第十三話 潮風とお昼休み
ここは《島海学園》。
海へ沈んだ世界で、人類を守るため戦う島娘たちの拠点。
超大型マリンモンスター襲来から数日。
学園内には未だ警戒態勢が残っていた。
だが、それでも日常は止まらない。
朝。
半分水没した校舎へ朝日が差し込む。
水の張られた廊下がきらきらと光っていた。
九州は少し眠そうな顔で廊下を滑っていた。
「ふわぁ……」
昨日はなかなか眠れなかった。
超大型のこと。
直島の戦い。
色々考えていたら夜更かししてしまったのだ。
すると後ろから元気な声。
「九州ちゃーん!!」
バシャァッ!!
大量の水飛沫。
「きゃっ!?」
九州が振り向く。
そこには高速で滑ってくる西表島。
「おはよー!」
「イ、イリエちゃん速いってぇ!?」
「えへへ〜♪」
西表島は器用に急停止する。
水飛沫が虹みたいに散った。
佐渡島も後ろからゆっくり来る。
「お、おはよう……」
「おはよう!」
九州が笑顔で返す。
三人はそのまま並んで教室へ向かった。
廊下には他の島娘たちの姿もある。
朝食を咥えながら移動する子。
水上競争して怒られてる子。
整備員に捕まってる子。
平和だった。
数日前に超大型が現れたとは思えないくらいに。
西表島がくるくる回りながら言う。
「今日は実技ないらしいよー!」
「ほんと?」
「うん!座学だけ!」
九州は少し安心した。
まだ実戦訓練の緊張が抜けていない。
教室へ入ると、すでに数人来ていた。
窓際では直島が静かに本を読んでいる。
相変わらず近寄り難い空気。
だが九州は思わず見てしまう。
あの戦い以来、さらに憧れが強くなっていた。
すると西表島がにやにやする。
「また見てる〜」
「えっ!?」
九州の顔が赤くなる。
「ち、違うよ!?」
「ほんとかな〜?」
「ほんとだもん!」
佐渡島がくすっと笑った。
その時。
直島がふと顔を上げる。
九州と目が合った。
「……」
「っ!?」
九州が固まる。
直島は数秒見つめたあと、小さく口を開いた。
「……おはよう」
「えっ」
九州は目を丸くした。
まさか向こうから話しかけられるとは思っていなかった。
「お、おはようございます!」
慌てて頭を下げる。
直島は小さく頷き、また本へ視線を戻した。
西表島が目を輝かせる。
「おぉ〜!」
「直島先輩から挨拶された〜!」
「よ、よかったねぇ……」
九州は顔が熱かった。
なんだか少し嬉しい。
授業が始まる。
今日は海域地理学。
沈没都市の位置。
危険海流。
補給航路。
先生が淡々と説明していく。
九州は頑張ってノートを取っていた。
「うぅ、難しい……」
「九州ちゃん字かわいい」
「今そこ!?」
西表島が横から覗いてくる。
先生が黒板を軽く叩いた。
「私語」
「はーい」
教室に小さな笑いが起きる。
平和だった。
こういう時間、九州は結構好きだった。
そして昼休み。
食堂。
ここもまた独特だった。
海に面した半屋外構造。
水路がそのまま座席間を通っている。
島娘たちは滑るように移動しながら食事を受け取っていた。
九州はトレーを持ちながら目を輝かせる。
「わぁ〜……!」
「今日は海鮮丼だよー!」
西表島が嬉しそうに言う。
「ほんとだ!」
席へ座る三人。
いただきます、と手を合わせる。
九州は一口食べた。
「おいしい〜!」
「でしょー!」
西表島は勢いよく食べ始める。
佐渡島はゆっくり食べていた。
周囲では他の島娘たちも談笑している。
「昨日の整備班さー」
「また水路壊したんだって」
「えぇー?」
賑やかだった。
九州は少し笑う。
こういう普通の時間があるから、みんな戦えるのかもしれない。
その時。
食堂入口がざわついた。
「直島先輩だ」
「また一人席かな」
直島が静かに入ってくる。
いつもの無表情。
周囲は少し道を開ける。
だが。
直島は立ち止まった。
そして九州たちの方を見る。
「……そこ、空いてる?」
「えっ」
九州たち三人が同時に固まる。
西表島が最初に反応した。
「もちろん!」
「ど、どうぞぉ……!」
佐渡島も慌てて席をずらす。
直島は静かに座った。
九州の心臓がうるさい。
距離が近い。
近くで見るとやっぱり綺麗だった。
白い髪。
静かな目。
戦闘中とは違う、落ち着いた空気。
気まずい沈黙。
だが西表島は全く気にしない。
「直島先輩って何食べるんですかー?」
「魚」
「ざっくり!」
九州は思わず吹き出しそうになる。
直島は少しだけ不思議そうな顔をした。
「……変?」
「いや、なんか先輩らしいなって!」
西表島が笑う。
すると直島はほんの少しだけ口元を緩めた。
ほんの少し。
だけど確かに笑った。
九州は目を見開く。
「……!」
その笑顔は、思ったよりずっと優しかった。
潮風が吹く。
海の匂い。
笑い声。
戦いの合間の、小さな日常。
だがその頃。
島海学園から遠く離れた深海。
暗い海底の奥。
巨大な赤い目が、ゆっくりと開いていた。
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次回もお楽しみに




