武術
「……リッド様、そのよくわからない動きはなんでしょうか?」
「へ? 準備運動だけど、ルーベンス達は運動前に体動かさないの?」
「はぁ、訓練前に走り込みとかしたりはしますけどね。そんなヘンテコな動きはしたことないですよ」
準備運動、いわゆる「ラジオ体操」をしていたらルーベンスに怪訝な顔をされていた。
そうか、この世界には体操の概念自体ないのかもしれない。
ちなみに、今日は訓練場でルーベンスから剣術、体術などの武術全般を教えてもらう予定だ。
バルディア領は隣国との国境近くにある領地なので独自の騎士団を所有している。
ルーベンスはそこに所属している騎士の一人で実力はかなり高いと聞いた。
「では始めますね。まず、走り込みでリッド様の体力を見させてもらいますね」
「……お手柔らかにお願いします」
前世では運動なんてしてないし、運動神経も良くなかったから武術の訓練は自信がないから滅入りそうだ。
だが、将来のことを考えると避けては通れない。
と自分に言い聞かせ、指示通りに走り込みを始める。
……うーん、すぐに息が上がると思っていたけど、意外と平気だ。
ある程度走ると、「そのぐらいで大丈夫ですよ」とルーベンスから声を掛けられ足をゆっくり止める。
「ではこれを」と木剣を持たされ素振りと型を教えてもらう。
「リッド様、筋が良いですね。さすが血は争えないですね」
「そうかな?ありがとう」
血が争えないというのは父、ライナーのことを指している。
何でも、帝国の数ある貴族の中でもトップクラスの実力を持っているらしい。
事務作業に追われている普段の姿からあまり想像できないけど。
「では、少し打ち込みもしてみましょうか。どこからでも好きに打ち込んで来てください」
「わかりました」
お互いに正面に相手を見据えて木剣を構える。
ルーベンスは「どこでもどうぞ」と余裕がある顔をしている。
まぁ、初めてだし胸を借りるつもりで行こうかな。
僕は木剣を上に構え、剣道でいう上段の体勢を作る。
呼吸を整え、「行きます‼」と地面を蹴り素早く木剣を振り下ろすと、「カン」と当然ルーベンスに防がれる。
すぐにサッと一旦引いてから構えを上段、正眼、下段など色々変えて木剣を振っていく。
なんだろう、体が軽くて木剣を振るのが楽しい。
しばらく、ルーベンスに打ち込みをしながら気づいた。
これは、恐らくリッド君の生まれ持った身体能力がハイスペックなのだ。
リッド君は頭も良くて、身体能力も優れた文武両道の逸材だったのか。
まぁ、ゲーム本編では活躍しないけど、おまけモードでは鍛えれば大活躍するからそう考えると、この基礎能力の高さはその影響かもしれない。
「リッド様、休憩にしましょう」
「うん、わかった」
「しかし、末恐ろしい剣筋ですね。将来はライナー様を超える実力になりそうです」
「ありがとう。まぁ、無理のない程度に頑張ってみるよ。」
ルーベンスが僕との打ち込み中結構驚いた顔をしていたのは、リッド君のハイスペックな身体能力を目の当たりにしたからだな。
しかし、結局ルーベンスから一本も取ることが出来なかったのは悔しい。
さすがに現状で大人に勝つのは難しいのだろうが、何か出来ないだろうかと考え、ちょっとした悪戯を思いつく。
「……そういえば、ルーベンスってこの間、一緒に護衛をしてもらったディアナと幼馴染なんだよね?」
「え、ええ。そうですね。小さい頃から家が近かったのでよく木剣で遊んでいましたね」
「ふーん。それで……好きなの?」
「は⁉い、いきなりなにを仰っているのですか‼」
ルーベンスは顔を真っ赤にしている。
まさか6歳の子供に冷やかされるとは思っていなかったのだろう。
木剣で一本も取れなかった悔しさをここでぶつけてやる。
僕はいま、無垢な表情をして心の中ではどす黒い笑顔になっている。
「ん? 違うの? メイドや騎士の皆がルーベンスが腑抜けでディアナに思いを伝えないから、いつまでも進展しないって言っていたよ?」
「……ふ、腑抜け」
おお‼ルーベンスがショックを受けすぎて真っ白になってしまった。
これは、やり過ぎたかもしれない。
ルーベンスは「お、おれだって、俺だって」と言いながらしゃがんで膝を抱えながら指先で地面に「の」をひたすら書いている。
やばい、本当にやり過ぎたどうしようと思っていると、訓練場の横をディアナが歩いているのを発見。
手を振るとこっちに気付いたので、来てほしいと手招きすると、駆け足で来てくれた。
「リッド様、どうされました?」
ディアナは急に手招きで呼ばれて何事かと急いで来てくれたらしく、少し息を切らしていた。
ちなみに、ディアナもバルディア家の騎士団に所属している騎士だ。
騎士団の制服に身を包んだディアナは髪を後ろでまとめており、町の護衛できてもらった時より凛々しい姿だった。
「いや、実は……」と言いながらディアナに白くなっていじけているルーベンスに指をさす。
するとディアナは手を額にあてながら「はぁ」とため息をついた。
「リッド様、ルーベンスは変なところが弱いので、たまにこうなるんですよ」
「あ、そうなんだ」
まさか、「ディアナに対して腑抜け」がここまでのNGワードになるとは思わなかった。次から気を付けよう。
「で、リッド様。ルーベンスに何を言ったのですか?」
「え?ディアナに対してルーベンスは腑抜けだって……」
「ピシッ」と周りが凍り付くような音が聞こえた気がした。
そして、ディアナの表情をみると、決して、決して言ってはいけない失言をしたと気付かされ、その場で青ざめてしまった。
ディアナは笑顔だった。だが、その笑顔の裏に般若がいる。いや、修羅もいる。
「リッド様にはあとで事情をしっかりお伺いしなければいけませんね……」
「……はい」
彼女は笑顔のまま、隠しきれない般若と修羅を携えながらルーベンスに活をいれ、正気に戻す。
「ディアナ‼ どうしてここに⁉」真っ白な世界から戻されたルーベンスが、何が何だかという顔をしている。
「ルーベンス。今日のリッド様の訓練は終わったわね?」
「へ? ああ、一通り終わったところだが・・・?」
「そう。では、私はリッド様と少しお話がありますので、ここで失礼します。よろしいですね?……リッド様?」
「……は、はい」
ルーベンスは頭に「?」を浮かべながら、ディアナに連れていかれる僕を最後まで見送ってくれた。
その後、僕の中に怒らせてはいけない人物ランキングのトップにディアナがランクインするのであった。
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