9話 10ヵ月後 アラスカ ②
その夜、基地でささやかな宴が開かれた。
司令なんていない、みんな下っ端の集まりだけど、一応軍が行う歓迎会だからって階級の一番上の人を探したら……ユイとジョンが少尉で同じだった。
お互いひとしきり押し付けあって……最後はくじ引きでユイが今回の頭。
膝から崩れ落ちたところは悪いけどちょっと面白かった。
とはいってもロバート少佐が「形式ばらなくていいですよ」って言ってくれたから、最初の挨拶だけで済んで泣いて喜んでた。
「えー、皆さんコップは持ちました?
この基地で戦後、長い人は10ヵ月、短くても6ヵ月立ちました。
誰か一人でも欠けてたら、多分、ここまで持たなかったと思います。」
「おい、ユイらしくねえぞ!」
「似合わねえ!」
「うるさいしゃっとあっぷ!
ええともうせっかく考えた挨拶全部飛んじゃったよ!
補給物資にアルコールもあったから、今日は無礼講で行きます!
みんな、いきててくれてありがとー! かんぱーい!!」
「「「「「「「「「「乾杯!!」」」」」」」」」
あー、ジュース美味しい。
食べ物もいっぱい、お肉もいっぱい!
幸せ―!!
どんな食べ物があるかなーって会場を回ってたら、グエンのおじいちゃんがいつものアレを飲んでた。
「あれ、お酒あるけど、飲まないの?」
「こいつも飲み納めだからな」
そう言っていつものマグに注いでる。
原液ちょっとにお水たっぷり。
「あー不味い」
「……もう、飲まなきゃいいのに」
「これがなきゃ始まらないよ」
そんな話をしていたら、まわりに酒好きが集まってきた。
「じいさん、俺にも」
「こんな不味いもの、よく飲んでたよな」
「帰ったら二度と飲まねえぞ」
「店で見かけたら金貰ってもいらねえ」
不味い不味いって言いながらみんなで仲良く飲んでるのがわかんないな。
……記念だし飲ませてもらおうかな。
今日は怒られないよね?
「おじいちゃん、ちょっと頂戴」
「おいおい、やめとけって」
「ちょっとだけ。ずっと見てたから興味あるの!」
「……まあ、無礼講だし、いいか。 不味いぞ?」
「だいじょーぶだよ!」
小さなカップにほんの少し。
舐めたらなくなるくらい。
どれどれ?
…………
「不味!?」
涙が出るくらい不味い。痛くて苦い感覚が口の中にべったり張り付いて、いつまでも消えない。
喉から先も、焼けるみたいに熱い?!
慌ててぺっぺって吐く。
口直し、口直し……!
に”ゃー!! ジュース甘いのに口の中だけ不味いー!!!
「ほぼ原液のエタノールだ。どうだ、不味いだろ?」
笑ってるみんなを後目に涙目でうんうんとうなづく。
お酒飲む人のこと、わかんない!
口直しを兼ねて色々つまんで回ってたら、
焼けた魚や肉、いつものレーションの匂いが漂う中、
手作りの鉄カップを鳴らす音や口笛、歓声が響き始めた。
いつの間にか、かくし芸大会が始まってたらしい。
「三番! ジョン!二分でリーマン予想証明します!」
「何言ってるかわかんねーぞ!」
「ひっこめー!」
いつも医務室にこもってたジョンも、今日は盛り上がってる。
「五番! チャン! 一気飲みします!」
「おい馬鹿それはやめろ!」
「セルゲイー!……あ、いねえ!どこ行った?! 他の歩兵どこだ、止めろー!!」
歩兵のチャンさんが、おじいちゃんの例のヤツを原液で一気飲みしようとして、皆に囲まれて説教されてる。
そんなのを背景に――
「クローディアの姐さん! ずっと好きでした! 付き合ってください!」
「「「おおおおーーー!!」」」
歩兵のドノバンさんがクローディアさんに突撃した。
「……? ……!?」
グラスを片手に味わってたクローディアさん、周りを見て『え、私?』って顔をして、一気に耳まで真っ赤になった。
私のほうを見て、目で『たすけて』って言われても困る。
がんばってください。
……でも、その後ろで元パイロットのノヴァクさんがハンカチ噛みしめてる。あの人もクローディアさん狙いだったのかな。視線の先はクローディ……あれ? なんか違う? まさか……いや、え? そっち?
「なんでクローディアだけなの!? 私は!? ねえ、私は!?」
その隣で真っ赤になったユイが叫んでる。
周りにグラスがいくつも……酔っぱらってる?
「お前はいらん!」
「なんだとー!!! これでも上官だぞー!!」
「だからだよ!」
「ムキーッ!! いいもん! ナツメとよろしくやるから!」
って私の所に来てぎゅっと抱き着かれる。
アルコールくちゃい!ムリ!!
パワーじゃ負けないのに、酔っぱらいってなんでこんなにしつこいの!
引きはがしても引きはがしてもくっ付いてくる。酔っ払い、手強い!
はーなーれーろー!
やがて、宴会の騒ぎは歌になっていった。
誰かが廃材ででっち上げたギターを鳴らし、誰かが鍋を叩いてリズムを取る。
外とは別の時間が、そこにだけ流れていた。
焦げた魚の匂い、手作りの酒の味、そして肉。
この基地で一緒に過ごした仲間たちの声。
クローディアさんに逃げられてやけ酒してるドノバンさんと慰めるノヴァクさん。
酔っぱらったユイも寝ちゃったし。
こういうのも、この基地らしい、のかな?
***
翌朝。
雪上車が列を作って、基地の外で待っていた。
エンジンの立てる重低音が周囲に響いている中、
皆が小さな自分の荷物を持って乗り込んでいく。
流石軍人、昨日飲みすぎたって青い顔をしてる人も、足取りはしっかりしてる。
「ナツメ、忘れ物はない?」
私の荷物はここで着てた防寒着一式と、自分の認識票。
あと、最後まで残ってたお守り。
戦闘で歪んじゃってボロボロになっちゃったけど、この基地まで一緒に来た唯一の品物。
それだけだ。
「忘れるほど持ち物ないよ。
あれ、ユイもそれだけでいいの?」
ユイも小さなリュックを背負ってるだけ。
書いてた漫画とかどうしたんだろ?
「持ってはいけないよ。これからは時間があるんだから、また書けばいいし」
もったいないと思うんだけどユイがそう決めたならしょうがないか。
乗ってみると結構スペースがある。私たちのは私とユイとクローディアさん。
女だけまとめられたのかな?
雪上車が出発すると、基地がどんどん遠ざかっていく。
ずっと住んでた居住ブロック。
おじいちゃんの燃料プラント。
クマタローが壊して補修された外柵。
ハロルドと掘ったあたりはもう見えなくなってる。
そんなふうに窓から基地を見ていたら、急に車列が止まって、
セルゲイさんが呼びに来た。
「ミーシャ、ちょっと付き合え」
降りてみたらそこはクマタローの森の脇だった。
「どうしたの?」
「まあ、一応、ケジメってやつだ。
俺も兄貴分らしいからな」
って言って、森のほうに叫んだ。
「元気で暮らせよー!」
セルゲイさんの大声が森に響く。枝の雪がぱらぱらと落ちた。
「お前はいいのか?」
いいわけない。
「――クマタロー!! 元気でねーーー!!」
セルゲイさんが頭をポンポンと撫でてくれる。ちょっと涙が出た。
雪上車のエンジンが低く鳴り、列がゆっくり動き出す。
遠ざかっていく基地の小さな煙突からは、もう何も出ていない。
さよなら。 アラスカ基地。
いままで、本当に、ありがとう。
アラスカ編はここまで。
書き溜めが尽きたんでしばらく間開きます




