エピローグ ~ツカサ~
カエデの襲来からもう、一週間。
わたしは、どうにか、甦ることができた。
カエデに“魂”を奪われ、わたし自身も囚われていたのに、また、生き延びてしまった。
いつも、そう……。
わたしは誰かの犠牲をへて、卑怯に、汚らしく、卑劣な生存を続けている。
目覚めたときには、家族の一人が、欠けていた。
冬弥が、いなかった。
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目が覚めたときに、いちばん最初に目に映ったのは、木製の天井だった。
悪夢と言える白い部屋じゃなくて、わたしに平穏を与えてくれた、天枷の家だった。
そして、次に認識できたのは、夏流の泣きだしそうなくらいに、崩れた顔だった。
起きあがると、夏流は痛いくらいの力で、わたしを抱擁してくれた。
それはとても温かくて、心にすっと染みこんできて、わたしも自然と、夏流を抱き返していた。
カエデに殺される前の日に、あんなに酷いことを言ったのに、夏流はなにも言わずに、抱きしめてくれた。
それが……とても嬉しくて、こらえきれずに泣いてしまった。
もう何度目かもわからない涙を流して「ごめんなさい」と、これまでの非礼を詫びた。
夏流は「いいのよ」なんて笑ってくれたけれど、それはどれだけ、勇気のある行動なのだろう?
わたしが夏流の立場だったなら、わたしはきっと許せていなかった。
本当に、わたしは良い人に育ててもらえたんだ。
うずめた肩から視線をあげると、秋夜はいつものように無愛想な表情をしていた。
けれど、いつになく優しい眼をしていた彼もまた、心配していてくれたのだと、わかった。
でも……
「……冬弥、は?」
部屋を見渡した。
命を救ってくれたはずのヒトが、見当たらなかった。
「夏流……冬弥は、どこ?」
夏流から顔を離して、問いかける。
でも、肝心の答えは、返ってこなかった。
慌てて秋夜にも目配せする。
それでも答えは返ってこない。
まさか、と思った。
魔術を行使するには代償が必要になる。
特に、他人を甦らせるなんて大魔術を実行するには、恐ろしく大きな代償が科せられる。
“魂”を抜かれたわたしを蘇生させるには、もう一度“魂”を返還しなければならない。
そんな超常の技法を自在に行使できるのは、魔導書を持つカエデか、『転生体』の冬弥しかいない。
秋夜も夏流も生きているのなら、カエデは討滅されたはず。なら、わたしを蘇生させられるのは、冬弥しかいない。
それなのに、冬弥はいない。
たしかに彼は『転生体』だったけれど、記憶を思い出したばかりで、上手に魔術を使いこなせていなかった。
カエデほど自由に“魂”を操ることは、不可能だと思う。
それなら、彼はわたしの“魂”以外の何かも使って、蘇生の魔術を成功させたはず。
単純に、奪われた“魂”を返還するだけで死人を甦らせるには、代償が足りない。
その何かは恐らく……彼自身の命だろう。
「……ウソ…………」
絶望に、心が軋んだ。
せっかく、思い出してくれたのに、
ようやく、一緒になれると思ったのに、
やっと、「ありがとう」って、素直に伝えられるはずだったのに……!
「ウソ、だよね……」
わたしは、夏流の肩を揺さぶった。
でも夏流は何も、答えてくれない。
秋夜も眼を閉じて、何も言ってくれない。
「どうして? なんでなの? 冬弥はどうしたの! どうなったの? 教えて、お願いだから!」
喚いてもどうにもならないことだと、わかっていた。
それでも、確かめられずにはいられなかった。
なのに何も、教えてくれない。
それじゃあ……本当に冬弥が死んでしまったみたいじゃない!
「ねえ夏流、答えて。秋夜も、何か知っているなら教えて。お願い……だから……!」
力なく崩れそうになったわたしを夏流が支えてくれた。
その手は温かで、優しくて。
それなのに、どうしても、心は冷たくなっていく。
「お願い、だから……!」
せっかく生き返ったのに……
ようやく怖くなくなったのに……
やっと平和に暮らしていけると思ったのに……
冬弥の隣にいられると安心していたのに……!
「ヤだよ、そんなの……イヤ、ヤだ……」
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そうして冬弥がいないまま、一週間がすぎていた。
まだ一週間なのか、もう一週間なのか。
平穏な日常は悲しみを色褪せさせる。
だってわたしは、冬弥がいないことを、受けいれつつあるのだから……。
「石動のこと考えてる?」
黙って歩いていると、美月さんから声をかけられた。
冬弥が失踪してからというもの、下校のときは毎日つき合ってくれる。
わたしがもともと休みがちなのを気遣ってくれて、冬弥の代理を買って出てくれている。
でもそれ以上に、美月さんも冬弥の安否を気にしているから、わたしの近くにいてくれているんじゃないかって思う。
「急にいなくなるとか勘弁だよね。あのバカ、どれだけ心配させれば気がすむんだか」
悪態をついていても、やっぱりこのヒトは冬弥のことが好きなんだとわかる。
「……ごめんなさい」
「ツカサちゃんのせいじゃないって。全部あのバカが悪いんだから」
本当のことは、美月さんには話せなかった。
全部わたしのせいなのだと伝えられたら、どれほど楽なんだろう……。
美月さんと別れて、河川敷を歩く。
冬弥と歩いていたこの道を歩いていると、ふと、彼と会えるんじゃないか、なんて淡い期待を抱きながら。
本当は、そんな奇跡なんてありえないと、知っている。
それでも、わたしは歩くの。
もしも冬弥がそばにいてくれたのなら、彼はきっと、こう言う。
「なにやってんだ? ほら、帰るぞ」って。
そしてわたしは、こう答える。
「……しらない」と。
わかってはいるけれど、素直になんてなれないわたしは、たぶん、こう言ってしまう。
「変、なの……」
もういないとわかっているのに、どうしてこんなに幸せな想像をしてしまうのだろう?
でもね、冬弥。
わたしはあなたを忘れないために、ずっとこんなことを考えると思うの。
これからも、ずっと……。
あなたが記憶の奥底で、わたしとの約束を覚えていて、最後に思い出してくれたように、わたしもずっと、忘れないように。
「…………帰ろ……」
草を揺らすそよ風が、遠く聖なる鐘の音を届けてくれた。
考えごとをしていて、いつのまにか時間が進んでいた。
でもいまのわたしは、そんな意味のないはずの時間さえ、大切に思える。
だって、冬弥がくれた命だから、彼といっしょに歩いた道を、可能な限り、踏み締めていきたいから。
見上げた空には、まっすぐに伸びた飛行機雲。
淡い朱に染まった雲が気ままにたゆたうその様は、どこか冬弥に似ていると想った。
夕陽を眺めながら冬弥のことばかり考えていたら、いつもよりも遅い時間になってしまっていた。
わたしは部屋に戻らずに、礼拝堂へと足を向ける。
以前から続く日課の祈りは、捧げる意味もないのに、まだ終わらない。
少し前までは――トウヤを想って――叶わない願いを抱いていたのに。
少し不思議……だっていまは、冬弥の無事を、祈るようになっているなんて。
それが意味のないことだと、わかっている。
けれど、そうしたいと想うから……。
木製の扉を押し開く。
重い扉は鈍い音をたてながら、ゆっくりとわたしを誘う。
そうして、また無意味な時間が過ぎていく――――はずだった。
「――――――――」
わたしは目の前の光景に、言葉を失った。
鮮やかな夕陽が高い窓から射しこんで、礼拝堂の内部を、オレンジ色に染めていた。
色とりどりのステンドグラスが真っ直ぐな光を乱反射させて、多彩な色彩を描いている。
それだけなら、七年間見続けた光景と、変わらない。
でも、オレンジに満たされた祭壇へと伸びる赤い絨毯の途中に、初めて見る景色があったの……。
カレは床に片膝をついて、胸の前で両手を組み、頭を垂れて、真摯な祈りを、捧げていた。
その背中は、風に吹かれれば飛ばされてしまいそうなほど、弱々しくて……
すぐにでも消えてしまいそうなほど、儚くて……
なのに、それなのに、いつもそばにいてくれるような優しさが、強さが、温かさが、想いが……あった。
「……トウ、ヤ……?」
次回は12/31
22:00投稿予定です。




