巡り巡った出会い?
溺愛っていいですよね!
皆様に楽しんでいただければ幸いです!
「エルミア様、如何いたしましょう。来賓室にご案内してお待ちいただいておりますが……」
「レインズ。ちょっと待ってくれ。今、どう対応すべきか考えるから」
どうして、よりにもよって『彼女』が田舎の求人を訪ねてくるんだ……。
エレジア連合王国に属する侯爵家の嫡男である僕ことエルミア・ディルハルト(18歳)は、『とある書類』を前にして執務室の机で頭を抱え込んでいた。
「畏まりました」
僕に仕える執事レインズ・バルネスが、申し訳なさそうに会釈した。
執事服を着こなす彼は、茶髪に目尻の下がった優しい目付きに水色の瞳を持つ青年である。
外からは小鳥のさえずり、仲睦まじく農作業をしている笑い声も届き、少し開けた窓からはそよ風が木々や野花の香りを部屋に運び入れ、風鈴の心地よい澄んだ音が室内に響いている。
陽光を遮るような高い建物も周囲にないため、日の光を独り占めしたかのような心温まる日差しも入り込んでいた。
そうしたのどかな田舎にある屋敷の執務室で、何故、僕が頭を抱えているのか。
それには海の底よりも深く、宇宙の果てまで遠い訳がある。
ちなみに僕の容姿は、妖精族である母親譲りの浅葱色のさらっとした長髪を後ろでまとめ、幼さの残る顔立ちに青い瞳だ。
人に話すと頭がおかしいとか、怪しげな宗教でもやっているんじゃないかと思われるだろうが、僕には前世の記憶がある。
いわゆる転生者というもので、記憶が戻って自覚をしたのは6歳の誕生日。
両親と弟にお祝いの歌を贈られ、ケーキに挿された蝋燭の火を消した時だった。
何の前触れもなく、地球の日本という国で過ごし、車の事故死で生涯を閉じたゲーム好きのサラリーマンだった記憶が蘇ったのだ。
『僕、死んだのに生きてる』
突然の走馬灯に困惑のあまり絶叫して取り乱し、両親と周囲にいらぬ心配をかけてしまったことは、今でもよく覚えている。
でも、その日を境に、僕の人格と日常は一変した。
何せ、十数年過ごした大人の記憶と六歳の人格が入り交じったんだ。
思考力、対話力、理解力は大人そのもので、感情は子供の体に引かれていると言えばいいだろうか。
だけど、僕は愕然とする。
この世界が前世で姪っ子から勧められて遊んだ乙女ゲーム、『クラウン・エレジア』の世界だと気付いてしまったからだ。
そして、僕こと『エルミア・ディルハルト』は、ゲーム内で主人公やヒロインの前に『噛ませ犬』として立ち塞がり、あっけなく倒され、断罪される存在。
ヒロインや攻略対象の味方を装いつつ、終盤になって正体を現す。
見た目が可愛い腹黒という、ありがちなキャラ設定である。
ゲームや漫画で楽しむ分にはいいけど、自分や家族が断罪の憂き目に遭うなんてまっぴら御免だ。
どう立ち振る舞うべきかを考えた結果、僕はとある事実に気付いた。
『前世の記憶と一緒に得た思考力を使って、飛び級すればいいんだ』
乙女ゲームの『クラウン・エレジア』は学園ものだった。
そして、この世界では、嫡男であっても爵位を親から継承するためには、16歳以上で国立エレジア学園に三年間は通う必要がある。
でも、成績優秀と認められれば、特例で十六歳未満であっても入学可能だと、調べているうちにわかったのだ。
とはいえ、6歳にして学園のことを隅々まで調べて周囲にも尋ね回った結果、当時『エルミア様はおませだ』と噂が立って恥ずかしかったけど。
何にしても、ヒロインや攻略対象といったゲーム関係者に一切関わり合いになりたくない僕は、必死に勉強と武術訓練に勤しみ、両親が驚愕して歓喜するほどの秀才ぶりを発揮。
結果、僕は12歳で学園に入学して15歳で卒業。
その後は、高位貴族やエレジア連合王国の頂点に立つ王様直々の誘いも丁重かつ頑なに断り、ディルハルト侯爵領に戻って、ずっと父の手伝いをしていたのだ。
社交界では、自領から出てこないことを揶揄して『引き籠もり』と僕を呼んでいるらしい。
可能な限り、登場人物と接点を持たないようしている結果だ。
まぁ、引き籠もっていても『外の情報を得る手段』なんていくらでもある。
しかし、十数年前からそれだけ動いていたにも関わらず……もっとも遠ざけていたはずの『登場人物』と、何故か顔を合わせることになってしまった。
僕の出した求人を片手に、しかも単身で僻地の田舎領地までやってきたのである。
こんなこと、誰が想像しただろうか。
「……確認するが本当の、本当に彼女なのか?」
「はい。過去にエルミア様と一緒に参加した社交界でお姿を遠目に拝見したことがございます。あの独特なワインレッドの色で波打った長髪。アメジストの瞳、見間違うことはまずあり得ません」
問い掛けに、執事のレインズは真顔で頷いた。
前世の記憶を取り戻した後、僕は領内のあちこちから身分関係なく人を集め、優秀な人材を雇って重用している。
当時は周囲に反対されたこともあったけど、今となっては僕の判断が正しかったと、文句を言う人は誰もいない。
現在のディルハルト侯爵領は、能力と人格を重視して人を採用するという、世間的には珍しい領地になっている。
そして、レインズも僕が幼い頃に見いだした少年の一人だった。
「……まぁ、そうだよねぇ」
わかっている、彼がこういう時に嘘や冗談を言うことがないってことは。
僕は深いため息を吐くと、書類に書いている名前に目をやった。
ヴァレンティア公爵家の令嬢アリシア・ヴァレンティア。
彼女は、この国の王位継承権第一位アルガス・ジオ・グロリオサ王子の婚約者にして、乙女ゲーム『クラウン・エレジア』に登場する悪役令嬢その人である。
ゲームにおいては『噛ませ犬』である僕同様、誰のルートに進んでも何かしら関わってきて主人公達の正面に立ち塞がる存在。
つまり、『クラウンエレジア』では主人公達に対して、僕が『噛ませ犬』として裏で暗躍し、彼女は表から正々堂々『悪役令嬢』として攻めていくという内容になっているのだ。
ただし、ゲーム内において、僕と彼女は協力関係では無かったと記憶している。
アリシア・ヴァレンティア……彼女を始め、ゲームの主要人物達に関わりたくないから学園を飛び級で入学、卒業して『色んなことに手を回した』というのに。
もちろん、王都にいる頃、社交界で彼女を遠目に見かけたことぐらいはある。
でも、直接会話したことは一度もなかった。だからこそ、彼女が田舎にあるディルハルト領を訪ねてきた理由がわからない。
全ては無駄だったのか、それとも手を回した結果、運命が巡り巡って結局、出会うこと繋がった可能性もある。
しかし、こんな田舎の求人を頼りにここまでやってくるなんて、常識的にはあり得ない。
アリシアにとって、とんでもない何かが起きているのは間違いないだろう。
「ちなみで訪ねてきた彼女を見て、何か気になったことはあるかい」
「そう、ですね」
僕の問い掛けにレインズは何やら躊躇するが、意を決したように口を開いた。
「何やら切羽詰まったご様子でした。それに服装も公爵家の令嬢とは思えません。平民が着るような服の上から外套にフードを深く被っていたので、当初はアリシア様だとわかりませんでしたから」
「なんだよ、それ。絶対、只事じゃないよ」
ため息を吐くと、僕は再び頭を抱え込んだ。
一体、彼女が何を考えて訪ねてきたのかはわからない。
でも、ゲームの悪役令嬢だからといって、何やら切羽詰まって遠路はるばる訪ねてきた女の子を追い返す……そんなこと僕にはできないし、したいとも思わない。
それに、そんなことをしたと知ったら父さんと母さん、屋敷の皆も悲しむだろう。
弟からは幻滅されるかもしれないな。
接触を避けるよう心がけてきたけど、こうなった以上はしょうがない。
覚悟を……決めるか。
「わかった。これから会ってみよう」
「畏まりました。アリシア様もお喜びになるかと存じます」
僕は椅子から立ち上がると、背もたれに掛けていて上着を羽織った。
そして、姿見鏡の前で身嗜みを確認する。
「うん、問題ないね。レインズ、どうだい。何か変なところはあるかな」
「ございません。いつも通り、凜々しく整ったお姿でございます」
「ありがとう。じゃあ、来賓室だったね」
「はい。ご案内いたします」
レインズは会釈すると、アリシアの待つ来賓室に僕を案内すべく歩き出す。
会うと決めた以上、問題は彼女と顔を合わせることじゃない。
どうして、彼女がここにやってきたのか、こっちのほうが重要だろう。
まず最初に考えられるのは、彼女の婚約者である第一王子との関係に何か問題が生じた可能性だ。
もしかして、王子との婚約が破談になって追放された、とか?
いや、そんな、こてこての展開、あるわけがない。
そもそも、そうならないよう、八方手を尽くしていたんだから。
それに、そんな『報告』は受けていない。
あれ、でも、ちょっと待って。
アリシアが王都を出たとなれば、何かしらの報告があるはずだ。
今現在まで、僕のところにはなんの連絡もきていないぞ。
唸って考えを巡らせるが、答えは出ない。
まぁ、わからないことを悩んでも意味はないし、人事は尽くしているから、これが天命だと思うことにしよう。
ディルハルト侯爵家の当主は父さんだし、いざとなったら『丸投げ』する方法もある。
怒りはするだろうけど、父さんのことだ。
いつもみたく、何だかんだで助けてくれるだろう。
さて、もうすぐ来賓室だ。
考えるのはこの辺にしとこうかな。
僕はレインズの後ろに歩きながら、アリシアがどんな子なのかと……胸は期待と不安が渦巻いていた。
◇
「アリシア様、エルミア・ディルハルトです。入ってもよろしいでしょうか」
「は、はは、はい。ど、どうぞ、おは、おはい、お入りください」
「……?」
レインズに案内された来賓室の扉を丁寧に叩くと、何やら震えて緊張した声が扉越しに返ってきた。
どうやら敵意を持って来たわけではなさそうだけど、何か引っかかる。
僕は首を傾げつつも、取っ手に手を掛けた――。
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