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第58話 うちあげに載せる、それぞれの想い

 4日目は何事もなく終えることができた。本当、拍子抜けするくらいだ。

 俺はいつも通りに学園生活を送る。そして放課後、ニーア達と一緒に町へと出かけた。まだ騎士や冒険者が頻繁に内外を行き来している。


「なあ、昨日のアレ見たか。空を飛んでた」

「ああ、白龍だろ。驚いたよなぁ」

「でも綺麗だったよね」


 町を歩いていた時、通りがかりに話し声が聞こえた。


「皆、意外にあっさり受け入れてるみたい」

「今は魔物のことがありますから。その所為かもしれません」

「落ち着いてきたらしいけど、まだまだ暴れてる個体もいるしね」

「単純に気づかないだけだったりしてにゃ~」


 どっちの意見にも頷けるところがある。

 やっぱり目の前の脅威や不安の差とか。白くて、雲と間違えてもおかしくない。

 しばらく歩き、噴水広場まで来たところで見覚えのある姿を見つけた。フードを目深に被った少女だ。昨日共闘したばかりなので、まだ記憶に新しい。


 その視線を追うと、端のベンチで話す2人の婦人がいた。

 一方で婦人達はこっちに気づく様子もなく話している。彼女達は魔物騒動の話になると……。


「こんな時、勇者様がいてくれれば心強いのに……」

「遠方を旅してらっしゃる筈だもの。仕方ないわ」

「でも、やっぱり不安じゃない」

「こら、そんなことを言っては騎士や冒険者の方々に失礼でしょう」


 勇者の話で盛り上がっているようだ。フードから覗く視線は一切ブレない。

 熱心に耳を傾けるのは憧れからか。共通の話題になりそうな気がして、俺は歩み寄りながら少女に声を掛けてみる。


「君も勇者に興味あるの?」


 勢いよく少女が振り返った。落ちそうになるフードを慌てて整える。

 たった今気づいた様子で目を見開いていた。けれど、すぐにすっと細められる。


「興味なんてないわ」


 静かだが強い口調で言い切った。


「えっ、そうなの? 俺の勘外れちゃったなぁ」


 地雷を踏んでしまったのか。深入りしちゃいけない予感を覚えやめる。


「勘って何を。なんで私に話しかけたの」

「せっかく知り合ったから仲良くなりたいと思って」


 涼しげな表情で問われ、俺は自信をもって即答した。

 迷う余地なんてない。親しくなりたいという気持ちに嘘偽りはないから。だから願いを込めるように軽く微笑みかける。でも彼女はふいっと顔を逸らして。


「こっちは別に、仲良くなりたいわけじゃないわ。あなた目立つし」


 今度は俺が目を見開く番だった。ちょっとショックなんだけど……。


(目立つって、目立っちゃマズいの!?)


 己を顧みて、確かに目立つかなとは思う。

 けれど、それの何がいけないというのだろうか。全然意味がわからない。


「とにかく、そういうことだから。もう話し掛けないで」


 早口ぎみにそう言って少女は踵を返して歩いて行く。

 呆然と立ち尽くし、ニーアの困惑と同情の交じった声を背に受ける。

 昨日とはまるで違う雰囲気に戸惑った。時と場が違うだけでこうも変わるのか。


「あ、エミルだ。お~い」


 トーマスの声が放心した頭に飛び込んできた。条件反射で顔が向く。

 軽快な駆け足で声の主が近づいてくる。すぐ前まで来て、息を整える間もなく彼は言う。


「今日の準備は終わった? 楽しみだよね」

(楽しみ。ああ、うちあげか)


 参加した学生と引率者らで集まって騒ぐんだよな。


「うん、楽しみ。でも準備って……」

「そんなの決まってるにゃ」

「決まってるよね。腹の準備さ」


 トゥワと妙に示し合っている姿と、ニーアの控えめな笑い声が重なった。

 コカプアルの肉は美味しいって噂だから気合いが入っているな。一番大きい奴は消し飛んじゃったけど、アレでよかったとも思う。


(普通じゃない感じだったし、絶妙に食べたくない)


 もちろん討伐した肉は各所で振舞われている。参加者優先だけど量が多いし。


「今回のは料理人が作ってくれるから期待しちゃうよね」

「ぬふふ、負けないにゃ」

「こっちこそ。美味いもんは譲らないよ」

「いや、今日は競う必要ないと思う」

「え、ええ。たくさんいましたもの」


 偶然にも合流したトーマスを加え俺達は歩き出す。

 目的地は言うまでもなく会場だ。今回は学園の外に場所を借りて行われる。道中楽しく語らいながら向かった。



 闘技場近くのオープンテラスまでやってくる。

 すでに大勢の人々が集まっていた。香ばしい香りの中で交流する人の声。日が傾き始めた空の下、一段高いところに立った男性が大きな声で言う。


「本日は宴席にお集まり頂き、ありがとうございます」


 そして彼は手に持ったコップを軽く掲げる。


「皆様のおかげで今日も無事に1日を終えられました。その健闘を労い、乾杯」

『乾杯!』


 皆でコップを掲げて言い、ほどよい熱気とともに宴が始まった。

 テーブルに並ぶ料理を1人吟味しながら歩く。すると低く小気味のいい歌声が聞こえてくる。

 惹かれるように足が進んで、歌い手らしき人の姿を見つけた。なんと、その正体はロゥギルだ。


(人魚族が歌上手なのは知ってたけど、海龍族のも綺麗だな)


 これは水の民の特徴なんだろうか。

 気づいた様子の彼と視線が合う。やがて歌が終わって俺は拍手を送る。


「ありがとよ」

「素敵な歌を聞かせて貰いました」


 素直な感想を告げれば、ロゥギルは胸を張り僅かに顔を上向けた。


「褒めても何も出ねぇぜ。それよか、カワイ子ちゃん達と楽しまなくていいのかい」

「ニーア達とはいつでも話せますから」

「ふーん。まあ、そうだな」


 淡泊な返事をして、彼はこんがり焼けた肉に手を伸ばす。

 一口頬張ってぺろりと唇を長い舌で拭う。ふと卵を丸呑みにしていたフェロウの姿が脳裏に蘇る。だからなのか「彼は普通に食べるんだな」と思った。

 なんとなく右足のホルスターに視線が行く。気にする暇がなかったけど、銃は結構珍しい武器だ。


「気になるか?」


 声を掛けられて逸れていた視線を戻す。それから静かに頷いた。

 ロゥギルが銃を取り出してみせる。


「魔力を弾にして打ち出す銃さ。双子の片割れに作って貰った特別製なんだぜ」

「へぇ~凄いんですね。カッコいい」

「だろだろ~。でも見た目じゃねーんだ」


 上機嫌なのが伝わってくる声音で、魔法が使えないからだと話す。


「そういえば他にも不思議な道具を使ってましたよね」

「ああ、この瓶の中身か。魔女らの力作だ」

(ひょっとして変身の魔法薬を作ってる人達かな)


 いつか聞いたような、聞かなかったような気分になる。

 武器や便利な道具の話でちょうど楽しくなってきた頃だ。アルフが特盛の料理を皿にのせてやってきた。気さくに声を掛けてきて俺は会釈する。


「君とはゆっくり話してみたかったんだ」

「俺もです」


 蓮之介を思い出すようで、父さんと一緒にいるみたいな心地もした。

 こういうのをなんと言うんだっけか。余計な力が抜けて、やんわり話せる。


「2人はとても仲がいいんですね」

「まあね、それなりに長く冒険を一緒にしてるからさ」

「ワリと腐れ縁だよなぁ」


 親しげに笑い合う姿が絆の深さを感じさせた。


「いいな。俺もそうなれるように頑張らないと」

「おう、頑張れガンバレ」

「大丈夫、君ならきっとなれるよ」


 からかい交じりの応援と、全力で直球な鼓舞が重なる。

 彼らから印象深いエピソードを聞いていた時だ。よく通るフェロウの声が響く。


「あーいた! 見つけたぞ、リベーンジッ」

「はぁ……じゃじゃ馬過ぎんだろ。ちったぁ時と場を考えやがれ」

(なんかヤバそうな空気)

「すみません。俺はこれで失礼します」

「う、うん。騒がしくてごめんね」


 ロゥギルのほうも、行けと小さく手を振っていた。

 せっかく盛り上がっていたのに残念だ。でも巻き添えになるのは嫌だし素直に退散する。逃げた先で、今度はバルフェロの姿を見つけて歩み寄っていく。

 彼は上品に飲み物だけを持って佇んでいる。凛とした印象を受け、とても綺麗だ。


「これはエミルさん。お1人ですかな」

「はい。バルフェロさんはどうですか」


 ブレのない所作で振り返った彼と、まずは挨拶を交わす。


「楽しんでおりますよ。少々寂しくもありますが……」

「ご一緒できる時間が終わっちゃいましたもんね」

「ええ。懐かしくも、心地よいひと時で御座いました」


 穏やかな中に切なさが滲む声音。聞いていると、こっちまで寂しくなる。

 たくさん世話になって安心感が桁違いだった。具体的に何がとは言い難いけど、無事でいられたのは彼のおかげだと思う。


「大変お世話になりました」

「いいえ、こちらこそ」

「バルフェロさんは、これからどうするんですか」


 なんとなく口をついて出た問いだ。

 皺の深い顔が一瞬歪み、そっと俺の視線から外すように空を仰ぐ。些細な動きの1つひとつが絵になる人だと感じる。

 たっぷりと間をおいてから、バルフェロは再び口を開く。


「少しばかり気がかりができましてね。坊ちゃまを探そうかと思います」

(あの後何かあったのかな)


 真っ先に思い浮かぶのは例の馬車だった。深く言及するべきじゃない。


「無事に見つかるといいですね」

「お気遣い、ありがとう御座います」


 周囲の賑やかさを忘れるくらい、彼の一挙一動は落ち着いている。

 しばしゆったりと時間を過ごす。頃合いをみて彼と別れ、ニーアやトーマス達の所に行った。宴がお開きになる頃、再び引率者の3人と言葉を交わしてから帰路につく。



 後日、教室の窓から外を眺めながら思いを馳せる。


(今頃、どの辺かな)


 宴の後に済ませたから見送りはいらないと言われた。

 それ以前に、旅立つ時期が違うから厳しいだろう。各々のタイミングで町を出たのを想像する。彼らの旅路の果てに、いつかどこかで再開できる日がくれば嬉しい。


(まぁ、そんな都合よくいかないよね)


 逡巡するのはほどほどにして、今日も真面目と講義へと向かった。

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