表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
97/97

第73話 金色の大地に木霊する叫び

 完全に姿が見えなくなり、仲間内で向かい合う。


「さーて、僕らも進みますか」

「おぉー!」


 第2階層かは定かじゃないが、俺達は歩き始める。

 ふと天井を見上げた。黒い大地が雲の如く折り重なっている。幾層も続いていて、上限が掴めないばかりか、遠近感覚が狂いそうだ。


 アクアグリーンの粒子が眼前を横切っていく。

 ひと際大きな塊が過ぎた後、目先にあの騎士が立っていた。


 一歩を踏み、奴が膝を上げる。

 また一歩近づき、奴が剣を構えた。


「奴だ。完全に道を塞いでる」


 息を呑む気配。仲間の緊張が伝わってくる。


(他に道はなかった。けど……)


 相手を見据えたまま後ろに下がった。

 騎士は構えを解き動かなくなる。互いに剣が届く距離ではない。強者の余裕なのか。奴は不動を貫いていた。


「進むんですか」


 ニーアが探るような目を向けてくる。


「もちろん行く」

「でも、あの騎士は一筋縄にいかないのでしょう?」

「別に戦うとは言わないよ。例えば横をすり抜けるとか」

「問題は奴の守備範囲だな。エミル」

「うん。まず俺らで、だね」


 並んで前進し、後ろに向け「待ってて」と告げた。

 深く息を吸い込み地を蹴る。騎士が剣を振り下ろす。俺は右、蓮之介は左へ避けた。金属が擦れる音が響く。

 次の行動が早く、横一閃がくる。紫の軌道を描き迫りくる刃。それを跳躍して躱す。


 だが敵は、身をよじり、地を踏み込んで追撃。

 切っ先が地面を滑り、火花を散らしながら上へ。凶刃は目前、中空で、魔法は間に合わない。


 咄嗟に糸を飛ばす。けれど鎧に弾かれてしまった。

 ダメだ、やられる。そう思った時、蓮之介が敵の頭を踏みつけ、俺を抱えて地に降り立つ。半ば倒れ込むような着地だ。


「大丈夫か」


 答える間もなく、また剣が振り下ろされる。

 はっと気づき、転げるように回避。急いで立ち上がり退く。


「ふぃ〜間一髪」

「押し戻されちゃったね」

「簡単には通れないさ。次、横スレスレで行くぞ」

「了解」


 左右に分かれ、道の横幅を限界まで攻めた。

 ちょっと外れれば崖下に滑り落ちる。突き進みながら相手の出方を伺う。


(さあ、どうくる)


 守備範囲に入っているのか、いないのか。

 真横まで来た時、奴が跳んだ。蓮之介のいる右側へ。


「危ない!」


 攻撃を前に彼が身を逸らす。

 ほぼ時を同じくして、俺は糸を放つ。手足に上手く絡まったはいいものの、じりじりと引っ張られ止まらなかった。それどころか糸が千切れそうだ。


(パワーが違い過ぎる)

「ぐぬぉぉっ」


 再び騎士が吠えた。力任せに投げ飛ばされ身体が浮く。

 空気の壁に叩きつけられ、歯を食い縛って衝撃に堪える。直後、人肌くらいの何かに激突した。微かに漏れる呻き声は蓮之介のものだ。

 上段から剣が振り下ろされる。目を逸らせず、息が詰まった。

 遠くでニーアの声がする。


「……り器に満ち……となれ」


 刃を大樹が受け止めた。荒ぶる力に抗う。


「早く、こちらへ」


 切羽詰まった声で呼ばれた。

 彼女が握る杖は形を変え、大樹となり敵の攻撃を封じている。きっと長くはもたないだろう。震えて軋みを上げていた。

 この機を逃さず、立って走り出す。


 ーーメキメキ、メリリッ!

 杖にヒビが入る。全力でニーアのもとに急いだ。

 バキッと、ついに杖が砕けた。背後から圧倒的な気迫を感じる。


(あと少し、あそこまで行けば)


 境界線はもうすぐそこだを

 ニーアが目を見開き、唇が戦慄いている。


「先に行け」

「レンッ」


 驚き振り向く。彼は懐に手を伸ばしつつ身を翻す。

 ほんの一瞬、強い意志のこもった目と合う。


(大丈夫だ。蓮之介は負けない)


 信じて、脇目も振らずに駆け抜ける。

 走りきって振り返った。敵の剣戟を風のバリアが防いでいる。俺はニーアに声を掛け、炎魔法を放つ。


 続いてニーアが砂流を飛ばす。

 螺旋を描いて砂は爆炎と交わる。融合した両者は、液状の金属と化し、敵を一時的にその場へと縫い止めた。

 この隙に蓮之介が飛び退いてくる。3人揃って撤退した。



 門の前まで戻り、呼吸を整える。


「なんとか逃げきれたな」

「ニーアのおかげだよ。ありがとう」


 彼女は首を振って言う。


「お役に立ててよかったです」

「役に立ったなんてものじゃないよ」

「それより僕らを助けるために杖が……」


 愛用していた杖を犠牲にさせてしまった。

 申し訳なくて詫びると、彼女は優しげに微笑む。


「命には変えられません。ですから気にしないで」


 胸の奥が温かくなる。どんなに感謝しても足りないくらいだ。


「けど、これじゃあ先に進むのは無理だな」


 蓮之介の言葉に頷く。

 杖だけでなく、道具もかなり消耗している。

 とても先を目指せる状態じゃない。俺達は諦めて、当初の予定通りに次の町へ行くことにした。



     ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔



 武器を失ったニーアを守りながら引き返す。

 入口の門から外に出て、南西へと歩く。幸い魔法は身1つでも扱える。だけど、いざという時に、身を守る物があるのとないのでは安心感が違う。

 道中は今まで以上に気をつけた。野を越え、夜を経て、ルンカの町が見えてくる。山と森に挟まれ、オレンジ色の屋根が照り輝く。


「着いたぁ〜」


 太陽はまだ高い。緩やかな傾斜の通りを人々が行き交う。中央通りは特に賑やかだ。色とりどりの布や、壺なんかが売られている。

 しばらく進むと広場に出た。行商らしい露店が目に入る。武具をつけ、荷物を背負った人が、店主に大袋を渡して小袋を貰っていた。

 なんとなく傍らにある服の袖を引く。


「レン、あれって……」


 指で示しながら聞くと蓮之介は言う。


「換金所がねえ所じゃ、ああして行商人に頼むんだよ」


 初めて見るのか、と問われ俺は頷く。

 なるほど、換金所がない時は行商人を探せばいいのか。確かに旅で荷物が嵩張るのは困る。彼らなら馬や車くらいは持っているだろう。


(それに行商人がいるってことは、護衛を依頼されるかも)


 必ずしも依頼は換金所を通す訳じゃない。

 不測の事態や都合で、臨時募集することだってある筈だ。学園で学んだことに、ようやく実感が湧いてきた。


「ちょうどいい。寄って行こうぜ」


 ぐいぐいと引っ張っていく彼について行く。


「いらっしゃい。何かご入用ですか」


 店主が笑顔で出迎えた。

 適当に答え、品物へと視線を落とす。異国の服や玩具、珍しい物がたくさんある。

 忘れないうちに道中で得た戦利品を換金した。大奮闘した迷宮の奴らは、何1つ残さなかったから量は少ない。それでも多少の足しにはなるだろう。


「最近この辺りで変わったことない?」


 なんとはなしに蓮之介が尋ねた。

 店主は品物の整理や勘定をしつつ答える。


「近頃は見知らぬ魔物が出たとか、東やら南やらで動きがあったとか聞きますね。まぁ、南は前からですけど」

「南っていうとあの国か?」

「ええ、危なくて生半可な覚悟じゃ渡れません。なので、あくまで風の噂ってヤツです」


 じゃあ見知らぬ魔物のほうはと聞く。

 すると店主は簡単に前おきした後、わざわざ言葉を切ってから……。


「魔物の異変と関係してるんですかね。最近、半端な冒険者が増えて困ってるんですよ」


 潜めた声でそう告げられた。

 半端とは、どういう意味なのか。半人前と言っているようで、違う気もする。


「君達も冒険者ならよく考えてね」


 発言の意図が読めないまま返信をした。

 あまり迷惑になってはいけないと、俺は話題を変える。


「ところで縄と糸はありますか」

「もちろんございますよ」


 希望を尋ねられ、並べられた品々を吟味した。

 予備を作っておきたいし、消耗品の補充は欠かせない。よく選んで購入する。蓮之介も何かを買っていた。


「あの、杖を探してるのですが……」

森樹精ドライアドのお嬢さんでしたら霊木製ですね。今あるのはこちらと、少し材質が異なりますがこれなんて如何でしょう」


 奥の木箱から幾つか見繕ってくる。

 白くまっすぐな杖、茶色くてうねった杖、金茶の光沢が美しい杖。それぞれには魔石や羽などの装飾がついていた。

 ニーアは杖を1つずつ手に持ってみる。瞼を閉じ、耳を傾けている様子だ。


「どれも素敵なのですけど、私にはちょっと合わないかも」

「構いませんよ。命を預ける大事なものですので」


 ご希望に添えずすみません、と店主は言う。

 店を離れた後も何件か回った。翌日、改めて市場を巡っていく。昨日と違い、人通りの多い所を離れ、小高い坂の上まで足を運ぶ。

 民家に囲まれたそこに、小さな魔法具屋が建っていた。赤みの強いオレンジ屋根が、緑の合間から覗いている。


「こんな所に店があるなんて」

「穴場ってやつかもな」

「入ってみましょう」


 営業中なのを確認して入店した。

 古木の香りがする、こじんまりとした店内だ。奥で老爺が寝ている。


「ぴったりの杖あるかな」

「きっとあるさ」


 棚の間を順に見ていく。

 でも、なかなか見つからない。だから老爺のもとへ向かう。


「すみません」


 しかし老爺の寝息は止まらない。

 もう一度、呼びかける。だが顔は項垂れたままだ。

 更にもう一回、今度は大きめの声で呼ぶ。そこでようやく老爺は目を覚ました。こっちに気づき、椅子から腰を浮かせずに身体を回す。


「こりゃいかん。うっかり眠ってしもうた」

「寝てたら店番にならないぞ、お爺さん」


 とぼけた風に言った店主に、蓮之介が軽い調子で返した。


「まったくその通り。して、何をご所望かな」


 ニーアが一歩前に出て言う。


「私にあう杖を探してるんです」

「ほほう、そうか。前に使っとった物はどんな木だったかな?」

「オールドバウムのコロトスクです」


 彼女が答えると老爺はしきりに頷く。


「古木とは上品だの。では精痕の調べを聞かせてくれんか」


 はい、とニーアは答え、首に下げた結界印シルディアを手に取った。それを相手の耳元に持っていき、鈴を鳴らすかの如く揺らす。

 老爺は耳を傾け、顔を綻ばせた。よっこらせと椅子から腰を上げ、カウンター脇の扉の向こうへ消えていく。物音が漏れ聞こえ、細長い包みを抱えてくる。


「待たせたなぁ。ほぉれ、この辺りはどうかね」


 包みを解かれ、2本の杖が現れる。

 1つは黒っぽい茶色で緑石の輪飾りがついたもの。もう1つはココア色に薄黄の筋が入り、チェリーピンクの宝玉がついた杖だ。

 また手に持って確かめ、ニーアが選んだのは……。


「こちらの杖にします」


 ココア色の木に、果実みたいな宝玉がついたほうだった。

 支払いを済ませる彼女へ、先に行くよう伝える。1人店に残った俺は、今一度、店内を見て回った。


(うーん、どれがいいかな)


 読書家だけど、ここは無難にアクセサリー?

 でも既製品より手作りのほうがいいか。これは悩みどころだ。

 考えている時、ほんのりと甘い香りが鼻腔をくすぐる。源を辿っていき、木工用の材木を手に取った。


「決めた。これください」

「お買い上げありがとさん」


 買ったものを鞄にしまい店を出る。

 それからは自由行動にして1日を過ごした。



     ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔



 補給を済ませルンカの町を立つ。

 国境を超え、山を右手に眺めつつ平原を行く。

 やがて前方を横切る側が見えてくる。川岸には3人の若者がいた。近づくにつれ、彼らが慌てているのが見て取れる。こっちに気づいていない。


「急げ、もたもたすんな」

「ごめーん。水汲んでてさ」

「水なんて後にしろよ」


 言い合いながら3人が走り去っていく。


「追っ手でもいるかのような逃げっぷりだな」

「うんって、縁起でもないこと言わないでよ」

「はっ、僕としたことが、また伏線フラグをーー」


 妙なところで声が途切れ、見たら自分で自分の口を押さえていた。

 また1人で何をやっているのか。俺は若者が去った方向を一瞥して、前へと視線を戻した。

 この川を越えたらゴールドキャニオンだ。


「いよいよだね」

「黄金の大地へいざ行かん」

「気を引き締めて行きましょう」


 しっかり釘を刺されて、俺達は急流の上に架かる橋を渡る。

 幾重にも断崖が連なり、積み上がった地形。崖底には川が流れていた。鉱物が混ざっているのか、地面は金色に輝く。

 長く険しい坂を休み休み登った。段々になっているおかげで、坂と坂の間に平坦な場所がある。


「結構急だね。皆、疲れてない?」

「聞き方が違うだろ〜」

「本当ですね。エミル君、酷いです」


 ふいっと顔を背けられたが、声音は優しかった。

 俺が「ごめん」と言えばくすりと笑う。笑って、謝罪はいらないと言うのだ。

 直後、空を裂くような叫びが木霊する。


「ぐあぁぁっ」

「い、嫌や。こっち来んなボケ!」


 掠れた男性の声と、訛りのある女性の声。


「今の声」

「行こう」


 2人を先導して悲鳴がしたほうへ走った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ