魔法
今日は、父上にお願いした「魔法の家庭教師」が来る日なので朝から楽しみでしょうがない。
「魔法」を使えると思うと自然に心が躍る。本である程度の知識は得られたが、魔法の家庭教師は父上がすぐに準備すると言ってくれた。
逸る気持ちを抑えて、魔法の取り組みについては後回しにしていた。
僕は応接室でそわそわしながら、今か今かと待っていた。
その時、ドアがノックされた。
「リッド様、家庭教師のサンドラ・アーネスト様がいらっしゃいました。ご案内してよろしいでしょうか?」
「……‼ どうぞ‼」
僕は、ドアの向こうから聞こえたダナエの声にすぐ返事をした。
「失礼します」とダナエに案内され小柄な女性が応接室に入って来る。
彼女は茶色い髪と水色の瞳をしており可愛らしい印象を受けた。
「リッド様の魔法の家庭教師をさせて頂きます。サンドラ・アーネストと申します。以後、よろしくお願い致します‼」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
彼女は、はきはきとした明るい声で自己紹介をしてくれた。
僕が返事をすると、彼女も笑顔で返してくれた。
お互いに挨拶が終わると応接室の机を挟みソファーに座ると、少し雑談をした。
僕が魔法にとても興味があり、今日を待ちわびていたと伝えると彼女は嬉しそうに微笑んでいた。
サンドラも父上からの依頼でどんな生徒かと楽しみにしていてくれたらしい。
雑談をするうちに、お互いの緊張が少し解けてきた。
すると、サンドラの雰囲気が少し変わった。
彼女は咳払いをしてから、先生モードに切り替わり授業を開始した。
「コホン……早速ですがリッド様は魔法を使ったことはありますか?」
「いえ、使用したことも近くで見たこともありません」
実際、屋敷の中で魔法を使っている人を見たことがない。
ゲームの中での魔法は、誰でも修練を積めば出来そうな感じだった。
この世界の本にも、修練を積んで初めて魔法は使えるようになるという記載は一応あった。
だが、肝心の修練方法についての記載はなかった。
「少し、本で読みましたが魔法は修練さえ積めば誰でも使えるのでしょうか?」
「はい。魔力は程度の差はありますが誰しも持っています。修練さえ積めば、ある程度は誰でも使えるものになります。ですが、誰でも簡単に使えるものではありません。リッド様には、私が手取り足取りお教えいたします。大船にのったつもりでいてください‼」
サンドラは自信満々という感じで立ち上がり手を胸に当てながら、力強い目で僕を見据えた。
彼女の言葉や仕草から、「魔法が好き」という気持ちが自然と伝わってくる。
サンドラは「ハッ」として我に返ると、力説したことに顔を赤らめた。
再度、咳払いをしてから話を続けた。
「コホン……ではまず魔法について説明させて頂きます」
彼女は、この世界の魔法について丁寧に説明をしてくれた。
魔法の発動に必要となる魔力は人間に限らず、生きとし生けるものであれば誰もが持っている生命力の一種になるらしい。
その力を体の中で練り上げて魔力に変換する。
変換して作られた魔力を源にして魔法を発動する。
つまり、自分の中にある生命力を感じ取り、魔力に変換する作業が出来ないと魔法は使えない。
その為、魔法を使えるようになるには必ず修練が必要になるということだった。
「なので、リッド様にはまず「魔力変換」を出来るようになって頂きます」
「わかりました。ですが、サンドラ先生。可能なら魔法を一度見せて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「サンドラ先生」という言葉に彼女は顔を赤くした。そして、両頬に手を当てながら「私が先生、先生……」と小さく呟き、体をくねらし始めた。
「……大丈夫ですか? サンドラ先生」と僕が声を再度かけると、彼女は「ゴホン」と何事も無かったように振舞った。
大丈夫だろうか、この先生。
「わかりました。そうですね、魔法を先に見たほうがイメージもわかりやすいと思います。では、外に行きましょうか」
僕が彼女の言葉に頷きながら返事をした後、二人で応接間を出て外の訓練場に移動した。
ちなみに、屋敷の敷地内には剣術や魔法の訓練場が用意されている。
それ以外にも、様々な施設が整備されている。
とりあえず、剣術や魔法はいつでも修練可能な環境である。
貴族って凄い。
「では、お見せしますね」
彼女は訓練場に着くと、設置されている的に向かって右手を差し出した。
次に目を閉じて集中をする。そして、目をカッと開くと叫んだ。
「火球、ファイアーボール‼」
彼女の言葉に呼応するように右手の掌が輝き始めた。
その光はすぐに火の球に変わり膨らんでいく。
大きさが前世の記憶にあるサッカーボールぐらいになると、「火の球」は的めがけて飛んでいき「ボボン‼」と音を立てて命中した。
的は真っ黒になっており煙が出ている。
サンドラが魔法を発動して、的に当たるまでの流れは一瞬だった。
「どうでしょう? 魔法のイメージは掴めたでしょうか?」
「凄い‼ いまの魔法、めちゃくちゃカッコ良かったです‼」
「そ、そうですか? でも、リッド様もすぐこれぐらいは出来るようになりますよ」
僕は初めて見る魔法の衝撃に目を爛々と輝かせながらサンドラに詰め寄った。
前世の記憶でゲームやアニメで憧れた魔法を目の前にして興奮しないわけがない。
魔法を絶対に使えるようになってみせると僕は意気込んだ。
だが、一点だけ気になった。
魔法の名前って叫ばないといけないのだろうか。
「サンドラ先生、ちなみに先程の魔法ですが、魔法名って必ず叫ばないとダメなのですか?」
「え? えーと、魔法発動に魔法名を叫ぶのは絶対に必要な要素ではないですよ」
僕の質問に彼女は魔法の発動条件についても説明してくれた。
「魔法を正しく発動するためには、発動する魔法のイメージが明確になっていなければならない」というのが魔法の発動条件の基本らしい。
例えるなら、魔法名と発動させたい魔法のイメージを一致させなければならない。
確実に手早く発動させる為には、剣術や空手等の型と同様に体と脳に覚え込ませる必要がある。
つまり、型さえ完全に覚えてしまえば、魔法名を叫ばなくてもすぐに発動できるようになると話してくれた。
説明が終わると、サンドラは実際に魔法名を叫ばずに、先程の魔法を再度披露してくれた。
その様子に僕はさらに目を爛々と輝かせ「スゲェー‼」と叫んでいた。
「この無詠唱発動は、まだまだ先の話ですからね。まずは魔力変換をできるようになりましょう」
それから、彼女の授業に従って「魔力変換」を学んでいく。
自分の中にある「生命力」を自覚して「魔力」にする。
言葉にするのは簡単だが、これが中々難しい。
四苦八苦していると、その様子を見てサンドラがにやにやと不敵な笑みを浮かべている。
何か嫌な予感がしてならない。
「……リッド様、魔力変換の感覚をつかむのは非常に難しいので、通常だとかなり時間を要します。ですが、私が考案した方法であればすぐにでも「魔力変換」のコツを知るきっかけが作れるのですが、試されますか?」
サンドラは楽しそうに、口元に少し手を当てながら悪戯な笑みと目をしている。
ちょっと怖い。僕はその不気味な雰囲気を出している彼女に後ずさりしてしまう。
「う…… でもいち早く使えるようにはなりたいから、どうすればいいの?」
「……いいのですね? では、両手を出してください」
「……こう?」
彼女は不気味な雰囲気と笑みを浮かべたまま僕の両手を掴んだ。
「では、いきますね」と一言いうと「バチン‼」という凄い音がした。
「!?!?!?」
音が聞こえたと思ったら、体全身に電気でも走るような鋭い痛みが走った。
たまらず、サンドラに握られていた両手を離そうとするが、がっちり掴まれている。
「せ、先生‼ こ……れ、か、からだが裂けそう」
「大丈夫。そう言って体が本当に裂けた人はいませんから、もう少し耐えて下さいね」
必死にサンドラの顔を見ると、ニヤリと笑みを浮かべていた。
楽しそうな様子を見て「絶対わざとだ‼」と心の中で僕は叫んでいた。
「リッド様、終わりましたよ」
長い時間ビリビリした気はするが、ほとんど時間は経過していなかったらしい。
サンドラから両手を解放されると、思わず膝を地面について「はぁはぁ」と肩を揺らしながら息を切らしていた。
拷問とも思える一瞬だったが、一体あの痛みは何だったのだろうか?
「ふふふ、すみませんでした。では、今やったことについてご説明いたします」
サンドラは楽しそうな笑みを崩さず、いま起きた現象を説明してくれた。
通常の修練では「魔力変換」の感覚を覚えるのには時間を要する。
その為、自力で魔力変換を覚えるより、魔力変換を出来るようになった人から強制的に一度自身にしてもらう。
そうすれば「魔力変換」を実感できることになるので、感覚を再現するのは容易くなる。
だが、これは魔力の扱いにかなり長けたものでしか出来ない。
しかも、彼女が開発した「特殊魔法」になるので、彼女しか発動することは出来ないらしい。
サンドラが僕の家庭教師になったのも、「特殊魔法」が使えたからとのこと。
だが、デメリットもある。他者から強制的に「魔力変換」を実感させられる際に体に走る「猛烈な痛み」である。
これは本来、徐々に覚えていくはずの感覚を強制的に自覚させられることによる反動らしい。
最初に説明してほしかったと伝えると、サンドラはそれだと面白くないですからと笑みを浮かべていた。
僕は心の中で「このドSめ‼」と呟いて舌打ちをしてしまった。
「では、もう一度『魔力変換』をしてみて下さい」
僕は言われた通りに再度、最初と同じようにやってみると、自分の中にある「何か」をすぐ自覚することができた。
「自覚出来ましたね? それが魔力の源です。次はその源を魔力にします。イメージとしては、自覚した源をひたすら圧縮してください。するとまた違う何かになったと感じるはずです。それが魔力です。」
「……わかりました。」僕はサンドラの言う通りにしていくと、ハッとする。
自分の中に何か不思議な力があるのがはっきりと自覚できた。その様子を見ていたサンドラは、嬉しそうな笑みを浮かべる。
「それが、魔力です。では、その魔力を掌に移動させて下さい。私が最初に見せたファイアーボールをしっかり思い出して、発動したい魔法のイメージを明確にしてください。イメージが出来たら、最初は魔法名を叫んで的に向かって発動してみてください」
「はい‼」と返事をした僕は、初めての感覚に戸惑いながらも集中して一つ一つの手順を行っていく。
的に向かって右手を差し出すと深呼吸をしてから魔法名を叫んだ。
「ファイアーボール‼」
その瞬間、差し出していた手に魔力が集約されて火球となった。
ある程度の大きさになると、火球は的に飛んでいき「ボボン‼」と的に命中した。
「できた…… やったぁああ‼」
初めての魔法成功でめちゃくちゃはしゃいでしまった。
魔法って超楽しい。
しかし、僕が魔法を発動出来たのを見ていたサンドラは、とても驚いた顔をしていた。
なんか失敗したかな?
「……リッド様は素晴らしい魔法の才能をお持ちですね。まさか、今日だけで魔力変換から発動まで出来るようになるとは思いませんでした」
「へ……?」
話を聞くと魔力変換が出来ても、的に命中する魔法として発動できるわけじゃない。
発動する為には、イメージを明確に出来るように、型を覚える反復練習が必要になるからだ。
だが、僕は反復練習をせずに彼女の魔法だけを見て、発動出来るまでイメージを明確にすることが出来た。
「凄い想像力です。リッド様は天才かもしれませんね」
先程まで悪戯な笑みと目をしていた彼女は、同一人物とは思えないほど思慮深い表情をしていた。
その後、何度か試すが一度も失敗することはなかった。
試しに無詠唱も挑戦してみたら、問題なく発動出来た。
その様子を見ていたサンドラは「て、天才ね……」と小さく呟くと、少し顔が青ざめていた。
僕は、楽しくて魔法を何度も使っていると息がだんだん上がってきた。
「魔力が少なくなってきましたね。今日の魔法発動はこれぐらいにして、残りは座学にしましょう」
「はい、ちょっとはしゃぎ過ぎました」
「いえいえ、楽しんで頂けて私も嬉しいです。そうですね、あと魔力量についても話しておきますね」
魔力は無限ではない。
人それぞれで持っている魔力量は当然異なっている。
生まれ持った魔力量の個人差は大なり小なりあるが、極端な差は基本的にないらしい。
最大魔力量は魔法を使えば、修練すればするほど増えていく。
様々な種類の魔法や大きな魔法を使いたいとなると、日々の修練は絶対に欠かせない。
魔力の回復方法について聞くと、自然回復方法ぐらいしか現状はないと言われた。
ゲーム内であったような魔力を回復するようなアイテムはこの世界にはないらしい。
「どの国でも、そういった薬を探して作ろうとしているみたいですが、成功したって話はきかないですね」
「そうなのですね」
僕は返事をしながらゲームにあった魔力回復薬を作ったら面白いかも、と内心考えていた。
その後、彼女から「属性魔法」と「特殊魔法」についての説明を受ける。
「属性魔法」とは、魔力を火や水などに変換して発動することを指している。
魔力を属性に変換せずに発動する魔法は「無属性」となるが「属性魔法」の括りに入る。
「属性魔法」に関しては発動者に属性素質がないと基本的には使えない。
サンドラが最初発動した魔法のファイアーボールは火の属性魔法なので「火の素質」が必要になる。
ちなみに、バルディア家は「火の素質」を持つ家系であるが、リッドはゲームにおいては全属性の素質を持っていた。
これも今後の検証対象だ。
サンドラの話してくれた「特殊魔法」はとても興味深かった。
前世の記憶にあるゲームに「特殊魔法」なんてものはなかったからだ。
彼女の説明を聞くと、特殊魔法とはサンドラが施してくれた「魔力変換強制自覚」などの補助的なものが「特殊魔法」として分類されているとのこと。
「魔法は案外、色々出来ます。ある程度の魔力量と魔力操作が出来るようになれば、独自の魔法を生み出すことも出来なくはないですね。ただ、明確なイメージを作り上げるのが大変だから、あまり作る人はいませんけどね」
凄い、独自の魔法も頑張れば作れるのか。
モチベーションが爆上がりしているのを感じる。
そんな、アゲアゲの様子の僕を見てサンドラが咳払いをする。
「ゴホン、でもリッド様はまだ魔法を勉強し始めたばかりです。まずは魔力変換をもっと早く効率的にできるようにしましょう。魔法は使えば使うほど魔力量も増えますから、まずは日々の修練から頑張ってくださいね」
「はい、頑張ります‼」
今日は異世界にきて一番楽しい日だったかもしれない。
これから修練して、必ず独自の魔法を作って見せる‼
目を輝かせながら右手をぐっと空に突き上げる僕だった。
サンドラはそんな僕を見て微笑んでいた。
本作を読んでいただきましてありがとうございます!
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頂けた分だけ作品で返せるように努力して頑張る所存です。
これからもどうぞよろしくお願いします。
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※注意書き
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