第63話 試験の地へ! 空からご登場
市場巡りをする最中、ふと試験官が足を止める。
彼女の視線は雑貨屋のほうに向けられていた。そしてすぐこちらを向き言う。
「すみません。買い物をしたいので、少しの間待っていてくれますか」
「もちろんです。こっちこそ気づかなくてすみません」
「いいえ。では、ちょっと行ってきますね」
店に入っていく姿を見送って、俺は近くの露店を眺めながら待つ。
数分ほど経った頃に声が掛かった。特別変わったものを持っていない。小さい買い物だったのかもしれないと考える。
「お待たせしました」
「ううん。全然早かったですよ」
適当に言葉を返しつつ、じっくりと他の所を見てから宿に帰った。
⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔
一夜が明け、宿をチェックアウトして町を出立する。
青々と生い茂り風に波打つ草の海を進む。ぽつぽつと木々が見えて遠くに山の影が望めた。一見平穏だけど、いつ危険が襲来してもおかしくない。
(えーっと修行の谷は……)
俺は足を止め、地図と羅針盤を取り出して確認する。
「修行の谷はあっちみたいです。うーん、まだ見えないや」
「方角は間違ってないようですね」
傍らに立ち、手元を覗き込んできた。息遣いを間近に感じドキッとしてしまう。
気配が離れると安堵の息が零れる。なんだか解放された気分だ。
(なんか先生に見られてるみたいで緊張したなぁ)
心の中で吐露し、もう一度地図を確かめて片づけた。
まっすぐ前を見据えて再び歩き出す。時間と体調を考えながら陸路で向かう。
山々の影が薄れ、樹木に覆われた表面が鮮明になってきた。
随分と歩いて、ようやく谷の入り口が見えてくる。ここまで特に問題が起きなかったのはいい。ほどなく平原との境目に到達した。そこでふと気になるものを発見する。
(これって焚火の跡?)
半日くらいは経っていそうな痕跡だ。
試験官のほうを顧みれば彼女は頷いてみせた。俺は大丈夫だと判断して谷へと踏み入って行く。
ジルビリット王国の都ルーンから西に位置する修行の谷。
周囲を山に囲まれ、斜面や崖がちらほらと伺える。上のほうと違い、この辺りは岩や土がむき出しの地面が多い。
(燃えるものが少ないなら炎の魔法が使いやすいか)
いろいろ考えながら歩みを進めていた時だ。
ひと粒の土塊が零れ落ち、怪訝に眉根を寄せた。その直後――。
「ちょっ地面、嘘だろぉぉ!!」
叫び声が上から聞こえて顔を上げた。
すぐ近くには崖があり、そこから1つの影が宙に躍り出る。
「ひ、人!?」
頭上から降ってくるシルエットに俺は目をむく。
この場合はどうすればいい。即座に考えついた方法は1つだけだ。
「俺が魔法で受け止める。下がって」
「気をつけて」
足音が遠ざかるのを聞きながら、立ち位置を微調整する。
しっかり対象を見据え風の魔法を放つ。落下速度が落ち、青年の身体がふわりと浮く。そして静かに地面へと着地した。青年は受け身の態勢をとったままだ。
「あ、あれ? 痛くない」
彼はキョロキョロと周囲を見回していた。
でもこっちに気づくと、急いで立ち上がり歩み寄ってくる。
「怪我はありませんか」
「今すぐ逃げてっ」
がっつりと声が被った。一瞬、反応に困ってしまう。
「ブギャギャヒィィ」
間髪入れずに今度は獣の鳴き声が轟いた。
目の前にいる人物の顔が青ざめていく。再び崖の上に視線を戻す。
陽光を浴び、長い牙を持つ獣の影が宙を舞う。まっすぐこっちに落下してくる。
「ぎゃあぁぁぁ! アイツも落ちてきたーッ」
「まさかレッドボア、なんで」
土煙を上げて着地した赤毛のイノシシ。
衝撃をものともせず地団駄を踏み、雄叫びを上げた。
「かなり気が立ってますね」
いつの間にか試験官が戻ってきていたようだ。傍から冷静な分析が聞こえた。
魔物が突進してくるのを全員で避ける。
「逃げるのは難しそう」
「当たり前じゃん。僕、逃げて来たの。追いかけられてたの」
自棄くそぎみな声音で状況を伝えてきた。
彼は切羽詰まった顔で槍を構えている。切っ先が僅かに揺れているみたい。
(かなり動揺してる。不味いな)
果たしてどこまで冷静だろうか。背中を任せるの、ちょっと怖い。
すぅっと静かに息を吐き、グローブを装着しつつ声を張り上げる。
「魔法で援護する。前衛を任せていい?」
「りょ、りょ了解」
「今回は私も加勢します」
「助かります」
彼女はレイピアを抜き放ち、左手にダガーを持つ。
魔物が首を振って再度突進を仕掛けてくる。青年は防御姿勢をとるが、すぐ解いて身を退く。
紙一重のところを敵の牙が通り抜けた。その間に試験官が横へ回り込む。
(突きを放つつもりか。なら動きを止める)
問題はあの突進力だ。糸と魔法、どちらを選ぼうか。
糸を使うなら何か支えが必要だろう。魔法なら浮かせるか、壁を作るかだけど直後の支援が難しくなる。俺は周囲に視線を滑らせ、大きな岩を幾つか見つけた。
(よしアレを使おう)
蹄の音を響かせて疾走する獣の正面に向かう。
「おい、危ないぞ!」
「大丈夫。反撃の準備をしてて」
ポーチから最適な鉤を取り出して装着。
岩の1つと標的が直線状に並ぶいい位置関係だ。届く範囲まで近づいて、思いきり跳ぶ。
(狙いは2本の牙だ)
両手から1本ずつ糸を射出した。それは上手いこと牙に絡みつく。
障害物を挟む地点に着地して、踏ん張りながらポーチの中を探る。手の感触を頼りに連結具を取り出す。これで糸同士を繋げて切り離せば――。
「ブルルルッ」
「ぬ、ぐは……」
レッドボアが激しく暴れて走り出す。
同時に俺は引っ張られ、岩に背中を強く打ちつけた。全身に痺れるような痛みが広がる。
反射的に涙が滲んで歯を食いしばった。我慢できないほどじゃない。つくづく頑丈な身体でよかったと思う。
「本当、凄い力だ」
誰に言うでもなく愚痴を零した。ほんの少し関心が混ざっていたかもしれない。
俺は身体をひねって転身。糸を連結し岩に括りつける。
「右から仕掛けます」
「じゃあ僕は左から行く」
掛け声だけで2人が仕掛けたのがわかった。
支援に向かう最中、綱引き状態の敵に突きを放つ様が見える。
連続で畳みかけていたが槍撃はよく弾かれていた。毛皮の上を掠めてばかりだ。
(まずお兄さんのほうからだな)
「武器に魔法を付与するね」
「頼む」
魔法を準備する間に青年が攻撃態勢に入る。
レッドボアの体毛は熱に強くて燃えにくい。ならば炎属性は避けるべきだ。相手とは初めての共闘だし、息を合わせるため声に出して唱える。
「雷よ、彼の刃に宿れ」
「よし来た。くらえ!」
電光を纏った槍刃の一撃が敵に突き刺さった。
「ヒイィィーン」
「手応えあり。このままいく」
「次は攻撃魔法だ。援護を頼む」
「了解」
「こちらも合わせます」
一定の距離を保ちながら魔法を放つ。風と雷を中心に攻め立てた。
糸を引きちぎり、奴はまた駆け回り始める。今度は壁を作って進路を塞ぐ。その隙を狙って仲間が追撃した。やがて敵の動きが鈍りふらつき始める。
(たぶん後少しだ。どうしよう)
自分でとどめを刺しに行くか。それとも仲間に任せるかを考えた。
すると試験官が一気に踏み込んでいく。彼女の動きが俺を決断させる。
(あの人なら確実に仕留める筈。ここは支援に徹する)
今度は共闘こそしなかったが、ずっと見守っていた人だ。
なので静かに風を付与した。敵の反応より早く鋭い突きが炸裂する。無駄を感じないとどめの一撃だった。小さな悲鳴を零して魔物が地に伏す。
「すっげぇ~。的確に急所を狙い打った」
「うん、カッコいい」
「ふぅ、皆さんお疲れさまでした」
武器を収めて振り向く姿が、いやにかっこよく見えた。
脅威を退けてこの場に静寂が戻る。周辺に他の魔物はいない。
肩の緊張を緩め、俺は空を仰いだ。うっすらと茜色が混じり始めていた。同じく空を見上げて青年が言う。
「じきに夕暮れが来るな」
「そうだね」
相槌を打ってから気づいて隣を見る。
つい普段の調子で話してしまったけど、相手は気にしてない様子だった。でも年上に見えるし、素直に「すみません」と謝る。
しかし青年は爽やかな笑顔を浮かべて言う。
「別にいいよ。あまり歳が離れてる気がしないし、堅苦しいの苦手なんだ」
「ありがとう。お言葉に甘えさせて貰います」
「そっちのお姉さんも、いつも通りで構いませんから」
「いえ、私はこちらのほうが慣れているので……」
「えっあーそうなの? わぁ、どうしよう」
返答が予想外だったのか。彼は落ち着きなく髪を掻き、地面を柔く突いた。
青年の反応を見て、試験官が口元に手を当てて小さく笑う。
「気にせず崩して貰って構いませんよ」
「ど、どうも~」
遠慮がちに会釈していた。なんとも微妙な空気感だ。
明るいうちに俺達は谷の入り口まで引き返す。野営の準備を進めながらふと思う。
(今日は引き返せたけど、この先は厳しくなるよな)
奥に進めば当然無理だし、毎回引き返していては進めない。
そうなれば町で聞いた夜の魔物「メロース」の話が脳裏に浮かぶ。聞いた限りだと手強い奴で、逃げても追いかけてくるとか。でも幸いにも出現頻度は低いらしかった。
(出会わないことを祈るしかないか)
次第に空が暗くなっていき、焚火の炎だけが辺りを照らす。
昼間とは違った雰囲気を漂わせる谷。この辺りは夜に活動する魔物は少ないようだ。どこかでフクロウの鳴き声だけが響いている。
「飯ができたぞ~」
「わぁ、美味しそう」
「本当ですね。食べるのが楽しみです」
「あんま期待すんなよ。テキトーな男飯だからさ」
「そこは性別関係ないのでは?」
「おぉ、鋭いツッコミ。いいね、こういうの」
楽しく会話しつつ、焚火を囲んで食事をした。
先刻打ち倒したイノシシの肉がふんだんに使われている。
ちょっと変わった味だけど美味しい。持ち歩いている調味料で味を変えて、もうひと口頬張った。こんがり焼けた肉も、簡単なスープも最高の出来上がりだ。
「普通に美味しいよ」
「へへ、サンキュ」
「ごちそうさまでした」
試験官がひと足早く食べ終えて席を立つ。場所を移して武器の手入れを始めた。
数分後、完食して適度に身体を寛げながら話す。
「はあぁ、学校の試験できたのか」
「うん。番人の石っていう物を取りにね」
「なるほどな。僕のほうは武者修行ってやつだ」
ほのぼのとした空気に自然と口が弾む。
「やっぱり修行の谷だから?」
「まあね。でも運悪くレッドボアに出くわしちゃってさ」
「それだ。なんで遭遇したの」
確か魔物ごとに生息域があった筈だ。
逃げるほどの相手へ迂闊にも近づいたというのか。青年は苦虫を嚙み潰したような顔で言う。
「もちろん気をつけてたさ。けど変な所をうろついてて、絶対アレはぐれだよ」
「あははは……ご愁傷様」
しばし雑談を交えて、キリのいいところで止める。
周辺の警戒は怠らずに各々の作業をして時間を過ごした。修行の谷での一夜が徐々に過ぎていく。突然の出来事に驚きはしたけど、まだ先は長そうだ。
きちんと備え、交代で見張りをしつつ身体を休めるのだった。




