の側にやってきて耳元に顔を寄せてきた。
「獣王戦で負けることは許されません。そのことをくれぐれも忘れぬようお願いします」
「は、はい。承知しております」
「その言葉、しかと聞きましたよ」
マチルダ陛下はにこりと目を細め、顔を上げると皆を見やった。
「皆と過ごした時間、とても楽しいものでした。いずれまた会いましょう」
彼女は畏まってそう告げ、陛下と同じ車両に乗り込んだ。
その後、デイビッド、アディ、ヴァレリが続く。
後続車にはデーヴィド、ベルゼ、マローネ達が乗り込み出発する。
「皆、またね」
「皆様、またいらしてくださいね」
僕とファラをはじめ、皆で彼らに手を振って見送った。
やがて木炭車の姿が見えなくなる。
これでようやく一息付けるかな、そう思って胸を撫で下ろしていたその時、「皆様が無事、帝都に辿り着くよう願うばかりです」と冷たくも凜とした声が背後から聞こえてくる。
ハッとして振り返れば、エルティア義母様が僕の後ろに静かに立っていた。
「え、エルティア義母様⁉」
「……? リッド殿、何を驚かれているのです。私がレナルーテに発つのは明日だとお伝えしていたはずですが?」
「そ、そうでしたね。申し訳ありません、急に後ろから声が聞こえてきてつい驚いてしまったんです」
決まりが悪く頬を掻いていると、彼女は小さく咳払いをした。
「皆様を見送って早々に申し訳ありませんが、リッド殿、ファラ様にお伝えしたきことがございます。よろしければ部屋でお話してもよろしいでしょうか」
「え、は、はい。僕は構いませんけど……」
急な申し出に戸惑いつつファラに目配せするも、彼女も何も聞いていないらしく小さく首を横に振った。
「ありがとうございます」
エルティア義母様は僕の返事を聞き、父上と母上に視線を向けた。
「では、ライナー様もご一緒によろしいでしょうか。可能であればナナリー様もお願いいたします」
「わかりました。ナナリー、体調は大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。では、場所を変えてお話いたしましょう」
僕達はエルティア義母様の話を聞くべく、屋敷の部屋に向かって歩き出した。
それにしても、陛下達が出立してから伝えたいことがあるなんて。
レナルーテ王国の内情に関わる問題か何かだろうか。
移動中、僕の胸はどきどきと緊張していた。
◇
「皆様、改めてお時間をいただきましてありがとうございます」
屋敷内にある来賓室の一室。
皆で長机の席に着いて早々、エルティア義母様がその場に立って畏まった。
「いえ、お気になさらず。それよりも、お伝えしたい事とはどのようなことでしょうか」
父上の発した言葉に、エルティア義母様は僕を横目でちらりと見やった。
「リッド殿がズベーラ国内の牛人族、熊人族との会談でレナルーテから農業支援を受けられるとお伝えした事に関係しております」
「なるほど。しかし、その件は事前にエリアス陛下に了承を得ていたはずです。まさか今になって難しいと仰るわけではありますまい?」
「はい、そのようなことはございません」
エルティア義母様は父上の問いかけにこくりと頷いた。
「実は現獣王セクメトス・ベスティアからレナルーテに親書が届けられたのです」
「……それは初耳です」
僕は思わず声が漏れてしまった。
牛人族部族長ハピス、熊人族部族長カムイでもなく、セクメトスが親書を送ったという点が気になる。
「こちらは写しになりますが……」
皆の注目を浴びるも、エルティア義母様は動じることなく淡々とした口調で懐から封筒を取り出し、中から一通の手紙を手に取って口火を切った。
「これにはこう書かれております。『バルディア辺境伯家を通じ、農業大国と名高いレナルーテ国から農業技術支援を受けられること。獣王として誠に感謝しております。この機に将来を見据え、両国の親交を深めたいと考えております。つきましては獣王戦観覧の来賓席に皆様をご招待いたしたく存じます』……以上です」
エルティア義母様はそう告げると手紙を封筒に戻して懐にしまった。
「正式な返答はまだしておりませんが、エリアス陛下は前向きに検討しております。私がレナルーテに戻り次第、返答をなさることでしょう」
「返答……それはつまり、エリアス陛下も獣王戦を観覧されるということでしょうか」
父上が聞き返すと、エルティア義母様はこくりと頷いた。
「えぇ、そのように考えて頂いて構わないかと存じます」
マグノリア帝国とレナルーテ王国は同盟を結んでいるが、これはあくまで表向き。
実際は密約によって、レナルーテは帝国の属国だ。
国内外を問わず政治的に大きな動きがある場合、必ず帝国に確認を取る必要があるはずなんだけど、帝都でこの議題で会議が行われたという報告は受けていない。
この場で二国間の密約を知るのは、僕と父上だけ。
互いに軽い目配せをして訝しむも、エルティア義母様は察したように「この件……」と続けた。
「密かにアーウィン陛下とマチルダ陛下に相談したところ『バルディア家を通じて両国の関係が深まることは実に良いことだ』と背中を押していただきました。エリアス陛下も喜ばれることでしょう」
「……そうでしたか。陛下達がそう仰っているのであれば、私達から言うことは何もありません」
父上は眉をぴくりとさせるも、すぐに目を細めて微笑んだ。
密かに、ということはここ数日。
陛下達がバルディア訪問中に話を詰めたということだろう。
もしかすると、エルティア義母様は陛下達がバルディア訪問する情報を事前に得ていたのかもしれない。
レナルーテの王族がズベーラの獣王戦を来賓として観覧する、となれば貴族の革新派と保守派でまた会議が荒れるはずだ。
最悪、日程が間に合わなくなる可能性だってあったはず。
それを見越し、アーウィン陛下とマチルダ陛下に直接尋ねて了承を取った……というところだろうか。
エリアス陛下の考えか、はたまた暗部をまとめるザックの入れ知恵か、あるいはエルティア義母様の閃きか。
何にしても、相変わらず強かな人達だ。
感嘆と若干の呆れが胸に入り混じるなか、「さて……」とエルティア義母様が僕に視線を向けた。
「リッド殿。先日もお伝えしましたが、気を引き締めてヨハン様との試合に挑むようお願い申し上げます」
「はい、もちろんです。負けるつもりはこれっぽっちもありませんから」
「ご活躍、期待しております」
僕が胸を張って笑顔で応じると、エルティア義母様の表情が少しだけ和らいだような気がした。
「ナナリー様とファラ様に置かれましては……」
エルティア義母様は二人にエリアス陛下のことを伝え始めた。
多分、顔を合わせた時に失礼がないようにだろう。
獣王戦、本戦開始前に行われる僕とヨハンの前哨戦。
最初はセクメトスの思惑からはじまったことだけど、今となっては帝国、レナルーテ、ズベーラが関わる大きな政になっている。
将来的にバルディア家と時の獣王による縁談が決定してしまうことが大きな要因だろうけど、この取り決めのせいでマチルダ陛下、エルティア義母様からくる圧はとんでもない。
万が一にでも僕が負ければ、バルディア家は帝国とレナルーテ。
二国の信頼を損ない、最悪ファラはレナルーテに帰郷せざるを得なくなる。
そんなことになれば、バルディア家が苦境に立たされることは想像に難くない。
それこそ断罪の憂き目に遭う可能性だってある。
まぁ、でも、絶対にそんなことにはならないけどね。
獣王戦開催まで、まだ一ヶ月以上は残されているんだ。
それまでに僕は必ず強くなってみせる。
とっておきの秘策もあるんだから。
何人であろうと、僕の家族【バルディア】に手を出させるものか。
僕はそう心で呟き、部屋の窓からズベーラの方角に漂う雲を見据えた。




