バルディア訪問の終わり
「ライナー、此度のバルディア訪問。とても良いものであったぞ。なぁ、マチルダ」
「えぇ、陛下の仰る通りです。バルディアの繁栄ぶりをこの目で見られましたし、今後の発展も楽しみです」
「お二人にそう仰っていただけること。大変嬉しく存じます」
アーウィン陛下とマチルダ陛下の言葉に、父上は畏まって頭を下げた。
陛下達と子息令嬢達によるバルディア訪問の日程はつつがなく進み、今日はバルディアから帝都に向けて皆が出発する日だ。
この場にいない帝国貴族の子息令嬢達は、彼らの宿泊施設に直接木炭車と被牽引車【トレーラーハウス】が出向いているから、そのまま帝都に出発する手筈だ。
もちろん、子息令嬢の皆には昨日の夜に開かれた『バルディア訪問、閉会式』という場にて別れの挨拶はすでに済ませている。
『閉会式』というと仰々しいけど、要は初日に行われた懇親会と同じようなパーティーだけどね。
陛下達と僕の友人達はバルディア邸に宿泊したから、いま玄関前でバルディア家の面々勢揃いで見送りに勢揃いしている状況だ。
屋敷の前には、木炭車と最高級の内装が施された皇族専用被牽引車と、ヴァレリやベルゼ達が乗る被牽引車が並び、中々に迫力のある光景となっていた。
車両の周囲ではドワーフのエレン、アレックス、狐人族のトナージを始めとした工房に所属する皆が出発前の整備を念入りに行い、その周りをバルディア第一、第二騎士団の騎士達が厳重な警戒態勢を敷いている。
陛下や高位貴族の子息令嬢でもある皆に万が一のことがあれば大変なことになるからね。
「リッド」
名前を呼ばれて振り向けば、そこにはデイビッドと皆が集まっていた。
「短い期間だったが、バルディアでの日々はとても充実したものだった。これからの活躍も期待しているぞ」
デイビッドは代表するように一歩前に出て、こちらに手を差し出した。
「こちらこそ。デイビッドや皆と過ごした時間は良い刺激になったよ」
僕はそう言って手を握り返しつつ、すっと彼の耳元に顔を寄せた。
「……ただ、パジャマパーティーで話した事は約束通り秘密にしてよ?」
懇親会後に皆で行ったパジャマパーティー。
結局、皆からファラとの馴れ初めを根掘り葉掘り聞かれ、逃げ場もなくて答えざるを得なかった。
語れることしか伝えないけど、レナルーテ王国でファラに一目惚れしたことをはじめ、エリアス陛下やエルティア義母様達の前でファラに結婚を申し込んだことをつい話してしまったのだ。
だって、四人の追求と圧が凄まじくて命の危機すら感じるほどだったんだから。
「はは、わかっているとも。みなまで言うな」
デイビッドが笑顔を浮かべるなか、「リッド様」と彼の背後からマローネとベルゼがやってきた。
「とても楽しい時間を過ごさせていただきました。良くしていただき、本当にありがとうございます」
「うん。何から何までありがとう、リッド」
「いやいや、当然のことをしたまでだよ」
二人が差し出した手を握り返すなか、僕はマローネ、ベルゼがバルディアで過ごしていた姿を思い返していた。
マローネは他の子息令嬢達同様、帝都で見られない光景に驚いていたように思える。
でも、時折見せる鋭い視線や真剣な表情はジャンポール侯爵家の一員であることを感じさせるものだった。
それ以外のところでは、将棋や麻雀で彼女が披露した技量や引きの強さは凄まじいの一言に尽きる。
マローネの引きの強さを見た翌日、僕は彼女と将棋を指し、麻雀を打った。
最終的な戦績は五分五分になったけど、明らかに彼女は途中から調整していたように思える。
やり始めた当初、僕は連続で敗北しているからね。
勝ち過ぎはよくないと彼女が途中で判断したのかもしれないし、『実力は十分に披露した』ということだったのかもしれない。
何にしても、マローネはやっぱり油断ならない女の子と見なしておくべきだろう。
ベルゼも彼女同様、バルディアの光景に驚きつつも、目の奥を時折光らせ、真剣な表情を浮かべていた。
きっと父親のベルガモット卿や当主のベルルッティ侯爵からよく見てくるように言われていたんだろう。
一方、マローネが見せた『特別な力』みたいなものを彼から感じることはなかった。
ベルゼとはこのまま親交を深め、良い関係を築いていければいいな。
「リッド、私も良いかな」
次いで前に出て来たのはデーヴィドだ。
マローネとベルゼが笑みを浮かべて下がると、彼は咳払いして畏まった。
「帝国の国境を守る同じ立場として勉強になったよ。良いと思ったところは、ケルヴィン領でも取り入れて問題ないかな?」
「もちろん。あ、ただ、仕組みは良いけど、バルディアが開発した技術を使うときは事前に手紙で相談してほしいかな」
技術とは、使い方次第で恐ろしい兵器になってしまうことがある。
全てを未然に防ぐことは不可能だろうけど、自分の目と手の届く範囲だけでも抑えておきたい。
「わかった。まぁ、ほとんどは仕組みになると思う。何かあれば、また手紙で知らせるよ」
「うん、よろしくね」
デーヴィドと握手を交わすと、「りっちゃん」と皇女アディールことアディがひょいと顔を覗かせた。
「……短かったけれど、バルディアで過ごした日々は貴重な体験になった。これからも頑張って」
「ありがとう、アディ」
「それから……」
彼女はそう言って僕の隣に立っていたファラに視線を向けた。
「……ファラちゃん。パジャマパーティー、楽しかった。また、帝都に来た時にでも色々と聞かせて」
「は、はい。ですが、あんまり他の人には話さないようお願いします」
ファラが少し困惑した様子ではにかむなか、アディは胸を張ってドヤ顔を浮かべた。
「大丈夫。私、口は硬いから」
「えっと、何の話をしたの?」
気になって尋ねてみるが、アディが「だめ」とすぐに首を横に振った。
「乙女の秘密。りっちゃんに話せることは何もない」
「あ、あはは。わかったよ」
僕は苦笑しながら頷いた。
一応、女の子達も僕達同様に『パジャマパーティー』を行ったことは把握している。
そして僕同様、逃げ道を塞がれて皆から質問攻めに遭ったそうだ。
『あの、その、話せることしか皆様にお伝えしておりませんから。ご安心ください』
ファラは頬を赤く染め、気恥ずかしそうにそのことを教えてくれた。
きっと、根掘り葉掘り聞かれて大変だったんだろうなぁ。
「リッド、ちょっと良いかしら」
アディとの会話が落ち着いたその時、ヴァレリがこちらにやってきた。
皆との会話が落ち着くのを見計らっていたみたい。
彼女はちらっとファラを見てから、扇子で口元を隠しながら耳元に顔を寄せてきた。
「……愛妻家って言われているみたいだし、貴方なら心配ないと思うけど。ファラ、すっごく良い子なんだからちゃんと守ってあげなさいよ」
「わかっているさ。だからこそ、断罪回避に向けた行動を起こしているんだからね」
僕は横目でファラをちらりと見やった。
次いで周囲にいる父上、母上、メル、ティス、シトリー達、バルディアの面々を見渡してヴァレリに微笑んだ。
「何人であろうと僕の家族に手を出させないよ。もし出してきたら、もちろんただではおかないさ」
「そ、そう。それなら安心だわ」
何故かヴァレリの口元がひくつき、たじろいでいるように見える。
どうしたんだろう。
僕が小首を傾げると、彼女は小さく咳払いをした。
「それはそうと例の件、本当にやるのね?」
「うん、話した通りに進めてほしい。バルディアとクリスティ商会からも出資するし、ヴァレリにとっても悪い話ではないでしょ」
「わかったわ。念のために確認しただけよ。でも、そんなに上手くいくのかしら」
「大丈夫、前世で実際に使われた手法だからね。実績も十分さ」
僕はそう答え、にやりと口元を緩めた。




