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雪華の月に踊る獣は  作者: チェーン荘
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エピローグ ~ツカサ~

 カエデの襲来からもう、一週間。


 わたしは、どうにか、甦ることができた。


 カエデに“魂”を奪われ、わたし自身も囚われていたのに、また、生き延びてしまった。


 いつも、そう……。


 わたしは誰かの犠牲をへて、卑怯に、汚らしく、卑劣な生存を続けている。


 目覚めたときには、家族の一人が、欠けていた。


 冬弥が、いなかった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 目が覚めたときに、いちばん最初に目に映ったのは、木製の天井だった。


 悪夢と言える白い部屋じゃなくて、わたしに平穏を与えてくれた、天枷の家だった。


 そして、次に認識できたのは、夏流の泣きだしそうなくらいに、崩れた顔だった。


 起きあがると、夏流は痛いくらいの力で、わたしを抱擁してくれた。


 それはとても温かくて、心にすっと染みこんできて、わたしも自然と、夏流を抱き返していた。


 カエデに殺される前の日に、あんなに酷いことを言ったのに、夏流はなにも言わずに、抱きしめてくれた。


 それが……とても嬉しくて、こらえきれずに泣いてしまった。


 もう何度目かもわからない涙を流して「ごめんなさい」と、これまでの非礼を詫びた。


 夏流は「いいのよ」なんて笑ってくれたけれど、それはどれだけ、勇気のある行動なのだろう?


 わたしが夏流の立場だったなら、わたしはきっと許せていなかった。


 本当に、わたしは良い人に育ててもらえたんだ。


 うずめた肩から視線をあげると、秋夜はいつものように無愛想な表情をしていた。


 けれど、いつになく優しい眼をしていた彼もまた、心配していてくれたのだと、わかった。


 でも……


「……冬弥、は?」


 部屋を見渡した。


 命を救ってくれたはずのヒトが、見当たらなかった。


「夏流……冬弥は、どこ?」


 夏流から顔を離して、問いかける。


 でも、肝心の答えは、返ってこなかった。


 慌てて秋夜にも目配せする。


 それでも答えは返ってこない。


 まさか、と思った。


 魔術を行使するには代償が必要になる。


 特に、他人を甦らせるなんて大魔術を実行するには、恐ろしく大きな代償が科せられる。


 “魂”を抜かれたわたしを蘇生させるには、もう一度“魂”を返還しなければならない。


 そんな超常の技法を自在に行使できるのは、魔導書を持つカエデか、『転生体』の冬弥しかいない。


 秋夜も夏流も生きているのなら、カエデは討滅されたはず。なら、わたしを蘇生させられるのは、冬弥しかいない。


 それなのに、冬弥はいない。


 たしかに彼は『転生体』だったけれど、記憶を思い出したばかりで、上手に魔術を使いこなせていなかった。


 カエデほど自由に“魂”を操ることは、不可能だと思う。


 それなら、彼はわたしの“魂”以外の何かも使って、蘇生の魔術を成功させたはず。


 単純に、奪われた“魂”を返還するだけで死人を甦らせるには、代償が足りない。


 その何かは恐らく……彼自身の命だろう。


「……ウソ…………」


 絶望に、心が軋んだ。


 せっかく、思い出してくれたのに、

 ようやく、一緒になれると思ったのに、

 やっと、「ありがとう」って、素直に伝えられるはずだったのに……!


「ウソ、だよね……」


 わたしは、夏流の肩を揺さぶった。


 でも夏流は何も、答えてくれない。


 秋夜も眼を閉じて、何も言ってくれない。


「どうして? なんでなの? 冬弥はどうしたの! どうなったの? 教えて、お願いだから!」


 喚いてもどうにもならないことだと、わかっていた。


 それでも、確かめられずにはいられなかった。


 なのに何も、教えてくれない。


 それじゃあ……本当に冬弥が死んでしまったみたいじゃない!


「ねえ夏流、答えて。秋夜も、何か知っているなら教えて。お願い……だから……!」


 力なく崩れそうになったわたしを夏流が支えてくれた。


 その手は温かで、優しくて。


 それなのに、どうしても、心は冷たくなっていく。


「お願い、だから……!」


 せっかく生き返ったのに……

 ようやく怖くなくなったのに……

 やっと平和に暮らしていけると思ったのに……

 冬弥の隣にいられると安心していたのに……!


「ヤだよ、そんなの……イヤ、ヤだ……」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 そうして冬弥がいないまま、一週間がすぎていた。


 まだ一週間なのか、もう一週間なのか。


 平穏な日常は悲しみを色褪(いろあ)せさせる。



 だってわたしは、冬弥がいないことを、受けいれつつあるのだから……。

「石動(いするぎ)のこと考えてる?」


 黙って歩いていると、美月さんから声をかけられた。


 冬弥が失踪してからというもの、下校のときは毎日つき合ってくれる。


 わたしがもともと休みがちなのを気遣ってくれて、冬弥の代理を買って出てくれている。


 でもそれ以上に、美月さんも冬弥の安否を気にしているから、わたしの近くにいてくれているんじゃないかって思う。


「急にいなくなるとか勘弁だよね。あのバカ、どれだけ心配させれば気がすむんだか」


 悪態をついていても、やっぱりこのヒトは冬弥のことが好きなんだとわかる。


「……ごめんなさい」


「ツカサちゃんのせいじゃないって。全部あのバカが悪いんだから」


 本当のことは、美月さんには話せなかった。


 全部わたしのせいなのだと伝えられたら、どれほど楽なんだろう……。


 美月さんと別れて、河川敷を歩く。


 冬弥と歩いていたこの道を歩いていると、ふと、彼と会えるんじゃないか、なんて淡い期待を抱きながら。


 本当は、そんな奇跡なんてありえないと、知っている。


 それでも、わたしは歩くの。


 もしも冬弥がそばにいてくれたのなら、彼はきっと、こう言う。


「なにやってんだ? ほら、帰るぞ」って。


 そしてわたしは、こう答える。


「……しらない」と。


 わかってはいるけれど、素直になんてなれないわたしは、たぶん、こう言ってしまう。


「変、なの……」


 もういないとわかっているのに、どうしてこんなに幸せな想像をしてしまうのだろう?


 でもね、冬弥。


 わたしはあなたを忘れないために、ずっとこんなことを考えると思うの。


 これからも、ずっと……。


 あなたが記憶の奥底で、わたしとの約束を覚えていて、最後に思い出してくれたように、わたしもずっと、忘れないように。


「…………帰ろ……」


 草を揺らすそよ風が、遠く聖なる鐘の音(ジングルベル)を届けてくれた。


 考えごとをしていて、いつのまにか時間が進んでいた。


 でもいまのわたしは、そんな意味のないはずの時間さえ、大切に思える。


 だって、冬弥がくれた命だから、彼といっしょに歩いた道を、可能な限り、踏み締めていきたいから。


 見上げた空には、まっすぐに伸びた飛行機雲。


 淡い朱に染まった雲が気ままにたゆたうその様は、どこか冬弥に似ていると想った。


 夕陽を眺めながら冬弥のことばかり考えていたら、いつもよりも遅い時間になってしまっていた。


 わたしは部屋に戻らずに、礼拝堂へと足を向ける。


 以前から続く日課の祈りは、捧げる意味もないのに、まだ終わらない。


 少し前までは――トウヤを想って――叶わない願いを抱いていたのに。


 少し不思議……だっていまは、冬弥の無事を、祈るようになっているなんて。


 それが意味のないことだと、わかっている。


 けれど、そうしたいと想うから……。


 木製の扉を押し開く。


 重い扉は鈍い音をたてながら、ゆっくりとわたしを誘(いざな)う。


 そうして、また無意味な時間が過ぎていく――――はずだった。


「――――――――」


 わたしは目の前の光景に、言葉を失った。


 鮮やかな夕陽が高い窓から射しこんで、礼拝堂の内部を、オレンジ色に染めていた。


 色とりどりのステンドグラスが真っ直ぐな光を乱反射させて、多彩な色彩を描いている。


 それだけなら、七年間見続けた光景と、変わらない。


 でも、オレンジに満たされた祭壇へと伸びる赤い絨毯の途中に、初めて見る景色があったの……。


 カレは床に片膝をついて、胸の前で両手を組み、頭(こうべ)を垂れて、真摯な祈りを、捧げていた。


 その背中は、風に吹かれれば飛ばされてしまいそうなほど、弱々しくて……


 すぐにでも消えてしまいそうなほど、儚くて……


 なのに、それなのに、いつもそばにいてくれるような優しさが、強さが、温かさが、想いが……あった。


「……トウ、ヤ……?」


次回は12/31

22:00投稿予定です。

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