第72話 迷宮に巣くう強者たち
十数分かけて左側も突き当たりにぶち当たる。
目新しいものはないし、何も起こらない。綺麗な断面の崖っぷちだけがそこにあった。
「通れる場所はないみたい」
「初っ端から1本道かよ」
「仕方ない。戻ろう」
いったん入口まで引き返す。
辿り着いた時、天を仰ぎみた。けれど太陽はない。隣で蓮之介が、袂から懐中時計を取り出す。
「日没にはまだ早いけどどうする」
仲間の問いかけに俺は考える。
「無理は禁物だし、外に出て休んだほうがいいと思う」
「野営の準備がありますし賛成です。閉じこめられたら大変なので、外に出るべきでしょう」
ニーアの意見はもっともだ。異空間っぽいここに閉じこめられるのは勘弁して欲しい。満場一致で決まり、門外に出た。
いつものように野営の仕度をしていく。その後は食事をして、道具の手入れをし、見張りを立てつつ眠る。
翌日、朝からまたあの謎空間を探索した。
長居するつもりはない。だけど、もう少しだけ粘りたかった。
唯一奥に続いている正面の道を、恐る恐る進む。昨日おじさんの幻を見た地点まできた。
「今日は幻見ないね」
「けど敵のほうはどうかな」
合図とともに一歩を踏む。直後、周囲の景色がぐにゃりと歪んだ。
臨戦態勢で背中を預けあう。生唾を飲み込んだその時、ふわふわと浮遊する星形の物体が大量に現れる。大きさはスイカくらい。
「囲まれました」
「群れでお出ましか。ミスッたぜ」
こんなことなら素早く突っ切ればよかった、と蓮之介がぼやいた。
袋叩きにあう。そう思ったけど、動く気配がなかった。ただ辺りを漂っているだけだ。
「魔物なんですよね」
ニーアの困惑した声が聞こえた。
「ひょっとして生物ですらない?」
「わかんねえ。触っても大丈夫なのか」
蓮之介が刀の先で軽く突く。
するとピカーン。接触した個体が閃光を放ち大爆発した。
当然、逃げる術なのてない。次の瞬間には、俺達を風のバリアが覆っていた。彼の手に、いつの間にか小刀が握られている。
(風のバリアは小刀の力か。助かった)
俺達を守った彼の横顔を汗が伝う。
「危ねぇ……。迂闊だった、ごめん」
「今のは俺もわかんなかった」
「2人とも知らない魔物だったんですよね」
確認の声に知らないと答える。
本当に初めて見る魔物だ。いや、これは魔物なんだろうか。
「学園で習ってないよ」
「同じく。過去の資料にこんな奴いたか?」
「う〜ん、覚えてない」
「困りましたね。触れると爆発するなら、どうやって進めばいいのでしょう」
「襲って来なくても、これじゃあ進めないよ」
よく見たら地面にもたくさん転がっていた。
爆弾だらけの、さながら地雷原。見た目はお菓子みたいな星形だけど、全然甘くない。おまけにカラフルだ。
静かに睨みを利かす存在感。緊迫した空気。
「エミルが風で吹っ飛ばすのはどうだ」
「でも、それだと爆発が……」
「まあ最後まで聞けって。僕に策がある」
簡潔に作戦を伝えられた。
耳を傾けながら思い出す。およそ2年前、チームを組んだ時に聞いた刀の話。守護の力をもつ小刀・天翔星雫。
作戦を伝え終えれば、いよいよ実践だ。
タイミングを測りつつ、俺とニーアが詠唱する。
魔法による風が辺り一帯の星を吹き飛ばす。破裂と衝撃が連鎖していく。その刹那、風と水の2重バリアが俺達を守っていた。
瞬く間に星形爆弾は消え失せ、この場に静かさが戻る。
「なんとか上手くいったね」
「一時はどうなるかとヒヤヒヤしたぜ」
「誰も怪我はしてませんね?」
ニーアに向けて頷く。全員、大した負傷はなく無事だ。
しっかりと確かめてから奥へと歩き出す。島から島へ橋を渡り、しばらく進んだ所で道が分かれだした。
「どっち行く」
そう仲間に尋ねると……。
「右」
「私は正面です」
これまた見事に意見が分かれた。
相談し、どっちが先かくらいの感覚で右を選ぶ。
変わり映えのしない浮き島を、探りさぐりで進んでいく。
「メェリメリゴ〜」
そして今、新たな群れと対峙していた。
姿形は羊に似ている。舌を巻くような声で鳴く獣が行くてを阻む。
「メェルゥルルゥ」
「今度のも、大人しいんだね」
のほほんとした様子で思考が読めない。
「メッメルゥエェ〜」
「思うんだが、増えてないか?」
「ええ、最初は10頭程度だった筈ですが今は……」
指で差し示して数えでみる。
こうしないと間違いそうだ。なにより、今もなお増え続けていた。
「ざっくり40はいるね」
「多いって! どれだけ増える気だよ」
「でもこれなら道を塞いでる奴だけ倒していけば」
「だな。様子を見てる場合じゃねえ」
ニーアもまた杖を握りしめて応じる。
呆気にとられ増殖を許してしまった。早くしないと収拾がつかなくなる。そうなる前に突破しなければ危険だ。
前を睨んだまま俺は言う。進路上の敵だけに絞って一点突破すると。2人が答えた直後、一気に踏み込む。
「一気に突っきるぞ。ーー破斬」
並走していた蓮之介が技を放つ。衝撃波が群れに直撃。
俺は剣ではなく、両手を胸元に構える。集中するため足が緩む。人影が横を通り抜けていく。
「雷よ」
矢の如く雷が飛ぶ。
前をいく蓮之介は、上手く身を逸らし敵陣に斬り込んだ。
敵の視線が集まる。次いで一気に押し寄せてきた。大量の毛塊が視界を埋め尽くす。
(とても全部は防げない)
こっちが剣を抜くより早く、水流が奴らを押し流した。
ひと目で誰のおかげかわかる。後方を走るニーアだ。
「助かったよ」
「次来ます」
まとまって、連携しながら駆け抜ける。
眼前に雷光を纏った数頭が現れた。触れないほうがいい。瞬時に判断し鞄から網を取り出す。
「ニーア、援護を頼む」
「はい」
雷を迸らせる敵に網を放る。
絡め取った直後、地を滑る種から蔦が生えた。それは長く伸び、網ごと羊を投げ飛ばす。
休む間もなく次の集団が迫る。体毛が大きく膨らんでいた。奴らを蓮之介が叩き斬っていく。僅かに水滴が宙を舞った。
(やっぱり頼もしい。それに……)
その刃が、徐々に輝きを増しているみたいだ。
「もうすぐ抜けるぞ。ふんばれ!」
「うん、ニーアは平気?」
「はいっ」
(よし、ちゃんとついて来てる)
先陣をきる背中が最後の障壁とぶつかる。
俺は風で側面の奴らを薙ぎ払う。この時、後方で嫌な音がした。火花が散るような音だ。
「ニーア、配置交替」
返事は待たず彼女を前に行かせる。
そして振り向きざまに香り玉と投げ縄を後続の敵へ。
玉は群れの眼前で爆ぜたが、数十秒怯ませただけだった。けれど縄が狙い通りに脚を引っ掛け転ばせる。
同時にニーアの詠唱が耳に届く。だが、魔法は飛んで来なかった。水音だけが聞こえる。
再び振り返った時には、蓮之介が膨れ上がった毛塊を斬り伏せていた。
「エミル遅れるな、急げ」
「わかってる」
後続連中が縄を抜けてくる前に突破する。
羊の群れを振りきり、足を止めひと息吐く。
しかし安堵も束の間に俺達は絶句した。また人影が見える。けれど今度はおじさんではない。でも知っている人だ。
いや、気になっているが正しいか。
虚空を隔てた先に、あの青年が立っていた。風もないのに長い髪が揺れている。
(笑ってる。俺のこと見てる)
こんなに離れているのに、なぜわかるんだろう。
伝えようと動く唇まではっきり見えた。自分でも不思議に思うくらい。
「聞こえない。なんて言ってるの」
「くっ、今度は騙されねぇぞ!」
大声で呼び掛けようとした時、傍らで別の声が上がった。
途端に青年の姿は薄れ、奥に向かって消えていく。俺は横を振り向き言う。
「レンにもあの人が見えたの?」
「ああ。たく、なんつー悪趣味な仕掛けだ」
「また幻」
力なく呟いた。どれも本物じゃない。
落胆を胸に抱き、幻影が去ったほうへ目をやった。
「しっかりして下さい。惑わされてはいけません」
「さっきも今も冷静で助かるぜ」
「そんな、私は自分にできることをしてるだけです」
「謙遜するなって。事実なんだから」
2人の会話が耳に響く。引かれるように顔を向ける。
彼女の言う通りだ。同じ罠に何度もかかっている場合じゃない。おじさんの時はつい喜んでしまったけど、青年に至っては大昔の人だ。端的に考えて、いる筈がない。
気を取り直し、仲間に声を掛け探索を再開する。
まだ通ってない道を探すうちに、青年がいた場所まで来た。数十歩ほど先には門らしきものが見える。近くで門を見上げて言う。
「入口の門にそっくり」
「別の入口でしょうか。それとも……」
「行ってみればわかるよ」
言って彼女の手を握る。一緒なら怖くないと伝えた。
もう1人の仲間へも目配せして、皆で一緒に門を潜る。
⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔
黒い空間を通過し、白い光が身を包む。
境界を超えた先に更なる迷宮が広がっていた。地に降り立った、その時ーー。
「うわあぁぁ」
「悲鳴!?」
驚くのと同時に走り出していた。
足音は俺だけじゃない。止められることなく現地に向かう。
次第に金属が擦れあう音が近づく。誰かが戦っているんだ。
そして前方に、冒険者らと剣を交える人影を捉える。
夜霧の外套をはためかせ、鎧を纏い、禍々しい剣を振るう騎士。冒険者3人よりひと回り以上大きな体躯だった。
「この前のデュラハンもどき。ありゃ手強いぞ」
「勝てそう?」
「格上だ。正直きつい」
戦闘中の3人はかなり苦戦している。
刃を交えたことのある彼が言うのだ。加勢しても生き残れるかどうか。
「なら逃げましょう」
「でも助けるんだろ」
「どっちにも賛成。2人とも手伝って」
俺の申し出に2人は賛同を示す。
邪魔したなら素直に詫びればいい。今はただ、己の良心に従った。
救助対象と敵の目前にまで迫る。前をいく背から声が響く。
「奴に剣は利かねえ。怯ませっから魔法をぶちこめ」
「了解」
チャンスは一瞬だと彼は告げ、一気に踏み込んで行った。
あまり詠唱している時間はない。威力が重要ではなくとも、効果的なものを選ぶ必要がある。
風は鎧に阻まれるだろう。使うなら炎か雷だ。
(いや、動きを封じるだけなら風でもいけるか)
この瞬間、閃いた。
ちょっとコツがいるけど、ニーアとならできる。
「敵の動きを封じたい。水をお願い」
「なるほど、合成ですね」
さすが理解が早い。声を重ね、タイミングを合わせる。
蓮之介が体勢を崩した人の前に入った。刀で敵の刃を受け流す。
「煌めけ、朧月影!」
呼応するが如く刃が輝きを放つ。
光を受け、騎士が僅かに怯む。両者の距離が開く、その時を狙う。ほぼ同時に魔法を放った。水と風が合わさり氷と化す。
「ぬぅおおぉぅーっ」
騎士が吠えた。ずっと無言だった奴が、氷に囚われて……。
「君達は、助けに来てくれたのか」
冒険者の男が言った。なんて答えようか。
邪魔してすみません。いいや、謝罪よりも優先される言葉はーー。
「手伝います。逃げて!」
「かたじけない」
彼らが身を翻すより早く、氷が砕けた。
「レンッ」
「任せろ」
2人で連携しながら敵の注意を惹きつける。
真っ向から打ち合ったりしない。できるだけ攻撃を躱して戦う。
「皆さん、今のうちにこちらへ」
ニーアが誘導と支援を行った。
時間を稼ぎつつ、ゆっくりと後退していく。
幸いにも追われる心配はしなくていい。これまでの敵がそれを証明している。最初のゴーレムと同じく、騎士もまた忽然と姿を消した。
安全地帯まで逃げ延び、ほっと安堵の息をつく。
(とんでもない相手だった)
心臓が早鐘を打つ。痺れたように身体が震えた。
恐怖の余韻が残っている。むしろ、今になって噴き出したみたいだ。あれは勝てない。少なくとも今はまだ……。
「怖かったか」
蓮之介が問いかけてきた。顔を上げて答える。
「前に戦ったんだよね。アレと」
「すぐ逃げたけどな」
「皆、無事でよかったです」
全員の怪我の有無を確かめ、彼女が強張った表情を和らげた。
改めて冒険者らと向かい合う。傷はあるが大事ない。彼らは疲弊の色を隠さず、各々に口を開く。
「本当に助かりました。ありがとう」
「武者修行のつもりで来たけど甘かったな」
「まさか子供に助けられるとは思わなかった」
「こっちも上手くいってよかったです」
本当に運がよかった。下手をすれば全滅していたかもしれない。
「ゴーレム以外にあんな強敵がいるんだね」
思ったことを口にしたら、助けた3人が顔色を変えた。
明らかに動揺していて青ざめている。
「他にもいるのか?」
「はい。俺達、入口付近で遭遇して」
「嘘でしょ」
「冗談じゃない。ここは難易度がでたらめだ」
ガクガクと震え出し、エルフ族の女性が仲間の袖を引く。
「帰りましょう。命が幾つあっても足りないわ」
「ああ、違いない」
とんとん拍子に話が進み、彼らは軽く頭を下げて去って行った。
立ち去る背中を見送りつつ口を開く。
「何事もなく出られるといいね」
「まあ、心配しても仕様がねーよ」
なるようにしかならかさないと蓮之介が言う。
「旅の安全を祈りましょう」
そう言ってニーアは瞼を閉じ手を合わせた。
彼女に倣って瞼をつむる。冒険者らに向け、静かに祈った。




