2-3 スワッシュマークの向こう側
「え、脚も見せてよ。……うひゃあー、これはひどい怪我……。大丈夫だった!?」
「命に別状はなかったよ。錆び付いた自転車に乗ったらダメだね」
「言ってくれたら、多分おじさんから自転車借りられたのに」
「後から言われても、そもそもそんな発想にならないよ、普通。というか、シーサーの連絡先知らないし」
「あれ?そうだっけ?」
親が実家に帰省する時期はだいたい決まっているので、わざわざスマホで連絡を取らなくても、勝手に志佐の方から来てくれるのだった。
昨日、おばあちゃんが物置の裏から引っ張り出してきた、錆び付いた自転車に乗ったら、当然の帰結としてぶっ壊れて自転車から振り落とされ、肘と膝に擦り傷を負い、頭を打った。念のため病院には行ったけど、特に脳に損傷はなかったので、あの時めまいがしたのは恐らく、熱中症に片足を突っ込んでいたのが原因だろう。「もう一回見せてー」とかのたまう志佐を無視して、私はサージカルテープを貼り直した。
「まっ、大事故にならなかったなら良かったー。たまっちゃん、時々無茶するんだから、気を付けなよー」
「無茶なんてしたことあったっけ?」
「んー……んん?具体的なエピソードを思い出せない……。いや、その傷が何よりの証拠じゃね?」
「これは不用心の事故だから」
「まあいいや、たまっちゃんが無事なら万事おっけー。じゃ、また次の休み時間ねー。ほらよっしー、自分の席に戻るよ」
相変わらず不機嫌そうな淑乃と強引に腕を組んで、志佐は自分の席へ戻っていった。で、なんとなく隣に座っている莉央奈のことを見てしまう。だいたい向こうも私を見ているので、今回も目が合った。
「んー?」
「昨日は、本当にありがとう。結果的に擦り傷で済んだけど、あの時点では分からなかったから。それに、壊れた自転車を家まで運んでくれたし」
「あー、どういたしまして。別に大したことはしてないけど」
「でも今朝だって、痛くないか聞いて、心配してくれた」
「だからそんなの、人として当たり前だって」
もうすぐ、こっちに来てから1週間が経とうとしているというのに、莉央奈は悪い意味でいつも通りだった。全てがめんどくさそうで、何にも興味がなくて、瞳から光が奪われているような感じがして、莉央奈はずっと、今自分が生きているということを、受け入れられないでいる。多分、志佐が莉央奈の横顔を見ても、それを悟るぐらいには、曇って濁って陰っている。本当は私が変えないといけないのに。幸せにしないといけないのに。
莉央奈を取り巻く懊悩煩悶の種から逃れて、気兼ねのない日常を積み重ねることぐらいしか、私には思い付かない。というか、それさえも別に私が用意したものではなく、おばあちゃんのような大人が裏で動いて得たもので、私が莉央奈にしてあげられることなんて、もしかしたら一つもないのかもしれない。そう思うと、指先の神経がきゅっと収縮するような、心臓がのたうち回りたがっているような感覚に襲われる。恥ずかしい失敗を思い出した時のような、居た堪れないあの気持ちに。
「たまっちゃー、んっ。教室移動、一緒に行こ?まだ、どこになんの教室があるか分かんないだろうから、案内してあげるっ。なっちも行くよー」
授業が終わると、また真っ先に志佐がやってくる。太陽でさえ沈むというのに、昔からずっと変わらない眩しい笑顔で、いつも周囲に元気を振り撒いてくれる。常に明るくて、影すらない。それが志佐という人間である。友達の中で一番を選出するなら、志佐にすると思う。一番の友達という意味でも、誇りという意味でも。
そんな志佐の斜め後ろを、教科書を腕に抱えながら、莉央奈と並んで付いて行く。志佐と同じ学校に通うことになるなんて、嬉しい誤算だった。今の私の最大の苦衷は、問題を約束を一人で抱え込んでいることだから。相談できる第三者がいるというのは、とても心強い……はずなんだけど。
「ほんとに昨日で補習おわりなんだってっ。遊び放題だやったー!」
「来週期末テストなんだし、私は付き合わないからね」
「えぇー、せっかくだしこの4人で遊びに行こーよー」
洲鎌淑乃、とげとげしい目つきで志佐を睨みつつも、結局引きずり回されて、まるで志佐とセットみたいになっている人。でも、私と淑乃はまだ友達ではない。それは明確な厳然たる、曖昧さが入り込む余地のない事実である。だって言葉を交したことないし、そもそも向こうも私たちに興味がなさそうだし。とどのつまり問題は、志佐に自分の置かれている状況を相談しようにも、必ず付け合わせに淑乃が付いてくること。それが嫌だ。淑乃に、私と莉央奈のことは話せない。
だから、淑乃がいない所で、できる限り二人きりで話したいんだけど。
「ねぇシーサー……」
「なになにたまっちゃん、いいよ一緒にお昼食べよーっ。購買行ってくるから待ってて。よっしー、購買行くよーっ」
「シーサー、今、時間ある?少し大事な話がしたいから、廊下に来て欲しいんだけど」
「大事な話?よし、行くぞよっしー」
「は?なんで?私が納得する理由を言いなさいよ」
「だって、あたしの手に余る話だったら困るじゃん」
「はぁ?なんで私が、戌亥の友達の面倒まで見ないといけないわけ?」
「んもー、よっしー冷たい~」
こんな感じで、全く二人きりになれず。まあ、いつかタイミングは来るんだろうけど、いつになったら解決させられるのか分からないという不確定性が、常に私の心を圧迫している。
そんな私の不安は顔に出ていたようだ。放課後、例の4人で高校近くのカフェで、お茶していると当たり障りのない話題から突然。
「たまっちゃん、元気ない?」
「え?どの辺を見て?目線が下がってる?それとも表情が少し乏しかった?いつも笑ってる時に笑わなかった?」
「な、何となく?傷口が痛いんだったら、あたしに遠慮なく言ってよ!」
「言われてどうするの?医者じゃないのに」
「でも、共感ができるっ」
淑乃の殺人光線も意に介さず、志佐は胸を張った。だけど、こういう時に苦笑とも愛想笑いともとれる笑みを浮かべるのだって、平常運転のはずで、何を根拠にそんなことを聞いてきたのか分からない。志佐はいつもそう、あの時だって。
共感ができることに共感されなかった志佐は、クリームソーダをずぼぼぼと音を立てながら根こそぎ堪能してから、矛先を私の隣の莉央奈に差し向けた。
「なっちぃー、何か知らない?」
「さあー……?私にはごくごく普通の玉樹ちゃんに見えるけど」
「何かあったらシーサーには言ってるよ。こっちの知り合いって、シーサーぐらいしかいないんだからさ。そういうわけで、気にしないでよ」
淑乃が同席しているこの場で話す気にはなれないので、とりあえず何もないって糊塗しておく。澄ました顔で押し黙ったかと思えば、まあ当然とは言え、こっちの事情なんてそっちのけで、楽しげに鼻を膨らませて決め付けてきた。
「あれかな。時差ボケがまだ治ってないとか。……たまっちゃんツッコんでよぉーっ」
「今乗って私がツッコまないといけなかったの?」
「だって、ツッコミ役だし」
「えっ、そうなの?」
「なんか、頭よさそうだし!」
「ボケるのだって、聴者が不快にならないラインを見極めたり、今までの流れを考えたり、頭を使うと思うけど」
「あれ、遠回しにディスられてない!?」
これで話題が逸れるかなーと思ったけど、そんなことはなく。机に載せた手の上に顎を置いて、上目遣いでこちらを見つめてくる。これは悪口ではなく、あくまでも今まで志佐と仲良くしてきた経験から帰納した結果だけど、志佐は結構しつこい。
「ほんとーに、悩みとかないのー?あたしには遠慮しなくていいんだぜー」
「な、ないよ。そんなに言うなら、何か証拠を見せてよ。海馬の中を覗いたわけでもあるまいし」
「戌亥、もういいでしょ」
「何がぁ」
淑乃が肩を揺さぶって、志佐の視線がそっちに吸われていく。期せずして援軍が来た。
「沓掛さんが何か複雑な事情を抱えているのは、もうまもなく高校生活が終わるという時期に、血縁関係のない知り合いと、全く同じタイミングで転校してきた時点で明らかだけれど。それは沓掛さん自身の問題であって、必要なら沓掛さんとその親族で解決すべきで、戌亥が関わる必要はない。関わってもどうせ得しないわ。詮索するのは辞めておきなさい」
いや、その、そうではなく……。かと言って、あなたの存在が邪魔です、志佐の前から1時間だけ消えてください、なんて、淑乃と一緒に志佐が傷付くかもしれないし、今後の高校生活に影響が出るかもしれないから、口が裂けても言えない……。
「ふぅーん。あたしはぁー、たまっちゃんの味方だけどねっ」
と、警告まがいに忠告されようと、あんまり気に留めないのであった。だから、単なる地盤固め以上の効果を志佐に期待してしまうのだと思う。そんな唾棄すべき憎き感情を抑え込むように、氷が溶けて味のぼやけた液体で喉を引き締めた。
結局、悶々とした憂慮を抱えたまま、安心できないまま、確信できないまま、その日は終わった。秘密にしたくないのに、私だって一人で抱えられるほど強くないのに、憂いの雲は灰色を帯び、やがて雨を降らせて、心の中で洪水を引き起こす。どうしてこんな約束をすることになったんだろう。この間とは違って、自分が間違っている理由を探していた。こんな風に、思考の方向が真反対になってしまったのは、志佐に再会したからだろうか。特別で見慣れない時空の中の、自分の内側の延長線のような存在が志佐で、緊張が解けてしまったのかもしれない。
何か手を打ったわけではないので、翌日も状況は変わらず。しきりに志佐に視線を向けては、視界の隅に淑乃が映って落胆する。多分、私は救われるという期待に弱いんだろうな。
肩身を縮こまらせて、水族館の時のように莉央奈の日傘に入り込む。残り1台の自転車を譲り合わないわけがなく、結局、40分ぐらいかけて二人並んで徒歩で登下校することになったのだった。友達だとしても、やっぱり同じ傘の下に収まるのは窮屈だし慣れない。腕が触れるか触れないかというぎりぎりを見極めて、歩幅も合わせて、程々に雑談を膨らませて弾ませて。まっすぐ歩くのだって難しい。
「こっちに来た理由とか、シーサーには話さないの?」
「話すよ、話すけど」
「私のことは気にしなくていいよ」
「ありがとう。でも、莉央奈さんに気を遣ってるわけじゃなくて……。率直に言って、シーサー以外には話したくない。皆に言いふらして、注目されるべきでもないと思うから」
「そう。まっ、私が誰かに言うことはないから安心して」
「あの莉央奈さんが、わざわざそんな面倒なことをするとは思ってない」
まあ、莉央奈は私の動揺など関係なく、平静に平穏に平常にすました顔をしていた。そう言えば、今度こそ志佐が家に行きたいって言い出すと予想していたけど、今日は予定があるとか何とかで、一足先に帰っていった。テストが近いらしいし、真面目に勉強でもするのかな。……志佐に限ってそんなことはないか。この間、補習を受けるところを見かけるまで、成績がどうとか課題がめんどくさいとか、勉強の話を一切したことないし。つまり、最初から課題をやらないという選択肢が頭に浮かぶぐらい、勉強に興味がないんだろう。
「おばあちゃん、ただいまー……、えっシーサー!?」
おばあちゃんの家に戻って、日傘を閉じる莉央奈の横より一足先に、特に何も期待せずに玄関の扉を開けると、目の前には頭にラベンダーっぽい色のバンダナを巻いて、フローリングワイパーを廊下にかけている志佐がいた。そりゃあ、腰を抜かすほどではないけど、程々には驚く。
「えぇーっ、たまっちゃんに、なっちまで!?」
志佐も程々に驚きながら、ワイパーを携えながら玄関の方に寄ってきた。
「何……してるの?」
「掃除に決まってるでしょ」
「それは見たら分かるけど……」
「てか、たまっちゃんは今ここに住んでんの?でー、なんでなっちが?」
「あぁ、えっと、洲鎌さんは一緒?」
「なんで?いるわけないよ」
「じゃあ、ちょっと来て。えっと、私たちのこと、話しておきたいから」
「おー、いいけど。ちょうどあたしも気になることあったしー」
なんでここに志佐がいるのかは分からないが、この機会を逃すと一生、淑乃から逃れられない気がしたので、靴を脱ぎ捨てて家に上がり、志佐の腕を引いて居間の前の物置に入った。物置と言っても、段ボールとか浮き輪とかが端で天井まで積まれているだけで、机とソファがあるので第2の居間みたいな感じである。
まあ、部屋の奥は埃っぽいので踏み込まず、扉の横で壁に寄りかかって、そこで向かい合って話すことにした。
「本題に入る前に、シーサーはなんでここに居るの?島袋家の使用人でもやってるの?」
「使用人なんて大袈裟なものじゃないよー。ただのお手伝い。昔、まだたまっちゃんに出会ってなかった頃にね、ママのお見舞いに持ってく花束を買おうとして、お金が足りないことがあって。その時に、通りすがりのおばあちゃんに助けてもらったの。それ以来、時々、今日みたいにここに来て、掃除したり肩を揉んだりしてる。あぁ、あれだよ?やらされてるわけじゃないからね。自分から進んでやってる。お小遣い貰えるしっ」
「だから、近所に住んでるわけでもないのに知り合えたのか……。あれ、でも今まで私の前で、そんな殊勝な心がけしたことあったっけ?」
そう聞き返すと、志佐は親指を立てて。
「お盆の時期は有給休暇を貰ってた」
「繁忙期なのに」
閑話休題、今ここに志佐がいる理由を聞けたので、次は今ここに私がいる理由を話した。
「えぇー!逃げてきたぁ!?ドラマじゃん、漫画じゃん、アニメじゃん、映画じゃん、ミュージカルじゃん、オペラじゃん、歌舞伎じゃん、能じゃん、狂言じゃん!」
「後半は何か違う気がするけど、一応そういうわけで、現実逃避できてかつあてのある沖縄に来たってわけ。まあまさか、おばあちゃんが高校の編入手続きまで済ませてくれるとは思わなかったけど」
「そんな背景があったとはねぇ。二人仲良く転校してきたのは、さすがに偶然じゃないかー」
「い、色々複雑だし、家庭にまつわる問題も絡んでるから、あの、他の人には秘密にしといてね……。特に、洲鎌さんに言わないでよ」
「念押しされなくても、人の秘密を節操なく言いふらしたりしないよ~。で?なんか困ってることでもあるの?なんでも言ってよ。あたしがなんとかしてあげる」
志佐は満面の自信でそう言った。知り合いがほとんどいない異国の地で、そんな風に接してくれる人がいたら、少しは甘えたくなってしまうというか、他力本願になってしまう。だから、それじゃあダメなんだって!葛藤したい気持ちごと踏み潰すように、右足に体重を載せる。莉央奈を助けるために、協力してもらう。そのための好個の存在が志佐、なんだから。
「あぁ、うん、ありがとう。うーんと……どうしたら、莉央奈さんを幸せにできる、かなぁ」
「え、なに急に。幸せ?」
「別に変な意味じゃないよ。莉央奈さんは自殺を止められてしまっただけで、まだ死ぬことを諦めてない。だから、私が責任を持って、この先も生きたいって思わせないといけない。ここでの幸せの定義はそういうこと。幸せって、一般に曖昧な概念だけど、今回は定義するだけなら簡単。でも、何をしたら莉央奈さんの気持ちを変えられるのか、全く分からなくて。きょ、協力してくれない?」
未だにはき慣れないスカートの裾を、汗で少し湿った両手で握りしめて、志佐を直視するのが憚られて、すぐ横の壁に焦点を合わせながら、いつもより一文字一文字に多くの息を吹き込んで、少しずつ胸中の言葉を吐いた。対して志佐は、真剣な話をされた時に見せる、いつも通りの少し間延びしたような声で。
「協力するのはいいけどー、たまっちゃんがそんなに思い詰めることもないんじゃない?家出まで一緒にしてさ。それだけでも随分思い切ったことをしてるよー」
「それじゃあ足りないんだよっ。莉央奈さんを救わなきゃ、救えないと、私……」
「大丈夫だって」
志佐は一歩迫って、私の両肩に手を置いた。その手はほんのり温かく、夏を払うように優しさが身体に染み込んでくる。
「約束したの。夏が終わるまでに莉央奈さんを幸せにできなかったら、その先に進みたいって思わせられなかったら、私も死ぬ、心中するって」
「たまっちゃんが、なんで……?何その約束っ。てっ、撤回しなよ、おかしいよ、たまっちゃんに得ないじゃん!」
「そうだよ、私に得はないよっ。でも、私が助けたことで、莉央奈さんは何か得した?私があそこで一歩踏み出さなければ、莉央奈さんは間違いなく死ぬことができた。死んで、苦しみも悲しみもない無の世界に行けた。なのに私はそれを止めたんだ。莉央奈さんがあのまま電車に飛び込んだら、これから帰宅しようとしてた人、後処理をする人、色んな人を困らせることになるから、確かに私の行動は社会的には肯定されるし、だから莉央奈さんを助けようと思ったんだけど。でも、死んで楽になることを切望していた莉央奈さんは、私の行動を肯定できるはずがなくて。だから、私には莉央奈さんを幸せにする、死んで全てを無に帰す以上のメリットを与える責任がある。そして、その責任が果たされなかったら、何か報いを受ける必要がある」
「あたしは、そうは思わない。たまっちゃんが悪いことをしたとか、責任があるとか、報いを受けるべきとか、全然、思わない……」
「でも、現に莉央奈さんは今、苦しんでるんだよ。私が何もしなければ味わわなくて済んだはずの苦痛を。それを安全圏から強要し続けるなんて、正しいはずがないっ。それに、もう約束を交わしたんだから。今さら撤回したら、莉央奈さんを幾度と傷付けてきた人たちと同じになっちゃう」
薄暗さの向こうにある、上下左右に揺れる志佐の瞳を捉える。これだけ言葉を尽くしたんだ、志佐なら理解してくれるはず。そう信じて。
「たまっちゃんは死ぬのが怖くないの?死んだら何もなくなる、のかは分からないけど、あたしにも、ママにもおばあちゃんにも会えなくなるのに。たまっちゃんはそれでいいの!?」
「良くない。良くないから罰であり報いとして成立するんだよ」
「ややっぱり考え直そうよ!ね?あたしは、たまっちゃんがいなくなるの、嫌、だから……」
志佐は声を震わせながら、がばっと抱きついてきた。突然だったし、色々考えている最中ということもあって、指先や腕から力が抜けていく。背骨が反れて肋骨が締め付けられて、脳にぴりぴりとした痛みが伝達される。志佐の肺が膨らんでは収縮するのを全身で感じる。呼吸するスピードはかなり速い。でも、なんであれ、志佐がそれだけ私に思い入れを持ってくれているってことだから、協力を要請する相手として間違ってなかったと確信した。
「だったら尚更、協力してほしい。だって、莉央奈さんを夏が終わるまでに幸せにできれば、心中する必要はないから。それに、莉央奈さんの自殺願望は、少し衝動的なところもあると思う。現に、今の時点は無気力だけど生きてるわけだし。1、2か月もすれば、衝動が収まって冷静になるんじゃないかな」
志佐はすぐには言い返さず、力加減を変えることもなく、少しの時間そのままでいることを選んだ。もっと安心してほしいから、追加の説得を練っていると、ゆっくりと志佐の腕が弛緩して、せっかく慣れた熱が急激に引いていく。
「……たまっちゃんが、本気で悩んで出した結論なんだもんね。分かった、もちろん協力するよ。あたしが何を言っても、たぶん覆さないだろうし」
「ありがとうシーサー。シーサーに話せて、少し気持ちが楽になった。解決への道筋が開けたからかな。シーサーは前向きで明るくて、一緒にいると莉央奈さんも元気になれそうだし」
「強いて言うなら、そんな重大な約束、あたしの知らない所でしないでほしかったけど……」
「その時はまだ、シーサーの連絡先知らなかったから。知ってたら、沖縄に着く前に連絡してたよ」
「それでもたまっちゃんなら、なんかこう、意表を突く方法で連絡してよぉー」
「無茶言わないでよ……」
喉に小骨が刺さったかのような、引っかかりのある笑い声が響く。それだけでも少し心の凝りがほぐれた気がした。志佐と友達で、本当に良かった。




