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絶滅戦争のそのあとで  作者: とおエイ


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9/13

8話 10ヵ月後 アラスカ

 通信が成功してから二か月。

 雪はもう積もりはじめ、地面はところどころ凍りついて白く光っていた。


「そろそろ来てもいい頃だよね」


「道なんてないからな。予定はズレると思っとけ」


 今日の歩哨は私と歩兵隊のチャンさん。


 戦争が終わったのはわかったけど、

 クマタロー以外の野生動物とか雪崩やクラックも気を付けないといけないから、日替わりで歩哨は置いてる。


 私たちの最近の話題は救援隊の到着のことばかり。

 最初はモールスだった通信も、こちらが音声の受発信ができると分かったら話が一気に進んで、

 あちらから救助隊が来てくれることになったんだ。

 その間私とハロルドは何回も通信アンテナを立てたり倒したり修理したりだったけどね!

 あ、そうそう、あれ以降は筋肉痛で寝込むことがないように配慮してくれたよ。

 皆通信が繋がったテンションに流されてたって謝ってくれた。

 ユイなんかDO-GE-ZAって日本で由緒正しい謝罪の儀式まで見せてくれたけど、自分じゃやりたくないな、アレは。


 とはいえ滑走路もないから陸路になる。

 運搬車両があっても到着まで片道2か月くらいかかるということで、それまでにこちらの準備をしておくことになった。

 当然だろうけどこの基地に残りたいって人は誰もいなかったので、みんなで協力して撤収準備。


 私はそりゃもう引っ張りだこだよ。 

 ……便利だからね。ふんっ!


 そんなこんなで3日前がちょうど2か月目だったから、そろそろ来てもいいんじゃないかなって皆そわそわしている。


「……来たぞ」


 うわびっくりした!? 


 振り返ったらいつの間にか冬季迷彩の男性が立っていた。


 この人がこの基地3人目の強化兵、

 レン=ラウリー伍長。

 偵察兵で、昔から無口で何考えてるかわからないけど……

 冬のアラスカ中を一人でずっと探索して、

 生存者を見つけてはこの基地まで連れてきた人。

 伍長が帰ってくるたびに、基地の中がちょっとずつにぎやかになっていった。

 一回捜索に出ると最短でも半月は帰ってこなかったから最近までほとんど出ずっぱりだったけど、

 救援の話を聞いて以降は基地でよく見かけるようになった。

 このところ見つかる人もいなくなってたのもあるのかも。


 偵察兵だからなのか何なのか、本当に気配がしないから急に後ろに立たれるとびっくりするんだよね。

 初めての時はびっくりしすぎて手が出ちゃったんだけど、簡単にいなされちゃったのは二人の秘密。


 伍長が来てからしばらくすると、遠くから地鳴りみたいな音が聞こえてきた気がした。


「この音?」


「ああ。エンジン音だ」


「俺、知らせてくるわ!」


 伍長の返事にチャンさんが基地へ走っていった。


 しばらくすると明らかに人工的なお腹に響く重低音になってきた。

 油の燃える独特の匂いが、乾いた風に乗って流れてくる。


 エンジンの唸りがひときわ強くなると、周囲の木々から雪がぱらぱらと零れ落ちた。


「……見えたぞ」


 丘陵の向こうから迎えの雪上車の影がひとつ、またひとつ立ち上がった。

 キャタピラの軋む低い唸りが、空気を震わせる。

 前部ユニットと後部カーゴを関節でつないだ二連の巨体。

 雪原用に太く張り出したキャタピラが、丘の傾斜をゆっくりと噛み込んでいた。


 先頭車が稜線を越えた。

 関節が折れるみたいに車体がぐっと沈み、後部が遅れて追いつく。

 巨獣が四足で歩いているみたいな動きだ。


 その後ろから、同じ形の車両が二台、三台――そして四台目が姿を見せた。

 どれも風雪に削られた装甲に、補修の跡が黒く浮いている。

 エンジンの排気が白く長く尾を引き、丘の上で陽光に揺れた。


「四台……大所帯だな」


 戦後、動く乗り物を見ることなど一度もなかった。

 四つの巨体が一列で近づき、凍りついた泥を巻き上げる音が大きくなる。


 いつの間にか基地のみんなが集まって、車列が来るのを見守っていた。


 やがて車列が速度を落とし、ひとつ、またひとつと私たちの前で停止した。

 エンジンの唸りが低くなり、白い排気がゆっくりと流れていく。


 その静けさの中で、ドアが開き、軍服の兵士たちが姿を現した。

 若い。どの顔にも疲労と、安堵が混じったような色が浮かんでいる。


 一歩前に出た士官が名乗った。


「人類連合一管区、北米エリア所属、ロバート少佐です。……お疲れさまでした。よく、生き延びてくれました」


 その一言に基地の皆が整列して、敬礼する。

 これでも全員軍人だしね。

 こういう時の行動は骨の髄まで叩き込まれてるから。


「手続きやこの後の打ち合わせの前に、まず、強化兵の皆さんはこちらへ」


 私と、クローディアさんと、伍長がそろって前に出ると、

 軍の人たちが、軍用紙に印字された暗号コードを手渡してくる。

 手のひらに乗ったそれには、20ケタの英数字と、ただ二語だけ。


『全任務終了』


 たったこれだけ。

 だけど、これがなかったせいで――

 私たちはアラスカから他へ動けなかった。


 反抗防止とか、上官の安全確保とか。

 いろんな理由があったみたいだけど――

 私たち強化兵は、任務が終わるまでは配備地を離れられないし、上官命令には絶対逆らえない。


 しかもそれを自分の意思だと思うように、ちゃんと調整されてる。

 使用する側が罪悪感を持たなくて済むように、って話らしい。

 で、『全任務終了』は解除の最上位。

 もう軍属ではあるけど、何の制限もない。

 何なら元帥ぶん殴ってもOK。

 別の罪には問われるだろうけど。


「……よかった。……ここの冬は、寒い」


 クローディアさんが、脱力したような声でこぼした。


「……これで、誰もいないアラスカを歩き回らなくてもよくなったな」


 隣ではレン伍長が、いつもの無表情で至極当然という顔でうなづいている。


「ねえねえユイ!!」


 何が起きてるのかわからないって顔してるユイの所へ走る。


「何か無茶な命令してみて!!」


「あ、え? えーと、今日の歩哨、ナツメ一人でやって?」


「………やだ!」


 それを見てたクローディアさんとレン伍長がうんうんとうなづく。


「ちゃんと解除されてるな」


「いえい!コードはバッチリだったみたいだよ!」


 3人で喜び合う私たちを囲んで、ユイたちが何が起こったのかわからない、説明してって顔してる。

 そっか、知らなかったんだ。

 そういえば機密だから佐官でも上の方じゃないと知らないって言われたことあるな。

 ここ、寄せ集めだから尉官の下の方の人しかいないし。


「……ちょっと待て」


 セルゲイさんが腕を組んだ。

 なんか怒ってる?


「つまりお前らは、あの紙がなければここに残ってたってことか?」


「うん」


 私はあっさりうなずく。


「そういう命令だったし」


「命令?」


 ハロルドが目を丸くする。


「うん、配備地はここ、アラスカ基地。

 作戦時以外はここに駐屯しろって」


 ユイの顔がだんだん引きつっていく。


「え……じゃあ……

 それがなかったら、  

 私たちが引き上げても?」


「うん、駐屯するよ」


「補給も来なくても?」


「うん、そうだよ」


「……そのあと、誰も助けに来なくても?」


 私はちょっと考えてから答えた。


「それでも」


 周りが一瞬、静まり返る。


 遠くでは雪上車のエンジンがまだ低く唸っていた。


 その沈黙を破ったのは、救援隊のロバート少佐だった。


「本来は、指揮系統が崩壊した戦場での反乱や脱走を防ぐための措置です。

 ……少なくとも、軍はそう説明していました」


 少佐は少しだけ苦い顔でそう言った。


「便利だろ?」


 レン伍長が平然と言う。


「上官がいなくなっても、迷わなくて済む」


 それを聞いたユイが、ぎゅっと口を結んだ。


「……便利って、そんな」


 クローディアさんが、ぽそりと漏らす。


「……でも、ずっと、そのままだった」


 それから紙を軽く振った。


「……それも、これで終わり」


 レン伍長もうなずく。


「帰れる」


 その一言で、周りの空気が少し変わった。


 帰れる。


 その言葉を聞いて、誰かがよかったなと笑い、

 誰かがふざけんなってこぼした。


 セルゲイさんが大きく息を吐く。


「……それで、撤収準備の時、人の手伝いばっかしてたのか、お前ら」


 後ろから結構強めにゴツンてやられた。


「痛い!?」


「痛いじゃない! 言え! 報告しろ!! このバカ!!!」


「だって……」


「だってじゃねえ!」


 ハロルドが本気で怒ってる。

 そんなこと言われても。


 ユイが涙でぐしょぐしょな顔で私を見た。


「ナツメ」


「ん?」


「今後、どうするつもり?」


「えーと……本来は第4管区……日本方面軍の所属だからそっちへ行く予定だけど……」


 方面軍、まだ残ってるのかな。無くなってたら......

 どうしよう?


 悩んでたらユイが少佐に声をかけた。


「ロバート少佐! 今、各方面軍ってどうなってますか?」


 少佐は少し考えてから、ぽつぽつと教えてくれた。

 大まかな区分けとしては残ってるけど、あれからほぼ1年何事もなかったし、

 なにより人口回復が優先。

 元兵士の人たちも人類皆戦力みたいな今だと軍属にしとく意味がないとのことで

 予備役扱いで復興に回ってるみたい。


「それだと復興作業のお手伝いかなあ。軍の宿舎なんて使えないだろうし……」


「ん?そういえばナツメ、そもそもお金持ってる?」


 ユイに冗談めかして聞かれた。


「え?」


「「え」って何?! まさか知らないとかないよね?」


「いや知ってるよ!? 使ったことないけど!」


「使ったことない!?」


 だってお金お金使える場所なんてなかったから!

 軍にいたころは配給品しかもらったことないし、作戦に必要なものは皆支給されてたし!


「そういえばこの間、休みって何したらいいのって聞かれたっけ……」


 ユイが黙る。


「ダメ、これ、ほっとけない。

 私も日本まで一緒に行く」


 ユイが掠れた声で言った。なんか雰囲気が怖い。


「えっ、ちょっ、なんで?」


「私もこの後何もなければ日本方面軍だし。行先は一緒だからね」


「でも、ユイは軍に残るんじゃないの?」


「そんなこと言った覚えないけど」


「あれ?」


「それに、日本でこれからどうする気?」


 これから? 軍に残って……あ、これからの戦争だと相手は人間になるのか。

 ……それはやだなあ。


「……どうしよ? 日本に着くまでに考えようかなって」


「じゃあダメ! ダメだから!」


「なにが!?」


「なにがって――

 お金の使い方も知らない女の子、

 一人で放り出すとか、無理!」


 その場にいた何人かが、真顔でうなずいてる。

 中にはクローディアさんまで。

 失礼な。


 セルゲイさんが肩をすくめる。


「ミーシャは放し飼いにするとなにするかわからんからな」


「ちょ、どういう意味!?」


 私が抗議すると、


 レン伍長がぼそっと言った。


「危ない」


「伍長!?」


 周りから小さな笑い声が上がる。


 そのとき。


 ロバート少佐が、ふっと息を吐いた。


「……安心しました」


 みんなが少佐を見る。


「強化兵の扱いは……正直、かなり揉めています」


「?」


 三人そろって不思議そうな顔をする。


 少佐は少し困った顔をする。


「軍属のままにするか、自由にするか。

 クローン兵なら備品扱いで教育からですが……強化兵は志願制です。

 階級の高かった者もいれば、戦災孤児もいる。

 ……そもそも人として扱うのか、軍の備品か。そこから意見が割れています。

 特に本人たちの希望が割れてるのが問題でして」


「本人たちの希望?」


「ええ。……一部の方が、退役しても行くところもない、備品扱いで構わない、と」


「そういう連中は自分の希望通りにさせればいいんじゃないか?」


「戦争中ならそれでよかったんですけどね……」


 世論が絡むと、どうしても面倒でして――と少佐がこぼした。

 戦争からほぼ一年、退役後にトラブル起こした強化兵とかも出てるらしい。

 力づくになると一般人の手に負えないもんねぇ。

 ……でもさ。

 自分から志願して、ああなった人たちの生き残りだし。

 それを、戦争終わったからって『危ないから管理します』ってのも、なんか違うよね。


「……だから、簡単に自由にするとも、軍に置いておくとも言えないんです」


 一気に場が沈黙した。


「……そういう人がいても、おかしくはないかな」

 クローディアさんが苦笑した。


「どうでもいい」


 レン伍長はいつも通りだった。


「いいわけあるかバカ」


 セルゲイさんに軽く小突かれて、本気で意味がわからないという顔をしてる。


「でも、少なくとも最上位コードをもぎ取ってきた甲斐はありました。」


 そういう少佐を、ジョンが何とも言えない顔で見てる。


 私は少し考えて、それからユイを見る。


 ユイはまだ目を赤くして、こっちを見ていた。


「……じゃあ」


 少しだけ考えてから、言った。


「とりあえず、ユイと一緒に行こうかな」


 ユイの顔がぱっと明るくなる。


「うん!」


 それを見て、クローディアさんが悩み始める。


「……私は、どうしよう」


「ゆっくり考えようよ、まだ北米ベースまでは2か月もあるんだし」


 ユイに後ろから抱き着かれたまま返事したら、そうだねって微笑まれた。


 レン伍長が言う。


「俺は……」


 セルゲイさんがすぐに言う。


「お前は俺らと一緒」


「……?」


「一人でほっとくと、またいつの間にかいなくなりそうだ」


 レン伍長が少しだけ目を細めた。

 たぶん、伍長なりの笑い方。


「了解だ。隊長」


 雪上車のエンジンが低く唸る。


 暖気の白い排気が、ゆっくりと空に溶けていく。


 私たちの戦後が、やっと始まったみたいだった。

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