バルディアの夜とリッド達のぱじゃまぱーてぃー
「……マローネ、ファラ、メルディの三人にあそこまで負けるとは思わなかったぞ」
「でも、何だかんだで楽しそうだったじゃないか」
深いため息を吐いて肩を竦めるデイビッドを励ますべく、僕は笑顔で答えた。
さっきまで遊戯室で遊んでいたんだけどね。
父上達から『夜も更けてきた。そろそろ部屋に戻って寝なさい』と言われ、皆で寝る部屋に戻ってきた。父上達はきっと今も遊戯室で遊びながら談笑していることだろう。
どの世界であっても、子供からすればいつだって大人はちょっとずるい。僕達だって、もう少し遊びたかったのに。
ファラ達も一緒に遊戯室を後にしているから、今頃は別室で僕達同様に皆で過ごしているはずだ。ちなみに服装は浴衣のままで、着崩れはした部分だけ簡単に直している。
「まぁ、負け続ける体験なんて中々なかったからな。そういう意味では楽しくはあったさ。だがな、ずっと点をむしり取られる身になってみろ。たまったものではないぞ」
「ふふ。兄さんだって、普段はその立場ではありませんか。良い経験ですよ」
デイビッドが肩を竦めた姿を見て、キールが笑みを溢した。
「全く、数ヶ月しか会っていないというのに。言うようになったじゃないか」
「バルディアで過ごす日々は刺激的ですからね。数ヶ月でも帝都の数年に匹敵するかもしれません」
いや、キール。それはいくら何でも言い過ぎでしょ。
発展著しいバルディアの日々が刺激的というのは理解できる。
だけど、数ヶ月が帝都の数年というのは大袈裟だ。
補足するべく口火を切ろうとしたその時、「確かにな」とデーヴィドが腕を組んで深く頷いた。
「バルディアで目にするものは新しいものばかりだ。数ヶ月もいれば別領で過ごす数年分に匹敵するような刺激ぐらいにはなるだろうな」
「そうですよね。つい数年前まで帝都が帝国の最先端だったのに、今はバルディアの方が先に進んでいると思います」
「そ、そうかな。そんなことないと思うけど……」
ベルゼにもバルディアのことを褒められ、僕は照れて頬を掻いた。
故郷のことをよく言われるのは嬉しいし、ここまで言ってくれているのに否定するというのもあまり良くないだろう。
すると、ベルゼが「あ……」と声を漏らし、慌てた様子でデイビッドとキールに頭を下げた。
「申し訳ありません。殿下達の前で軽率な発言でした」
「気にするな、ベルゼ。私も理解しているし、事実だからな」
「そうですよ。父上もバルディアが今や帝国の最先端を行く領地だと公言していたではありませんか。だからこそ、帝国の未来を担う子息令嬢達を引き連れてきたんですから」
「そう言っていただけると助かります」
ベルゼが会釈しようとするも、デイビッドが制止した。
「そう何度も畏まって頭を下げるな、ベルゼ。今の私は皇族である前に皆の友人なのだぞ。もっと気軽に接してくれ」
「は、はい。かしこ……いえ、ありがとうございます」
「うむ。それで頼む」
デイビッドが納得した様子を見せるなか、キールが小さく咳払いをした。
「では、本題の『パジャマパーティー』をしましょうか。参考資料に『華と恋』を人数分用意しております」
彼はどこからともなくすっと五冊の分厚い冊子を取り出し、僕はぎょっと目を見開いた。
「え、普段からこんなに買ってるの?」
「いえいえ、懇親会中に用意するようメイド長のマリエッタにお願いしていたんですよ」
「あ、あはは。随分と手際が良いね」
「これぐらい当然ですよ、リッド義兄さん」
キールは目を細め、取り出した冊子の一冊を僕に手渡してくれた。
表紙には大きく『華と恋』と描かれ、少女の騎士や儚そうな令嬢、これでもかと輝く眉目秀麗の青年達がきらきらした瞳で描かれている。
前世で見たことのある少女漫画雑誌そのものだけど、独特な絵柄は少し懐かしさが感じられるものだ。
ヴァレリって、もしかして前世では僕よりも年上だったのかな。
「……話には聞いていたが、こうして読むのは初めてだ」
「そうなんですね。僕は何度か読みましたよ」
デーヴィドが表紙をまじまじと興味深そうに見つめながら呟いた言葉にベルゼが反応すると、デイビッドが「ほう……?」と切り出した。
「ベルゼはこうした恋愛系の話が好きなのか」
「い、いえ、そういうわけではありません。マローネが定期購読しておりますので、僕も手に触れる機会がありまして」
ベルゼは顔の前で手をわたわたさせ、気恥ずかしそうに答えた。
「へぇ、でも、マローネが定期購読しているなんて、それはそれで意外だね」
僕が尋ねたところ、彼は冊子の表紙に目を落とした。
「マローネは、恋愛とかにはあまり興味がないそうなんです。ただ、絵で描かれた先の読めない物語がとても斬新かつ新鮮で面白いらしくて。僕も恋愛はそんなに興味ないんですけど、絵で描かれた物語は面白くてついつい読んじゃうんですよね」
顔を上げたベルゼは、照れくさそうに頬を掻いた。
「絵があると確かに読みやすいな」
デーヴィドは、ぱらぱらと冊子をめくってパタンと閉じるとデイビッドを見やった。
「ところで、この『華と恋』の出版にはデイビッドも協力したという噂を帝都で聞いたが、どうなんだい」
「え、そうなの?」
思わず僕も声が漏れた。
ヴァレリ、もといエラセニーゼ公爵家が関与していることは冊子の裏にある出版元を見ればわかる。
でも、皇太子であるデイビッドが関わっているというのは初耳だった。
「協力なんて、大袈裟なことではないさ。『華と恋』の出版は元々ヴァレリが考えていたことだからな。私は相談を受け、どうすればできるか、を伝えただけだ。実行したのは彼女自身、私は何もしていないよ」
「ふふ、兄さんは相変わらず素直じゃありませんね」
「キール、お前も相変わらず一言多いぞ」
「おっと、これは失礼しました。何せ数ヶ月ぶりに会う兄との会話ですから、舞い上がってしまったかもしれません。ご容赦ください」
キールが笑顔でおどける姿に、デイビッドは小さなため息を吐いて肩を竦めた。
「その達者な口ぶり。もうリッドに影響されたか」
「そうですね。そうかもしれません」
二人は顔を見合わせて笑みを溢すも、僕はむっと口を尖らせた。
「ちょっと二人とも。まるで僕が口八丁のお調子者みたいな口ぶりじゃないか」
「おや、リッドは自覚がなかったのか」
「兄さん。リッド義兄さんは手も早いから、文字通り『口八丁手八丁』ですよ」
デイビッドの言葉にキールが続くと、デーヴィドがこくりと頷いた。
「確かに。言い得て妙だ」
「はは、僕もそう思います」
「ベルゼまで。もう、皆と口をきいてあげないからね」
僕が頬を膨らませてそっぽを向くと、「はは、すまん。悪ふざけが過ぎたな」とデイビッドが会釈した。
「お詫びと言っては何だが、私とヴァレリの出会いでも少し話そうか」
「え……?」
急な話題に目を瞬くも、僕の反応を見てデイビッドはきょとんとした。
「どうしたんだ。パジャマパーティーとは『コイバナ』とやらを話題にするものだと聞いているぞ。もしかして違うのか?」
「い、いや。僕もそういう認識だけど、まさかデイビッドが言い出すなんて思わなくてさ」
「言い出しっぺは私だからな。まぁ、構わんよ」
そう言うと、デイビッドは咳払いをしてヴァレリとの出会いを語り出した。




