第七話 放課後の潮風
ここは《島海学園》。
海に沈んだ世界で、島娘たちが集う海上拠点。
今日も半水没した学園には潮風が吹き抜けていた。
授業終了の鐘が鳴り終わると同時に、教室内の空気が一気に緩む。
「遠征訓練かぁ〜!」
「また潮境海域かな?」
「やだなぁ〜、あそこ揺れるんだよね」
島娘たちがわいわい話し始める。
九州は少し緊張した表情で周囲を見回していた。
「遠征訓練……」
実際に学園の外へ出る。
海へ出る。
それはつまり、マリンモンスターと遭遇する可能性もあるということだ。
すると隣から西表島が机へ乗り出してきた。
「九州ちゃん九州ちゃん!」
「わっ!?」
「放課後ヒマ?」
「え?」
「訓練しよーよ!」
猫仮面の奥で目を輝かせている。
その勢いに九州は少し押され気味だった。
「訓練?」
「遠征前にいっぱい走っといたほうがいいって!」
佐渡島も小さく頷く。
「実戦訓練、結構大変だから……」
「そ、そうなんだ」
九州は少し不安になる。
だが同時に、やる気も湧いてきた。
「じゃあ、お願いします!」
「やったー♪」
西表島は嬉しそうに立ち上がった。
「よーし!特訓だー!」
「イリエちゃん、廊下走っちゃだめ……」
「滑るだけならセーフ!」
「たぶんアウトだよぅ……」
三人は教室を出る。
放課後の学園は昼間より少し騒がしい。
訓練へ向かう島娘。
整備作業をする人間たち。
補給船の接岸作業。
巨大な海上拠点は今日も動き続けている。
窓の外では夕方の海が揺れていた。
「まずは水上機動だね!」
西表島は廊下の水路へ飛び込む。
バシャッ!
次の瞬間。
彼女の身体が一気に加速した。
「速っ!?」
九州が目を丸くする。
西表島は猫みたいに軽やかだった。
小さく跳ねるように滑走し、くるりと方向転換する。
波の扱いが上手い。
「イリエちゃん、水流操作得意だから……」
佐渡島が説明する。
「へぇぇ……!」
「九州ちゃんもやってみよ!」
「はい!」
九州も水路へ足を入れる。
水が流れる。
身体が滑る。
昨日より感覚はずっと良かった。
「おぉ〜!」
「うまいうまい!」
西表島が並走してくる。
「でも曲がる時ちょっと硬いかも!」
「か、硬い?」
「ほらこう!」
西表島が水面を蹴る。
身体がふわりと横滑りした。
水流を横方向へ逃がしているのだ。
九州も真似してみる。
「こう……?」
ぐるんっ!!
「きゃああっ!?」
勢い余って回転。
そのまま水路を一周してしまう。
「わぷっ!」
「あはははっ!」
西表島が大笑いする。
佐渡島も困ったように笑った。
「だ、大丈夫……?」
「め、目回るぅ……」
九州はふらふら立ち上がる。
だが楽しそうだった。
その後もしばらく三人は練習を続けた。
加速。
停止。
方向転換。
水流操作。
島娘にとって基本となる技術。
九州は何度も失敗しながら、それでも少しずつ感覚を掴んでいく。
「うんうん!最初より全然いいよ!」
「ほんと?」
「ほんとほんと!」
西表島は元気よく頷く。
「九州ちゃん出力高いから、慣れたらすっごく速くなりそう!」
「速く……」
九州は少し嬉しくなる。
もっと強くなりたい。
もっと海を走れるようになりたい。
そう思った。
やがて三人は一階区域へ降りた。
ここは海と直結している。
外海から吹き込む潮風。
水門を出入りする補給船。
遠くでは大型クレーンが動いていた。
「うわぁ……」
夕焼けの海が広がっている。
水面は赤く染まり、まるで世界全体が光っているみたいだった。
「この時間好きなんだ〜」
西表島が海を見ながら言う。
「海きれいだから!」
「うん……」
佐渡島も静かに頷いた。
九州はその景色に見入る。
沈んだ世界。
壊れた文明。
危険な海。
それでも。
この場所には確かに日常があった。
笑い声があった。
帰る場所があった。
その時だった。
ゴォォン――。
低い警戒音が学園へ響く。
三人が同時に顔を上げる。
『近海警戒レベル1』
館内放送。
大型モニターへ海図が表示される。
赤い反応点。
九州が少し緊張する。
「マリンモンスター……?」
西表島が真面目な顔になる。
「小型反応だね」
「近いの……?」
「うん。でもたぶん先輩たちが対処すると思う」
それでも空気は少し変わった。
整備士たちが動き出す。
待機中だった島娘たちも海図を見る。
九州はモニターを見つめた。
赤い点。
その向こうには危険がある。
本物の戦いがある。
「……」
少し怖かった。
だが。
「九州ちゃん?」
九州は小さく拳を握る。
「私も、いつか戦えるようになりたい」
西表島が少し驚いたあと、にっと笑った。
「うん!絶対なれるよ!」
佐渡島も静かに頷く。
「九州ちゃん、頑張ってるから……」
潮風が吹く。
遠くの海が揺れていた。
そしてその頃。
島海学園外周海域。
夕焼けの海面を、一人の少女が高速で駆けていた。
白髪。
巨大な大剣。
直島だった。
彼女は静かに海面を滑走している。
その視線の先。
暗い海の中で、何かが動いた。
ギョロリ――。
赤い光。
深海の闇から覗く異形の目。
直島は静かに大剣へ手を添える。
「……いた」
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