第73話 金色の大地に木霊する叫び
完全に姿が見えなくなり、仲間内で向かい合う。
「さーて、僕らも進みますか」
「おぉー!」
第2階層かは定かじゃないが、俺達は歩き始める。
ふと天井を見上げた。黒い大地が雲の如く折り重なっている。幾層も続いていて、上限が掴めないばかりか、遠近感覚が狂いそうだ。
アクアグリーンの粒子が眼前を横切っていく。
ひと際大きな塊が過ぎた後、目先にあの騎士が立っていた。
一歩を踏み、奴が膝を上げる。
また一歩近づき、奴が剣を構えた。
「奴だ。完全に道を塞いでる」
息を呑む気配。仲間の緊張が伝わってくる。
(他に道はなかった。けど……)
相手を見据えたまま後ろに下がった。
騎士は構えを解き動かなくなる。互いに剣が届く距離ではない。強者の余裕なのか。奴は不動を貫いていた。
「進むんですか」
ニーアが探るような目を向けてくる。
「もちろん行く」
「でも、あの騎士は一筋縄にいかないのでしょう?」
「別に戦うとは言わないよ。例えば横をすり抜けるとか」
「問題は奴の守備範囲だな。エミル」
「うん。まず俺らで、だね」
並んで前進し、後ろに向け「待ってて」と告げた。
深く息を吸い込み地を蹴る。騎士が剣を振り下ろす。俺は右、蓮之介は左へ避けた。金属が擦れる音が響く。
次の行動が早く、横一閃がくる。紫の軌道を描き迫りくる刃。それを跳躍して躱す。
だが敵は、身をよじり、地を踏み込んで追撃。
切っ先が地面を滑り、火花を散らしながら上へ。凶刃は目前、中空で、魔法は間に合わない。
咄嗟に糸を飛ばす。けれど鎧に弾かれてしまった。
ダメだ、やられる。そう思った時、蓮之介が敵の頭を踏みつけ、俺を抱えて地に降り立つ。半ば倒れ込むような着地だ。
「大丈夫か」
答える間もなく、また剣が振り下ろされる。
はっと気づき、転げるように回避。急いで立ち上がり退く。
「ふぃ〜間一髪」
「押し戻されちゃったね」
「簡単には通れないさ。次、横スレスレで行くぞ」
「了解」
左右に分かれ、道の横幅を限界まで攻めた。
ちょっと外れれば崖下に滑り落ちる。突き進みながら相手の出方を伺う。
(さあ、どうくる)
守備範囲に入っているのか、いないのか。
真横まで来た時、奴が跳んだ。蓮之介のいる右側へ。
「危ない!」
攻撃を前に彼が身を逸らす。
ほぼ時を同じくして、俺は糸を放つ。手足に上手く絡まったはいいものの、じりじりと引っ張られ止まらなかった。それどころか糸が千切れそうだ。
(パワーが違い過ぎる)
「ぐぬぉぉっ」
再び騎士が吠えた。力任せに投げ飛ばされ身体が浮く。
空気の壁に叩きつけられ、歯を食い縛って衝撃に堪える。直後、人肌くらいの何かに激突した。微かに漏れる呻き声は蓮之介のものだ。
上段から剣が振り下ろされる。目を逸らせず、息が詰まった。
遠くでニーアの声がする。
「……り器に満ち……となれ」
刃を大樹が受け止めた。荒ぶる力に抗う。
「早く、こちらへ」
切羽詰まった声で呼ばれた。
彼女が握る杖は形を変え、大樹となり敵の攻撃を封じている。きっと長くはもたないだろう。震えて軋みを上げていた。
この機を逃さず、立って走り出す。
ーーメキメキ、メリリッ!
杖にヒビが入る。全力でニーアのもとに急いだ。
バキッと、ついに杖が砕けた。背後から圧倒的な気迫を感じる。
(あと少し、あそこまで行けば)
境界線はもうすぐそこだを
ニーアが目を見開き、唇が戦慄いている。
「先に行け」
「レンッ」
驚き振り向く。彼は懐に手を伸ばしつつ身を翻す。
ほんの一瞬、強い意志のこもった目と合う。
(大丈夫だ。蓮之介は負けない)
信じて、脇目も振らずに駆け抜ける。
走りきって振り返った。敵の剣戟を風のバリアが防いでいる。俺はニーアに声を掛け、炎魔法を放つ。
続いてニーアが砂流を飛ばす。
螺旋を描いて砂は爆炎と交わる。融合した両者は、液状の金属と化し、敵を一時的にその場へと縫い止めた。
この隙に蓮之介が飛び退いてくる。3人揃って撤退した。
門の前まで戻り、呼吸を整える。
「なんとか逃げきれたな」
「ニーアのおかげだよ。ありがとう」
彼女は首を振って言う。
「お役に立ててよかったです」
「役に立ったなんてものじゃないよ」
「それより僕らを助けるために杖が……」
愛用していた杖を犠牲にさせてしまった。
申し訳なくて詫びると、彼女は優しげに微笑む。
「命には変えられません。ですから気にしないで」
胸の奥が温かくなる。どんなに感謝しても足りないくらいだ。
「けど、これじゃあ先に進むのは無理だな」
蓮之介の言葉に頷く。
杖だけでなく、道具もかなり消耗している。
とても先を目指せる状態じゃない。俺達は諦めて、当初の予定通りに次の町へ行くことにした。
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武器を失ったニーアを守りながら引き返す。
入口の門から外に出て、南西へと歩く。幸い魔法は身1つでも扱える。だけど、いざという時に、身を守る物があるのとないのでは安心感が違う。
道中は今まで以上に気をつけた。野を越え、夜を経て、ルンカの町が見えてくる。山と森に挟まれ、オレンジ色の屋根が照り輝く。
「着いたぁ〜」
太陽はまだ高い。緩やかな傾斜の通りを人々が行き交う。中央通りは特に賑やかだ。色とりどりの布や、壺なんかが売られている。
しばらく進むと広場に出た。行商らしい露店が目に入る。武具をつけ、荷物を背負った人が、店主に大袋を渡して小袋を貰っていた。
なんとなく傍らにある服の袖を引く。
「レン、あれって……」
指で示しながら聞くと蓮之介は言う。
「換金所がねえ所じゃ、ああして行商人に頼むんだよ」
初めて見るのか、と問われ俺は頷く。
なるほど、換金所がない時は行商人を探せばいいのか。確かに旅で荷物が嵩張るのは困る。彼らなら馬や車くらいは持っているだろう。
(それに行商人がいるってことは、護衛を依頼されるかも)
必ずしも依頼は換金所を通す訳じゃない。
不測の事態や都合で、臨時募集することだってある筈だ。学園で学んだことに、ようやく実感が湧いてきた。
「ちょうどいい。寄って行こうぜ」
ぐいぐいと引っ張っていく彼について行く。
「いらっしゃい。何かご入用ですか」
店主が笑顔で出迎えた。
適当に答え、品物へと視線を落とす。異国の服や玩具、珍しい物がたくさんある。
忘れないうちに道中で得た戦利品を換金した。大奮闘した迷宮の奴らは、何1つ残さなかったから量は少ない。それでも多少の足しにはなるだろう。
「最近この辺りで変わったことない?」
なんとはなしに蓮之介が尋ねた。
店主は品物の整理や勘定をしつつ答える。
「近頃は見知らぬ魔物が出たとか、東やら南やらで動きがあったとか聞きますね。まぁ、南は前からですけど」
「南っていうとあの国か?」
「ええ、危なくて生半可な覚悟じゃ渡れません。なので、あくまで風の噂ってヤツです」
じゃあ見知らぬ魔物のほうはと聞く。
すると店主は簡単に前おきした後、わざわざ言葉を切ってから……。
「魔物の異変と関係してるんですかね。最近、半端な冒険者が増えて困ってるんですよ」
潜めた声でそう告げられた。
半端とは、どういう意味なのか。半人前と言っているようで、違う気もする。
「君達も冒険者ならよく考えてね」
発言の意図が読めないまま返信をした。
あまり迷惑になってはいけないと、俺は話題を変える。
「ところで縄と糸はありますか」
「もちろんございますよ」
希望を尋ねられ、並べられた品々を吟味した。
予備を作っておきたいし、消耗品の補充は欠かせない。よく選んで購入する。蓮之介も何かを買っていた。
「あの、杖を探してるのですが……」
「森樹精のお嬢さんでしたら霊木製ですね。今あるのはこちらと、少し材質が異なりますがこれなんて如何でしょう」
奥の木箱から幾つか見繕ってくる。
白くまっすぐな杖、茶色くてうねった杖、金茶の光沢が美しい杖。それぞれには魔石や羽などの装飾がついていた。
ニーアは杖を1つずつ手に持ってみる。瞼を閉じ、耳を傾けている様子だ。
「どれも素敵なのですけど、私にはちょっと合わないかも」
「構いませんよ。命を預ける大事なものですので」
ご希望に添えずすみません、と店主は言う。
店を離れた後も何件か回った。翌日、改めて市場を巡っていく。昨日と違い、人通りの多い所を離れ、小高い坂の上まで足を運ぶ。
民家に囲まれたそこに、小さな魔法具屋が建っていた。赤みの強いオレンジ屋根が、緑の合間から覗いている。
「こんな所に店があるなんて」
「穴場ってやつかもな」
「入ってみましょう」
営業中なのを確認して入店した。
古木の香りがする、こじんまりとした店内だ。奥で老爺が寝ている。
「ぴったりの杖あるかな」
「きっとあるさ」
棚の間を順に見ていく。
でも、なかなか見つからない。だから老爺のもとへ向かう。
「すみません」
しかし老爺の寝息は止まらない。
もう一度、呼びかける。だが顔は項垂れたままだ。
更にもう一回、今度は大きめの声で呼ぶ。そこでようやく老爺は目を覚ました。こっちに気づき、椅子から腰を浮かせずに身体を回す。
「こりゃいかん。うっかり眠ってしもうた」
「寝てたら店番にならないぞ、お爺さん」
とぼけた風に言った店主に、蓮之介が軽い調子で返した。
「まったくその通り。して、何をご所望かな」
ニーアが一歩前に出て言う。
「私にあう杖を探してるんです」
「ほほう、そうか。前に使っとった物はどんな木だったかな?」
「オールドバウムのコロトスクです」
彼女が答えると老爺はしきりに頷く。
「古木とは上品だの。では精痕の調べを聞かせてくれんか」
はい、とニーアは答え、首に下げた結界印を手に取った。それを相手の耳元に持っていき、鈴を鳴らすかの如く揺らす。
老爺は耳を傾け、顔を綻ばせた。よっこらせと椅子から腰を上げ、カウンター脇の扉の向こうへ消えていく。物音が漏れ聞こえ、細長い包みを抱えてくる。
「待たせたなぁ。ほぉれ、この辺りはどうかね」
包みを解かれ、2本の杖が現れる。
1つは黒っぽい茶色で緑石の輪飾りがついたもの。もう1つはココア色に薄黄の筋が入り、チェリーピンクの宝玉がついた杖だ。
また手に持って確かめ、ニーアが選んだのは……。
「こちらの杖にします」
ココア色の木に、果実みたいな宝玉がついたほうだった。
支払いを済ませる彼女へ、先に行くよう伝える。1人店に残った俺は、今一度、店内を見て回った。
(うーん、どれがいいかな)
読書家だけど、ここは無難にアクセサリー?
でも既製品より手作りのほうがいいか。これは悩みどころだ。
考えている時、ほんのりと甘い香りが鼻腔をくすぐる。源を辿っていき、木工用の材木を手に取った。
「決めた。これください」
「お買い上げありがとさん」
買ったものを鞄にしまい店を出る。
それからは自由行動にして1日を過ごした。
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補給を済ませルンカの町を立つ。
国境を超え、山を右手に眺めつつ平原を行く。
やがて前方を横切る側が見えてくる。川岸には3人の若者がいた。近づくにつれ、彼らが慌てているのが見て取れる。こっちに気づいていない。
「急げ、もたもたすんな」
「ごめーん。水汲んでてさ」
「水なんて後にしろよ」
言い合いながら3人が走り去っていく。
「追っ手でもいるかのような逃げっぷりだな」
「うんって、縁起でもないこと言わないでよ」
「はっ、僕としたことが、また伏線をーー」
妙なところで声が途切れ、見たら自分で自分の口を押さえていた。
また1人で何をやっているのか。俺は若者が去った方向を一瞥して、前へと視線を戻した。
この川を越えたらゴールドキャニオンだ。
「いよいよだね」
「黄金の大地へいざ行かん」
「気を引き締めて行きましょう」
しっかり釘を刺されて、俺達は急流の上に架かる橋を渡る。
幾重にも断崖が連なり、積み上がった地形。崖底には川が流れていた。鉱物が混ざっているのか、地面は金色に輝く。
長く険しい坂を休み休み登った。段々になっているおかげで、坂と坂の間に平坦な場所がある。
「結構急だね。皆、疲れてない?」
「聞き方が違うだろ〜」
「本当ですね。エミル君、酷いです」
ふいっと顔を背けられたが、声音は優しかった。
俺が「ごめん」と言えばくすりと笑う。笑って、謝罪はいらないと言うのだ。
直後、空を裂くような叫びが木霊する。
「ぐあぁぁっ」
「い、嫌や。こっち来んなボケ!」
掠れた男性の声と、訛りのある女性の声。
「今の声」
「行こう」
2人を先導して悲鳴がしたほうへ走った。




