エピローグ ~トウヤ~
聞き逃してしまいそうなほどか細い声をひろった。
それはとても懐かしく、心が安らぐのと同時に、とても寂しくなる響きだった。
カレは無言のまま立ち上がって振り返る。
そこには、やっぱり驚いて固まってしまった司がいた。
どうやら夏流たちは、カレとの約束を守ってくれたらしい。
「ただいま、司」
冬弥が微笑んで呼びかける。
司は力のない足どりで、ゆっくりと歩みよった。
そして三歩ほど離れたところで、立ちどまる。
「どう……して……?」
その疑問は予想していた。
死者を蘇生させるには大きな代償が必要になる。
司は冬弥がいないのを知って、自分の命を代償に生き返らせたのだと考えた。
タネを明かすと間違いなく、冬弥は己の命を代償に“反魂の法”を実行させた。
自分の生命を代償に選んだのだから、死ぬのが当然の結末である。
けれど都合のいいことに、冬弥の命は一つではなかった。
何度死のうが蘇る不死の肉体。
すなわち、無限ともいえる命を、代償に捧げたのだ。
そのおかげで今後は不用意に死ねなくなってしまったけれど、そんなことはちっとも悔やんでいない。
むしろ人間らしくなれたことに、誇らしさを覚えている。
司の蘇生を成功させた冬弥は、夏流たちに司を任せて、すべてが始まった場所へとおもむいた。
トウヤへの――トウヤの“魂”の鎮魂をするために――あの白い施設があった森へと。
「ただいま、司」
もう一度、同じ言葉を繰り返す。
司はだんだんと耐えられなくなって泣き崩れてしまって、冬弥の胸に顔を埋めた。
冬弥はそっと背中に腕を回して、柔らかく抱きとめる。
つい最近までは無表情だった女の子は、もういない。
ここにいるのは、人並みの感情を表現できる、普通の女の子だ。
「……死んだのかと……思ってた」
「まさか。司を残して逝くわけないだろ」
「……どうし、て、黙って……いなくなった、の?」
「話せるときがきたら、そのときにちゃんと教える。それだけじゃダメか?」
「……ダメじゃ、ない」
「寂しい思いさせてゴメンな」
「…………うん……」
しばらくは泣きやみそうにない司を抱きしめて、祈るように、あの時の誓いをあらためて口にする。
「俺が、ずっと司を守る。これからも、ずっと。トウヤは司が大好きだった。俺も司が大好きだ。だから……俺が司を守っていく」
二人だけの教会で、誰も立会いのない祭壇の前で、空想では平等な神様とやらに誓う。
もしもまたカエデのような敵が現れたとしても、冬弥は迷わない。
七年前に交わした約束を、ようやく果たせるようになったのだから。
「すきに……すれば、いい」
司は声を震わせながらそう言った。
そして冬弥から放れて、眼を合わす。
ずっと苦しんでいた少女は、やっと苦しみから解き放たれて、ようやく前を向いて進むことができるようになったのだ。
「心配してくれたのか?」
冬弥はわざと茶化すように言ってみたが、まだまだ冗談は通じないらしい。
「…………バカ……」
ありったけの感情をたった一言にのせて司はぶつやいた。
司は冬弥に背を向ける。
けれどその背中はどこか、これまでにない強さを感じさせた。
「わたし……あなたを、恨みます」
「…………うん」
「わたしは……あなたが、憎い」
「……うん」
「大嫌いだから……」
「あぁ」
「それでもいいのなら――――」
だからだろう。
振り返った表情はとても儚くて、弱くて、崩れてしまいそうなのに――とても強く、可憐で、美しくて――
「……それでもいいのなら、ずっと……そばに、いて」
初めて見せたその笑顔は、とても――綺麗だった。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。




