第60話 遠征出発! ジルビリット王国へ
週末の朝、すっきりとした気分で目が覚める。
鼻歌を零しながら支度をして部屋を出た。学園の門をくぐり、休日で人が少ない敷地内を進む。校舎の1階にある小会議室へ向かう。
しばらく待っていると、女性が束ねた金髪を揺らして入室する。
「試験中、ご一緒することになりました。よろしくお願いしますね」
「よろしくお願いします!」
互いに挨拶と簡単な自己紹介をした。この人が試験官でいいみたい。
「これから1ヶ月程度を予定し、隣国ジルビリットで活動します」
「はい」
「諸々の判断は任せますが、1つ達成目標があります」
想定通りの展開に唇を引き結んで待つ。
「それは滞在中に番人の石を入手することです」
「番人の石? それはどういうものなんですか」
「申し訳ありませんが、これ以上はお伝えできません」
(なるほどね。情報収集から試験なんだ)
つまり試験官の口から詳細は聞けないってことだ。
必要な話を終えて一緒に外へ出る。とりあえず、カサリナの町までは馬車で行こうと考えていた。だから町を歩いて、発着場から馬車に乗り込む。
(カサリナからは歩いて行こうかな。キャラバンがいるとは限らないし)
国境越えはどんな感じかと想像する。
その傍らで人と話したくなった。試験中だけど雑談はしてもいい筈だ。
「いよいよ出発ですね。気分はどうですか」
僅かの間、躊躇っていたら先を越された。隣から声を掛けられて振り向く。
「とても楽しみです。途中で立ち寄るカサリナは俺の故郷なんですよ」
「そうなんですか。ご両親とは久しぶりになるのかな?」
「意外とそうでもなくて。文化祭の時とか、会ってますし」
馬車が動き出し、ガタンゴトンと揺られながら話す。
家族や故郷のことだけじゃなく、今後の予定を相談しつつ道中を進んだ。
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長らく車輪が刻む音色を聞き続けて、カサリナの町までたどり着いた。
慣れ親しんだ空気と風景に肩の力が抜ける。でも完全に気を抜いてはいけない。そう思って息を入れ直し、俺は同行者を案内しながら実家に行く。
(タルホに会いたいけど、今は試験に集中)
太陽はだいぶ西へ傾いていた。あまり寄り道をする暇はないだろう。
なのでまっすぐ両親のいる家を目指す。次第に灯りが増していく中を進んだ。
「もうすぐ俺の家です。ほら、あそこ」
向かう先を指し示して歩く。窓からは明かりが零れていた。
扉の前まで行って呼び鈴を鳴らす。そうしたら、すぐ扉が開いて母さんが出迎える。
「ただいま」
「おかえり。お客さんも、どうぞお上がりな」
誰に対しても親しげなのは相変わらずだ。
試験官は遠慮していたけど、母さんの押しが強くて根負けした。
一歩足を踏み入れると美味しい匂いが鼻をくすぐる。奥に人の気配がないのを感じて、ふと母さんに顔を向けて聞く。
「父さんは工房? 自警団?」
「今は工房。じきに帰ってくるでしょ」
「そっか。じゃあ俺、部屋の支度してくる」
「よろしく。お客さん、今日はうちに泊まっておいき」
「いえ、そこまでして頂かなくとも宿を探しますし……」
「いいの、いいの。息子が世話になってますから」
お茶を勧めつつ、部屋に案内する声を背後に聞いた。
先は長いから泊まればいいとか言っていそう。俺もそう思うし、あの勢いに勝つのは難しいからな。途中で自室に立ち寄って荷物を置く。
早く戻ろうと考えながら部屋の準備をする。掃除をして、ベッドのシーツを敷き皺を伸ばす。
その最中、壁越しに父さんの声が聞こえた。どうやら帰って来たようだ。
(準備終わり。皆のとこ行こう)
簡単に確認をしてから客室を出る。
通路を進んでリビングに向かう。扉を開ければ温かい光と、食卓に並ぶ料理が視界に飛び込んできた。台所から皿を運ぶ母さんと試験官が話している。
「お、エミルおかえり」
後ろから聞こえてきた声に振り返った。
「ただいま。父さん」
「ほら、早く部屋に入れ」
「うん」
俺は手を洗ってから食卓につく。
目の前で肉と野菜の煮込みスープが湯気を上げている。バスケットに盛られたパンは、タルホの家で焼かれたものだろうか。
全員が揃うと、ひと声かけて食事が始まった。パンをひと切れ自分の皿に乗せて匙を手に取る。熱々のスープを掬って頬張った。
「美味しい!」
やっぱり実家の味は最高だ。母さんが鼻を鳴らして笑う。
「ありがとう。たくさん食べてね」
料理を口に運びながら最近の出来事を話す。
特に記憶に残ったことはたくさんあった。例えばコカプアルの件で知り合った人々とか。とにかく伝えたくて、早口ぎみに語る俺の話を両親が聞く。
「へぇ、他にも町へ下りてる方がいるのねぇ」
(母さん。叔父さんのことといい、反応があっさりし過ぎだよ)
龍族って結構珍しいほうだと思うんだけどな。
一方で父さんは神妙な面持ちで何かを呟いている。
「鮮やかな色の髪や瞳、キサラギ姓……まさかな」
「父さん? どうしたの」
「ああいや、気にしなくていい」
「えぇ、そう言われると逆に気になるよ」
「気にしなくていいんだ。けど、次に会うことがあっても失礼のないようにな」
「それはもちろん」
彼らは年上で冒険者としても先達だ。言われるまでもない。
腑に落ちなくて眉間に力が入ってしまう。俺の様子に気づいた父さんが、わしゃわしゃと頭を撫でるものだから抵抗した。
乱れた髪を整えて、少しむくれつつパンを千切って食べる。
両親が試験官とも話すのを見ながら食事を続けた。腹いっぱいになったら、食器を片づけてしばし寛ぐ。ゆったりした気分になる中、ふと思い出して両親のほうへ向き直る。
「ちょっと聞きたいんだけどさ。番人の石って知ってる?」
「急にどうしたの。知らないけど」
水や物音が響く台所から声が返ってきた。
こっちはハズレか。次にソファで寛ぐもう1人に視線を向ける。試験官の相手をしていたが、目が合い、そっと首を振られた。
(父さんも知らないか。残念)
「エミル、明日から歩くんでしょう。早めに寝なさい」
「は~い」
俺は3人に挨拶をして自室に向かう。
自分だけの空間に戻ってくると、気が抜けて深い息が出る。
置いておいた荷物の整理をして、武器の手入れを済ませてから就寝した。
翌朝、俺は両親に別れを告げて家を出る。
連れ立って歩き、郊外から続く平原が見えてきた。
周りの畑や果樹園が途切れるあそこを越えればもう隣国だ。
(さて、ここからは初めての道だ。いざジルビリット王国へ)
騒ぐ心の高揚を動力に足を踏み出していく。
本当はニーア達と一緒に行きたかった。だけど次の機会に残しておこう。大丈夫、この試験を突破して卒業すればその日は遠くない。
「いよいよですね。ジルビリット王国ってどんな所だろ」
「私も何度か行ったくらいですが素敵な所ですよ」
「やっぱり魔導王国時代のものとか、あったりするんですか」
「どうでしょうね。ルーンは一度滅んだ都の上に建設されてますから」
昔の面影があるのか、ないのか。
資料が乏しい現在では難しい部分もあるという。
「むしろ国内のどこかにあるという、秘密の古都のほうがらしいかもしれません」
「秘密の古都って地名ですよね。地図にあったかなぁ」
「いいえ。これは都市伝説みたいなものでして、正確な名称ではないんです」
語る本人でさえ自信のない言い様だった。
周辺を観察しつつ、魔物との戦闘は極力避けて進む。体力は温存できる時にしておかないと後が持たないからだ。森を突っ切らないのも同じ理由だった。
いや、森を直進したほうが楽だったか。一瞬過った考えを俺は振り払う。
(俺だけじゃないんだし、歩きやすさ重視でいい筈)
平坦な地形だけど、時間はあっという間に過ぎていく。
空模様と時間を照らし合わせて野営の相談をする。真っ暗になる前に準備は終わらせたい。試験官が俺の提案に頷き、分担して野営の支度をした。
「やっぱり徒歩じゃ道のりは遠いな」
「ふふ、焦らず行きましょう」
「はい」
辺りが暗くなり、焚火を囲んで言葉を交わす。
「王都に着いてからの予定は決めてますか」
「もちろんです。まず役所に行って確認して、その後で換金所や店を回るつもり」
「よく考えてますね」
「そんな、全部講義で習いました」
大したことじゃないから謙遜してしまう。
真面目に講義を受けていれば誰でも知っていることだ。
他にもいろいろな考えが頭の中を駆け巡っていた。仲間はどうしようとか、うまく情報が得られるかとか。学生はダメでも現地の人はアリだよね。
(とりあえず1人でやってみるのもアリだけど)
試験官は戦力に数えるべきじゃない。そこはなんとなくわかっている。
あれやこれやと思案していった。焚火が爆ぜる音を近くに聞き、明日の準備を整え、交代で見張りをしながら夜を越した。




