第69話 おまたせ、蓮之介
長い道のりを進んで、カサリナの町までやって来る。
俺は試験の時にも帰ってきたけど、今はニーアが一緒だ。
到着してからニーアはなんだか嬉しそう。見慣れた道を並んで歩いていく。
「それでは私はここで」
「うん、またね」
「はい、また」
分かれ道で彼女と別れた。
ちょっとの間見送っていると、振り向いて手を振ってくれる。俺も手を振って応え、まっすぐ家に向かう。
青みをおびた夕焼け空。
玄関まで来る頃には暗くなっていた。
「ただいま〜」
「おかえり」
母さんの声が奥から返ってきて、すぐに顔を出す。
父さんが帰ってきたら皆で食事をした。いろいろな話をする。
「じゃあ、ここでお友達を待つのね」
「そうなんだ。一緒に旅をしようって約束したから」
あまり動き回ると、会えるものも会えないからね。
十分に話をしたら風呂に入って、自室に戻り荷物の整理をした。気分よく見ていると番人の石に目がとまる。
「手強かったなぁ」
ゴーレムから託された物は持って行くつもりだ。
だけどコレはここに置いて行こうと思う。棚の一角に飾った。大事な思い出の品にふっと微笑む。
「さてと、疲れたしそろそろ寝よう」
1つ伸びをして、散らばっている物を片づけ、ベッドに潜る。
ほんわかと温かい布団が瞼を重くしていく。そのまま、すんなりと眠りについた。
数日後、昼から散歩に出掛ける。
通りを走るタルホと挨拶を交わす。
「そういえば、さっき町の入り口で変わった服の人がいたよ」
彼の言葉にもしかしてと思う。
「どんな人? 髪の色とか、もうちょっと具体的に教えて」
「えーっと、髪は黒かったかな。腰に細い剣をつけてた」
(細い剣、きっと刀だ)
特徴を聞くほどに1人しか思い浮かばなかった。
絶対に蓮之介だ。ようやく会える。俺はタルホにお礼を言って駆け出す。1秒でも早くと、足が速度を上げていく。
手紙でくる方角はわかっていた。迷わず西のほうに向かう。
畑や果樹園がちらほらと見えてくる。町の西側だ。
近くの人に聞き込みながら探した。こういう時、目立つ特徴があると探しやすい。
「その人なら中央のほうに歩いて行ったよ」
「ありがとうございます」
見事に行き違いになったみたいだ。
(俺のバカ。町にきて目指す場所ときたら)
考えられる選択肢は限られてくる。
役所か、俺達の家か。それとも寄り道をするかな。
(いいや、蓮之介だってまずは会いたい筈)
信じたい気持ちで、実家方面に足を向ける。
全力疾走のおかげで、そう時間をかけずに戻って来られた。息を切らしながら周囲を見渡す。
ざっと見た感じだと、道端を歩く人々の中にはいなかった。
また行き違ってしまったのか。もしくはアテが外れたのかな。
「俺ってつくづく人探しに向いてないな」
がっくりと尾を垂らしていると、背後から声が掛かる。
「なーにが向いてないだ。広範囲から1人を探すのが難しいのは当たり前だろ」
僕だって無理だわ、と軽い調子で言う。
嬉しくなって振り返ったら蓮之介がいた。いつもの和服の上に外套を羽織っている。彼は「よっ」と小さく手上げて挨拶した。
「僕がいなくて寂しかったか」
「うん、久しぶり?」
「なんでそこ疑問系なんだよ」
「えへへ、だってずっとレンがいた気がするから」
互いに笑い合って、一緒にニーアの所へ行く。
「ニーアと会うの久しぶりだなぁ。その後どうよ」
「別に普通だけど。普通に元気だし、手紙にも書いたじゃん」
「ははぁ、そっかそっか。普通ね、ふ〜ん」
「どうしたのさ。レン、ちょっと変だよ」
変じゃないと蓮之介が言う。
次はこっちがいろいろ聞こうと思ったけど、タイミング悪く目的地に着いてしまった。
呼び鈴を鳴らして待つ。すぐにおばさんが出てきて、今は買い物に出掛けているみたい。
ありがとうございます、と伝えてから市場のほうに向かう。
(よし、今なら……)
「1人旅の時、レンはどうだったの?」
「どうってもな。修行と依頼ざんまいよ」
「冒険はしてないんだ」
「必要最低限だな。楽しみは後にとっておくもんだろ」
話すうちに店が建ち並ぶ通りまで来る。
雑貨屋、服飾店、レストランと、目移りするものばかりだ。人で賑わう中を注意深く見ていく。
そうして歩いていくうちに、八百屋の前で彼女の姿を見つけた。ちょうど店主から袋を受け取っているところだ。向こうもこっちに気づく。
「エミル君、それにレンさん。到着されてたんですね」
「おう、久しぶり。そっちは買い物か」
「はい。今日は私が夕食を作るんです」
近寄ってきた彼女と話をした。
「いいな、それ。今のうちに家族団欒しとけ」
「はい、もちろん」
「そういうレンは家族と会ってきたの?」
質問を返すと、蓮之介は顔を逸らしぎみに言う。
「あーいや、ほら、僕んとこは遠いしさ」
「本当にそれだけ?」
「それだけだよ。他に、あるか」
「ふ〜ん」
ひょっとして家族と仲が悪いのか。
そんなことを考えたけど、途中でやめた。勝手な詮索はよくないよね。実際に遠いのは事実だと思う。
連れ立ってニーアの家まで行く。彼女が袋を置いてくると、近くの広場で今後のことを話し合う。
「僕はどこでもいいぜ。2人はどうしたい?」
問いかける口調で蓮之介が言った。
「私は各地を巡って、怪我や病気で苦しんでいる人を助けたいです」
「俺はね、おじさんとの約束を果たす。あと神祖族のことを調べたいかな」
「意外と変わってないんだな。増えてるけど」
「あはは……実は理由があってさ」
前置きしてから試験でのことを話す。
初耳の彼は、たまに相槌を打って聞いていた。腕を組んで考えるようにして呟く。
「ゴーレムより託されし不思議な珠。秘められた謎を巡る旅」
「できたら遺跡巡りとかしたいなぁって、レン?」
彼は腕を解き、右の拳を握って言う。
「あとは敵と陰謀があれば完璧。くぅ〜燃えてきたぜ」
「敵と陰謀って……」
「はっ、いかんいかん。現実に持ち出しては、鎮まれオレのカオス!」
(例のスイッチが入った感じかな)
よくわからないけど大変そうだ。
1人騒いでいる人はとりあえず放っておく。
「ニーアは行きたい所ってある」
傍らに立つもう1人に問いかけた。
すると彼女は考える素振りを見せ、控えめな様子で答える。
「場所といえるかわかりませんが……」
「うんうん」
「東の地には、とても珍しい薬草が採れる森があるとか」
「そこに行きたいんだ?」
「はい、興味あります」
さすがニーアだと感心した。
どんな時でも頑張り屋で可愛い。
「東か〜。レンに聞けばわかるかな」
「どうなんでしょう」
東のどの辺りなんだろうと、なんとなく考えた。
想像するうちに紫瑶のことを連想する。今頃はどうしているのか。また会えるみたいなことを言っていたけど……。
考えを巡らせている間に、蓮之介が気を取り直して割り込む。
「残念だけど、薬はあんま詳しくないんだ」
「聞いてたんだ」
(あの状態で)
小声で呟いただけなのに、彼はからかうように覗き込んだ。
「聞いてたらマズいのか〜」
「別に、マズくないよ」
焦りぎみに答えたら、相手は満足げに笑った。
「宜しい。で、当面の目的地を決めないとな」
「そうだね。じゃあ東に行く?」
「いえ、私は別に急いでませんので。西にも珍しい薬草はあるでしょうし」
「遠慮しなくていいのに」
「違います。旅はこれからなのですから、いつでも行けると思っただけです」
なかなか決まらない。誰の意見に乗るか、それとも提案したほうがいいのか。決めきれなくて悩む。
「あのさ、どこでもいいならアルマスに行ってみねーか」
痺れを切らした様子で蓮之介が言った。
アルマスと聞いて、他の転生者の話が頭に浮かんだ。
「トーマスが言ってた転生者は気になるかも」
「火山を含む山岳地帯の植物……ふふ」
何かを含んだような笑い声。それにいち早く反応する男がいた。
「もしもしニーアさん。まさかマッドなこと考えてないよな」
「レンさんったら、想像力豊かですね。私はどんな子がいるのかなって」
「だ、たよな。裏の顔なんてある訳ないよね」
やっぱり今の彼はどこか変だ。ニーアに限ってある筈ないのにさ。
未だスイッチが入ったままなのかもしれない。トゥワとはまた別の意味で賑やかな会話に、俺は楽しくなってきて笑う。
そうしたら蓮之介が「笑うことないだろ」とからかってきた。
「でよ、アルマス行ってもいいか?」
「うん」
「はい」
遠慮がちに言われ、俺とニーアは口を揃えて答えた。
ひとまず今日のところはここまでにする。すっかり話し込んでしまったから、ニーアには悪いことしたかな。
彼女の背を見送って、自分も歩き出しながら言う。
「レンはもう宿決めた」
確かめるように聞くと、首を振って返される。
「いいや、まだだ」
「じゃあ家に来たらいいよ」
「サンキュ。なら軽く何か買ってくる」
「だったら俺はえーっと」
「エミルはまず帰って親御さんに伝えなきゃだろ。地図描いてくれたら平気だからさ」
言われた通りに、手帳を出して地図を描く。
記した頁を破って渡した。メモを受け取り背を向ける蓮之介と別れ、駆け足で家へと向かう。
帰宅すると、真っ先に台所へ駆け込んだ。
料理中の母さんにお泊まりの件を話す。試験官の時もそうだったけど、突然の話にも動じなかった。
むしろ父さんのほうが驚いていたくらいだ。
けれど2人とも許してくれる。ほどなくして蓮之介がやって来た。
「お世話になります」
「貴方が待ち合わせしてたっていうお友達ね。どうぞ上がって」
「はい、お邪魔します」
きちんとした所作で彼は家に上がる。
母さんと少し話した後、俺が案内した部屋で刀と荷物を置いた。
自分の分は買ってきたと言うが、食べる時は一緒に食卓を囲んだ。1人増えるだけで話題の幅が広がっていく。
「息子から聞いてるよ。相当に腕がたつ剣士だと」
「そんな、僕なんてまだまだです」
心なしか父さんの表情がぎこちない。
対する蓮之介も同じだ。2人とも穏やかだけど、妙に張りつめているような気がした。
(初対面の筈だし、気のせいだよな)
ちょっとだけ不安になる。
でも「これからも息子をよろしく」と父さんが笑う。頼もしく返事をしたところまで見届けて、ひとまずほっとした。
「あらあら、エミルだって負けないわよね?」
「うん!」
「確かにエミルは強いからな。僕もうかうかしてられないぜ」
楽しく食事を済ませ、各々に風呂へ入る。
湯上がりに部屋で寛いでたら、扉が開き蓮之介が入ってきた。その身体からはうっすらと湯気が立ち上っている。
「さっぱりしたぁ〜」
顔も声も満ち足りた様子だ。緩み切っている。
「嬉しそうだね」
「まあな。やっぱり風呂は最高だよ」
「俺も温かいのは好きだなぁ」
寒いよりは、断然暖かいほうがいい。
互いに寛ぎながら好きなことをした。刀の手入れをする姿を見て、ふと思う。考えれば彼と同室になったことがない。学園では先輩だったし、野営の時とは状況がまるで違う。
(これからは、こんな姿も見慣れてくるんだろうな)
じっと見つめていると彼が振り向く。
「なんだよ、じろじろ見てさ」
「あ、うん。これからの旅楽しみだなって」
「おう。バリバリ冒険しようぜ」
即答したその顔は、歯が見えるくらい口端が上がっていた。
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翌日、再び皆で集まってルートの相談をする。
アルマス国へは、どの道ジルビリット王国に入らないといけない。
けれど陸路で進める道は1つじゃなかった。国境を跨いで南に抜け、大回りする道。ルーンの都までは同じだが、北西の森を抜ける道と、一度南下してゴールドキャニオンを越える道。
陸続きなので、細かなところを気にしなければ、行き方は他にもたくさんあった。あくまで地図の上では……。
「ルーンを通過するほうが距離的には近い筈だけど」
「急ぐ旅じゃないし、俺はいろんな所見たいから南はアリだと思う」
「でも複数の国を渡ることになって、危険が増すのでは……」
ニーアが心配しているのは南側のルートだろう。
このルートはサクルファ、バラッカ、イニグラルなどの国を通るからだ。
「冒険はしたいけど、安全面は無視できねえよな」
腕を組み、眉間に皺を寄せ呟いていた。
武者修行だ、冒険だと言っていても、彼の行動はいつも慎重だ。おかげで心強い。一緒にいて楽しいところも含めて大好き。
心強いという意味では、ヴァルツやコリーも負けてない。
楽しいならトゥワだし、むかつくけどハロルドも時々頼りになる。
でもなんでだろう。蓮之介は段違いに思えた。もちろんニーアは別格だ。
(考えてみたら、俺の周り凄い人しかいないや)
胸の奥に湧き起こった感情。
なんとなく、漠然と、伝えたくなった。
「ニーア、レン」
「うん?」
「はい」
地図から視線を上げ、こっちを見て首を傾げる2人。
「これからもよろしくね」
大事に、丁寧に、そのひと言を紡ぐ。
届けた言葉に2人は見開かれた目を何度か瞬かせた。そして数秒の後、力強く頷いて応える。
沈黙の後、傍らで咳払いが響く。
俺が変えてしまった場の空気を戻した。気を取り直してルート決めを続ける。それから10分後ーー。
「とりあえずルーンまで行って、現地での情報を踏まえ、再度検討ってことでいいかな?」
『異議なし』
仕切った蓮之介の言葉に、息ぴったりで答えた。
こうして目指す地とルートが決まり、出発に向けて本格的に動き出す。
両親や友達に伝え、必要なものを揃える。
2月半ば、すぐそこまで春が近づく。本当にあっという間だった。
まだ肌寒さが消えない季節。涼しく晴れやかな空の下、俺達はカサリナの町を出発した。




