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第70話 始まりは3人で

 ジルビリット王国の都ルーンを目指して歩く。

 試験官とも歩いた東の平原。今はニーアと蓮之介が一緒だ。

 遠くにはうっすらと森の緑が見えた。それだけじゃなく、ポツポツと疎らに木々が生えている。


「ん〜気持ちのいい空。まさに旅日和、こっから僕らの伝説が始まるのだ!」

「あまり張りきり過ぎてバテないで下さいね」

「そうそう、まだ始まったばかりだよ」

「エミル君にも言ってるんですよ」

「ええ〜」


 気持ち半分で不満の声を上げた。

 くすくすと控えめに笑うニーアに、つられて俺も笑う。

 会話の合間に周辺を見る。魔物の影は、今のところない。内心安堵して歩みを進めていく。


「そういえばニーアはこの辺初めてだよな。大丈夫か?」


 蓮之介が気遣うように言った。


「休みながらですし、体調に問題ありません」

「ならよかった」

「でも焦らずゆっくり行こう」


 長旅で無理は禁物だ。俺の言葉に彼女は頷く。

 やがて日が沈み、木陰を選んで野営する。講義でやってきたから、皆手際よく設営していった。

 本日の料理当番は蓮之介だ。少し独特な味つけだけど美味しい。思えば久しぶりに食べた気がした。


(今日のにも、あの調味料が入ってるのかな)


  だとすれば、ちょっとしたミステリーだ。いつ、どこで入手しているのか。

 視線に気づかれ、怪訝な面持ちをされる。


「味不味かったか? それともおかわり?」

「あーうん。じゃあ、もう1杯ちょうだい」

「おうよ」


 誤魔化すようにスープの追加を貰った。

 食後、身体を伸ばしながら星空を仰ぐ。とても静かで、綺麗な光の瞬きに心を打たれる。

 別にこれといって珍しいものじゃない。なのに格別だと感じた。ニーアが隣に座って言う。


「とっても綺麗ですね」

「本当だねぇ」


 感慨に耽っていると、意識の外から声が掛かる。


「上ばかり見てねーで周りも見ろよ〜」

「わかってる」

「そうですね」


 邪魔された気持ちになったけど仕方ない。きちんと見回りしながら夜を越した。



 たまに魔物と遭遇しつつ、王都ルーンにやって来る。

 到着時はまだ日が高かったけど宿をとった。用心はして損はない。しっかりと道具や装備を整え、情報もできるだけ集める。


「2人は先にここへ来てたんですよね」

「まあね、簡単に見て回ったかな」

「こっちも修行の合間にちょくちょくって感じだ」


 3人で町の中を歩きながら話す。

 あの特徴的な宮殿を並んで眺めた。感嘆するニーアを見つめる。

 彼女が振り向いて笑うと、俺もつられて笑う。すると横からわざとらしい咳払いが聞こえた。


「君らねぇ、僕がいるの忘れんなよ」

「ごめん」

「は、はい」


 顔がカッと熱くなる。別に忘れていた訳じゃないけど、つい……。

 気を取り直して町を回った。店が建ち並ぶところで何度も足を止めて、その度に誘惑と闘う。

 すぐ日が暮れちゃって宿に引き返す。



 翌日、俺は蓮之介と換金所を訪れた。ニーアとは別行動だ。

 まず道中の魔物から得た物を換金する。その後掲示板まで行き、ずらりと貼られた依頼書を眺めた。

 卒業して初めての依頼だ。何にしようかと悩む。


「初めはどれがいいと思う?」


 決めきれなくて、傍らの仲間に声を掛けた。


「できる範囲から順だな。討伐系は受ける前に話を聞いたほうがいい」


 例えばこれはどうだ、と彼が幾つか指で示す。

 荷運びの手伝い、採取、周辺の魔物調査など。いずれも学園でやってきたことだ。


 ニーアは他でやることがあるみたいだから同行できない。必要があれば、誰かに協力を頼まないといけないだろう。実際に動くメンバーを考えて決めないとダメだ。


(遠い所の依頼は避けたいな)


 別行動する仲間がいる時は、合流のことを考えないと。駆け出しなんだから、離れ過ぎないほうがいいよね。


「そういえば西の森で事故があったんだって?」


 不意に気になる会話が耳に飛び込んでくる。


「ああ、ちょっと前に救助隊が組まれて、今怪我人とかが運ばれて来てる」

「私も聞いた。結構大きな事故だったらいいよ」

「じゃあ今、西の森は……」

「封鎖だろな。魔物のこともあるし、当分は通れないだろ」

「ここ最近、魔物の動きが変だもんね」


 男女の声が入り混じった会話は、かなり穏やかじゃなかった。

 心配だし、何か手伝ったほうがいいんじゃないか。俺はすぐにでも駆け出したい気持ちになる。


 だけど蓮之介にそっと肩を掴まれ、踏み止まった。

 視線の先で彼が静かに首を振る。


(ダメダメ、落ち着かないと)


 掲示板にそれらしい依頼書は見当たらない。

 貼り出されていたかもわからないけど、必要ならまた貼り出される筈だ。そう考えに区切りをつける。


(討伐系やってみる? う〜ん)

「悩んでるな〜。やりたいのでいいんだぜ」


 黙々と掲示板を睨んでいたら、気の抜けた声が聞こえた。

 確かに彼の言う通りだ。もう一度依頼書の数々を見渡す。そして、ふと光が当たったみたいに、1つの依頼書が目に入った。

 すっと手を伸ばし、手に取る。


「荷運びの手伝いか」


 手元を覗き込んで蓮之介が言った。


「どうかな?」

「いいんじゃないか」


 内容をしっかりと読んでから窓口の人に渡す。冒険者カードも見せた。確認の後、署名入りの依頼書が戻ってくる。

 窓口を離れ、換金所から出て、依頼人が待つ郊外へと向かう。


 王都ルーンを守る結界。郊外はギリギリの地点で、半分くらいが結界の外に出ていた。これから行く所も外にある。

 境を越えた先に人家は少なく、広々と畑や演習場が設けられていた。


「依頼の場所ってここだよね」

「みたいだな。行こうぜ」


 農家の1つに足を踏み入れる。

 大声で叫びかけたら、奥から男性がやってきて挨拶した。教わった通りに、依頼書と冒険者カードを提示する。


「待ってたよ。こっち、ついておいで」


 男性に案内され、箱がたくさん置かれている倉庫に来た。

 ほのかに木と草の匂いが漂っている。男性が箱の山を示して言う。


「ここにある荷を製薬所まで運んでね。これ、地図と伝票」

「はい、確認します」


 紙の束を受け取って目を通す。かなりの量がある。


「君達、任せて大丈夫かな?」

『はい!』


 俺達は同時に答えた。幾つか、気になるところを聞いておく。

 ひと通りの説明を終え、男性が「何かあれば教えて」と言い残して去って行った。


「じゃあ始めるか」

「うん」


 ラベルや印を確かめて、箱を荷車の所まで運ぶ。

 往復する間、忙しなく動く人々と何度もすれ違う。

 十分な量を積み終わり、いざ出発。俺が前で牛の手綱を引き、蓮之介が後ろを押す。


 だけど、すぐに牛が足を止めてしまった。

 手綱を強く引いても動かない。急にどうしたんだろうか。


「あんまり強くする訳にもいかないし、どうしよう」

「腹が減ってるのか。それとも足が痛いとかじゃねーだろな」

「う〜ん、全然わかんない」

(こんな時、ニーアがいてくれれば助かるのに)


 彼女なら怪我を治せるかもしれないし、元々動物に好かれるほうだ。

 たぶん森を感じさせる香りと、雰囲気のおかげだと思う。でもいないからには、自分らでなんとかするしかない。

 2人で牛の様子をよく観察してみた。僅かに身体を震わせ、しきりに首を振っている。


「何かを気にしてる?」


 思ったままを口に出した。次いで驚き混じりの声が続く。


「わかった。エミル、ちょいと尻尾を振ってみ」

「こ、こう」


 ゆらゆらと尾を振ってみる。

 途端に牛がまた首を振り出した。小さく鳴き、後退ろうとまでする。これは、もしかしなくても嫌がられているとしか思えない。


「ほらな、お前の尻尾が怖いんだよ」

「ガーン。俺の尾が何したっていうんだ」

「まぁ、そう落ち込むな。この場合、龍の血に畏れをなしたんだろ」


 強者の性ってのは辛いね、と同情されてしまう。

 そういえば鷹狩りの時も注意されたっけ。つくづく動物とは相性が悪いみたいだ。

 仕方なくポジションを交代して、再び歩き出す。今度は何事もなく進んだ。


 1時間ぐらいかけて製薬所に辿り着く。

 白く四角い建物だった。周囲の樹木が、壁の眩しさを和らげている。


「すみません。薬草の配達に来ました」


 守衛に声を掛け、指示通りに中へ入っていく。

 搬入口まで回ると別の人が待っていた。その人に伝票を見せて、運ぶのを手伝う。


「お疲れ様でした。こちら、お返しします」


 一部を切り取った伝票が差し出された。

 受け取って、この場を後にする。また荷車を押し、他の納品場所と農家を往復していく。


 最後の所を出た頃には、もう日が沈みかけていた。

 ガタゴトと車輪が回る音を聞きながら進む。微かに夕日の色を残し、影が濃くなっていくあぜ道。俺達は灯りを手に先を急いだ。


「帰る頃には真っ暗だな、こりゃ」

「うん。でも暗くなる前に終わってよかったよ」


 ちらりと空を仰いだ蓮之介の言葉に答えた。

 特に深い意味なんてないけど、話すだけで少し疲れが和らぐ。


「油断するなよ。結界のギリ外だからな」

「もちろん」


 返事をしつつも、毎度事件が起こるとは思えない。

 忌避剤などの備えくらいはしているだろう。明るさが足りず、遠くを見渡し辛いが、ちらほらと巡回する人影が見える。

 突然、道端の草むらが揺れた。風によるものじゃない。


(だとしたら魔物)


 灯りで照らす先に、小柄な影が現れる。

 モグラとネズミの特徴を合わせもつ魔物だ。長い爪で地中を掘り、よく田畑に出没するんだったか。

 草むらから出て鼻をひくつかせる魔物。襲ってくる気配は今のところない。


(気づかれる前に倒したほうがいいんじゃ)


 息を呑んで剣の柄に手を伸ばす。

 その時、目の前で蓮之介が手を上げた。下がれと言わんばかりに……。


「ここはいっちょオレの……」


 彼はゆっくりと、太刀の柄に手をやり構える。

 魔物の身体がビクリと震え、頭を上げて振り向く。

 いつもと雰囲気が違う。纏うオーラというか。鞘から覗く刃が光を放つ。


「もしや新技ーー」


 輝く刀身が抜き放たれる瞬間、魔物が踵を返す。一切足を止めずに草むらの奥へ消えていく。

 蓮之介が途中まで抜いた刀を戻した。それから振り返って微笑む。


「なーんちゃって」


 気が抜けて転びそうになった。


「新技じゃなかったの!?」

「おりょ、期待させちゃったか。悪いな」


 でもあの手の奴はちょっと脅せば逃げる、と彼は言う。

 牛の様子を確かめてからまた歩き出す。


 次第に農家が近づいてくる。出迎えてくれた人に地図と伝票を渡した。

 ここまでの作業を3日間やって報酬を貰う。そして今、俺と蓮之介は、換金所帰りに町を歩いていた。


「さてと、依頼も終わったし残りの時間どうすっかな」

「ニーアの用事がまだ終わらないし、悩むね」


 のんきな声音で相槌を返される。


「せっかくだしさ。ちょっくら遊びに行こうぜ」

「いいけど、どこ行くの?」

「そんなのぶらつきながら考えればいいさ」


 気軽な足取りで、気の赴くままに見て回った。

 前は来なかった場所、どこか違う景色。初めてじゃなくても、間違い探しみたいで楽しい。時間の流れが町を彩っている。


「あ、前はあそこでバニラミント味が売ってたんだよ」

「へぇ〜今は、ブラックチョコペッパー味か」


 どんな味だよ、という呟きが聞こえてきた。

 試しに1つ買って、2人で分け合いながら食べてみる。


「んぐ、舌が……挑戦的なお味だこと」

(変な口調になってる)


 むせたように乾いた咳をいていた。

 俺はチョコレート色をしたソレを口に放り込む。ふわふわとしたあの食感に、苦いような、辛いような味が口の中に広がる。


「変わった味だけど、食べられないこともないよ」

「マジか。ゲテもの寄りだと思うけど」


 意外と蓮之介の舌は繊細なのかもしれない。

 そんな風に思いつつ残りを食べてしまう。隣からため息混じりの声が聞こえてくる。


「別ので口直ししたい」

「余程合わなかったんだね。いいよ、俺が奢る」


 パッと彼の表情が変わった。少し元気が出たらしい。


「いいのか?」

「うん。今の、殆ど食べちゃったし」

「あれは、むしろ助かったんだけどな。でも、ありがとう」


 そう言って彼は嬉しそうに露店へと目を向ける。

 美味しそうな匂い。幾つもある中からホットドッグを選ぶ。横でかぶりつくのを尻目に歩く。

 いろいろなものに意識を傾けて、時を過ごした。



 夜、宿屋1階の談話室に集まる。

 黄やオレンジ色の灯りが室内を照らす。机やカウンターなんかがあり、軽食を食べられるようになっていた。

 コップが置かれている机を囲んで、俺達は話し合う。


「すみません。あと2日はかかりそうです」


 申し訳なさそうにニーアが言った。


「仕方ないよ。そっちも大変なんだから」

「こっちはこっちで依頼でもやるからさ。それと何か必要なものがあれば言ってくれ」

「いいえ、大丈夫です。2人も頑張って下さい」


 穏やかな声音で返され、胸の奥がきゅっと詰まる。

 今、一番大変なのは治癒師である彼女だ。冒険者の俺や蓮之介とは、やるべきことが違う。この3日間だって、医院や集会所を往復していた。


(治癒師って貴重だったりするのかな)


 一般的に治癒魔法が扱える人をそう呼ぶ。

 神祖族と縁のある地だけど、現在は人間族が多い印象を受ける。魔法というか、ローズマリーやコリーみたいな人のほうが特殊なんじゃないかな。


「治癒師ってどのくらいいるんだろう」


 心に浮かんだ疑問が口をついて出ていた。言ってからちょっと後悔する。


「今手伝わせて頂いてる所では、数えるほどしか。学園にいた頃も、半分くらいの人は魔法が使えませんでした」

「そうだったの!?」


 思わぬ事実に驚く。一方で、蓮之介はなんともいえない声を上げる。


「まあ、言われてみれば。桜嵐帝国でも人間族で魔法使えんの、巫女か忍くらいだもんなぁ」

「ミコとは?」

「シノビって何」

「い、今のは……深くつっこまないでくれ」


 視線を逸らした彼に調子を合わせた。

 嫌がることはしたくない。それに今必要な情報だとは思わなかった。だから今後のルートについて、現状の意見を交わし合う。


「あと2日で通れるようになると思うか?」

「さすがに無理ではないでしょうか。近辺の魔物を警戒する声が上がっていました」

「換金所でも聞いたよ」


 ニーアの話に俺は告げ、蓮之介が頷く。


「魔物が絡むと長いからな。となると残る道は……」

「危険はどこも同じ。ならゴールドキャニオン側に行ってみない?」

「確かゴルドウルフの生息地でしたよね」

「前に戦ったことがある奴だな」

「うん。それにさ、俺見てみたいんだよね」


 きっとこういう気持ちに従うのは、冒険らしいと思う。


「わかる。未踏の地を踏破したいよな」

「ゴールドキャニオンは未踏の地じゃないと思いますけど」


 がくんと蓮之介の姿勢が崩れる。


「気持ち、心意気はって意味だよ」

「そうだったんですね」


 2人のやり取りに温かい気持ちになった。

 他愛のない言葉1つひとつが楽しい。俺は彼らに向け口を開く。


「どうかな。より面白いほうに行ってみようよ」


 ひと呼吸おいてから2人は答える。


「多少の危険は覚悟のうえだ」

「私も、行ってみたいです。皆で」

「決まりだね」


 まだ2日は滞在するけど、方向は決まった。

 残りの時間は各々やるべきことをして過ごす。依頼の最中、新種の魔物の噂を耳にした。

 あっという間の2日間を経て、王都ルーンを後にする。


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