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幕間14 自由の証に焦がれて

 もうエピソード〇〇が作れるくらいに長いです。

 余裕をもってお読み下さい。

 勇者カイルが去って数ヵ月、季節は春。

 ぽかぽかと暖かくなっていく中で、僕は町の人と周辺調査をしていた。

 使徒の様子もだが、今最も気掛かりなのは別のことだ。


「とうとうこの辺りまで侵食して来たか」


 町人の1人がぼやいた。目先に広がる光景は、誰もを嘆息させる。紫、または赤黒く染まった山野に森、そして川。


「勇者だ。奴が穢れを呼び込んだに違いない」

「そうだ。なんでも各地で、使徒様に無礼を働いたというそうじゃないか」

「きっと神の怒りを買ったんだ」


 口々に批難の声が聞こえた。


「なぁ、このまま瘴気が町にまで来たら、どうなっちまうんだ」


 僕は燭台杖カンデリエレを前に傾け、適度な距離を保ちつつ照らす。

 毒々しい靄のせいで見通しが悪い。だからといって、境目を一歩でも越えるのは危険だ。


「うお!? コリー坊ちゃん、なぜここに。ついて来ちゃダメですよ」

「すみません。でも、僕にも何かできることがないかと思って」

「気持ちは有難いですが危険です」


 駆け寄ってきた男が帰るように言った。

 さすがに我が儘を通すほど子供じゃない。おとなしく引き返す。


 屋敷の前まで来た。だけど、出迎えてくれるバルフェロはもういない。あの日から姿を消してしまったんだ。


(父様に聞いても答えてくれないし……)


 本当にどこへ行ってしまったのか。

 いや、薄々わかってはいる。バルフェロはもう帰って来ないって。


(寂しい訳じゃない。ないけど)


 心の中で自分に言い聞かせながら、空を見上げた。



 徐々に迫ってくる不安の種。

 春も半ばに差し掛かる頃、いつものように礼拝へ行った帰り。鐘楼がけたたましく鳴り響く。

 どこからか喧騒が聞こえ背筋が凍った。


(なんかヤベェ。逃げないと)


 使徒である筈がない。ならば別の何かだ。

 パッと思いつくものはなかったが、脅威が来たのは確かだった。殆ど本能的に逃げ道を探す。

 遠くで轟音が響き、屋根の合間から見える空に煙が上がる。


「いったい何だっていうんだ」


 ふと脳裏に両親の顔が浮かぶ。足は自然と屋敷へ向いていた。


(父様、母様、無事でいてくれ)


 焦燥感に駆られる。状況がまるで見えなかった。

 道の先に屋敷が見えてきて、同時に路地の角から影がーー。


「と、んむ!?」


 背後から口を押さえられる。

 肝を冷やす。完全に不意をつかれた。


「坊ちゃま、行ってはなりません」

(この声はっ)


 耳慣れた声、間違いない。押さえていた手が緩む。

 同時に僕は振り向き、声の主をその視界に捉えた。逞しい腕に引き留められている間に、屋敷へ1人の男が使徒=魔物を率いて入って行く。


 離れていたけど、男の容姿は特徴的だった。

 おそらく海龍族だと思う。どこか蛇っぽいと感じた。

 それに連れていた魔物も変だ。男は導師様には見えないし、歪というか、違和感を覚える。


「アイツ」


 小声で言い飛び出そうといた。けれどまた止められてしまう。


「心苦しいでしょうが、今はご自身のことを考えて下さい」


 さあ、と強く手を引かれてこの場を後にする。

 崩れた家、瓦礫で塞がれた道。炎の赤と、瘴気の紫が町を染めていく。


(こんな、なんでこんな……)


 壊されていく。故郷が、思い出が……。

 どうしてこうなった。アレは本当に魂の解放者たる使徒なのか。無抵抗の人も、逃げる人も、奴らは容赦なく屠っていく。


「皆……くそっ」

「ここもまだ危険です。急ぎ港へ!」


 果たして救いなのか、という疑問が脳裏を過ってしまった。

 バルフェロが僕ん守りながら港へと導く。それにただ従うしかない。逃げることしか、できなかった。



 焼かれて闇に呑まれていく町を、遠くに見つめながら船で他国へと渡る。辛く長い航海だった。

 行く宛は母方の親戚だけだ。グランゼーレ家という。そこまではバルフェロに送って貰い、しばらくが経つ。


「コリー! コリーはどこだ!!」


 広い邸宅に大きな怒声が響き渡った。

 幼なさの残る声の主に呼ばれて急ぐ。


(まったく、今日はなに)


 ほぼ毎日のように用事を申し立ててくる。


「お呼びですか。従兄さん」

「遅いぞ」


 扉を開けた先で、2つ上の従兄がふんぞり返っていた。

 グランゼーレ家の嫡男レオニャルドだ。仏頂面で彼は「あまり待たせるな」と文句を垂れる。

 正直イラッとした。だが、ここは堪えて、笑みを顔に貼りつける。


「本日のご要望はなんでしょう」


 レオニャルドは腕を組んで言う。


「ふん、まあいい。今日はいい話を耳にしてね」

(うげ、めっちゃ嫌な予感)


 こいつの思いつきやら、いい話は、大抵碌なものじゃない。

 そんなことを考えていると、奴は指でこちらを差して告げる。


「お前にはオロゴンの瞳を取ってきて貰う!」

「はあ!? あ、いえ、冗談ですよね。オロゴンって、まさかあのオロゴン?」

「他に何があるというんだ」


 さも当然かのように言ってのけた。

 冗談じゃない。オロゴンは、ゴールドキャニオンに生息しているという魔物だ。その目は宝石の如く綺麗らしいが、相当に危険な奴だと聞く。

 なのに、取ってこいと言うのか。このバカは何を考えている。


(どうせ嫌がらせなんだろうけど)


 僕がフリウソール教団と、その神を信奉する土地の出身だから。

 でも今は、もう勇者が絶対の邪悪とまでは思ってない。困惑はしているけど、そこは受け入れているつもりだ。


「さすがに1人じゃきついです」

「邪教徒の分際でつべこべ言うな。私は悪行に対し、報い、善行を成すための手助けをしてやってるのだぞ」


 勝手な言い分に拳を握り、唇を噛む。


「どうした、さっさと行け。手に入れるまで帰って来るなよ」

「……わかりました」


 何度も繰り返せば諦めがつく。

 無駄な体力を使うのはだるいし、撤回されることがないのはわかりきっている。ならば早いところ終わらせてしまおう。

 会釈して部屋を退出した。扉が閉まるのと同時に息を吐く。


(つっても、どうすっかなぁ)


 廊下を進みながら頭を悩ませた。

 とても12歳のガキが、太刀打ちできる相手とは思えない。

 だからといって協力者を得るのも無理だ。ここでは浮いているし、なにより前例がある。僕に協力した使用人の末路は……。


「例の如く1人でやれってことだろ。だりぃ」

「お小言が漏れてらっしゃいますよ」

「えっ」


 意識の外から声が聞こえ我に返った。

 振り替えると使用人が立っている。割と好意的に接してくれる青年だ。


「それはまあ、気をつける」


 聞かなかったことにしてくれ、と伝え立ち去った。



 厨房に寄り、食料を融通して貰う。

 次に倉庫へ行く。僕はいい子ちゃんじゃないからな。能力でちょちょいと鍵を開け、物色する。


(消耗品はダメだ。魔石はここじゃねーし)


 用途とバレにくさを考慮して選ぶ。良さそうな物を拝借した。


 その後は屋根裏の自室で仕度をする。

 叔母家族のところと比べて部屋は質素だ。最低限の調度品しかない。だけど決して粗末ではなかった。

 あの人達の見栄には、一応感謝しているんだ。


(オロゴン対策に鏡は持って行くか)


 魔石は貰えないだろうし、能力の無駄使いはしたくない。


「おっと、忘れるとこだった」


 側に置いておいた1冊の本を手に取る。

 オロゴン伝説という絵本だ。大した情報はないかもしれないが、ないよりはマシか。

 必要な物を鞄に入れて背負う。


 はしごの前で一度後ろを顧みる。

 思い入れなんて殆どないけど、今はこの部屋が帰る場所だ。内心で「行くか」と呟き、ゴールドキャニオンに向けて歩き出す。



     ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔



 セレンディアからゴールドキャニオンまでは目と鼻の先だ。

 それでも結構な距離がある。湖のほとりにある町を出て、大橋を渡り、山越えは避けて森を北西に進んでいく。


(魔物は、いないな)


 周囲をよく観察し、敵がいないことに安堵する。

 しかしまだ気は抜けない。夜は無理に動かず、息を潜めてやり過ごした。


 ゴールドキャニオンに突入したら、念には念押し。

 扱い慣れた燭台杖を出す。僕はこの武器を気に入っている。アイデアを練って編み出したのもあったが、便利だからだ。


「頼むから不意打ちはやめてくれよ〜」


 無茶な望みとわかっている。でも、祈った。

 辺りが暗くなってきた頃ーー。


「グルルルッ」

「ひっ、この声は……」


 全身の血が下がったように感じた。

 ゴルドウルフの群れがこちらを睨んでいる。


「最悪」


 呟き、武器を持つ手に力が入った。

 ジリジリと迫る奴らに、鼓動が跳ね上がる。見えない何かに押されるかの如く後ろへ退く。

 一歩踏むと同時、弾かれるように逃走。

 走り出したら止まらない。いや、止まるな。足を止めれば死ぬ。


「ヴゥルルア」


 追いつき飛びかかってくる。咄嗟に燭台杖で防いだ。

 でも敵の力が強く、組み伏せられてしまう。直後、別の奴が右腿に噛みつく。


「いってぇ〜。この野郎!」

「キャンッ」


 思いきり首から背中辺りを叩いた。

 一瞬、離れた隙に、傷口に手を当て血を振り撒く。それは鎖網となって敵に絡みついた。

 連中がもがいている隙に逃げる。痛む足に鞭打って走った。


「はぁ、はあはぁ」


 必死で走り続ける。気持ちは「急げ、早く」と叫んでいた。

 しばらくして不意に足の力が抜け、無様にすっ転ぶ。ぶつけた衝撃だろうか。頭がくらくらする。

 息を乱しながら背後を顧みた。魔物の姿はない。


(逃げきれたのか?)


 まだ安心できないだろう。同時に足の痛みがぶり返す。

 傷口をちらと見て、もう一度来たほうを見る。


(狼ってことは鼻いいよな。どこかで止血しないと。それから)


 燭台杖を文字通り杖にして立つ。

 片足を引きずりながら川を目指した。今いるのは谷底、川沿いに行くつもりだったから、そう遠くない筈だ。


 懸命に足を進め、どうにか川まで辿り着く。

 辺りを警戒しつつ傷の手当てをする。暗闇を照らし、人が乗れそうな丸太を発見した。


「ラッキー、ついてる」


 丸太を転がして、水に浮かべ上に跨る。

 石突側を水に入れて漕ぐ。うまく進まず、流されても、めげずに対岸を目指した。


「ウオオォォン」


 咆哮に一瞬後ろを振り向く。

 闇の中に、一段濃い影が3、4ほど蠢いていた。



 無事に辿り着いた時には、もうへとへとだ。

 まだ暖かい季節とはいえ、身体が冷えくしゃみが出てしまう。


(やべ、このままじゃ風邪ひく)

「とりあえず今日はここまでだな」


 くそだるいけど、焚き火を起こさないといけない。急いで枝や木の葉を集め、マッチで火をつける。

 適当な木の枝にロープを括りつけ、もう一方を燭台杖に結びつけた。ロープに濡れた服をかけて乾かす。


「へっくち」


 震える身体で炎にあたる。


「はぁ〜死ぬかと思った」


 ぼそりと呟く。本音だった。

 思い出しただけで肩が震え、周囲を見回してしまう。

 意味のない行動に呆れて笑える。我ながら情けないと思った。


(このザマでオロゴンなんて無理だろ)


 片膝を抱えて項垂れる。

 戦わずして取る方法はないのか。でも目的は奴の目だ。


「ああ、だるい」


 テキトーなところで逃げてしまおうか。

 ふと浮かんだ感情に苦笑した。直後、叔母の言葉が甦る。


 ーーお姉様に似てないのね。


 僕に向けられた第一声がそれだった。

 あの家に自分の居場所はない。辛うじて見逃されているたけで、逃げればそれさえ失う。


(まだ早い)


 まだ準備できてない。まだダメなんだ。


 しばし焚き火にあたり、寒気は消え、服も乾いた。

 着替えて、少し落ち着く。途端に腹が鳴って、鞄の中をまさぐる。

 とても料理をする気力はない。とりあえず空腹が満たされればいいと思い、適当にリンゴを齧った。



 浅い眠りを繰り返しながら迎えた朝。

 明るくなっていく空に目を細める。今に限っては、この柔らかい光さえ暴力だ。

 川辺の一点が煌めく。引かれるように歩み寄る。


「これ……」


 魔石だ。砂利の中にあるものを拾う。


「おっしゃあぁぁ!」


 青く輝く石を握りしめ、めいいっぱい歓声を上げた。

 あと風の魔石があれば嬉しい。予想外の奇跡に、つい欲が出る。僕は川沿いを進んで行く中で探す。


「オォーン」


 どこからか遠吠えが聞こえてきた。

 また襲われたくない。注意しつつ、足早で歩みを進める。


 更に2日、歩き続けた。

 そして水際の岩場で偶然見つけてしまう。


(マジかよ)


 絵本のイラストと瓜2つの大蛇。鎌首を上げ、こちらを向く。

 いざ前にすると、あまりの大きさに戦慄を覚える。でもやるしかない。覚悟を決め、武器を構えた。


「シャアアァァ」


 大口を開け襲いかかってくる。

 獲物を射竦める眼力に怯む。


(勝てない)


 動けないのに、容赦なく敵の頭が迫る。


(ひいぃ、動け動け死ぬーッ)


 だけど身体は動かない。まさに蛇に睨まれた蛙だ。

 よくわからない内に足が滑った。上体がのけ反り、転ぶ。次の瞬間には、衝撃を受け水の中にいた。

 水流に抗えず、意識が闇へと沈んでいく。



 パチパチと音が聞こえる。ついでに温かい。

 重い瞼を開けると、すぐ傍で少女らしい声が上がる。


「おお、気がつきよったか」


 朦朧としながら声のほうに首を動かす。

 小さなカップを手に、1人の少女がこちらを伺っていた。場違いなほど洒落た服を着て、歳も近そうだ。

 彼女はカップを置き近寄ってくる。


「心配したぞ。人間ひと族の身体は脆いからのぅ」

「えっと……」


 なんか妙なことを言われた気がした。

 相手は気にする素振りを見せない。


「うん? お主、鬼族には見えんし、まさか同胞ではなかろう」

「いえ、そうじゃなく」


 掠れた声で、途切れつつも絞り出した。

 目の前の少女は怪訝そうに眉根を寄せる。だが、やがてパッと表情を明るくして言う。


「わかったぞ。ずばり名前じゃな、名が知りたいのじゃろ」


 まったく先が読めない人だ。なんとなく頷く。

 すると相手は得意げに続けた。


「自己紹介を忘れるとは不覚だった。儂はカトリーヌじゃ」

「僕はコリー・サンーーッ」


 途中で痛みを感じ顔が歪む。歯を食い縛って堪える。

 カトリーヌが思い出したように、傷の様子を見始めた。


 数時間後、やっと痛みが引いて落ち着く。

 薬が効いたのか、魔法のおかげかはわからない。けれど助かった。


「すまんの、治癒の魔法は少し齧った程度でな。なにぶん、あまり必要を感じてこなかった故」

「いえ、助かりました。ありがとう」


 相手の雰囲気のせいか。丁寧にしないと、と思う。


「しっかりした子じゃの」

「それほどじゃないです」


 カトリーヌは静かに首を振る。


「お世辞などではないぞ。儂は本気じゃ」

「は、はぁ」

「けれどお主のようないい子が、何故なにゆえかような地におるのか」


 心底疑問だという風に、難しい顔で唸っていた。

 いい子と言われるのはなんだかむず痒い。でも質問にはちゃんと答えた。


 簡単にだけど事情を話すと、彼女は涙ぐむ。

 正直ちょっと大袈裟な気がする。この人、涙脆いのか。


「話はわかった。オロゴン討伐とやら、1つ儂が手伝ってやろう」

「悪いですよ。そちらの用事もあるでしょうし」


 流されはしたが、川と岩山に挟まれた現在地。

 おそらく入口付近だろう。当然ながら人家がある筈もない。だとしたら、どこかに行く途中と考えるのが妥当だ。


「子供のくせに可愛げのないことを言うのぅ」

「けど、だって初対面ですし」

(それ以前にアンタも子供だろ)


 カトリーヌが立ったまま腰に手を当てる。


「関係ないわい。儂が好きでやることじゃ、素直に甘えれば良い」

「わかりました。よろしくお願いします」


 僕が折れて頭を下げたら、満足そうな声が返ってきた。

 そのまま一晩を過ごす。翌朝、今度は2人で川沿いを進んだ。


 幾らなんでも同じ場所にはいないだろう。

 そう思っていたのに、またあの岩場にいた。尾先を水に浸し寝ている様子だ。


「ほぉ〜気持ち良さそうに日向ぼっことはの」

「ちょ、声が大きいですって」


 慌てて口を塞ごうとするが、大蛇が目を開け頭を上げる。


(遅かったか)


 これじゃあ不意打ちはできない。

 燭台杖を強く握りしめ、深く息を吸う。今度は怯まずやってやるんだ。鼓動が早い。耳の奥で煩く鳴っている。


「案ずるな。お主は死なん」


 柔らかく余裕のある声音だった。

 不思議と力が湧いてくる。直後、大蛇が動く。

 間近まで迫る顔。昨日の恐怖が甦るその刹那、岩壁が眼前にせり出す。


 あんぐりと敵が衝突する瞬間を感じる。

 岩壁にヒビが入った。僕は我に返り、弾かれたように走り出す。十数歩のところで粉砕音が耳に届いた。


「そのまま回り込むのじゃ」

「は、はい!」


 ちらりと見えてしまう。

 彼女が宙に投げ飛ばされる瞬間をーー。

 だけどカトリーヌは動じてないようだ。日傘を開き、悠然と浮かびながら、無数の風をドリルの如く飛ばす。


(人間業じゃねえ!?)


 いいや、達人の域になればできるものなのか。

 ふと目が合い、微笑まれた気がした。ついに敵の横腹までくる。


「くらえっ」


 渾身の力を込めて杖を叩きつけた。


「フシャアァァ」

「効いてねえ」


 反撃を喰らう。そう覚悟した。

 すかさず岩壁が僕を守る。更に竜巻が敵を呑み込む。


「蛇っこや、こっちじゃ」


 まるで遊んでいるような態度だ。でも強い。


(やっぱ魔法のほうが効くのか。なら)


 僕は鞄を開け、中から魔石と魔法具を取り出す。

 動力部に魔石を入れようとした。だがもたついて、警告する声に反応しきれない。


 奴の尾が鞄に当たる。

 一部鋭利になっている鱗がベルトを裂く。

 川辺に中身が散らばった。魔法具は咄嗟に抱えたから無事だ。

 目の前に降り立つ少女。


「大丈夫か、コリー」

「はい」


 僅かな間、カトリーヌが僕の手元を覗いた。そして背を向ける。


「儂が時を稼ぐ。お主は思う通りに攻撃せい」

「はい」


 再びあの小さな背中が敵に向かっていく。

 今度こそ石を入れた。次は使い方だ。構造をよく確認し、前に学んだ内容を思い出す。

 大丈夫、ちゃんと知っている。まず球体の突端についた金具を回す。


 カチッと音が鳴り、器が青い光を放つ。

 金具の縁は別で回るようになっていた。回すと内部に水が満たされる。金具中央の輪っかを握り、敵に歩み寄っていく。


(もう少し……ここだ)


 反対側の突端を大蛇に向け、輪っかを引いた。

 あり得ない量の水が噴き出す。


「ほれ、おまけじゃあ!」


 上空から風がふきつける。それは水と混ざって氷と化した。

 ーー蛇の女王オロゴンは、寒さに弱かったのです。

 こんな時に絵本の一文が脳裏を過った。


 みる間に大蛇が凍っていく。

 その大きな身体が傾ぎ、倒れて砕けた。


「うお、目! 目まで砕けてねーだろな」

「勝鬨の一声がそれかい。個性的で可愛いがの」


 駆け寄って残骸の中を探る。


「あった。ああ、よかったぁ」


 宝玉へと変わった眼球を手に取った。

 緑色に輝く美しい石。僕は腰が抜けて座り込んだ。


「よかったのぅ」

「はい。本当に助かりました」

「良いよい、これも旅の楽しみじゃ」

(旅のか。まぁ、だよな)


 楽しむという感覚は斬新だがアリか。


「せっかくじゃ、近くまで送って行くぞ」

「……ふ、ありがとうございます」


 本当に何からなにまでぶっ飛んだ人だ。

 先程の言葉を思い起こし、素直に甘えてみることにした。

 孤独じゃない旅路の中、ふとバルフェロを思い出して懐かしくなる。別れた時期を考えたら変なんだけど……。


 言った通り、彼女は橋の前まで送ってくれた。

 これほど安全に帰り着けたことがあっただろうか。少し名残惜しいと感じながらカトリーヌと別れる。

 あの家が近づくにつれ、足が重くなっていく。そして帰還し、従兄にオロゴンの瞳を渡しに行くとーー。


「随分と時間が掛かったね。まあでも、多少は禊になったんじゃないか」

「はい、おかげさまで……」

(労いはなしっすか。はぁ、そうすか)


 笑顔を作って応じた。余計に体力を使うこともない。


「じゃあ次。君が長いこと留守にしたせいで埃が溜まってるんだ。掃除と、屋根の点検や修理をするように」

「わかりました」

(他に頼めカス)


 さすがにちょっとキレそうだ。放置して困るなら他へ頼めよ。

 怒りをぶつけたいが、面倒なことになるから心の中だけに留め作業に入る。やり直しは嫌だから手を抜かずにやった。


 慣れの境地で掃除を終わらせる。

 それから工具を持ち、屋根の上に上がった僕は空を眺めた。


「そういや鏡、使ってる暇なかったな」


 カトリーヌに出会わなかったら。助けられなければ、どうなっていたかわからない。

 改めて冒険者や勇者の凄さを痛感する。


 澄み渡るほどの蒼穹。淡い青が、助けてくれた勇者《あの人》の背と重なった。


(いつか僕、いや自分も……)


 自由と勇気の色に誓う。

 力をつけて自由を手に入れてやる。

 うぜぇ連中と縁を切るために、まずは金だ。服とかは一応いい物だし、感謝してない訳じゃない。

 いっちょバーンと突きつけて、それから好きに生きるんだ。

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