幸運、強運、豪運を持つ者達?
「私は、いろんな絵柄の集まった、えっと『国士無双』ですね」
「は、はぁああああああ⁉」
がたんと音を鳴らしてヴァレリは席を立ち、目を丸くしながら身を乗り出してファラの手牌を凝視する。
「本当だわ、有り得ない。有り得ないわ、こんなこと……」
彼女が信じられない様子でがっくり項垂れるなか、「えぇ、つまんないの」とメルが頬を膨らませて手牌を倒した。
「もう少しで緑だけが揃ったのに」
「りゅ、緑一色【リューイーソー】の聴牌⁉ あ、あはは……」
索子の緑だけで集められた手牌を見たヴァレリは、白い砂になってさらさらと崩れていく。
その光景を目にした僕は『ざわざわ』と胸が鳴って動きが止まり、こつんと再び頭に球がぶつかった。
『役満の大三元と国士無双が同時にロン。しかも、メルも役満の緑一色聴牌だって⁉』
役満とは、麻雀でもっとも点数が高い『役』だ。
当然、それ相応に作るのが一番難しい役でもある。
それが同時にロンになるなんて、普通は有り得ない。
「おい、リッド。またよそ見しているじゃないか」
口を尖らせるデイビッドの口調に僕はハッとして、「ご、ごめん」と軽く頭を下げた。
「で、でも、皆でファラとマローネが麻雀で上がった役を観に行こうよ。もしかしたら、二度と見られないかも」
「二度と見られない、か。それほどなら興味があるな」
デイビッドが興味を示し、卓球台にラケットを置いた。
それを見て僕とキール、デーヴィドもラケットを置き、ファラ達が麻雀をしている卓に歩き出す。
「……なんでよ、なんで私は断么九【タンヤオ】も揃ってないのに役満に囲まれてるのよ。また跳んじゃったじゃないの」
生気を失ったヴァレリは力なく小声で呟いている。
ちなみに断么九は各種の一と九、字牌を使わなければ成立する役のことで、麻雀において出やすい役のことで、『跳んだ』というのは麻雀で取り合う点数、その持ち点がなくなってしまったことだ。
麻雀は点数を取り合い、終了時に一番高い点数を持つ者が勝者となる。
でも、取り合う中で持ち点を持つ者がいなくなれば、その時点で終了。
持ち点で順位がつくのが基本だ。
遊び方や地域で、多少ルールが違ったりするけどね。
彼女を横目で見つつ卓上に倒された手牌を見やれば、とんでもない『役』が揃っている。
大三元【だいさんげん】と国士無双【こくしむそう】でマローネとファラがロン。
緑一色【リューイーソー】があと一手で上がれる聴牌のメル。
一生に一度あるかないか、それぐらい有り得ない光景だ。
「あ、リッド様。見てください、綺麗に揃いました」
僕達に気付いたファラが嬉しそうに目を細めた。
「う、うん。役満なんて中々あがれないのによく揃ったね」
「あら、そうなのですか?」
きょとんと首を傾げたのはマローネだ。
「私達、役満がよく揃うのでそういうものだと思っておりました」
「そうなんだ。私もそう思ってた」
「そうですね。私もです」
彼女の発した言葉にメルとファラが意外そうな顔をして続いた。
「え……?」
役満がよく揃う? そんなことがないはずなんだけどな。
そう思った直後、服の袖が引っ張られた。
振り向けば、ヴァレリが救いを求めるが如くこちらを見つめている。
「……リッド、変わりなさい。私では皆の相手はできません」
「あぁ、わか……」
「いや、それなら私がやろう」
僕が頷こうとしたその時、デイビッドがヴァレリの横に立った。
「リッド、ルールを手短に教えてくれ」
「いいけど、本当に良いの?」
麻雀って打ち回しとかの技術は色々あるけど、結局は運勝負。
マローネの『役満がよく揃う』という言葉、ヴァレリの現状からして彼女達の引きの強さはえげつないんだろう。
「二言はないさ」
デイビッドはそう言うと、「それよりもヴァレリ」と続けた。
「この場には私がいるんだぞ。君が頼るべき相手は私だろう」
「そ、そうですわね。申し訳ありませんでした、殿下」
「い、いや、決して謝って欲しかったわけじゃない」
彼女が席を立って会釈する姿に、デイビッドは決まりが悪そうに視線を泳がせながら卓についた。
ひょっとして『妬きもち』かな。
周囲をちらりと見やれば、ファラ達が微笑ましそうにくすりと笑っている。
やっぱり、妬きもちみたい。
「リッド、何をしている。早く説明してくれ」
「うん、ごめんね。それじゃあ……」
そう言うと、僕はデイビッドに麻雀のルールを説明していく。
途中、ヴァレリも加わって牌と役も伝えた。
「……という流れです」
「殿下、何か質問はありませんか?」
「いや、大丈夫だ。あとはやりながら覚えていこう」
僕とヴァレリの問いかけに、合点がいった様子でデイビッドが頷いた。
彼も帝王学をはじめとする英才教育を受けている。
麻雀のルールぐらいならすぐに覚えられるみたいだ。
「では、殿下が親ではじめてよろしいでしょうか」
「あぁ、構わないぞ」
マローネの言葉にデイビッドが返事をし、卓上の牌が皆の手で混ぜられ、じゃらじゃらという独特の小気味よい音を鳴らされていく。
ファラ、メル、マローネが慣れた手つきで山を作っていく姿を見て、デイビッドも山を器用に作った。
どうやら、彼は手先も器用みたいだ。
次いで卓上に揃った牌の山から、皆が自分の手牌を取って整理していく。
「殿下、これはこうしたほうが見やすくてよろしいかと」
「なるほど」
ヴァレリが並べ方をデイビッドに教えてくれているから、僕は彼の隣に座っているメルの背後に立った。
どんな牌がきているのかなと見てみれば、丸で描かれた筒子が多いし、字牌の東が二枚と固まっている。
これなら一種の一~九と字牌のみの組み合わせで作れる混一色【ホンイツ】、一種の一~九だけで作る清一色【チンイツ】という高得点の役が狙える手牌だ。
これは『幸運』だと言って良い。
次にメルの隣に座るファラの背後に立ち、整理されている手牌を覗き込むも『こ、これは……⁉』と僕は目を見開いた。
『字牌の發三枚、白二枚、中二枚と固まっているじゃないか……⁉』
さっきヴァレリの持ち点がいっきに跳んだ役満こと『大三元』を狙える手牌だ。
他の牌も固まっているし、二戦連続で役満を狙える手を引き込むなんてこれは幸運を越えた『強運』と言っても良いかもしれない。
引く牌によってはこの勝負、ファラが役満で勝ちそうかな。
そう思いつつ、最後にマローネの背後に移動して手牌を見てみた。
字牌はなく索子【ソウズ】、筒子【ピンズ】、萬子【マンズ】が満遍なく揃っている。
断么九【タンヤオ】が狙えて作りが速い手だ。
ファラが役満を狙える状況下、低い点数でも手早く上がってしまえる手牌がきているのは強運といえるだろう。
「あら、ふふ。これは面白い牌ですね」
牌を整理していく中、急にマローネが目を細めた。
どうしたんだろうと、彼女が整理し終えた手牌を見た瞬間、『ざわざわ』と心が擦れるように震えた。
『断么九【タンヤオ】が、すでに聴牌【テンパイ】じゃないか⁉』
通常、麻雀で最初に山から引いてきた手牌で役が揃うことは極稀。
確率的にほぼ有り得ない。
もし、自分で新しい牌を引く前に誰かが捨てた牌でロン、あがれれば『人和【レンホー】』という役満になる。
前戦で役満が揃ったばかりだというのに、二戦連続で役満達成するというのか。
もしかして、これは『ときレラ』における主人公補正なのかも。
だとすれば、これは強運。
いや、天に与えられた豪運というべきかもしれない。
彼女があがれる牌は萬子の二、つまり二萬【リャンワン】だ。
メルやファラと狙う牌も被っていないし、最初に牌を引く役目の親であるデイビッド。
もし、彼が引いてくるようなことがあれば、あっさり勝負が決まってしまうかも。
意外なところでマローネの豪運を見せつけられ、胸がざわめく中「さて……」とデイビッドが切り出した。
「私が一枚目を引いて開始だな」
「はい、殿下。あちらの山から一枚引いて、要らぬ牌を卓上に捨ててください」
ヴァレリが答え、卓を囲むファラ達がこくりと頷いた。
皆の手牌を知らないデイビッドは、意気揚々と山に手を伸ばして牌を手元に持っていく。
彼の背後に回ってみたい気持ちもあるけど、ここは皆の運がどれほどのものか気になる。
マローネは聴牌だけど、初手であがれなければ普通の断么九【タンヤオ】に過ぎない。
引き次第ではファラが大三元、メルが混一色や清一色をものにするだろう。
さっきちらっと見た感じ、デイビッドの手牌は各種類が満遍なく揃ったもので、とりあえず目指すのは断么九【タンヤオ】になるはず。
でも、二萬は手牌になかった。
もし、ここでデイビッドが二萬を引き、捨てるようなことがあればマローネの役満が決定する。
二戦連続で役満、それも二戦目が人和であがる。
そんなことが、そんなことがあり得るんだろうか。
ごくりと喉を鳴らして息を飲み、デイビッドの手牌を僕はじっと見つめていた。
「……ふむ、とりあえずこれはいらんな」
彼は引いてきた牌を見てそう呟き、そのまま卓上に置いた。
カタンと小気味の良い音が鳴るも、デイビッドの手に隠れて牌の絵はまだわからない。
最初の捨牌ということもあって、彼の手に注目は注がれている。
どの牌だ、彼はどの牌を引いて捨てたんだ……⁉




