幕間11 勇者と新しい仲間
桜蘭帝国から海を渡り、僕は現在、天狗族が暮らすという里にいた。
霞がかった山中に六角形の塔がそびえ建つ。優美な窓の家が立ち並んでいる。異国情緒を感じながら散策していたら、庭園の一角に少女の後ろ姿を見つけた。
帝国風で袖がゆったりした装束を身に纏っている。歩み寄れば、彼女は黒茶の長髪を揺らして振り向く。
「カイン様もお出かけですか」
「様づけはよして下さいよ。はい、外出の許可は頂いてるので……」
ひと呼吸おいてから目の前の少女に言う。
「紅愛さ、んも散歩ですか」
うっかり「様」と言いかけ、変な感じに言葉が切れてしまった。
彼女は一緒に海を越えてきた仲間だ。姫巫女と呼ばれていて、身分が高い人なんだけど、今はお忍びということで少々の無礼が許されている。
紅愛は淑やかに微笑む。雅やかな所作と合わせて、この池や竹林の庭によく似合っていた。
「ええ。とても風流なお庭が目に留まりまして」
「本当に素敵な庭ですよね。ちょっと帝国のものと似てるかな」
池で鯉と呼ばれる魚が泳ぎ波紋を描く。
2人でゆっくり石の敷かれた道を歩き、橋を渡って丸い穴のような門をくぐる。
しばらく進んだ先には別の池があった。その畔には東屋があり、誰かが立っている。背に翼が生えているけど鳥頭じゃない。
(えーっと確か、高位の人だと翼以外は普通なんだっけ)
前に学んだ天狗族の情報を頭の隅から引っ張り出す。
こちらに気づいた人影が振り返った。にこりと笑って会釈をする。
「初めまして、ボクは黎 紫瑶。貴方達がお客さんネ?」
言葉のイントネーションが違うのか。不思議な響きだった。
僕は召喚された恩恵みたいで言葉には困っていない。それでも相手が配慮して言語を選んでいるのがわかる。さりげなく隣を見れば、紅愛にも通じている様子だ。
鳥の羽みたいに柔らかな光沢を放つ髪。
やっぱり顔立ちが人っぽいほうが落ち着く。
「こちらこそ初めまして。僕はカイン・クロノスです」
傍らにいた紅愛も丁寧に自己紹介する。
たった今聞いた名前を心の中で繰り返す。変わった響きの名前と、上品な衣服からピンと来るものがあった。きっと数日前に帰って来たというお嬢様だ。
失礼のないようにと気を引き締める。背筋を正して相手と向き合う。
「ここはとても素敵な景色で溢れてますね」
「気に入ってくれたナラ、とっても嬉しいネ」
ズーヤオは溌剌と笑って答えた。
「2人は大事な用があって来たのカ?」
「はい。実は強大な存在に、立ち向かわなくてはいけなくて……」
「ええ、それでご助力して下さる方を探しに参りましたの」
説明に対し、興味があるのかないのか、彼女は曖昧な声を返す。
まあ、無理もないと思う。最近まで遠方にいたというし、今初めて会ったばかりだ。信じられない気持ちは痛いほどわかる。
心の奥底に蟠る不安と疑念。
母さんへの想いは今も消えず、重くのしかかっていた。
「君、大丈夫カ」
「わっ」
気がつけば覗き込まれていて驚く。一歩、後退ってしまった。
身を離したズーヤオが、笑い混じりの声で「ごめん」と言う。そこに彼女を呼ぶ声が遠くから聞こえてくる。
「ボク行かなきゃ。またネ」
明るい調子で言って、彼女は小走りで去って行った。
翌日、僕らは修練場に誘われる。
鍛練や模擬試合を共にした。誰も彼も実力者揃いで感心してしまう。
木剣を強く握り、目の前の男へ踏み込む。
「せいっ」
振り抜いた剣が相手の棍棒とぶつかる。
向こうの反撃。それを受け流してやり返す。激しく撃ち合い、隙をつく。勝ったのはーー。
「隙あり!」
「う、参りました」
鋭い突きが僕の喉元を捉えていた。寸止めだ。
「両者そこまで。勝者、師兄」
相手と向かい合って「ありがとうございました」と言う。
勝負の場から離れたら、紅愛がタオルを持って来た。
「お疲れ様でした」
「ありがとう」
タオルを受け取って汗を拭く。
次の試合が始まり、観戦しながら紅愛の様子を伺う。
「貴方までつき合うことなかったのに……」
「いいえ。私とて共に戦う身です」
このくらい平気だと彼女は言った。
揺るぎない覚悟を感じ、僕はただ感謝の言葉を伝えることしかできない。
イングリッドに続いて2人目だ。少しずつ、信じていけるものを増やしていこう。
(そういえばイングリッドさん、手掛かりは見つかったのかな)
父さんのロケットを届けてくれた人。見つかっただろうか。
途中まで同行してくれて、今は僕の頼みを聞いて貰っている。ちゃんとお礼を伝えたかったからだ。
身軽だから任せてくれ、と自信満々に言っていた。けれど、さすがに大変な思いをしているだろう。
(戻って来たら、何か僕にできることでお礼をしよう)
ほんの一瞬、他のことを考えている間に、1人の少女が姿を現す。
昨日知り合ったズーヤオだ。周囲がどよめき、疑問や批難じみた言葉が囁かれる。なんとなく嫌な空気だった。
しかし当の本人は、毅然と前を見つめて歩く。迷わずこちらへ。
「一戦、手合わせ願うヨ」
突然の申し出に一瞬呆け、思わず指で自分を示す。
願いでた当人が頷いた。困惑を隠せないまま受けて立つ。
理由はわからないが、必要なことのように感じた。静かに構える。
静寂を破り、ズーヤオが踏み込む。
「アイヤーッ」
突きから流れるように体術を繰り出す。
初手は防いだものの、次の攻撃をもろに受けてしまう。
更にもう一打。これをなんとか避ける。そして反撃したが、受け流された。
(強い)
かなりの手だれだと思う。たぶん武力では格上。
「なかなかやるネ。勇者」
「知ってたんですね」
「当然ヨ。こんな所で会うとは思わなかったケド」
攻防しながら言葉を交わした。
やがて決着がつく。僕はまたしても負けてしまった。噂になるくらい、いやそれ以上の強さだ。
完敗したけど、清々しい気持ちで相手に向かう。
「お手合わせ、ありがとうございました。とても強いんですね」
素直な気持ちを伝える。
ズーヤオは袖で汗を拭い、嬉しそうに笑った。それからすっと真剣な面持ちとなり、歩み寄って両腕を前に出し一礼する。
「汝の技量、見事ナリ。よって我、ここに決意を示サン」
ひと呼吸をおいて、彼女は厳かに言う。
「大天の儀に従って、黎 紫瑶、勇者カインと共に戦うと誓ウ!」
その姿と様子に圧倒されながら、僕は新しい仲間を得るのだった。




