幕間12 2つの転生事情《レン×ハオ》
当初から予定していた幕間ですが、後の追加要素がちょっと……。
注意:この幕間では特殊表現があります。過去回想での傍点=文字の上に・はノイズ表現です。
超長いので余裕をもってお読みください。さて、心の準備は大丈夫ですか?
ぼんやりと温かい。ぬくもりを身近に感じる。
誰かの声が聞こえた。よく回らない頭でそれを聞く。
「初めまして。貴方のお名前は蓮之介よ」
女性の柔らかい声音、母親だろうか。
わからないが安心感を覚える。匂いの所為かもしれない。とても眠くて、声の主を鮮明に見ることはなかった。でもふとした感覚が胸中か、脳裏かに過る。
――僕は、転生したのか?
思考が迷走する中で、漠然と思う。
ノイズ=抜けだらけの、これは記憶?
あの時神を見たような気がした。それより前は確か……。
中学2年の頃、俺は校舎裏に呼び出されていた。
気が重いと感じつつ向かうと先輩がいる。しかも3人とか最悪だ。舌打ちやため息が出そうな衝動を心の内に押し留めて向き合う。
「何の用事ですかね」
「あぁ? そんなの生意気な後輩を躾に来たに決まってんだろ」
真ん中の奴が睨みつけてきて、後ろの2人が嘲笑を浮かべた。
「この前はよくも顔に一発入れてくれたよな」
「連れの子も逃げちゃったしさ」
(いや、あれはお前らがだる絡みしてただけじゃん)
つい思ってしまった言葉に注意を払う。
うっかり言わないようにしないと確実に揉める。それ以前に一応目上だし宜しくない。イラつきはしたが、最低限の礼節を己に言い聞かせた。
確かに殴ってしまったことは悪いと思っている。我慢が足りなかった。
「怪我させたことは謝ります。すみません」
「謝って済む話じゃねーんだよ」
「こっちはさ、大変だったんだよ。あの後警察に捕まってさぁ」
「えーっと、それに関しては何とも……」
どう返したものかと困る。むしろ別件の可能性もあるのでは?
いやいや、思い込みと決めつけは良くないな。
「つーワケで一発殴らせろ」
「は?」
俺が反応するのと同時に腹に衝撃が走った。
患部を抑え激しく咳き込む。よろけたが転びはしない。
しかし次に顔面へも拳が触れ、別の方向から足を引っかけられる。今度ばかりは尻もちをつかざるを得ない。その後、何発か喰らってしまう。
満足した様子で彼らが去って行く。俺はゆっくりと身体を起こし立つ。
「全然一発じゃねぇし」
(よくやり返さなかったよな。だいぶ危なかったけど)
うっかりまた手か足が出るところだった。反省が足りないなと思う。
制服についた土を払いながら悪態をつきそうになる。
「落ち着け、口に出すな。堪えろ」
自分に言い聞かせて深呼吸。俺は違う、違うんだ。
平常心と自己暗示を続け、残りの授業を終えて下校時間まで図書室で過ごす。
部活は試験期間なのでなし。だから教科書とノートを広げて黙々と自習した。ついでに宿題もさっさと終わらせてしまう。それから時間を見て帰宅する。
桜間という表札のかけられた一軒家=自宅だ。
夜、父親が帰宅して、母親も交え食事をしていた。室内に響くのはテレビの音くらい。しばしバラエティが流れていたのだが……。
「ニュースのお時間です。〇月〇日○○時、母親を殺害した容疑で××歳・無職の……」
報道の内容に俺はびくりと心中が震える感覚を覚える。
幾度となく経験した平穏が破れられる予感だ。
「ふん、またク●●ートの事件か。社会のゴミめ、朔之助、お前はあんな奴になるなよ」
「止めてください。食事時に」
父親の一言に母親が弱々しく反論した。
(またかよ)
すると「黙ってろ」の一言で、両親の言い争いが始まってしまう。
どちらが優勢かは見て明らかだ。終いには半狂乱になって別室に引っ込む。
「ああやってすぐ逃げる。まったく甘えることばかり……」
「ごちそうさま」
聞くに堪えない言動の数々を前に席を立つ。
頭の中に広がるジュッと鈍く焼けるような、泡立つ感覚。遺物が混入して塗りつぶされるイメージ。
今なお続く罵倒を聞きながら、俺は食器を片づける。一度始まってしまえば対象は関係ないのだろう。身近な人へも飛び火す独り言にうんざりした。
何かとこじつけて「勉強しろ」と言ってくる。
食器を洗い終わればもういる必要がない。さっさと退室して自室の扉を開けた。
カーペットの敷かれた床の片隅に積まれた本。友人に薦められた漫画が少々と、あとは音楽と福祉関係の資料が殆どだ。ちらりとクローゼットに視線をやる。
「たまには……」
すっと足が向いて、取っ手を掴み開けた。
ケースが端で静かに存在を主張している。昨年亡くなった叔父がくれたギター。
手を伸ばしかけて止めた。やっぱり気分じゃない。そう感じてクローゼットを閉じ、ベッドに腰を落とす。
「ふうぅ」
1つ大きな息を吐き出した。その姿勢のままスマホを出す。
イヤホンをつけて画面を操作し、ベッド脇の山から資料を引き抜き開く。
(中学出たら1人暮らししよう。どこがいいかな)
時々ネットを漁ることはあった。でも最近は少し頻度を落としている。
一番の理由は「言葉の世紀末」感に気疲れしているからだ。検索ワードにもよるが、探すだけの行為で心と気力を容赦なく削ってくる。
今はただ、頁を捲りながら心の平穏に耳を傾けた。
受験生になった年、町中を歩いている時のこと。
突如として地面が激しく揺れる。直感で地震だとわかった。
立っていられず、半ば転げるように近くの防護柵に縋りつく。揺れが収まるのを待つ間、耳に嫌な音が届き、次いで影を見て上を見上げる。
「――ッ!?」
視界に移った瓦礫、記憶はそこでブラックアウトした。
次の時点は真っ白な空間。何もないそこに俺ともう1人。
浮世離れした風貌で佇む存在に違和感を覚える。目の前の人物は胡散臭い笑みを浮かべていた。
「突然だけど、君はたった今死にしました」
「はい?」
間髪入れずに間の抜けた声を出してしまう。
だがすぐに記憶が戻ってくる感覚があった。つい「あぁー」と声を零すと、相手は観察対象を見るような雰囲気で手元の手帳を弄ぶ。
「さくっと済ませよう。君にはこれから転生して貰うからね。記憶と力つきで」
「ちょちょっと待って、下さい。なんで俺」
いろいろと突っ込む部分はあったが、とりあえず一番の気がかりを聞く。
相手は顔を上げ、目を丸くして言う。
「どういう意味かな」
「だから自分が選ばれる意味がちょっと。もっと相応しい人がいるんじゃ……」
(そうだ、俺は何もしてない。まだ何も)
途中で言い淀んでしまい、次の言葉が繋げられない。
もっと救われるべき人間が他にいるんじゃないか。こんな創作物みたいな展開が、我が身に起こる事実を受け入れ難く思う。
「反論は聞きません。準備が終わったのでもう行っていいですよ」
戸惑いの声を上げるが意味はなかった。
後悔する暇もなく再び視界と記憶は闇の中に葬られる。
漠然としたものを不快に感じて身をよじり声を漏らす。
気持ちが悪いような、居心地の悪いような感じだ。少し経って肌にぬくもりが触れた。同時に揺さぶられながら声が聞こえる。
「どうしたの~。悪い夢でも見たのかなぁ」
「奥様、夜も遅いですしここは私めが致します」
判別が定かじゃない女性の声が2つ。
「いいえ、やらせて頂戴。でないとこの子に母と認めて貰えないわ」
「そうは申しましてもっ」
「しぃ、静かに。そうだわ、貴方は蘭丸と菊之助を見てきて下さらない」
ちゃんと眠れているか心配だから、と片方の声が言った。
気配が1つ遠のいていく。ざわつく心地が薄れていき、次第にまどろみの中へと落ちていった。
⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔
意識を取り戻した直後、ぼくはただ茫然と景色を眺める。
何の変哲もない平原のど真ん中。頭上に広がる空虚な模様。一発でここが電脳空間だとわかった。
根拠は至極簡単だ。現実そっくりに作られながら、どこか無機質でつまらない。ごく稀に空間を走るズレというか、ノイズが視界に亀裂を生む。
(超低品質、雑過ぎ。ひょっとしてβ版とか?)
直近で応募した覚えも、当選した覚えもないが気分が萎えた。
腰を落とし、草土に手を触れて一応の確認。伝わってくる感覚に顔を歪める。
「リアリティまでゼロなんてさ」
今時あり得ないと思いながら周囲を歩いてみた。
行けども殺風景過ぎてあくびが出てしまう。その時、ふと脳裏に音が響く。
――ピッ、ピピィィ。
「なに、あ、あぁ」
急に割り込み、精神を冒す音。ずっと響いていたようにも感じる。
(この音ってアレ、アレだ。病院の……)
錯覚していたのか。いつから、いや、それよりも全身がおかしい。反射的に胸を抑えてうずくまった。立っていられなかったからだ。意識と共に感覚が抜けていく。
ガラスが割れるかの如く、空間が、視界にヒビが入って崩れていった。視界を黒く塗りつぶしていくように――。
次の瞬間、また別の場所にぼくは立っていた。
一面の黒から一転して真っ白な世界。とうとうバグを起こしたらしい。
「やっぱ碌な製作元じゃなかったか。本当ついてない」
(さっさとログアウトして文句言ってやる)
低評価ないし、問い合わせる心積もりで操作を試みた。
慣れた所作で手をかざすが何も現れない。眉根に力が入るのを感じつつ、もう一度、また一度と手をぶらつかせた。しかし何も起きず呆れてため息が出てしまう。
「もし……」
(はぁ、最悪)
気分は最底辺にまで落ちたが諦めない。再度、今度は音声入力を試す。
「メニューオープン」
「あの、聞こえて……」
「システムウィンドウ」
沈黙し続ける操作性の悪さに辟易していた時だ。不意に大音量の声が響く。
「ちょっと宜しいですか!」
「うわあぁっ」
あまりの不意打ちに、素っ頓狂な悲鳴を上げてしまった。
全く驚かせないで欲しい。こんな悪戯を仕掛けるバカはどこの誰だよ。苛立ちながら1つ講義してやろうと周囲を見回す。
数歩離れた所に人が立っていて、悲鳴を飲み込む代わりにすっ転ぶ。
「やっと気づいてくれましたね。ずっと呼んでいたのですよ」
「だ、だだ誰!?」
理解の追いつかない状況に混乱してしまう。
そこに目の前に立つ人物が己を示し「神」だと告げてきた。
「伊集院 弥尋さま、突然ですが貴方さまは今しがた亡くなられました」
物腰の柔らかさを感じさせる雰囲気で言われ放心する。
衝撃を受けた影響だろう。脳裏に走馬灯の如く情景がフラッシュバックした。
――いいこと、火は絶対使っちゃダメよ。家事はロボ君に任せてあるから。
留守番しててね、と告げ出ていく。小学校はオンラインだし、寂しくない訳じゃない。でも殆ど家にいないくせに指図だけは一丁前だ。
1つ良いところを上げるなら、玩具には事欠かないくらいか。
頼めば大抵の物は手に入る。まあ、すぐに飽きちゃうんだけどね。
高層にある一室で、ゲームをして過ごすほうが気楽だった。
どうしようもない両親に比べ、ロボ君は比較的マシな対応をしてくれる。
――坊チャマ、車ニハ気ヲツケテ行ッテラッシャイマセ。
しかし思考停止したのは僅かな間だった。
沸々と沸き起こる高揚と期待。続く言葉を最後まで待たず、立ち上がって相手の懐に飛び込む。
「つまり転生ということですね!」
「え、まっまぁ、はい」
降参のつもりか、神は胸の前で両手を上げて答えた。
返答を聞き、ぼくは力強く拳を握り叫ぶ。
「おっしゃぁぁ」
これで理不尽なしがらみから解放される。ひ弱な前世とはおさらばだ。
ひと昔前に流行った、創作物の設定を地でいく現状に気持ちが弾む。だが来世を順風満帆にするための確認は必要だろう。
未だ困惑顔の神へと向き直り、意気込んで質問を始める。
「転生後の世界はどんな所? 記憶の引継ぎと、魔法やスキルは当然してくれるんだよね」
第一に世界のことは当然聞くよな。必須項目といえる。
非常にくだらない記憶だが、完全に無意味という訳ではない。対人関連の部分は無用の産物だけど他の知識は有効だ。あって困らないと思う。
「貴方さまが転生予定の世界は数多の種族が暮らす地。魔法は我々が与えるものではありません」
「なるほど魔法は常設か。スキルはどうなんだ」
「はい。能力と才能とがあり、我々から与える場合でもランダムになります」
「えぇ~選べないのかよ」
(なんて理不尽な設定だ)
酷く落胆して肩を落とす。ため息までは勘弁してやろう。
続いて種族についても当然聞く。実に様々な種類があるようで、細かく質問しぼくは思案した。
(説明を聞く限り人間は弱そう。せっかく種類が豊富なんだし使わない手はない)
理想はやっぱり神祖族、次点で龍族、妥協するなら天狗もありか。
大まかなキャラメイクが出来上がった。なので最大の問題点に着目する。絶対に引けないところだと己を鼓舞して口を開く。
「本気で転生させる気があるなら、そのランダム要素を何とかしてくれない」
「そうは申されましても困ります」
「困るって、そっちから提案して来たんだからさぁ」
強気に挑んだ成果か、神は悩んだ末に閃いた様子で手を叩き言う。
「輪廻の神ならば、4つくらいまで絞り込めると聞いたことがあります」
「じゃあ、その人呼んでよ」
しばしの沈黙が流れた。ちゃんと睨みを利かせたおかげでハズレ神が折れる。
呼びに消えた姿を見送り、内心でガッツポーズを取りながら待つ。ああ、やっぱり要望は言ってみるものだと自分を褒め称えたい。
(ずっと我慢して来たんだ。これくらい通して貰わないと)
長い時間を待たされ、くたびれた格好の神が姿を現す。
服のよれ具合より、目の下に色濃く刻まれたくまのほうへ目がいく。早速深い息を吐かれ、不快感に苛まれたが寛大な心で許そう。
「君さ、彼女に何したの。泣いてたよ」
「何もしてない。お願いしただけ」
勝手な決めつけが失礼極まりない。コイツ、まともな神じゃないな。
輪廻の神は2度瞬いて、肩を僅かに下げ、どこからか出した椅子に腰かけた。彼の自由奔放ぶりにぼくは冷たい視線を送ってやる。
「本題に移ろう。絞り込みがしたいんだって?」
反省の色を見せず無視とはいい度胸だ。正気を削られるがここは1つ咳払い。
「はい。記憶引き継ぎは固定なのに、他がランダムなんて怠慢でしょ」
「簡単に言ってくれるね。命は天の授かりものなんて言うけど、異世界に干渉するのは大変なんだよ」
せめて身体があれば多少はね、とぼやきながら要望を聞いてきた。
いちいち嫌味な態度をしてくるが気にするだけ無駄だろう。無視で返す。
「まず種族だけど、最優先は神祖族で頼むよ」
「あ、それ無理」
「なんでっ」
「あの種族は特殊なの。近しい種族からじゃないと厳しいね」
「そこを何とかできないワケ。神なんだからさ、設定を編集してちょちょいっと」
「無理なものはムリ」
断固拒否され、悔しさからきつく唇を噛む。
「なら龍族、最優先。天狗族でもいいけど高位は絶対条件だね。人間は最下位で」
(肉体の強さは大前提として、人間体の利点は残したいしね)
「はいはい、龍族か天狗族ね」
「高位! 天狗は高位必須だから」
またしても神は投げやりな態度で応じる。本当に真摯さが足りない。
先を促され、今度は能力や才能の要望をした。待つ間にも考えていたことだ。
「欲しい力は高い順から大賢者・想像・時間遡行・亜空間収納です。具体的な効果は……」
やはり異世界転生といえばチートスキルだ。
1つしか得られないのは最もな不満点だが飲み込む。具体的な効果を告げながら、ぼくは有無の確認を兼ねて4つの力を提案した。
こちらが話し終えると、神は足を組み頬杖をついて言う。
「我が儘だね、君」
「至極当然かつ妥当な要望だと思うけど」
対抗のつもりで言えば、相手はやれやれ感満載に肩を上下させる。
更には首まで振ってきてこう言うのだ。
「一応聞くけど他にはもうないよね。ないなら転生させるよ~」
「あ、できれば性別は男で」
「はいはい。じゃあ、よい来世を」
誠意の欠片もない棒読み声で見送られて旅立つ。
視界と意識が途絶え、まっさらな微睡みの中、産声と歓声を聞いた気がした。
時は流れ、現在ぼくは故郷を離れローデリム合衆国にいる。
居城の一室で1人用のソファーに座り寛ぐ。こういう時、しまえない翼が少々不便で邪魔だ。だがもう慣れたし諦めがついている。
手に持つ本を読みながら、机の上に置かれたショコラショを飲む。
そこにコツコツと窓を叩く音が響いた。
手元から視線を外し、本を置いて立ち、窓辺に向かって開ける。途端に飛び込んできた鳥が、執務机の上に降り立ち解けた。
紙片に戻ったものを拾い上げ目を落とす。遠方へ送った密偵からだ。
「ふっ、ふふ」
思わず鼻が笑ってしまう。面白い展開になる予感が拭えない。
これまでに得た情報を想起して思考を巡らす。
(フラグと条件回収のおかげで、勇者召喚は達成したし魔王復活も時間の問題)
幾つか試す中で、一番大変だったのは都市襲撃イベントの設営か。
各地を飛び回ったから労力がかかったものだ。しかし勇者を呼ぶには相応の危機が必要。定番の設定だけど、他国が絡むために試行錯誤せざるを得なかった。
騒乱の匂いで「魔王に刺激を与える」という面でも期待できるだろう。
(まったく手のかかる魔王だよ。先の侵攻で眠りにつくなんてさ)
当時ぼくは参加していなかったが、かなりの力を使ったらしいな。
でもまあ、魔王のことはさておき、密偵由来の情報に思考を移す。
(やはり冒険者学園はプレイヤーの宝庫だな。選定段階とはいえ、候補が多い)
勇者と魔王の対立をメインに据えた特大企画。
自分が物語の主人公としてゲームメイクするんだ。最高に気持ちいいよな。
神から授かった力と身体は、若干見劣りするが概ね想定内。一番欲しかった「時間遡行」が入手できなかった。惜しいが適切なハンデとでも思っておこう。
プレイヤーとはすなわち転生者のことを指す。
現状疑わしき者の名前を脳内に反芻する。要監視対象のエミル、蓮之介、トゥワ。帝国人の男は噂と言動から濃厚だろう。あと1人、紫瑶はどうでもいいか。
(ていうか、なぜアイツが学園に入ってるんだか)
親戚の名前をこんな形で見るとは思わなかった。興味ないけどさ。
次に観察対象のアイザック、コリー、ローズマリー。1人はナルシスの顧客だったか。こっちはあまり脅威に感じない。それより動向が気になるのはコリーだろう。調書を手元に引き寄せてみる。
(面白い経歴だよな。転生者かはともかく、いろいろ使えそう)
しかも「想像」系の能力を持っている可能性ありだ。
楽し過ぎて頬が緩んでいた時、扉をノックする音が室内に響いた。
「雷様、ホネスティ様がお見えになりました」
「いいよ、通して」
扉越しに聞こえた声に返答し、少し時間をおいてから1人の男が入室する。呼びに行かせ、今も入り口に控えた部下に給仕を頼む。
ナルシスは、ぼくより年上ながら立場が近い。彼は親しみを込めた微笑で言う。
「やあ、浩然君。ごきげんよう」
「はい、ごきげんよう」
相変わらず真摯な男だ。快くナルシスを出迎えソファーに誘う。
互いに腰かけるタイミングで給仕が珈琲を運んできた。空のカップを下げ、新たな物が机の上に置かれる。ぼくはミルク、相手は砂糖のみを入れ、向かい合ってそれを飲む。
一度カップを置いてから、膝の上で手を組み眼前の彼は話し出す。
「心地の良い日和だね。端々の雑然さが嘘のようだよ」
「貴方は繊細ですね。ぼくは全然気にならないけど」
ナルシスは苦笑いを浮かべた。なぜ今、そんな表情をするのか。
しかし渋面をすぐに引っ込めて続ける。
「今なお療養中の陛下も、さぞ心を痛められていることでしょう」
「ふーん。案外楽しい夢でも見てたりして」
ぼくの独り言めいた感想に返答はなかった。
「浩然君、陛下に対して失礼だよ」
「は~い。気をつけます」
基本的には仲良くしたい相手だけど、少し細かいのがたまに傷だ。
単細胞な他の連中と違って気が楽なのはある。だがなによりも、ぼくでさえ知り得ぬ知識と技術を持っていた。
「そういえば、貴方は魔導書の真作を探してましたよね。見つけて来たら、礼の件考えてくれますか?」
「どうかご遠慮願おう。師との約束なのでね」
「ぶ~ケチッ」
思わず頬を膨らませて意思を主張して見せる。
本心ではあるが、幾らか大げさに盛ったつもりだ。なのに彼は何食わぬ顔で言う。
「駄々をこねても無駄だよ」
(本当、融通の利かない人だなぁ)
「わかりました。では、ぼくに魔装を作って下さいよ」
妥協案を提示してみたら、ナルシスは目を見開た後に何度か瞬く。
それから再びカップに口をつけ一息吐いた。しぱし沈黙が流れ、静かに首を振る。
「難しいね。おそらく君が望む物にはならない」
「意味が分かりません」
すると今度は足を組み、やや挑戦的な視線を向けて言う。
「わからないかい? ワタシができるのは修復、制作ではないのさ」
息を呑んで言葉を受け取った。
心の内に宿る願望を見透かされた気分だ。
たったひと言で気づいたというのか。ぼくが特注新作を望んでいることを――。
再び扉をノックする音が響く。嘆息して入室を許し、強面の部下が背筋を正して声を張る。
「ご歓談中、申し訳ございません。 急ぎご報告の案件がありまして……」
「あぁいいよ。さっさと本題を反してくれる」
面倒な前置き台詞に飽き飽きした。部下は更に表情を硬くして続ける。
「はっ、 実は先刻、養護室にて障害事件が起きました。命に別状はないとのことですが、至急お越し頂きたく存じます!」
報告を聞き、ぼくは「またぁ~」と不満を零す。
「もう護衛は何やってるの。あれほど、凶器になり得る物は持たせるなと指示したでしょ」
「申し訳ございません」
頭を抱えながら手を振って部下を下がらせる。
視界の端でナルシスが、懐から懐中時計を取り出し確認していた。しまった後、静かに立ち上がって扉に向かう。その最中にこっちへ会釈する。
「今日はこれでお暇させて貰うよ」
「ナルシスさん、ぼくに用事があったんじゃないんですか」
問いかけに対し、彼は悲しげな顔で口だけを笑ませた。
「今回は、そう休息に足を運んだだけ。君を引き留めるほどじゃないさ」
「ならいいですけど……」
「ええ、では珈琲美味しかったよ。また後日」
会釈を返して客人を見送にいく。
ナルシスが去り際に振り向き、やや冷たさを帯びた視線を向ける。
「ひとつ忠告だけどね。他人相手に、遊び心の過ぎた行動をするものじゃないよ」
一瞬だけ全身に悪寒が走り痺れた。遠のく背を凝視し、そっと腹に手を当てる。
人気の失せた室内で1つ伸びをした。肩の力が抜け、気持ちが切り替わるのと同時にドアノブへと手を伸ばす。魔王の他に手のかかる「妹ちゃん」の様子を見に悠々と部屋を出た。
蓮之介パートは当初予定しておらず後の追加です。
変更時点ではおまけで後半にするつもりでした。本当に公開するか悩むエピソードが多くて……。
特殊表現についても悩みました。
傍点の本来の使い方ではないですが、幕間だしアリクイ表現にすると意味不明になりかねなかったので選びました。※法則としては感情・心理面の曖昧さ。
こんな変てこ表現になったのは当初なかった場面を入れたからです。いい表現方法が思いつかなくて。
赤ん坊のシーンは読みやすさ重視で漢字を入れています。
長くなってしまい分割も考えたのですが、対比を描きたくて止めました。
ちなみに前のサブタイ案は前半が「理不尽な転生&不相応なんだけど……」だったんです。




