リッド、皆と過ごす夜
「……これで終わりだ」
父上が集中して低い声を発し、手に持つ150cm程度ある木の棒の先端でテーブル上にある白球を打った。
心地よい乾いた音と共に白球は真っ直ぐ、勢いよく転がって『9』が書かれた球にぶつかった。
押し出されるように『9』の球は転がり、テーブル端の6箇所にある小さな穴、その一つにごとんと重い音を響かせて落ちていった。
「ナインボール、もらったぞ」
「では、そちらの酒はお前のものだな。ライナー」
不敵に笑う父上の視線の先にいた陛下は、やれやれと肩を竦めている。
父上は「では、遠慮なく」と、ビリヤード台のレールに置いてあったグラスを手に取った。
その姿を見ながら将棋を指している母上とマチルダ陛下は、くすくすと微笑ましそうに笑っている。
エルティア義母様は二人の側で鎮座し、将棋を興味深そうに見つめているみたい。
今、僕達がいるのは屋敷の中にある遊戯室で、給仕や護衛を除いてこの場にいる皆は浴衣姿だ。
懇親会は明るい雰囲気で大盛況のまま終わりを迎え、子息令嬢達はバルディア領内にある最高級ホテルに移動している。
木炭車に牽引される車両に乗っていく皆の表情は満面の笑みで浮かべていて、懇親会は大成功に終わったと僕は一安心して胸を撫で下ろした。
彼らの見送りを終えた後、僕達は屋敷内にある温泉で汗を流した。
ビッグバンドの演奏で皆で踊っていたからね。
皆で入る温泉は、新鮮でとても楽しかった。
アーウィン陛下は帝都の公務で忙しい中でも、日々の武術鍛錬を欠かさず続けているそうで、なかなかに引き締まった体をしていた。
父上や騎士達には及ばないけどね。
デイビッドとベルゼも武術鍛錬は行っているそうで、無駄のない体でスラッとしていた。
デーヴィドはバルディアと辺境伯家の子供ということもあってか、僕に負けず劣らずの鍛えられた体をしていた。
彼とはお風呂に浸かりながら父や周囲が求める鍛錬について語り合い、共通点が多くて笑い合ったんだよね。
僕を含めて皆が驚いたのは、キールの姿だった。
帝都にいた頃の彼は、本の虫とか図書室警備員なんて言われていたらしい。
でも、バルディアに来てからは毎日欠かさず厳しい鍛錬をしているし、栄養価の高いバルディアの食事も相まって、彼の体は短期間で引き締まっていたのだ。
読書量は少し減ったらしいけど、それでもかなりの量を彼は今も読んでいる。
いずれは文武両道、素晴らしい義弟になってくれるはず。
メルの夫になるんだから、それぐらいでないと困るけどね。
男湯の隣に作られた女湯からは、マチルダ陛下とファラ達の声が聞こえてきた。
今回はサンドラも付き添うことで母上も入浴している。
意外なのは、エルティア義母様も一緒だったことだ。
露天風呂で壁越しに聞こえてくる声は和気あいあいとして楽しそうだったけど、メル達の『エルティア様……⁉』って何やら驚いたような声が聞こえてきたんだよね。
気になったから、お風呂を上がったファラに尋ねてみたところ『い、いえ、特に何もありませんでした』と頬を赤く染めて俯いてしまった。
僕は意図が分からず、もう少し話を聞きたかったけど『リッドは知らなくてよいことです』と母上の笑顔からくる圧が凄くて、それ以上は聞けていない。
この時、どうしたわけかメル、ティス、シトリーの視線も冷たいし、ヴァレリは呆れ顔、マローネは笑顔、アディは無表情、エルティア義母様とマチルダ陛下は平然としていた。
もう訳がわからない。
お風呂から上がった僕達は一度部屋に戻り、浴衣に着替えて遊戯室にやってきた、というわけだ。
陛下達とバルディアに訪れた子息令嬢達は、僕達と年齢も近い。
そのため懇親会は早めに開催され、寝る時間までまだ少し余裕がある。
「リッド義兄さん、そっちにいきましたよ」
「え……?」
キールに呼びかけられたその時、橙色の小さな球が台を跳ねて額にコツンと当たった。
「いた……⁉」
実際はそこまで痛くない。
条件反射で声を漏らしてしまうと、台を挟んで反対側にいるデイビッドが申し訳なさそうな顔を浮かべた。
「リッド、すまない。まさか当たるとは……」
「いや、気にしないで。僕がよそ見したのが悪いからさ」
僕は謝りながら足下に転がった橙色の小さな球を手に取った。
なお、もう片方の手には木とゴムで作ったラケットを握っている。
「えっと、今のはデイビッドとデーヴィドの有効点にしていいのかな」
ベルゼが台の真ん中に立っている得点板を触りながら尋ねてきた。
「うん、今のは返せなかった僕が悪いからね。得点で大丈夫だよ」
「わかった」
彼が得点板をめくると、デイビッドの横に並び立つデーヴィドが「ふふ」と笑った。
「勝負中によそ見とはね。バルディアが考案した遊戯の『卓球』とはいえ、いくらなんでも油断しすぎじゃないか?」
「父上がビリヤードで陛下に勝ったんだよ。つい目がいっちゃったんだ。ごめんよ」
決まりが悪く頬を掻きながら謝りつつ、僕は球とラケットを構えた。
卓球台、ラケット、球、得点板。
これらも前世の記憶から引っ張り出し、エレン達に作ってもらったものだ。
温泉があるなら、やっぱり卓球台もないとね。
バルディアの大小さまざまな宿泊施設にも卓球台は設置されていて、概ね好評だ。
前世の宿泊施設に置かれていた卓球台も、浴衣やスリッパのような軽装かつ誰でも楽しめ、導入しやすいという部分に注目されて置かれ始めたのが広がって、文化みたく定着したらしい。
老若男女、誰でも軽装で楽しめるからね。
僕とキール、デイビッドとデーヴィド、審判と点数役のベルゼ。
僕達はそれぞれの役割を順繰り回しながら卓球をしている中、カタンという牌を倒す音が聞こえ「ヴァレリ様」と明るく元気なマローネの声が聞こえてきた。
「その一筒【イーピン】が頭でロンです」
「な……⁉」
「えっと、これは白、發、中が三つずつ揃っているので大三元という役でしょうか」
「マローネ、また役満じゃないの⁉」
卓球をしながら横目で見やれば、ヴァレリがマローネが倒した手牌に目を見開いていた。
ファラ、メル、ヴァレリ、マローネ。
アディ、シトリー、ティス、アスナとダナエを加えた面々は卓を囲んで麻雀で遊んでいる。
駒の種類が多いことから一見すると難しいように思えるけど、麻雀のルールは意外と簡単だ。
漢数字一~九と萬の字が描かれた萬子【マンズ】。
丸と筒の字で一~九を表す筒子【ピンズ】。
緑と赤で描かれた竹で一~九を表す索子【ソウズ】。
東西南北、白、發、中の字牌【ジハイ】。
これらの牌がそれぞれ四枚ずつ用意されているので、同じ種類の牌を三枚(刻子【こーつ】)、もしくは同一の絵柄で一~三などの連番(順子【しゅんつ】)、同じ牌を二枚用意する『頭【あたま】』を組み合わせて『特定の役』を作ることを目指す。
そして、いち早く『役』を作って上がれば勝利となるわけだ。
相手の捨て牌で上がればロン、手元にきた牌であがればツモとなる。
ざっくり言えば、こんな感じだ。
自分の番に山から牌を引くという基本的なことをはじめ、他にもルールはいろいろあるけどね。
役と絵柄の一覧表も用意していたし、何より彼女達は英才教育を受けている才女達だ。
一度の説明で大体の事を把握し、数回遊ぶだけでたちまち麻雀を理解してしまった。
ただ、驚くべきことは理解力じゃない。
本当に恐ろしいのは、彼女達が持つ『引きの強さ』だ。
「あの、ヴァレリ様。私も一筒【イーピン】が頭でロンです」
「は……?」
ヴァレリが小首を捻るなか、ファラは申し訳なさそうに牌を倒した。




