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第62話 旅の安全はここから始まる

 翌日、宿で目覚めて、早速町へと繰り出す。

 教えて貰った店を目指しつつ散策の続きをした。羽目を外し過ぎないようにするけど、初めての土地を探検したい。


(ちょっとくらいならいいよね)


 溢れんばかりの好奇心が足を羽の如く軽くする。


「張り切ってますね」

「は、はい。だってこれからですから」

(一瞬、忘れてた)


 気分が浮き沈みしてしまうが、気を取り直して路地を進む。

 狭いそこを抜ければまた別の通りに出た。右手の奥には博物館へと続く広場が見える。広場の中心で記念碑が存在感を放っていた。俺は歩み寄って立派な銅像を見上げる。


「これが英雄像かぁ。確か、初代ジルビリット王だったよね」

「ええ。もとは旅の剣士でしたが、偉業を称えられて王となり、荒れたこの地に都を建てたそうです」

「凄いや! 憧れちゃうなぁ」

(まあ、王様になりたいとは思わないけどさ)


 雄々しく剣を掲げて立つ男性の姿に見惚れた。

 そういえば、勇者の像はないのだろうか。つい周囲を見回してしまう。


「何を探してるんですか?」

「勇者の像を……と、まずは情報収集ですね」


 つい本音が零れてしまい、照れ交じりに誤魔化した。

 すぐ近くで小さな笑い声が聞こえる。嫌な感じの笑みじゃなかったけど恥ずかしい。目を合わせ辛くて顔を逸らしていたら、視界の端で試験官の腕が動くのが見えた。彼女は博物館の方向をそっと示して言う。


「勇者関連のものなら、博物館や図書館のほうで見られますよ」

「そうなんですね。後で行ってみます」


 丁寧に教えてくれたことに感謝を伝え、再び歩き出す。

 目的の店は換金所から公園を挟んだ所にある。英雄像の広場を左に折れ、ずっと進んだ先だ。


(結構近くにあったんだな)


 昨日は宿を探すのに頭がいっぱいで気づかなかった。

 垣根の向こうに解放感のある店内が伺える。いろいろな人々で賑わう様子は、大衆食堂といった印象にぴったりだ。

 年齢層が幅広くて、初見や旅人を嫌う雰囲気を感じない。


(これなら入っていけそう)


 肩に、背に、力を入れて俺は店の扉を開ける。

 一歩足を踏み入れた瞬間に声と匂いが五感を刺激した。一気に高まる熱気が全身を震わせる。

 入口に突っ立っていると、客の間を歩く恰幅のいい女性と視線が合う。


「いらっしゃい。お客さん、適当な所に座って」


 妙に強張った首で頷いて、そろそろと手近な席に歩いて行く。

 椅子に腰を下ろすと少し落ち着いた。朝食を抜いて来たからか、空腹感が沸き起こってくる。とりあえず軽めの料理を注文した。待つ間は周囲の音に耳を傾ける。


「最近、調子どうよ」

「まぁボチボチだな」

「おい聞いたか。勇者が海を渡ったとよ」

「じゃあ今頃は帝国か? オレも行こうかなぁ」


 他愛もない雑談や噂が各所で飛び交う。

 右から左へと聞き流してしまいそうになった。けれど不意に、耳が捨て置けない単語を拾い上げる。


「1人で修行の谷行くとか、マジそれ危なくない」

「だよね~。やっぱり番人の石が目当てかな」


 冒険者らしき女性が3人、すぐ近くの窓際で話していた。


「そうなんじゃない。石像の傍まで行って拾ってくるだけだし」

「簡単そうに言ってるけど難しいと思う。ほら、あの谷って魔物の生息域が入り乱れてるから……」

「はあ? 別に簡単とか言ってないじゃん」

「ご、ごめん」


 聞こえてくる話に何か怖いものを感じてしまう。

 とてもじゃないが詳しく聞きに行く勇気はない。でも場所のアタリがついただけでも十分な収穫だろうか。あまり視線を向けないようにしつつ、運ばれてきた料理に手をつける。


(うーん、どうしよう。あの人達の話だけだとな)


 不自然にならないくらいで周囲を見回す。

 和気あいあいとした店内だけど、初対面の人と気軽に話せるかは別問題だ。こんなところで人見知りするなんて思わなかった。

 結局誰にも話しかけられずに店を出る。長居する訳にもいかないからね。


「無念」


 自分の不甲斐なさに肩が落ちてしまう。

 でもすぐに首を振り、絶妙な力加減で頬をはたいて顔を上げた。


「まだだ、次、次行こう!」

「では次はどちらに行きますか」

「換金所に行きましょう」

「わかりました」


 一緒に通りを歩き、公園を回り込んで換金所まで行く。

 昨日見つけた張り紙の多い建物の前まで来た。まずは張り紙をざっと流し見る。これはもう習慣と言っていい。ひと通り目を通し終えてから入店する。


 換金所の内部にもたくさんの張り紙が掲示されていた。

 奥には窓口があって、1人の老婆が座っている。食堂ほど大勢じゃないけど客の姿もあった。端っこで情報交換している声も聞こえる。


(わぁ、これが換金所。中はこんな感じなんだ)


 今度こそ聞き込み調査をするんだ。そう意気込んで、俺は掲示板の前にいる人のほうへ向かう。


「こんにちは。今、お話いいですか」

「ああ、構わないよ。なにかな」


 張り紙を吟味していた男性が振り返って応えた。


「実は俺、番人の石という物を探してて。この国にあると聞いて来たんですけど、何か知りませんか?」

「その石なら修行の谷だよ」

「へぇ、特別なものなんですか」

「いいや。ただ採れる場所が奥地でね、記念品みたいなものさ」


 どうやら石像の傍に転がっているのは本当らしい。

 端のほうで話している3人組にも声を掛け確証を得た。もちろん出没する魔物の情報についても聞く。彼らは自作の分布図を見せながら丁寧に教えてくれる。


「まず代表格はコロコロハットっていう虫だ。アイツは弱いが煩い」

「採れる触覚からいい鈴が作れるけどね」

「だが索敵を妨害してくるから危険だよ。群れに遭遇したら即対応しないと」

「私は夜に出没するメロースが怖いよ」


 言い出した本人が震えあがるように腕を抱く。

 講義で習った名前が出てきたけど、実際に遭遇したことのない種類だ。口振りからして彼らは対峙したことがありそうだ。もう少し詳しく聞いてみたほうがいいかもしれない。


「もし遭遇したらどうすればいいですか?」

「メロースは逃げても追いかけて来るからなぁ」

「やっぱり魔法で追い払うのが一番さ。適当じゃダメだ、必ず光で対抗するんだ」

「光の魔法は使えないです」

「その場合は魔石か、炎がまあまあ効くね」

「でも出会わないのが一番よ」

「違いない」


 基本的に夜は谷の外で過ごすほうが安全だと言われた。

 幸いにもメロースとやらはあまり出現しないという。他にも高所を縄張りにしている鳥とか、赤毛のイノシシなどもいると教えてくれる。

 しばし言葉を交わした後、1人の男性が忠告とばかりに言う。


「まあ、何はともあれ準備を怠らないこと。慎重に行動すれば1人でも十分対処できる」

「結局はそこに尽きるよね」


 傍らにいた女性が意見に同意を示した。俺はメモを取りながら頷く。

 最後にお礼を言って換金所を後にする。単独でも決して無謀じゃないと聞き、心配が和らいで、代わりにやる気が溢れてきた。


「さて、しっかり準備して明日出発だ!」


 店を見て回ろうと試験官に伝えて歩き出す。

 特に目的地を定めていないけど、目につく範囲で見て回った。


(武器屋は別にいいかな。予算が限られてるし)


 今見ておきたいのは魔石だ。買うなら宝石店か、魔法具屋になるだろう。

 軒先の看板を順に見ていき、それっぽいものを見つけて中に入る。魔法具が並ぶ店内は怪しさと幻想的な空気に満ち溢れていた。

 奇天烈なものが主張し合って棚に並べられ、素材系も豊富だ。


「ひっひひ、いらっしゃいませ。本日は何をご入用で……」


 店だけでなく店主まで怪しさ満点だった。揉み手で話しかけてくる。

 呪われるんじゃないかと感じて、僅かに後退ってしまう。だがぐっと堪えて前に出た。


「魔石を見せて貰いたくて来ました」

「はいはい、魔石ね。どの属性をご所望ですか」

「光属性をお願いします」

「わかりました。少々お待ち下さい」


 店主は一度奥に引っ込み、中くらいの箱を手に戻ってくる。


「お待たせしました。当店にある光の魔石はこちらになります」

「結構あるんですね」


 大きさや色合いが微妙に異なる石が箱に納められていた。

 全体的に色は白っぽく、黄色がかっている物もある。店主が1つひとつ示しながら解説していく。使い方次第では消耗品になる代物だ。この辺りだと希少な所為か、ちょっと値段が高い。


(1個くらいあったほうが安心だけど厳しいなぁ)


 これは非常に悩む。輝く石を凝視しながら腕を組んで唸った。

 なかなか決めきれないでいると、静かに響く声音で店主が話し掛けてくる。


「お客さん随分若いけど学生なのかな」

「あ、はい。ランカディアから来ました」

「ほう、それでどちらに行くご予定で?」

「修行の谷まで課題の物を採りに行くんです」

「ひっひひ、なるほど……」


 底冷えするような乾いた声を響かせて彼は笑う。


「ではタリスマンにしてはどうでしょう。加工分のお値段がかかりますが、身に着けるだけで効果を得られ長持ちしてお得ですよ」


 一番小さい魔石なら、中サイズを買うより得だと店主が勧めてきた。

 この店は魔道具の加工までやっているのか。そんな風に考えながら再び思案を巡らせる。


「ちなみに効果はどんな感じでしょうか」

「タリスマンにする際ですね。それはもちろん用途に応じて変わります」

(そりゃそうだ)

「お客様の場合ですと魔除けになるかと。あくまで特定の魔物から守る程度です」


 笑い声に不穏なものを感じるけど説明は丁寧だった。

 教えられた情報を頭に入れ、残金の計算をしつつ散々悩んだ結果――。


「決めた。この一番小さな奴をタリスマンで下さい」

「承知しました。前払いで頂いてもよろしいでしょうか」

「はい」


 料金を支払った後、店主が最終確認をしてまた奥に引っ込む。

 店内を眺めながらしばらく待つ。たっぷりと時間をおいてから「お待たせしました」と声が掛かった。商品を見ていた視線を外し、再びカウンターのほうへと歩み寄る。


「こちらがタリスマンになります」


 小さな箱に入った品物を受け取った。

 現物を確認して、店主の挨拶を背に聞きながら店を出る。我ながら高い買い物をしたが大満足だ。


(他を節約すればなんとかなるよね)


 どうせ食糧は現地調達するんだ、と自分に言い聞かせて次へ歩き出した。

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