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天帝像――荒方台事変  作者: 矢子沼蜻蛉


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1.木積、光を見る

 醍醐(だいご)天皇の御世、延喜(えんぎ)の頃。

 円霧山(まるきりやま)の中腹に、木地師の一団が住み着いていた。

 里の者は、そこを木地屋の集落と呼んだ。

 彼らは轆轤(ろくろ)を回し、椀や皿や箱を拵えては里へ下り、食料や布と換えて暮らしていた。良材が尽きれば、ほどなく別の山へ移る。ゆえに住まいは粗末でよかった。草を葺いた草庵が、山肌に寄り添うように並ぶばかりである。


 その集落に、木積(こつみ)という若者がいた。


 萎烏帽子(なええぼし)を被り、直垂ひたたれ括袴くくりばかま、脛には脛巾(はばき)、足には草履(わらじ)。山仕事の習いで、五尺ばかりの棒を杖代わりに携え、腰には斧を差している。

 そんな木積が、隣の瀞具山とろぐやまへ向かいながら、ぶつぶつと悪態をついていた。


「俺に良材なんぞ見分けられるか。あのクソ親父」


 加工中の木材に、つい余計な口を滑らせたのである。すると父の玄蕃げんばは、


「ならば木積よ、お前が良材を見つけてこい。皆を失望させるなよ」


 と言って、作業場を叩き出したのだ。


 周囲に人影はない。

 木積は、日ごろ胸に溜め込んでいた父への鬱憤うっぷんを、聞かせる相手もないまま吐き散らして歩いた。


 その時だった。


「ぬっ」


 尾根道の半ばで、ふいに足を止めた。

 頬に、妙な光が差した気がしたのである。


 顔を上げると、円霧山の一角が星のように輝いていた。

 だが、空の星ではない。山の上で、藍色(あいいろ)の光が脈打つように明滅している。


(……ありゃ、山の天辺てっぺんあたりか)


 しばらく眺めていても、その位置は動かない。


(見に行かねばならんか。面倒な)


 木積は、渋々と円霧山へ引き返した。


 やがて木地屋の集落に着く。

 作業場でひと息ついていた父、玄蕃が木積に気づいた。背はさほど高くないが、首は太く、胸板は厚く、節くれだった拳が人目を引く。荒ぶる猪を丸太一本で叩き伏せたという話は、集落の誰もが知っていた。


「おう、木積。瀞具の山へ行ったんじゃなかったのか。言っただろう、こっちにイイ木はないぞ」


「いや、そうじゃなくてな……あー、山の天辺に、星が落ちているんだ 」


「……ほう……うむ、なるほど」


 玄蕃は木積をじっと見た。


「どうやら、その捻くれた性根は、口で諭すだけでは治らんようだな」


 そう言うと、手近な薪を一本掴み、手の平にポンポンと打ちつける。


「待て、待て、待て、何をする気だ。怖いから、危ないから」


 玄蕃は、眼光鋭く木積を睨んだ。


「いい加減にせい。お前は、どこで良材が育つか知っとるのか。木の種類を見分けられるのか。こっちにイイ木はないと言われただけで、良木の前を素通りして隣山へ行くような奴に、木の見極めなどできるものか。あの暴言を謝るならまだしも、突飛な話で言いくるめようとするなど言語道断。今日こそ性根を叩き直してやる」


「違う、違う。本当に光ってるんだ。山の天辺で、ピカン、ピカンと。だから戻ってきたんだ」


たわけが、そんなもの見たこともないわ。で、そんな妙ちくりんな光はどこにある。見えんぞ」


「ここからじゃ山の天辺は見えないだろ」


 木積の立ち振る舞いは、命乞いと見紛うようだ。

 玄蕃は手にした薪で、自分の肩をトントンと叩きながら、少し考え込む。


「……よかろう。折檻せっかんは日延べしてやる」


 そう聞くが早いか、木積は土下座した。


「よかった、本当によかった、助かった。いや、そうじゃない、申し訳ございませんでした、本当に申し訳ございませんでした。私風情が荒挽あらびきを任されただけで、調子に乗ってました。クソ生意気なこと言って、本当に申しわけございませんでしたー!」


 玄蕃は瞑目しながら、眉間の皺をますます深くした。

 そして、首を横に振る。


「その浅ましいものの考え方を改めろと言う話なんだがな」


「へっ」


 玄蕃は、惚けた顔の木積に構わず続けた。


「山の天辺だったな。ああ、行ってこい。忌み地には気をつけろよ」


「親父、心配してくれるのか。ありがとう。ただの通り道だし、案ずるには及ばないよ」


 とは言え、忌み地を通らねばならぬと思うと、木積の気分はたちまち陰鬱(いんうつ)になった。


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