バルディアのぱじゃまぱーてぃー2
「言い出しっぺは私だからな。まぁ、構わんよ」
そう言うと、デイビッドは咳払いをしてヴァレリとの出会いを語り出した。
僕は二人の馴れ初めをヴァレリから聞いているし、デイビッド本人とキール、この場にいないアディからもすでに聞いているんだけどね。
彼自身が、こうして周囲に話すというのは初めてだ。
どんな風に語るつもりなのかなと、注意深く耳を傾けた。
デイビッド曰く、出会いはエラセニーゼ公爵家で開かれたヴァレリが六歳を迎える誕生日会に出席した時のこと。
ただ、彼が彼女に抱いた最初の印象は最悪だったらしい。
「出会った当日、我の強い彼女は癇癪を起こしてな。ちょっとした事故が起きてしまったんだよ」
彼は少し呆れたように言いつつも、どこか申し訳なさそうだった。
その日、デイビッドは父親のアーウィンからもらい、大切にしていた宝石で作られたブローチを身に着けていた。
それがヴァレリの目に止まって『私の誕生日なんだから、それ頂戴』と初対面で言われたそうだ。
デイビッドは毅然と断るが、彼女は折れない。
業を煮やしたヴァレリはブローチを奪おうと手を伸ばし、彼はその手を振り払った。
でも、その弾みで彼女は後頭部から壁に激突。
意識朦朧となって前のめりで倒れてしまい、不幸にも床に転がっていた積み木で額をも強打。
そのまま気を失ってしまったそうだ。
目立ちはしないけど、ヴァレリがこの時に負った傷は今も額に残っているらしい。
デイビッドとヴァレリ。
もっと正確に言えば、皇族とエラセニーゼ公爵家との婚約は水面下で進められていたとのこと。
エラセニーゼ公爵家はあんまり乗り気ではなかったらしいけど、この事故が切っ掛けで婚約が決定したそうだ。
予想はしていたけど、皇族と保守派筆頭公爵家の婚約が水面下で進められていた、という事実を当事者から聞いたのはこれが初めて。
以前、当時の情報を調べたところ革新派、保守派ともに皇太子の婚約者を自分達の派閥から出すためにかなり政争を繰り広げていたみたい。
陛下達も難しい舵取りを求められる政局だったはず。
ヴァレリが負った額の傷の責任を取る形で皇太子との婚約を押し進める……これは周囲を納得させる大義名分になっただろう。
貴族の令嬢が額とはいえ顔の一部に傷を負うというのは、かなり問題視されるからだ。
それも、皇太子とのやり取りで負った傷となれば尚更ね。
これ幸い、渡りに船で婚約を進めたんだろうなぁ。
「その時の印象があまりに強くてな。婚約の挨拶をしにいった時、彼女に冷たく接してしまったんだ」
「へぇ、ヴァレリ様が我が儘で癇癪持ちだったんですか」
「そうですね。ヴァレリ様はとても礼儀正しく、聡明で大人びた印象です」
デイビッドが肩を竦めたところ、デーヴィドとベルゼが興味深そうに相槌を打った。
「はは、そうだな。しかし、婚約が決まったぐらいから彼女は少し変わってな。皇族の後継教育も積極的に頑張りはじめ、今では日によっては公務にも同行してくれている。とても助かっているよ」
「でも、兄さん」
和気あいあいとするなか、キールが笑顔で圧を発しながら切り出した。
「婚約決定当時、ヴァレリに対する態度は本当に悪かったですからね。この場でいい話にして誤魔化そうとせず、いずれちゃんと謝ったほうがいいですよ」
「い、言われずともわかっている」
デイビッドは決まりが悪そうに口を尖らせ、そっぽを向いてしまった。
どうやら、ヴァレリとデイビッドは順調に親交を深めているみたい。僕がほっと胸を撫で下ろしていると、キールが咳払いをして「さて……」と切り出した。
「では、兄さんの次は私が話しましょうか。とは言っても、メルディとは急に決まった婚約からバルディアで出会うまで、ほとんど直接的な接点はありませんでしたね」
彼は相槌を打ってそう言うと、「まぁ、強いて言えば……」と帝都での日々を思い出すように思案顔を浮かべた。
「婚約が決まる随分前の時点で、母上からメルディの肖像画を頂いたことぐらいでしょうか。多分、早い段階から私とメルディの婚約は構想の一つにあったんでしょうね」
「へぇ、それは初耳だよ」
「でも、バルディアの発展と快進撃の勢いは凄いですから。マチルダ陛下が早い段階で動くのもわかりますね」
デーヴィドとベルゼが興味深そうに頷くと、デイビッドがにやにやしながら「では……」と口火を切った。
「バルディアに来てからはどうなんだ? キール、私は知っているぞ。大量の恋文を書き記していただろう。あれは受け取ってもらえたのか?」
「……兄さん、嫌なことを聞いてきますね」
「さっきのお返しだよ」
「恋文……?」
デーヴィドとベルゼが首を傾げ、顔を見やった。
大量の恋文。
それはキールが帝都で読んだ本から得た偏った知識によって、一年分の恋文を書き記し、バルディアまで持参してきたものだ。
彼から大量の恋文を渡されたメルは戸惑いこそしたものの、偏った知識であることを指摘しつつ、彼の好意は無駄にしたくないと恋文を受け取り、全てに目を通している。
『喧嘩した時とか、いざという時にこの恋文は使えそうでしょう?』
メルが僕にこっそりこう告げたのは秘密だ。
キールが照れくさそうに恋文を書いて渡した時の事を語ると、二人は目を瞬き、デイビッドは小刻みに肩を震わせた。
「……とまぁ、初対面でメルディに叱られてしまったんだ」
「そ、そんなことがあったのか」
「意外です。キールがそんなことをやらかすなんて……」
「そうでもないぞ。昔からキールは本で得た知識をそのまま使って、父上や母上に呆れられたことが何度かあるからな」
「兄さん、もう止めてください。皆の前なんですよ」
キールはむっと頬を膨らませつつ「それに……」と続けた。
「今では毎日メルディと一緒に勉強、鍛錬もしています。第二騎士団の事務処理もお手伝いしていますし、リッド義兄さんと義父様【おとうさま】から婚約者として認められる日も近いでしょう」
「婚約者として認められる? いや、キールはすでに……」
デイビッドが首を捻ってこちらに視線を向けると、僕はにこりと目を細めた。
「メルは僕の妹で、バルディア家の長女だからね。婚約者に求められる力はとても高いのさ」
「あぁ、そういうことか。キール、頑張れよ」
意図を察したらしいデイビッドが肩を竦めるも、キールは笑顔で「はい」と即答した。
「でも、毎日充実してますよ」
「その言葉を聞けただけでも、兄としては嬉しいよ」
デイビッドはキールの頭にぽんと手を置いて優しく撫でつつ、デーヴィドとベルゼに視線を向けた。
「二人にはまだ婚約者はいないと聞いているが、何か恋バナ的なものはあるか?」
「いえ、私はありませんね」
「僕もありません」
二人は頭を振ると、家での立ち位置を語ってくれた。
帝国の西を守りを任され、『帝国の盾』と称されるケルヴィン辺境伯家。
貴族間の派閥で言えば保守派、革新派にも属さない『中立』の立場を取っている。
ただし、安易な軍事縮小は他国を増長させ、脅威が増す可能性があるということで反対を示しているそうだ。
バルディア辺境伯家も軍事を任されていることもあって、父上も安易な軍事縮小には反対の立場を取っている。
近年、旧グランドーク家の侵攻もあったから尚更ね。
辺境を守る軍事力を持ち、中立の立場を保つケルヴィン辺境伯家が保守派、革新派に属する貴族の令嬢と婚約をすれば派閥の勢力図に影響を及ぼす可能性が高い。
そのため、デーヴィドと彼の兄であるドレイクの婚約相手はまだ決まっていないそうだ。
ただ、ケルヴィン辺境伯家の嫡男ドレイク・ケルヴィンは十九歳らしく、数年のうちにドレイクの婚約相手が決まるかもしれないらしい。
デーヴィド曰く『まず兄が保守派もしくは革新派の令嬢と婚約し、私が残った派閥の令嬢と婚約して調整するんじゃないかな』ということだった。
ベルゼとマローネが属する革新派筆頭貴族ジャンポール侯爵家では、今のところ婚約を急ぐ様子はないらしい。
というのも、ベルゼの祖父ベルルッティ侯爵が今も当主を務めているため、彼の息子であるベルガモット卿が次期当主になるからだそうだ。
ベルルッティ侯爵が当主の座を譲るようなことがあれば、ベルゼにも縁談が持ち上がるかもしれないけど、その予定は当分ないみたい。
ベルガモット卿とは帝城で何度か顔を合わせ、舌戦もしたことがある相手だ。
当主の座が務められないような能力不足ではないし、むしろ有能な人物と言える。
個人的には、好きになれない相手ではあるけどね。
「……あと、これは伝えようか迷ったんだけど」
ベルゼは含みのある言い方をすると、強ばった顔でこちらをちらりと見やった。
「うん、どうしたの?」
「実はファラとの縁談は、ジャンポール侯爵家にも候補に入っていたらしいんだ」
「あぁ、そのことならもう知っているよ。以前、帝都でベルルッティ侯爵から直接聞いたからね」
「そ、そうなんだね。良かった、実はずっと気になっていたんだ」
僕が笑顔で答えたところ、彼はほっとした様子で破顔した。本人なりに気になっていたのかもしれない。
そのやり取りのなか、「そういえば……」とデーヴィドが思い出したかのように切り出した。
「この間、父上から聞いたけど兄上や私もファラとの縁談候補に入っていたそうだよ」
「え……?」
その話は聞いたことがなかった僕は、目を瞬いて彼の顔を見やった。




