第二話 潮風の案内人
「入砂島さん、」
九州が恐る恐る名前を呼ぶと、長い髪を揺らした少女はふっと微笑んだ。
「イリナでいいよ、他の人にはそう呼ばれているしね、」
「イリナさん!はい!」
元気よく返事をすると、司令官が椅子にもたれながら二人を見る。
「そうだ、イリナ、彼女を案内してくれないか?」
「私が、かい?」
「あぁ、ここに来て長いだろう?それに、任務が終わって暇だろう」
「わかったよ、司令官、行こうか、九州、」
「はい!」
九州は勢いよく返事をした。
その様子にイリナは小さく笑う。
「元気だねぇ」
「よく言われます!」
「悪いことじゃないさ」
二人は司令室を出る。
扉が閉まった瞬間、遠くから波音が聞こえた。
三階廊下には薄く水が流れている。
窓の外では輸送船がゆっくりと海を進んでいた。
九州は歩きながら周囲を見回す。
「やっぱりすごいですね、ここ……!」
「島海学園は世界でも最大級の島娘拠点だからね」
イリナは壁へ軽く触れる。
古い校舎。
だが補強材が何重にも取り付けられ、現在も現役で稼働している。
「元々は海上学校だったらしいよ。世界が沈む前のね」
「へぇ〜……」
「今じゃ戦闘拠点、整備基地、避難施設、海上都市。全部まとめてここだ」
九州は窓の外を見る。
海上に浮かぶ住宅ブロック。
補給艦。
漁船。
ジェットシューズで移動する整備士。
そのどれもが、この学園を中心に動いている。
「まずは生活区域を見せようか」
イリナは水路へ足を入れた。
瞬間、水が渦を巻く。
「わっ」
「置いていくよ」
「ま、待ってください〜!」
九州も慌てて水路へ飛び込む。
二人の身体は滑るように加速した。
水しぶきが廊下を舞う。
高速で流れる景色。
窓から差し込む太陽光が水面へ反射していた。
「す、すごい速い……!」
「慣れれば気持ちいいよ」
イリナは器用にカーブを曲がる。
九州も真似するが、少しバランスを崩した。
「きゃっ!?」
「力みすぎさ」
イリナが片手で九州を支える。
「潮流は押すんじゃない。流れに乗る」
「流れ……」
「海を感じるんだ」
九州は深呼吸した。
水の音。
波の揺れ。
流れる感覚。
すると自然と身体が軽くなる。
「わっ……!」
今度は綺麗に加速した。
「おぉ、上手いじゃないか」
「できました!」
「筋は良さそうだね」
二人はそのまま二階へ降りる。
そこは生活区域だった。
半水没した教室を改装した食堂。
潮風の吹く休憩スペース。
大型乾燥室。
壁には島娘たちの写真が並んでいる。
「ここが食堂。島娘は普通の人よりエネルギー使うからね、かなり食べる」
「たしかにお腹空きそう……」
「特に戦闘後は酷いよ」
すると奥から声が聞こえた。
「イリナー!今日の魚定食残しとくー?」
「あぁ、頼むよ」
九州が目を輝かせる。
「すごい……本当に学校みたい」
「学校、でもあるからね」
イリナは少しだけ優しく笑った。
「戦うだけじゃ壊れる。だからここでは普通の日常も大事にしてる」
二人は再び移動する。
次に案内されたのは巨大な格納ドックだった。
一階部分。
ここだけ完全に海と繋がっている。
巨大な水門。
整備中の高速艇。
クレーン。
武装コンテナ。
海水が絶えず流れ込んでいた。
「わぁぁ……!」
九州は思わず駆け出す。
「ここが出撃口……!」
「そう。マリンモンスター討伐部隊はここから海へ出る」
遠くでは島娘たちが海上を高速滑走していた。
白い波が尾を引く。
「かっこいい……!」
「そのうち九州もああなる」
「はい!」
イリナは海を見る。
その視線が少しだけ鋭くなった。
「まぁ、できれば平和なほうがいいんだけどね」
九州も海を見る。
穏やかな青。
だがその下には、マリンモンスターが潜んでいる。
世界を壊した怪物たちが。
「イリナさんは長いんですか?ここ」
「そうだねぇ……気づけばかなり長い」
「すごいです!」
「いや、古株なだけさ」
「でも、頼りになります!」
その言葉にイリナは少し驚いた顔をした。
それから小さく笑う。
「君、素直だねぇ」
「え?」
「いや、嫌いじゃないよ」
その時だった。
ゴォォン――。
学園全体へ低い鐘のような音が響いた。
九州が驚いて周囲を見る。
「な、何ですか!?」
「定時潮流調整」
イリナは慣れた様子で答える。
すると校舎内の水流が変化した。
廊下の流れが少し速くなる。
「この学園、常に潮流制御してるんだよ。水路止まったら移動できないからね」
「へぇぇ……!」
九州は感心したように辺りを見る。
どこを見ても海と共にある学園だった。
その頃、《司令室》にて。
コンコン、とドアが叩かれる。
「ん?入ってくれ」
扉が開く。
そこに立っていたのは、大剣を背負った白髪の少女だった。
小柄な身体。
だが背中の大剣は彼女より大きい。
無表情に近い顔で少女は室内へ入る。
「司令官、任務、終わった」
「そうか、異常なかったか?」
「うん、ないよ」
少女はゆっくりと大剣を下ろす。
そして少しだけ首を傾げた。
「そうだ、司令官、新しい子が来たって聞いた」
司令官は口元を緩める。
「気になるのか?直」
「うん、少し」
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次回もお楽しみに




