≪五章≫破滅への序章 ②
「あ――――――ぁ……アアアアアアああああああああああああああ!」
冬弥の絶叫が、悲鳴が、世界に木霊した。
カエデはそれを聞いてやはり、嗤った。
カエデにとってはどちらでもよかったのだ。
本来ならば蒐集した“魂”で“原初の門”を開くつもりだった。
だが、司の死を目の当たりにしてトウヤの“魂”が暴走すれば、どちらにせよ“原初の門”は開く。
結果的にはどちらでもよかったのだ。
しかも今回はただ暴走させただけではない。
万が一 “原初”が開かなかったとしても、蒐集したばかりの司の“魂”が保険として手元に残る。
そんなことより、これまで生意気にも刃向かってきた邪魔者を排除した達成感にこそ酔いしれている。
七年前に殺したはずの子供が今度こそ精神を崩壊させる様を見て、悦んでいる。
「クハハハハハ! ようやくだ! ようやくオレの望みが叶う。ついに“門”が開く時が、世界再生の刻がきた!
さあ壊れろ、№108よ! 貴様はこの時のために造られた器なのだ!
オレに魅せろ、“原初”の世界を! オレを導くがいい、愚かなる神々よ!」
カエデは左腕を大きく広げて天を仰ぐ。
冬弥から発せられる膨大な魔力の濁流が、天候さえも狂わせていく。
厚い雲に覆われた空が、さらなる暗雲と雷鳴を呼び寄せる。
「ハハハハハハハハハハハハッ!」
狂ったように嗤うカエデ――否、狂っている。
数百年と時を重ね、ついに辿り着ける“原初”への思想に溺れている。
冬弥から溢れる魔力が世界へ異常をきたしていく。
もう戻れない。
もし冬弥の理性が残っていたとしても、世界に影響を与えるほどの魔力暴発を制御できない。
しかし……いつまで待っても、それ以上の変化は訪れなかった。
「ハハハハハ……?」
散々に嗤い声をあげた末に、ふと異変に気づく。
暴走し、乱れ、濁り、荒れ狂っていた魔力の波動が、一点に収束していく。
その収束点は、暴走しているはずの、冬弥自身。
いまだかつて“原初”を体験していないカエデには、この突然の穏やかさの正体を看破できない。
とまどいを隠せないカエデは、なりゆきを見守ることしかできないのだ。
そして意外なことに、まだ冬弥には理性があった。
(どうして助けられなかった……)
冬弥は想う。
死に瀕してまで手に入れた力を持ってしても、司を助けられなかった、と。
(どうして守れなかった……)
七年前の出来事を想う。
ずっと守ると誓いをたてておきながら、無様に這いつくばり、あげくに死なせてしまった。
(どうして、司が……)
誰よりも優しすぎたから、誰にも心を開けなかった少女のことを、想う。
優しいくせに不器用で、
自分をどう表現すればいいのかわからなくて悩んで、
幼いころから死と隣接していたせいで心を閉ざしてしまって、
ようやく人前で涙を流してくれた少女の温かさを……想う。
何故、司が殺されなければならなかったのか。
何故、司が苦しまなければならなかったのか。
何故、司を失わなければならなかったのか。
何故…………何故……ナゼ? 何故、何故ナゼ何故ナゼ何故ナゼ!
――マタ我ガ安息ヲ冒スノカ! ――
「オオオオオオオオオアアアアアアアアァァァァァァァ!」
「ぬっ!?」
収束した魔力が一挙に爆発した。
カエデの対魔力を持ってしても肌を叩く強風がその質を物語る。
その烈風も、ものの数秒でやんだ。
風の終わりと同時に……冬弥の人格も、果てた。
「アアァァァ――――ァッ…………ハハッハハハ、アハハハハハハ!」
そうして狂った。
もう何もいらないと願った。
大切な人を守れない人格など、肉体など、不要。
だから冬弥は……己の精神を切り捨てた。
それはすなわち、内に宿る“魂”に全てを明け渡すということ。
これまで築いてきた関係も人格も、過去さえも投げ打つということ。
――汝ノ全テヲ我ニ捧ゲヨ!
誓イノ下、汝ノ非業ヲ救済シヨウ。契約ノ下、汝ノ全テヲ受ケ入レヨウ!
我ラガ怨敵ヲ必ズヤ殲滅シテミセヨウ!
我ガ名ヲ呼ベ。我ハ黄昏ヲ尊ブ者。氷ニ閉ザサレタ世界ニ生キル者。無慈悲ナ『神』ヲ喰ラウ者。我ガ真名ハ――
「フローズ……ヴィトニル」
次回は12/22
22:00投稿予定です。




