第71話 寄り道
うっすらとできた道を南へ進んでいた。
正確にはやや西寄りだ。途中までは修行の谷に行った時と同じ。でも今回は分かれ道を南に曲がり、左手にちらちらと川を見ながら歩く。
「もしかしてアレは!」
しばらく進んだ先でニーアが声を上げた。
彼女が早足で向かう先に、他と色の違う草むらが見える。
「ちょっと待ってよ、ニーア」
「1人じゃ危ないぞ」
段々と足を早めていく彼女の背を追う。
近くで見ると、茎や葉の形が弓形に垂れてハープのようだ。細長い葉は青々としていて、キラキラと輝いていた。
ニーアが野草の前でしゃがむ。その横顔は嬉しそうで、慈しむかの如き眼差しを足元に注いでいる。
「思った通り、ルーメンハープだったんですね」
「薬草なのか?」
蓮之介が彼女の耳元で尋ねた。彼女は葉を優しく撫でて言う。
「薬草ではありませんが、魔法の道具を作るのに使われます」
「ほへ〜薬なる訳じゃねえのか」
俺は前屈みになり野草を凝視する。
「見ても全然わからないね」
「だよな、まったく区別がつかないぜ」
傍らで小鳥のような声が笑う。ニーアのものだ。
顔を向けたら、声の主もこっちを見ていた。目が合い、一瞬表情が固まったけど、すぐにまたやんわりと相好を崩す。
「で、どうする。何本か摘んでく?」
蓮之介が言い、ニーアは周囲をひと回り見た。
つられて辺りを見回す。目立つものはない。あるのは生い茂る野原と川、木々ばかりだ。
「そうですよね。加工に用いれば、今後の役に立つかもしれません」
たぶんコレ系の加工は調合になるだろう。
「調合は任せるよ」
「はい、お任せ下さい」
祈りを捧げ、何本か摘み取っていく。その様子を見つめ、頼もしく感じた。
ちょうどいいし少し休憩する。のどかな景色と風が気持ちいい。日差しの暖かさのおかげで、寒過ぎたりしなかった。
皆でのんびり休んでいると、視界の端に人影が入る。人間族2人とエルフ族1人の男女だ。彼らは左のほうに歩いて行く。
「エミル、どうした」
目で追っていた時、斜め後ろから声が掛かった。
「あの人達どこ行くのかなって」
はっとなり「特に深い意味はない」と言い加える。
身じろいだのか。草を踏む音が辛うじて聞こえた。
「もしかしたら東の遺跡に行くのかもな」
「遺跡があるの?」
「いや、ごめん。僕が勝手にそうなんじゃねーかと思ってるだけ」
実際、どういう場所なのかは知らないという。
「よく知ってるね」
「前にちょっと覗いたことがあるんだよ」
「あれ、でも冒険は最低限にしたって言ったよね」
「修行に決まってんだろ。けどあそこ、かなりしんどかったなぁ」
ある意味、修行にはもってこいだけど、と彼は言葉を濁す。
遺跡と思わせる場所。俄然、興味が湧いてきた。俺は期待と好奇心に胸を膨らませ、拳を強く握る。
「行きたい! 遺跡、調べてみたい!」
「だから遺跡かはわかんねーって。話、聞いてたか」
「もちろん聞いてたよ」
「ならわかるだろ。修行に行くような所たぞ」
「2人とも落ち着いて下さい」
困惑したような声がしたけど、ごめん。俺はちゃんと落ち着いている。
「さっきから何が言いたいのさ」
「強いんだよ、敵というか、なんというか」
彼は胸の前で手を、指を動かし、頭を抱えた。
とにかくヤバいと言う。ここまでの反応をするなんて相当だ。でも、この感情を止めることはできない。
「寄り道してこーよ。ほんの入口だけ、お願い」
「絶対入口だけで済まねえだろ」
「わからないよ。行ってみるまでは」
「いいや、わかる! 確実に止まらない」
今度は腕を組み、しきりに頷き始めた。
反骨心っていうのかな。余計に行きたくなる。
「では、こうしましょう」
唐突に割って入ったニーアの声。いきなりのことで、俺達は揃って首傾げた。対する彼女はいつもの顔だ。
「ひとまず行ってみて、これ以上は本当に危険と感じたら引き返す」
「おいおい、もしらこいつが止まらなかったらどうするんだよ」
「実力行使で止めます」
『えっ』
唖然となった。ほぼ同時に声を零していただろう。
微笑みにも見える顔で、さらっと何を言ったのか。我が耳を疑っていると、彼女の口がもう一度開かれる。
「無謀な行動をとったら、容赦なくチクリといきますからね」
(聞き間違いじゃなかった)
動揺したのは俺だけではなかった。蓮之介は顔面蒼白で言う。
「チクリッてまさか。ガチでマッドな方向に片足突っ込んでないか!?」
「心配して下さるなら、くれぐれも無茶なことはいないように」
いいですねと念押ししてくる。
「はいっ」
「了解でござる」
本気だ、と心の中で思い、肝を冷やす。
直立不動の姿勢で返答すると、ニーアは1つ頷く。そして東を示して「行きましょうか」と優しく促した。
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国境近くの町に行く途中、東へ外れた所にそれはあった。
山沿いの草原に、ぽつんと立つ石の門。黒くて、鈍い光沢があり、青緑色の筋が輝く。
恐る恐る歩み寄って石門に触れる。
ひんやりと冷たく、滑らかな肌触り。もっとざらざらした感じだと思った。しかも、なんともならない。俺は肩の力と一緒に息を吐く。
(石に、これは文字?)
いや、魔法陣かな。指で溝をなぞる。
溝の中を光が走っていく。どうやら動いているようだ。
「門しかないけど……」
(そういえばあの人達もいない)
目的地が違ったのか。もしくはこの門に秘密がーー。
「初めて見る魔法陣ですね。何が起こるかわかりません、気をつけて」
「気は済んだか? 正直、ここはまだ早いと思うぜ」
「レン、まだ何か知ってるでしょ」
現状、彼が「強い」と言ったものは影も形もなかった。
絶対にまだ何かがある。そう確信していた。目に強く力を込めて彼を見つめる。
蓮之介は首を振って肩を上下させた。そして歩き出す。
「潜るんだよ。本番は中だ」
言って彼は、来た方角から門を潜る。
門の下を通過した瞬間、姿が消えた。
「消えた!? えっ、嘘」
「レンさんはいったいどこに……」
「たぶん同じようにすればいいんだと思う」
「そんな、でも……」
声が振るえている。きっと怖いんだ。
俺だって、どうなるのかと不安ではある。けれど、それ以上に知りたい。
「俺は行く。ニーアはーー」
「私も行きます」
振り向いた先にあった顔は揺るぎなかった。
「わかった。一緒に行こう」
「はい」
奮い立たせるために手を繋ぐ。
息を大きく吸い込み、せーので一歩を踏み出す。
越える時、思わず目をつぶってしまう。水面に触れたような感覚が肌を撫でた。空気が変わって、固く澄んだ足音が響き渡る。
瞼を開けたら、まっかくの別世界が広がっていた。
「本当に、遺跡みたいだ」
白と黒の天地が果てしなく続いている。
青と緑の光が蛍火の如く漂う。つるつるの地面に同じ色の光が走っていた。明らかに人工的なものだ。
「想像以上に広い所ですね」
無言で頷く。景色から目が離せない。
「遅かったな」
「レン、ここなんなの」
「僕が知る訳ないだろ」
待っていた蓮之介と合流した。
「エミル君、鞄のポケットが光ってます」
「えっ」
ニーアに言われてみると本当に光っている。
ポケットを開け、中から宝珠を取り出す。修行の谷の時よりずっと光が弱い。淡い輝きが瞬くだけで何も起こらなかった。
(もしかして神祖族と関係が?)
「早速手掛かり発見か。けど話に聞いた感じと違うな」
蓮之介の意見に同意する。現象の違いについて話している時だ。
「あそこ! 今、あちらに人影がっ」
ニーアが一点を指し示して言った。
橋がなければ行けない黒の地面。その前にも奥にも人の姿なんてない。
「誰もいないよ」
「そんな筈は……」
見間違いだったのか。考えを整理する間もなく蓮之介が声を上げる。
「2人とも前!」
勢いよく向けた視界に映ったもの。
相手はたった1人、目頭が熱くなり景色が歪む。光に溶ける金髪、翻る空の色。俺は走り出した。
「冒険者のおじさん」
「蘭兄、菊兄」
どこか遠くて近いところで仲間の声が響く。
1人はほぼ同時で、もうひとりはーー。
「エミル君、レンさん、行かないで」
走り出した後だった。しかも、なぜか制止するような叫びで。
どうしてなんだろう。声音の意味がわからない。こんなに早くおじさんに会えたんだよ。ずっと会いたかったんだ。
足を止める理由はない。まっすぐ近づいて行く。あと少しのところで手を伸ばす。
「おじさん、俺やっと一緒にっ」
だけど辿り着く前に、おじさんの姿はかき消えた。
必死に辺りを見回す。後ろへ下がった時、背が誰かとぶつかった。びびって振り返ったら、蓮之介が驚いている。
迫りくる影に背筋が凍り慄く。
「しまった、罠」
彼が言い終わる前に巨獣の爪が振り下ろされる。
避けられない。完全に不意をつかれた。反射的に身体は動くも、直撃コースだ。
鋭利な爪が届く瞬間、蔦が俺達を包む。
複雑に絡まりあったそれが、壁となり敵の一撃を防ぐ。
おかげで余裕ができた。剣を抜ける体勢で距離をとる。
対峙するものを睨む。クマの毛皮に身を包んだゴーレムだ。後脚だけで立ち、剛腕を蔦壁に叩きつけている。
太く張り巡らされた植物が軋みをあげた。
「長くはもちません。逃げて」
後方からニーアが叫んだ。
「エミル、いったん退くぞ」
「わかった」
ここは素直に従う。崩壊する前にと急ぐ。
バキバキと蔦が引きちぎられる音が響く。追われる、と直感が警鐘を鳴らす。
しかし、それらしい足音は聞こえて来なかった。
不審に思い顧みる。奴は壁を壊した位置から、一歩も動いてなかった。
「追ってこない。ゴーレムだから?」
「いや、どうも出現範囲があるみてーだな。たぶん、そろそろ……」
蓮之介の推測通り、ゴーレムの姿は薄れて消える。
「消えちゃった」
助かったのはいいけど疑問が残った。いや、困惑のほうが近いか。
まるで状況が掴めない。あのゴーレムは実在していたのか。
答えを求めて、俺は傍らの仲間に視線を送る。
「レンさん、今のは魔物なんでしょうか」
「違うんじゃねえかな」
「ゴーレムかいるなんて聞いてないよ」
「僕だって初めてさ。前来た時は騎士っぽい奴だった」
「毎回違うんですね」
おそらく入る毎に敵が変わるんだろう。
「じゃあ弱そうなのが出るまで、出たり入ったりすればいいんじゃない」
「バカだなぁ、帰りはどうするんだよ」
「それにここでの最弱が、どの程度なのかわかりません」
「なら遭遇しない道を探す」
我ながらいい案だと思った。けれど蓮之介は首を振る。
「もう1つ問題がある。深さと食料だ」
「現地調達したらいいじゃん」
「よく考えろ〜。不思議のダンジョンにでもなってねーと難しいぞ」
両腕を広げて彼は言った。改めて見ると、草の1本も生えてない。
「なにそれ」
「あーグミの林の長い版かな」
自生が望まないなら魔法でやれば、と考える。でも枯れて塵と化す蔦に、ニーアが首を振ったのを見た。
黒いツルツル地帯では無理もないか。
確かに不安はある。深層がどうなっていて、どこまで続いているのか。わからないけど俺は……。
「挑戦してみたい!」
「そりゃ僕だって……。けど今は1人じゃないんだ」
「私は、怖いです」
胸に手を当てるニーアと、俯く蓮之介。
2人の表情は暗い。気持ちがわからない訳じゃなかった。
「俺も怖いよ。誰かを巻き込むんだもん、考えちゃうよね」
ひと呼吸おいて「だけど」と続ける。
「知りたいんだ。たくさん試していきたい」
集まった視線を真っ向から受け止めるた。
互いに顔を見合わせる。不安の色が失せていき、瞳に熱意と、力強い光が宿っていく。
「熱烈に頼まれちゃあ、応えない訳にいかないな」
「止めても行くのでしょう?」
「うん」
「でしたら私は全力でサポートします」
意見がまとまり、慎重に歩き出した。
未知数の場所だ。まずは他に進めそうな道がないか調べる。さっきはまっすぐ正面の道を進んだけど、入口付近は左右にも広い。
とりあえずは右から順に行く。ゆっくり確かめながら足を進めた。
だが、何も起こらない代わりに、右側は数分ほどで行き止まりだ。崖になっていて進めない。そっと崖下を覗き込む。
「底が見えない、て感じでもないんだね」
「いやいや底は見えないだろ」
「そうなんだけど、そうじゃないっていうか」
「落ちないよう気をつけて下さいね」
箱の角みたいに見事な平面絶壁。
遥か下には地面が見えるのだが、アレを底と言っていいのだろうか。白と黒の空間を、どう表現したらいいのかわからない。
理解に苦しんでいると、蓮之介がぼそりと呟く。
「ブロック浮き島」
言わんとしていることが伝わってきて、妙に納得してしまう。
下と上が繋がってないし、四角く区切られた大地が点々と浮かんでいる。実際はどうか知らない。でも少なくとも俺には、そのようにしか見えなかった。
「見てくれは変だが、下に行くのが正解かもな」
蓮之介の言葉に俺とニーアは揃って頷く。
「都合よく階段や橋があるといいんだけど……」
(空は飛べないし、断崖を下りるのは怖過ぎる)
普通じゃないところがもう嫌だ。
ここでは崖を下りる以外の方法を選びたい。
「左、行くか」
落ち着いた声音に促され、別の道を探すべくまた歩き出した。




