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天帝像――荒方台事変  作者: 矢子沼蜻蛉


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8/8

8.僕は、美味しかったかい?

 木積(こつみ)は絶叫を上げて、塚を駆け下り、斜面に設えられた扉を潜り抜けた。


 坑道を手つき膝つき這い進んだ。

 途中、打ち捨てた松明が目に入り、反射的に引っ掴む。

 転がるように石室に戻った。


「しまった、扉。何で閉め忘れた」


 ガシャン、ガシャン


 重い響きは、段々と大きくなっている。


「無理か……ぬう、か、かくなる上は」


 木積は手にした松明を放り投げ、行者の薙刀を手に取った。

 石室の入口に向けて構えたが、刃先はガタガタ震え、腰も引けてしまう。


 ガシャン、ガシャン


 音が、止まった。


「な、何だ」


 突然だった。

 突風、大音響、大振動が石室を揺るがし、木積は吹き飛ばされた。

 背中が床に叩きつけられ、息が止まりそうになる。


(あれが荒方台(あれほうだい)の化け物か。ばかな、あの御方の御意向どおりに事は進んだはずだ。 )


 ハッと、思考が明瞭になった。

 先ほどまでの喧騒が、嘘のように消えている。

 動悸がおさまってから、木積は、よろよろと起き上がった。


 あたりを見回す。

 薄暗い。だが見える。

 ここが石室なのは間違いない。だが、雰囲気も含めて、何もかもが違っていた。


(ここは……どこだ?)


 広さが比べ物にならない。

 組まれた巨石の大きさも比べ物にならない。

 空間の重力感が比べ物にならない。

 何もかもが壮大であった。


(まさか、あの御方の御座所……いや、いや、こんな所じゃなかったぞ)


 正面の壁には、巨石を穿って造られた祭壇と思しき建造物。

 その中央に、淡く光る液体の満ちた透明な壺がある。

 それが、奥に安置されている「天帝像」を照らしていた。


「天帝像」に、近づいて、前から横から見る。


(俺が彫った天帝像だ。背中が壁に埋まってるのか……こりゃ完全に引っ付いてるな)


 後ろを振り返れば、内側を銀色に輝かせる、極彩色の「枠」があった。

 突風で吹き飛ばされたら、この石室にいたのは覚えている。

 その直前、自分の後ろにあったのは、磐座に嵌った極彩色の「枠」だ。

 木積は、駆け寄るように、それに近づいた。


(もしかして……)


「枠」の中の銀色の輝きに触れようと手を伸ばした。

 そして直ぐに引っ込める。

 手がぬるりと……輝きの奥へと沈み込んだのだ。

 手の平を開いたり握ったりを繰り返す。異常は何もない。


 木積は、這い寄るように、輝きの中へと全身を入れる。

 抜けた。


 ボソン、ボソ、ボソ


 大きな鈍い音が響いていた。

 見れば、筒の先のような器官が、この石室の穴から、見えたり隠れたりを繰り返している。


(あの化け物だ。諦めていないのか。何て殺意だ。何て執念だ)


 木積は怖気を立てた。


 改めて、周囲を見渡す。

 石畳は土埃で覆われていた。

 突風で吹き飛ばされたのか、行者の遺体が複雑な体勢で倒れている。

 奇怪な虫の死骸は、今は石室の一番奥の隅にあった。

 それは、臓腑を引きずりながら、真っ二つになって別々に転がっている。


(な、長居は無用だな。戻ろう)


 木積は、散らばった松明をかき集め、ついでに行者を引き摺って、再び極彩色の枠を潜った。

 一息つく。

 ここでは、荒方台の化け物の殺意を感じない。

 腐臭を発し始めた奇怪な虫の死骸もない。

 土埃もなく、何より静かだ。

 ただし、ここの光源は、極彩色の「枠」と、祭壇に置かれた透明な壺だけしかない。


(これからどうする。やっぱり、ここに籠らざるを得ないよなぁ)


 行者を見つめる。


(だから、行者さんを引っ張って来たわけだし。ああ、駄目だ、駄目だ。……どうしようもないじゃないか。行者さん、すまないが身体を改めさせてもらうな)


 心で詫びつつ、木積は、行者が着用していたものを剥ぎ取って行った。

 鎧も衣服も小さすぎて、使い物になりそうもない。

 だが、火打石と打ち金が、小袋の中から出てきた。

 行者の履いていた草鞋をほぐせば、種火になるだろう。


(水と食料は無しか。困ったぞ、これは)


 バサバサと行者が着ていた白衣や緋袴の埃をはらう。

 草鞋を解し火打石と打ち金で種火を作る。

 これを終えてしまえば、何もやることが無い。


 ぼんやりと時間を潰す。

 木積は、家族や集落のことは、考えないことにした。

 この結果や責任追及を思うと、とても耐えられない。自責の念に押しつぶされ、あの化け物へ突貫する末路が目に浮かんだ。

 神の言葉の意味も、この場所のことも、考えないことにした。

 考えても絶対に分からないという確信がある。


 木積の意識は、行者に向かった。

 全部剥いで分かったことだが、やはり男だった。

 しかし亡くなってから、何日も経っているのに、腐敗していないのは、どういうことだろう? 

 筋肉はプヨプヨと弾力性があり、関節もぶらぶらしている。

 亡くなってから何日も経ったように見えないのだ。

 霊験あらたかと言うから、そのせいだろうか?


 木積は、行者の両手首を掴んで持ち上げた。

 軽い。

 ぶらり、遺体が揺れる。


「右手、左手ーー」


 自分と一緒に、立ち上がらせて、ユラユラユラと、踊るように動かしてみる。


「右手、左手、ゆーらゆら……身体持ち上げ、ぶーらぶら、膝上げ、膝上げ、よっこらしょ、頭前後に、かーくかく」


 などと、木積は手遊び歌らしきものも口ずさみ始めた。

 全身の力が抜け切り、意識もない人間は、こういう動きをするものかと、とりとめなく考えた。


 そんなことを、暫くしていたが、腹は減るし喉も渇く。


 あの化け物は、まだいるのだろうか。

 転がっていた薙刀を拾って、極彩色の「枠」を潜る。

 土埃だらけの石室へと出ると、もう化け物の姿はなかった。

 その代わり坑道口の周囲には、石室内のどこよりも細かな土埃が、厚く堆積している。


(諦めたようだな)


 木積は、坑道口へと進んだ。

 坑道を照らしていた藍色の光はもうないが、外から陽の光が差し込んできている。

 坑道の壁は、広く滑らかになっていたが、半円型になった床は歩きにくくなっていた。

 スッと坑道が暗くなり、次の瞬間には真っ暗になる。


 ズズズズズー


 壁を擦り滑るような音響を立てて、何かが近付いてくる。

 薙刀を突き出したが、重い衝撃に押され、たまらず石室へと押し返された。

 坑道口に、厚く堆積していた土埃で、足を滑らせて転倒した。


 筒の先のようなもの、あの化け物の枝が、坑道口からさらに伸びてきて、木積を探すように、石畳をドシドシと叩く。

 木積は、四つん這いになりながら、極彩色の「枠」の向こう側へ逃げ込んだ。


 尻餅を付き、喘ぎながら、木積は呻いた。


「これは……油断ならん。なあ、俺はどうすればいい?」


 行者からは、沈黙しか返ってこない。


 飢えや渇きは、いよいよ強まり、話し相手すらいない。

 木積は行者の遺体を見やった。

 あられもない姿で、床に転がっている。


 両脇の下を両手で持ち上げた。

 首回りが安定しない。


(こんな童が、疫病やら災厄を、鎮めて回ってたってんだからなぁ)


 円霧保では崇められていたが、木積の集落ではほぼ知られていなかった。

 木積の集落がここらに移ってからまだ年が浅いのだ。


 木積は、行者の遺体に話しかけた。


「寿命が縮まるとは、どういうことだ?」


「あの真っ二つになったデカイ虫は悪霊なのか?」


「遠くへ逃げろと言ったな。あれは俺が邪魔だったからか?」


 その後も延々と、木積は益体もなく質問し続けた。

 返事はない。


 話し疲れると、渇きと空腹を紛らわすために、行者の遺体を枕に眠りに落ちた。

 それから、どれだけ時が過ぎたのだろうか。

 猛烈な渇きと飢えで目が覚めた。


(駄目だ、辛抱できん)


 薙刀を掴むと再び極彩色の「枠」を潜って土埃だらけの石室へ出た。

 坑道口を覗き、耳を澄ます。

 向こう側の坑道口は見えず、あたりは静寂が支配していた。


(こちらを覗いているのか?まるで巣穴の前の猟師だ)


 どうしようもなく、寝床にしている石室へ戻る。

 絶望だ。


 渇きも空腹も、いよいよ我慢の限界に達した。

 木積はふと、行者の身体の肉つきを見た。

 亡くなって久しいはずなのに、腐っていない。

 腕は細いが、やわらかそうだった。


(この童、美味そうだなぁ)


 木積は、腰に差した斧をさすり始めた。


 ……それから、どれだけ時が過ぎたか分からない。

 今が夜か昼かも分からない。

 腹が減れば何かを口にし、眠くなれば眠った。


 そして適当な間隔で、石室と石室の間を往復する。

 坑道口を覗くためだ。

 だが、どうしても外に出る踏ん切りがつかない。


 それでも、木積は坑道口を覗き、耳を澄ます。

 向こう側から差し込む光が見える。だが、音はない。


(俺は本当に外に出ていいのか?外に出た瞬間、あの化け物に襲われたら、話にはならないが)


 突然、外から重量物が大地を叩く轟音が聞こえ、地響きの揺れが襲ってきた。

 それが、強く弱く強く弱くと断続的に続き、木積はたまらず尻餅をつき、ジリジリと後退った。


(何だ?何をはじめた?まさか……)


 木積の脳裏に、業を煮やした化け物が、この塚を粉砕する光景がよぎった。

 そして、その刹那のことである。


 フモォォォォォォォ


 溜まった空気を、一気に吹き出した様な、恐ろしげな咆哮が聞こえてきた。

 木積は耐えられずに、身を縮め、両耳を塞いだ。

 次いで、石室を揺るがさんばかりの、大轟音が響くと静かになった。


 ――しばらくすると、カチャカチャという音が、坑道口から聞こえてくる。

 そして、音を立てていた主が、スッと姿を現した。


「うぉ!?」


 思わず木積は、驚愕の声を上げた。

 それは、木積にとって、あまりに見慣れた人物だったのだ。


 手に薙刀、胴丸。白衣と短い緋袴。

 高結いの髪に、華奢な身体。

 容貌に至っては、見紛うはずもない。


(童……馬鹿な。何が起きてる?)


 それは、片脚を失い「枠」の向こうで、横たわっているはずだ。

 だが目の前のそれは、両足で歩いている。


 それは、木積を一瞥すると、極彩色の「枠」を見つめた。


「まあ良いや。そんなに拘ってたわけじゃないんだ」


 高く澄んだ声が、すぐ傍で響く。

 隣だ、すぐ隣にいる。

 動きが見えなかった。足音すらしなかった。

 思わず喉が鳴った。


 それは、ゆっくりと首を傾げ、木積を見つめた。

 無表情だ。なんの感情も感じられない。


「あれから、ずっとここにいたんだね」


 フッと姿がかき消える。

 真後ろから声がした。


「まったく……僕の言うことを、全然聞かないんだから」


 それは、柔らかく微笑んだ。


「ねぇ」


 耳元に口を寄せ、囁いた。


「僕は、美味しかったかい?」


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