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第61話 勇者が降り立った都で……

 朝日が差し込み、俺は目覚めて大きく伸びをする。

 周囲の様子に耳を傾けつつ肩や首を回す。野営の時は全身が固くなりがちだ。

 見張りをしていた試験官に挨拶をし、一緒に食事をとる。切り分けたパンに、チーズやジャムを乗せた程度の簡単なものだ。


「調子はどうですか」

「心配いりません。好調ですよ」

「俺もです。食事が終わったら早速出発しましょう」


 相手が頷くのを認めてパンの残りを口に放り込む。

 しっかり片づけと準備をして、今日もまた歩き始める。



 幾日も歩き続けて、とうとう王都ルーンにたどり着いた。

 建物の雰囲気はグランオールとあまり変わらない。大勢の人が行きかい賑わう。

 屋根の向こうに立派な宮殿が望める。ハープを思わせる橋が、ぐるりと宮を囲うように尖塔へ伸びていた。全体的に白くて遠目にも美しい。


(神秘的な宮殿だ。もっと近くで見てみたい)


 なんとなく思ったが、逆にこのくらいの距離感がちょうどいい気もする。

 いろいろなものが往来する通りを歩く。道中でハニーブレッドの露店を見かけた。放課後や休日によく食べた焼き菓子だ。ふとメニューの文字が目に入る。


「期間限定、バニラミント味……」


 ごくりと唾を飲みこむ。魅惑の響きがそこに並んでいた。


「どうかしましたか」

「い、いいえ。なんでもありません」


 誘惑を断ち切って、人に尋ねながら役所を探す。

 特に迷うことはなく、交差点の近くに件の建物はあった。厳かな佇まいの外観が自分の中の印象とぴったり合う。

 一歩足を踏み入れて、整然とした内装の中を窓口まで進んだ。壁には5弦のハープを模したタペストリーが掛けられていた。窓口の向こうで女性が応対する。


「本日の要件はなんでしょう?」

「ランカディア王国から来ました。それで手続きが必要かを確認したくて」


 入国時の手続きなんかは国ごとに違う。

 関所がない場合は、事後になるけどここで確認しておくと安心だ。


「ご滞在になりますか」

「はい」

「でしたらこちらの書類に記入と、身分証の提示をお願いします」


 女性が差し出してきた紙に必要なことを書く。

 身分証のほうは、出発前に学園で発行した仮証を提示した。

 難なく手続きを済ませて役所を後にする。ひとまず心配事が1つ減ったことに安堵した。気を取り直して、情報を集めるべく町の探索に繰り出す。



 太陽はまだ高い位置で輝いている。正午を過ぎたくらいか。

 通りに連なる店を眺め歩きながら、どこで話を聞こうかと考えた。路上で無差別に話しかけるのはさすがに遠慮したい。もちろん話を聞ける雰囲気なら話は別だ。


「あそこの建物が換金所のようですよ」


 試験官が示す先には、たくさん張り紙のある建物があった。


「そのようですね。行ってみよう」


 早足で道路を渡り、手前まできた時、偶然にも扉が開く。

 扉の奥から現れた人物に「あっ」と声を漏らす。印象的な姿に目を奪われる。

 まず最初に注目したのは、道化師っぽい特徴的な帽子だ。次に幾つものスリットが入った外套(マント)。裾が翻った際に見える星空が綺麗だった。

 お揃いの色合いで、どちらにも3弦のハープを模した紋章が入っている。


「おや、貴方はエミル君。こんな所で会うなんて奇遇ですね」

(今、名前呼ばれた。なんで?)


 怪訝に思って視線を相手の顔まで上げていく。

 そして目の前に建つのが誰かを知り、俺は息を呑んだ。


「インクリッドさんだったんですね。前と全然違うから気づきませんでした」

「つまり見違えたということですか」


 楽しげに口端を上げ、声色も明るく問いかけてきた。


「はい。伝説の魔法使いみたいでカッコいいです!」

「嬉しいですねぇ」


 すると、今まで静かだった試験官が耳打ちしてくる。


「ヴェルベインさん、お知り合いなんですか」

「うん。前にちょっと話したことがあって……」


 怪しさ満点だけど、たぶん悪い人じゃないと思う。

 素直に自分の気持ちを伝えると試験官は頷く。すっと彼女の視線がインクリッドの帽子に向けられ、紋章のところで留まった。


(そういえば、ジルビリット王国の国旗に似てるかも)


 はっきりと覚えてないけど、細かい部分が違う気がする。

 何か意味があるのかと俺は考えた。その間に2人がとても朗らかな表情で言葉を交わし合う。でも俺は、彼らの様子になぜか緊迫に近いものを感じる。


(この空気感はいったい)


 こっちが困惑していると、インクリッドが軽やかに転身して言う。


「そうだ、こうして会えたのも何かの縁です。ちょっとお尋ねしていいですか」

「構いませんよ。俺に答えられることなら」

「よかった。じゃあコリー・サンダリア・フォルツァネーラって人、知ってます?」


 同じ学園にいた筈だと彼は矢継ぎ早に続けた。

 想像しなかった質問に俺は何度も瞬きする。最近、同じような質問をされたよな。コリーにいったい何があるというのか。


(うーん。これは少し慎重になったほうがいいかもしれない)


 2度目ともなると、思わず身構えてしまう。

 俺の様子を見たインクリッドが場所を変えようと提案した。注意は必要だけど話はしたい。そう考えて、彼の提案に乗り近くの公園まで行く。


 たまに通行人がこっちを見ている。やっぱり目立つものなんだろう。

 首筋にこそばゆいものを感じながら歩く。やがて目的地が見えてきて、豊かな緑と花々が美しい一角を抜けた。


「この辺りでいいでしょう。さあ、座って」

「は、はい」


 人の姿がまばらな所に設けられたベンチで腰を落ち着ける。


「では話の続きをしましょう。エミル君、知ってるんですよね」


 妙に確信を持った声音で言われた。言い逃れできない空気を感じる。

 穏やかな表情のままなのに、この圧力はなんだ。俺は負けないように拳を握る。


「知ってますけど、なぜ聞きたいんですか」


 対面する相手の目が見開かれた。きょとんとした風に何度か瞼が瞬く。

 だけど数秒後、気づいた様子で頬の緊張を緩める。


「いやぁ~私としたことが、言葉が足りませんでしたね」

「あの、それで……」

「そうですね。実はさる特別な身分の方が彼を探してるんですよ」

「と、特別な身分」


 重要な単語だけを復唱して再び眉根を寄せた。

 インクリッドが慌てた素振りをみせるが、どこかわざとらしい。


「大丈夫、私が身元を保証している方です。貴族どころか、この世界の住人でさえないんですから」


 ここまで早口に言って彼は唐突に口を閉ざした。

 かなり中途半端なところで言葉が切れたし、この世界の住人じゃないのならば、と考える。そして1つの心当たりに行きつく。


「その人ってまさか勇――」

「しぃーっ」


 彼は顔を近づけ、口元に指をあてて言葉を遮ってきた。


「どうして秘密にするんですか」

「いろいろ複雑な事情があるんですよ」

「なるほど、わかりました。すみません」


 簡潔な答えを素直に受け取ると、相手は顔を遠ざけて軽く衣服を整える。

 更に咳払いを1つしてから続けた。なんでも以前に落とし物を拾ってくれたという。そのお礼を伝えたいが、換金所を経由したため会えなかったらしい。


「学生だったところまでは掴みました。ただ、1つ問題がありまして、顔がわからないんですぅ」

(顔がわかっても探すの、難しいと思うけど)


 コリーは既に卒業していて、今頃は冒険者として各地を旅している筈だ。

 突然涙目になる姿に苦笑いを浮かべ戸惑う。だが理由は筋が通っているし、教えても問題ないような気がしてくる。


「わかりました。でも俺、似顔絵なんて上手に描けないですよ」

「問題ありません。特徴を教えて下されば、私のほうで描き起こしますので!」


 今度は輝かしいまでに満面の笑みを向けられた。表情が忙しい人だ。

 嬉しそうに帽子の中から紙とペンを取り出している。魔法で木板を出し、それを下敷きにして先を促してきた。俺が伝えた情報をすらすらと描き記していく。


「どうです、こんな感じですか」

「凄い。めちゃくちゃ上手いです」


 お世辞なしにとてつもなく絵が上手だった。本当にそっくりだと伝える。


「似ているのならなにより。ご協力、ありがとうございます」


 満足げに言い、立ち上がろうとしてまた座り直した。


「お礼を忘れるところでした。何か欲しいものや、知りたいことはあります?」

(欲しいものか。あ、それなら)

「番人の石! それがある場所を知りませんか」


 問いかけるとインクリッドは腕を組み小さく唸る。

 聞いたことがあるとか、ないとかと考えが漏れ聞こえていた。やがてポンと手を叩き、こっちへ向き直って言う。


「前に旅人が話してるのを聞きました。恰好から冒険者だったかもしれません」

「冒険者の間で有名なものなのかなぁ」

「さあ、詳しくはなんとも。今、場所のメモを書きますね」


 さらさらっとペンを走らせ、描き終えたメモを差し出す。

 渡された物を受け取り確かめた。簡単な地図とともに店の名前が記されている。


「ありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ。では私はこれで失礼します」


 席を立ち会釈して去っていく背中を見送った。


(まさかインクリッドさん、勇者と知り合いだったなんて)


 予想外の関係を知って驚きが半分。もう半分はあり得そうという納得だ。

 いつの間にか空は茜色に染まりつつあった。今日はもう宿を探したほうがいいだろう。静かに見守っていた試験官に声を掛けて歩き出す。


 慌てずに周囲を観察しながら宿を探した。

 たどり着く頃には、町に灯りが灯り始めて夜の空気が漂い始める。無事にチェックインを済ませ、部屋まで来たらどっと疲労感が身体を満たした。

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