豪運の証明
デイビッドが牌から手をゆっくり引いていき、捨て牌が露わになる。
「二萬【りゃんわん】……⁉」
「どうしたんだ、リッド。これはそんなにおかしな捨て方なのか?」
僕が目を見開いてたじろぐ姿を見て、デイビッドが卓上に置かれた牌に視線を落とした。
「ふふ、こういうことです。殿下」
マローネが笑みを溢し、手牌を倒した。
「ロンです。人和【レンホー】、役満でございます」
「人和【レンホー】、役満……?」
「ひぇ……⁉」
首を傾げるデイビッドの横で、ヴァレリが口元をひくつかせてドン引きしている。僕は咳払いをして「えっと、ね」と切り出した。
「人和は親以外の子(面々)が一手目を引かないまま、誰かの捨て牌で上がる役で、最高得点の役満なんだ」
「では、初戦は私の負けということか」
「いや、初戦というか。これでこの卓は一度仕切り直しになるんだよ」
「それは、どういうことだ?」
「えっとね……」
デイビッドに訝しまれ、僕は決まりが悪く頬を掻きながら説明した。
麻雀は皆が持つ点数を奪い合って、最後に一番持ち点が高い者が勝者となる遊戯【ゲーム】だ。
でも、役満とかで高い点数や何度も負けてしまうと、持ち点が途中で尽きてしまうことがある。
それを『跳んだ』と表現し、点数がなくなった者が出た時点でゲームは終了。
順位をつけて、仕切り直しとなる。
前世の記憶を参考に再現した麻雀は、スマホのアプリゲームでたまにやっていたものを参考にしている。
最初の持ち点は二万五千点で、人和は役満で三万二千点。つまり、デイビッドは一発で『跳んで』しまったというわけだ。
ちなみに前世の記憶だと、ルール次第で人和が役満として扱われないこともあるみたい。
「……というわけでね。この卓はマローネの独り勝ちになるんだ」
「なるほど、マローネの引きが凄まじいということだな」
「恐縮でございます、殿下」
僕の説明で合点がいったらしいデイビッドが視線を向けると、彼女は嬉しそうに目を細めた。
「だが、まだまだこれからだぞ」
デイビッドはそう告げながら麻雀の点数を管理する点棒を手に取り、マローネに差し出した。
点棒については、僕とヴァレリで事前に説明している。
「はい、楽しみにしております」
マローネは余裕の笑みを浮かべ、点棒を直接受け取って会釈する。
その様子に彼はむっと口を尖らせつつ、手元の牌を『ジャラ』と鳴らして崩した。
「仕切り直しだったな。次は勝者のマローネが親でよかろう」
「皆様がそれでもよければ構いません。皆様、どうでしょうか」
彼女に目配せされたファラとメル。二人揃って「大丈夫です」と頷いた。
「決まりだな。では、もう一勝負だ」
デイビッドは自信があるのか、不敵に笑っている。
皇族である彼も引きは強そう。
ただ、マローネの牌を見透かしたような引きの強さ、豪運を見せつけられた後ではちょっと気掛かりだ。
そうした僕の不安をよそに、勝負は再開される。
「リッド、折角の機会だ。私にも麻雀を教えてくれないか?」
「僕にお願いします」
「え、うん。もちろん構わないよ」
「義兄さん、私も手伝いますよ」
僕の背後にいたデーヴィドとベルゼ。
二人は黙ってやり取りを見ていたが、どうやら内心では麻雀に興味津々だったらしい。
デイビッド達の二戦目を横目にしつつ、僕は麻雀のルールを改めて二人に説明していく。
途中でキールも補足してくれたし、デーヴィドとベルゼは今までの話も聞いていてくれたのですぐに理解してくれた。
「……という感じかな。あとはやってみながら覚えていくのがいいよ」
「ほう、これは打ち手の洞察力や思考力が問われるな」
「えぇ、デーヴィドの言うとおり、打ち手の洞察力や思考力が試されるんでしょうけど。勝敗に大きく影響するのは引き、運という部分があるので強者が絶対に勝つわけじゃないんですね」
二人の目が輝きだした。今すぐにでも遊びたい、ということだろう。
部屋をちらりと見渡せば、母上とマチルダ陛下の将棋による対局は終わったらしく、今はエルティア義母様とマチルダ陛下で指している。
ただ、二人から国を背負った戦士の如く、並々ならぬ雰囲気に包まれていた。
母上が動じずにこにこしているのはさすがだと思うけど、あれはそっとしておこう。
父上とアーウィン陛下は僕達が遊ぶのを止めた卓球台に移動し、小気味よい音を激しく立てて卓球をしている。
ラリーを楽しむような卓球ではなく、強打を連発して点を取り合う競技さながらの動きで二人の浴衣は着崩れていた。
二人の鍛えられた胸元が見え隠れして、大人の色気が醸し出されている……かもしれない。
アディ、ティス、シトリー、ダナエ、アスナは別卓でのんびり和気あいあいと麻雀を楽しんでいるようだ。
三台ある麻雀卓は一台空いているし、この状況なら僕達が空いている卓で麻雀しても問題ないだろう。
「じゃあ、あっちの空いている卓で僕達も摘まもうか」
「つまむ……?」
デーヴィドが意図が分からず首を捻り、ベルゼと顔を見合わせた。
「あぁ、摘まむっていうのは麻雀で遊ぶことを指しているんだ。ほら、牌を摘まんで遊ぶからさ」
「あぁ、なるほど。そういうことですね」
僕が指で牌を摘まむ仕草をしてみせたところ、ベルゼは察してくれたらしく楽しそうに笑みを溢した。
「デイビッド様、その東【トン】をお待ちしておりました。ロンです」
「今度は君か⁉」
「はい、萬子と字牌で一気通貫【いっきつうかん】と混一色【ほんいつ】でございます」
「……貴女達は引きが強すぎるわ」
明るく可愛らしいファラの声に続き、驚愕したデイビッドと呆れたヴァレリの声が聞こえてきた。
ちらりとそちらを見やれば、満面の笑みを浮かべるファラを前にデイビッドは目を丸くし、ヴァレリは肩を落としてため息を吐いている。
一気通貫とは同じ種類の数牌で『一、二、三』『四、五、六』『七、八、九』という連続の順子を揃える役で、混一色とは一種の数牌と字牌のみで作る役だ。
麻雀は『役』が重なることで点数が高くなるし、一気通貫と混一色という役は必然的に使う牌が限られるので相性が良いとされている。
とはいえ、揃うまでに手がかかるし、そう簡単にあがれる役ではない。
ファラ、マローネ、メル。彼女達とは運の要素が強い遊戯【ゲーム】で勝負すべきじゃなさそうだなぁ。
「あはは、ファラもマローネに負けず劣らず引きが強いようですね」
ベルゼがデイビッド達の卓を見て、顔を綻ばせて噴き出した。
「ファラもってことは、マローネは普段から引きが強いの?」
僕はすかさず素知らぬ顔で聞き返した。
彼女と同じジャンポール侯爵家の一員であるベルゼなら、マローネのことを良く知っているはず。
手紙のやり取りでは得られない情報も、直接のやり取りであれば気が緩んでぽろっと教えてくれるかもしれない。
もっとも、ベルゼも侯爵家の嫡男だし、あまり期待はしてないけどね。
「そう、だね。マローネの引きの強さは屋敷の中でもよく知られているよ」
「屋敷って、帝都のジャンポール侯爵家でもってことかい?」
デーヴィドの問いかけにベルゼは小さく頷き、思い出すように切り出した。
「うん。トランプをはじめ、引きや運が求められる遊戯【ゲーム】はほとんど勝っちゃうんだ。僕や父上達でも、勝てるのはまれかな」
マローネはベルゼだけでなく、ベルルッティ侯爵やベルガモット卿にすら勝ってしまうのか。
大人と子供だから手加減はあるだろうし、ベルルッティ侯爵達だって本気でマローネを相手にはしていないだろう。
でも、たかが遊戯、されど遊戯だ。
頭が切れて、弁も立つあの二人を相手ですらマローネに遊戯では勝てない。
それはつまり、実力だけではどうしようもできない『運』を持っているということだ。
やっぱり、『ときレラ』のメインヒロインという星の下に生まれた彼女には運命か、強制力のような何かが味方しているのかもしれない。
もう少し情報を得たいな。
僕はそう思い、あどけない表情を浮かべて身を乗り出した。
「じゃあ、チェスや将棋とかの運に左右されにくい遊戯【ゲーム】はどうなのかな」
「残念だけど、その手の遊戯もマローネは強くてね。こちらの考えを見透かしたような手を打ってくるんだ。あっという間に後手に回って、気付けば負けていることが多いかな」
「へぇ、そうなんだね。明日にでも、チェスを挑んでみようかな」
「リッドがやりたいと言えば、マローネは喜んでやってくれるよ。ただし、負けがこんでむきにならないようにね」
ベルゼが自信ありげに顔を綻ばせ、僕はむっと口を尖らせた。
「……その言い方。まるで負ける前提みたいだね」
僕の言葉は半分わざとで、半分本気だ。
麻雀で彼女の引きの強さ、引き込まれるような牌の流れは目の当たりにしている。
だからといってやる前から『負ける前提』というのは納得がいかない。
その不満を表に出したのは、マローネの情報を得ようとしていることを悟られないためだ。
「ふふ、気に触ったならごめん。でも、誰もが自信満々に挑戦し、マローネに負けてしまったからね。勝てると思って挑まず、負ける可能性も考えておくことをお勧めするよ」
「面白いじゃないか。じゃあ、まずは君達に知ってもらおうかな。僕の実力を」
そう言うと、僕は卓上に置いてあった麻雀牌が詰まった箱をひっくり返した。
「リッド、私は初心者なんだ。お手柔らかに頼むぞ」
「義兄さん、調子に乗ったら駄目ですよ。お義父様からいつも言われているではありませんか」
デーヴィドが苦笑し、キールが呆れ顔でやれやれと肩を竦めている。
「わかっている、ちょっとした冗談だよ。さぁ、皆で楽しもう」
僕は皆と一緒に手で牌を混ぜ合わせ、麻雀を開始した。




