第59話 突然の呼び出し
学園生活を送り、季節は冬、13月に入った。
たまにだけど蓮之介との文通は続いている。前にジルビリット王国を出ると報せをくれてから音沙汰がない。でも、きっと元気だろう。
それよりも今は目の前の講義だ。黒板に書かれる文字を書き写しながら話を聞く。瞬く間に時間が過ぎて、予鈴がなる。
「エミル・ヴェルベイン君、昼休みに職員室へ来なさい」
「はい、わかりました」
(突然なに!? 今日、何かしたっけ)
いや、今日とは限らないか。いつだ、いつやらかした。
必死に思い出すけど全く心当たりがない。
(落ち着け。頼みごとかもしれないだろ)
冷静さを取り戻そうと自分に言い聞かせた。
しかし頼みごとだとすれば、要件くらい伝えて行くんじゃないのか。
とにかく昼休みになるのを待って確かめるしかない。不安な気持ちのまま次の講義に向かう。
昼休みになり、俺は筆記具を片づけてから職員室へ行く。
鼓動は早鐘を打ち、扉の前までたどり着くと1つ深呼吸をした。背筋を正してノブに手を伸ばす。
「失礼します」
扉を開けて中に入ると、書棚と机、教師達の姿が見えた。
「ヴェルベイン君、こちらへ」
「はい」
促されて隣室の応接間に通される。
着席するように言われて腰を下ろす。向かいに資料を手にした教師が座った。静かな部屋の中、ちょっとした沈黙さえも重く感じてしまう。
相手の視線が資料から離れ、まっすぐこっちを見つめる。自然と掌と背中に力が入った。
「緊張してるね。大丈夫、悪い話じゃないから」
「は、はい」
ほんの少し和らげられた声音だ。
でも不安が拭いきれず、半信半疑な返事をしてしまった。
「実はね、君の卒業について検討しているんだ」
一瞬遅れて「卒業」の2文字が頭に入ってくる。
途端、つい前のめりになって聞き返す。
「卒業……本当ですか!」
「まあ、落ち着いて。ただ君はまだ遠征未経験だったね」
宥められて再び腰を落ち着けた。
「遠征? 依頼や課題で別の町に行ったことはありますけど」
「ああ、それとは別。今言ってるのは国外活動のことだよ」
「国外の活動に学生が参加できるんですか」
こっちの問いに目の前の彼が頷く。
「2年目以降に様子をみてね。君は成績も悪くないし、意外に早くて驚いたけれど」
既に両親へは先んじて連絡を入れてあると教師が告げる。
知らない間に裏で話が進んでいたらしい。言ってくれたらいいのにと思ったが、時期にもよるかと考え直す。
「なので卒業試験として筆記と遠征を考えています。受けますか?」
視線を交わし合いながら問われた。答えなんて最初から決まっている。
それでも1つ、心に引っ掛かるのはニーアのことだ。
(平気だ、待てる)
数秒の間、躊躇う気持ちを整えて口を開く。
「受けます!」
「わかりました。行き先はジルビリット王国を予定しています。最低でも1か月ほどかかるので、きちんと準備しておくように」
(ジルビリット、勇者の国。楽しみだ)
「あと試験官は同行しますが、学生同士のチーム編成は許可しません」
「はい、わかりました」
必要事項の説明を受けてから職員室を後にした。
廊下を歩きながら、期待に胸を膨らませる。他国への遠征なんて楽しみだ。けれど浮かれてばかりもいられない。まずは仲間に報告しないとだろう。
(昼食もまだだし急がなくちゃ)
時間がギリギリだから話すのは放課後になりそうだ。
早足で購買まで行き、適当なものを買って食べた。午後はどうにも足の収まりが悪くて、何度も姿勢を変えながら机に向かう。
(ああ、早く終わらないかなぁ)
やっぱり真っ先に伝えたいのはニーアだ。
そうして待ちにまった放課後。俺は荷物を持って勢いよく教室を飛び出した。
渡り廊下の近くで偶然にもニーアと出くわす。
どうやら彼女も何か話したいことがあるらしい。同じ理由だったのを伝え、どっちが先に言うかと迷った。ほんの束の間、順番を譲り合う。
「じゃあ私から言いますね。実は今度、卒業試験を受けることになりました」
「えっ、いつ?」
「週明けから数回に分けて、筆記と実技を行うんです」
医療科の卒業試験もかなり時間がかかるようだ。
口を閉じた後の彼女は、表情を曇らせ落ち着きなく立っている。
「ニーアもなんだね」
「今のはどういう……」
きょとんと瞬きを繰り返していた。
「卒業試験ね、俺もなんだ。筆記と遠征で1か月くらいかな」
「では、うまくいけば冬の間に揃って卒業できるんですね」
「うん。トゥワにも話さないと」
「聞いてるにゃ~」
突然上から降ってきた声に2人して驚く。
周囲を見回すと、渡り廊下の屋根から尻尾が垂れてトゥワが顔を出す。身軽な身のこなしですっと降り立った彼女が歩み寄ってくる。
「なぜ屋根の上に、いつから聞いてたの」
「最初からよ。ミャーが日向ぼっこしてるところに2人が来たにゃ」
「ふ~ん、そうだったんだ」
(気づかなかった)
「身体能力が違うからといっても危なくないですか?」
「これくらい余裕。一度も落ちたことないにゃ」
大きく伸びをしたトゥワに話題を戻された。
行き先やチームで行けない決まりなど、答えられる範囲で伝えていく。
「ジルビリット王国へ遠征ですか。身体には気をつけて下さいね」
「もちろん。せっかく他所の国に行くんだし、風邪なんてひかないよ」
「それで結局何しに行くにゃ?」
「現地での活動のことかな。当日に試験官から聞くんだってさ」
ぶっつけ本番は緊張するねと互いに言い合う。
ずっと立ち話はせず、一緒に歩いて校舎を出た。語らいながら寮まで行き、手前で分かれて自室で準備を始める。
夜、寮の部屋でトーマスにも試験の話をした。
彼は尾をブラシで梳かす手を緩めない。時々枝毛がどうのと呟いている。しかし聞いてはいる様子で、たまに顔を向けつつ相槌を打っていた。
「エミルも卒業かぁ。早いなー」
「まだ決まってないよ」
トーマスは別のブラシに持ち替えて手入れを続ける。
「ジルビリット王国なら、勇者直伝の異国料理とかあるかな」
「遊びに行くんじゃないから」
ツッコミはしたものの勇者のことは気になった。
伝説に残らないような逸話があるかもしれない。他にも神祖族と縁がある国だから、関連した遺物が見られるんじゃないか。王都ルーンには立ち寄る筈だし面白そうだ。
(ダメだ、余計なことに思考が向いちゃう)
次から次へと雑念が絶えない。
膨れ上がる感情に呑まれ、潰されないよう首を振って追いやった。
「でもさ、意外と影響って受けるものだよ。オイラの国にもあるし」
「へぇ~例えば?」
「有名なのだとアクアタワー! アレ、ずっと昔の転生者が建てたらしい」
「知らなかった。ん、そういえば前に転生者がいるって言ってたよね」
登校初日だったか。蓮之介と話すきっかけだし覚えている。
「あぁ、言ったかも」
「どんな人なのか聞いてもいい」
「いいよ。えっとね、牧場やってる人達。1人は教会でよく見かけるかな」
教会ということはお祈りとか、信心深い人なのか。
トーマスの声音から察するに割と親しそうだ。
「他の2人はちょっと変わってる。よくお菓子くれたり、妙なこと知ってたり。時々一緒にお茶飲んでるよ」
(こっちは年上そうだな)
転生者だという3人の容姿を少しだけ追及してみる。
嬉々として弾む声音で彼は語りだした。聞く限り、お菓子をくれる男性以外はだいぶ幼いようだ。でも片方はそんな感じがしないという。特徴を聞いても人間族の印象しか受けない。
「教会で見かける子、ルネはすっごい力持ちなんだ」
「凄いのか」
相槌を打ったが気持ちは半信半疑だ。思わず首を傾げてしまった。
「とんでもないよ。オイラより身体は細いのに、牛を軽々と持ち上げるんだ」
「確かに凄いね」
目の前にいる友人より細い身体で牛を持ち上げるのか。
具体的な例えをしてくれると容易に想像できる。ようやく合点がいった。
いろいろ話したかったけど、他にやることがあるので適当に切り上げる。
手入れを終えたトーマスが、艶々の仕上りを見てふんと鼻を鳴らす。満足げに尾をひと振りしブラシを片づけていた。
俺は鞄からノートと筆記用具を取り出して机に向かう。夜が少しずつ更ける中、黙々とペンを滑らせていく。
⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔
受験勉強や身体を鍛えて時間を過ごした。
そして、いよいよ筆記試験の日。これを乗り越えれば週末には遠征本番だ。
「頑張るぞ」
小声で自分に言い聞かせ、扉を潜って机に向かう。
静かな部屋の一室で俺の他に2人いる。まったく関わりのない生徒だった。
着席して待つこと数分、教師が入ってきて用紙を配る。
「制限時間は80分。終わった人は退出して構いません。では、始めて下さい」
紙をめくる音が響き、机に置いていたペンを持つ。
用紙は2枚あり1枚目は選択肢に印をつけるタイプだ。問題文に目を通して答えを記入していく。
(魔物グミの特性について、次のものから正しいものを選べか)
読み進めていき、選択肢を順に見てみる。
1は物理的な攻撃に弱い。2は危険な体液を持つ。3は個々で非常に強い。4は体色が1種類のみ。
この問いは簡単、答えは2の危険な体液だ。
毒があるからニーアに薬を用意して貰った。蓮之介は家宝の刀が痛まないよう拭っていたと思う。ほんの少し思い出を振り返ってから次にいく。
(換金所で換金を行うために必要なものは何かね。あ、これ引っかけだ)
選択肢の中に紛らわしいものが混ざっていた。
それは「冒険者カード」と「身分を証明するもの」の2つ。
役割としてはどっちも同じだけど正解は後者になる。理由は簡単で、冒険者以外の人も物品を換金できるんだよね。
今まで学んだことばかりで進み具合は順調だ。
特に悩むところはなく2枚目へと移った。こっちは回答の記入欄が広い。
(えっと、護衛任務中に魔物の群れと遭遇した。貴方の対処を書きなさい)
なんだかキャラバン護衛の時を思い出す。あと鷹狩の時もか。
この問いは状況によるけど、まず護衛対象の安全確保が最優先だ。誰を、何を守るかで微調整しながらやらないといけない。
俺は幾つかパターンを考えて記入した。書いている途中、今頃どうしているかなと思う。
(あぁ次も……こんなの決まった正解ないじゃないか)
○○な状況ならどうするかといった問題文が続く。
さすがに何度も悩みながら、考えつく限りで答えていった。
そうしていると時間はあっという間に過ぎてしまう。残り2問まできて、ふと時計を確認したらギリギリだった。大急ぎでペンを滑らせていく。
「はい、時間になりました。ペンを置いて下さい」
「ふぅぅ~」
教師の声が室内に響き、肩の力が抜ける思いでペンを置いた。
用紙が回収されて、ちょっとだけ休んでから筆記用具を片づける。荷物を持って部屋を出た時、窓から差し込む光に目を細めた。
空は夕日色に染まり、今日はこれで下校だ。
廊下を歩きながら妙な達成感を覚える。できるだけのことはやったと思う。でも、まだ終わりじゃない。
「次は遠征だ。しっかり準備して行こう」
静かに自分を鼓舞して俺は帰路についた。




