暗転、蠢く陰謀
「私が神となって世界を統べるその日が、いよいよ近づいてきた」
落ち着いた優しげな声が静かに響いた。
しかし、その声には狂気と嬉々とした感情が入り混じっている。
窓が一つもなく、天井に吊るされたシャンデリアの蝋燭が白を基調とした荘厳な内装を照らす室内。
部屋の最奥には、煌びやかな細かい装飾が施された格式高い椅子が設置されている。
それはまるで玉座のようであった。
そして、その椅子には白を基調とした厳かな服装に身を包んだ一人の男が腰掛けている。
彼の前には男と類似した服装に身を包んだ、性別、身長、体格に統一感のない個性溢れる十人の羽を持つ人物達が立ち並び、畏まっていた。
「おめでとうございます。我ら一同、その日を心待ちにしておりました。いついかなる時でも動員可能でございます」
立ち並ぶ十人の中から、赤い髪を左右で結んだ一人の少女が代表するように声を発して一礼した。
「あぁ、そうだろう。そうだろうな。その時のため、私が選りすぐった人材なのだから」
彼女の言葉に満足したらしい男は椅子の肘掛けを使って頬杖を付き、ゆっくりと足を組んだ。
「しかし、だ。気掛かりなこともある」
男の表情がやや曇り、少しながら声に棘がでた。
たったそれだけの変化で、立ち並んでいた十人の人物達の体が震え、一部は顔から血の気が引いて真っ青になっていく。
「めでたきその日には、今までと違う動きがあることだ。わかっているな」
「はい。レナルーテ国の王族及び帝国のバルディア辺境伯家の招待。リッド・バルディアとヨハン・ベスティアで行われる前哨戦。この二つでお間違いないでしょうか?」
少女の即答に気を良くしたらしい男は目を細め、「その通りだ」と頷いた。
「レナルーテは取るに足りんが、昨今発展著しく大陸全土に影響力を伸ばしつつあるバルディア家の動向は注意せねばならん。特に『エルバ・グランドーク』を倒したリッド・バルディア。あの子を放っておけば、将来的に必ず邪魔になるだろう」
「それでしたら私【わたくし】めにリッド・バルディア。いえ、バルディア家の暗殺をご下知ください」
男の言葉に返事をしたのは少女ではない。
立ち並んでいた者達の中から、大きな黒い翼と橙色の長髪を持ち、鋭く残忍そうな目付きをした青年であった。
「私の力を用いれば秘密裏にバルディア領の屋敷へ潜入し、バルディア家全員を暗殺してご覧に入れましょう」
「ほう、頼もしいな」
男は興味深そうに相槌を打つも、「だが……」と眉間に皺を寄せ、青年を刺すような視線で射貫いた。
その一瞬で室内の緊張が高鳴り、床、壁、天井がきしみ、シャンデリアに灯る蝋燭の火が激しく揺らいだ。
「私がいつ、お前に助言を求め、発言を許したのだ?」
「で、出過ぎた真似をいたしました。申し訳ありません。どうか、どうかお許しください」
青年は慌ててその場に跪き、額を床に付けた。
「浅慮で見苦しい。身の程を知ってわきまえろ」
男が椅子に座ったまま冷たく告げ、青年を指さした次の瞬間、魔波が吹き荒れて青年が呻き声をあげながら床にめり込み始めた。
「お、お許しを……お許しくだ……さい」
「私が神となる日は愚かな民衆の前で絶対的な力を披露し、服従を誓わせるのだぞ。バルディア家で問題が起きれば、その絶好の機会を失うことになる。そんなことすらわからないとは。不躾で無能な者など私には不要だ」
「おゆ、るし……あぐ、あがぁあああああ⁉」
男が力を強めたらしく、青年を中心にして床に激しい亀裂が入っていく。
周囲にいた者は何も言わず、何もせず事の成り行きを見つめていた。
程なく青年から呻き声も聞こえなくなり、もうこれまでかと周囲が思ったその時、「お待ちください」と少女が男の前に出た。
「このような不躾で浅慮な者でも、来る日の戦力にはなりましょう。処分はその時の活躍に応じてお決めになるのは如何でしょうか?」
「……ふふ、相変わらず私が好む言葉をよく知っているな。優しく、賢しい奴だ。私はお前のそういうところが気に入っている。良いだろう」
男が青年に向けて立てていた指を折ると、部屋に満ちていた魔波と魔圧が止んだ。
しかし、青年は床にめり込んだまま動かなかった。
どうやら気を失っているらしい。
少女が周囲に目配せしたところ、巨大な体格をした全身鎧姿の者が片手で青年を掴み、肩に背負った。
「そいつが目を覚ましたら伝えておけ。貴様の代わりなぞ、いくらでもいるとな」
「承知いたしました」
少女が答えて間もなく、全身鎧に身を包んだ者は男達に会釈して青年を担いだまま退室した。
扉の閉まる音が小さく響き、部屋は重い沈黙と緊張感に包まれていく。
「恐れながら申し上げます」
動じず胸を張り、畏まりつつも声を発したのは少女だった。
「主に『将来的に必ず邪魔になる』とまで言わせたリッド・バルディア。そして、バルディア家に属する者達。かの者達は如何に対処すればよろしいでしょうか」
「血祭りを催すためには生け贄が必要だ」
「は……?」
男の答えの意図が分からず、少女は目を瞬いた。
「余興だよ。神となって世界を統べる余興の儀式だ。帝国に属する高位貴族であるバルディア家。その血筋の者を使った血祭りを行い、愚民共の心を支配するのに使うつもりだ。将来の憂いを消し、かつ私が神であることを国内外に誇示する好機になるだろう」
男は目尻を下げ、口角をにやりと上げた。
その姿から発せられる異常な殺気と狂気に、少女は身震いし、ごくりと喉を鳴らして息を飲んだ。
「バルディア家に属する者達は生け捕りにし、私の前に跪かせろ」
「か、畏まりました」
少女がハッとして一礼すると、彼女の背後に立っていた者達も畏まって頭を下げた。
「期待している。しかし、念には念を入れて手駒を増やしておくべきかもしれんな」
「手駒を……でございますか?」
顔を上げた少女が聞き返したところ、男は「そうだ」と頷いた。
「丁度良く外で育った小鳥達がいるではないか。出来損ないではあるが、あの小鳥たちに流れている血にはよく馴染むであろう。お前達同様にな」
「……僭越ながら、小鳥は小鳥に過ぎません。馴染んだとしても計画の邪魔になるかと」
「それは私が決めることだ。時期がくれば命令を下す」
「し、しかし……⁉」
食い下がろうとするも、男は凍てつくような視線で彼女を射貫いた。
少女は「う……⁉」と言葉を発せられず、口をぱくぱくとさせてたじろいだ。
「生き延びたいのであろう。お前が生き残るため、犠牲となった皆のためにもな。長生きしたければ、お前はただ従え。良いな」
「畏まり……ました」
「そうだ、それでいい」
少女が頷いた姿を見て、男は満足そうに口元を緩めていた。
『群れから離れた小鳥は大鷲に狙われる。そう言ったはずだぜ。しっかり守ってくれよ』
とある少年の顔を思い浮かべ、少女は俯いたまま心の中でそう呟いていた。




