↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雪華の月に踊る獣は  作者: チェーン荘
PR
35/59

≪四章≫連理の枝 ~逃避~

 深夜を回って、№108は音もなく部屋を抜け出した。


 足音を殺し、呼吸も最小限にとどめ、無音の廊下を無音のままで駆けだす。


 初めて移動する夜の廊下は、うすら寒いほどに静かで、まるで世界が死んでいるようにさえ感じた。


 カエデの部屋で聞いた内容が本当なら、№108も女の子も、明日には殺される。


 明日は満月。

 もっとも魔力が強まる日だ。


 カエデは“魂”を使って“原初”の門を開くために万全を期するはず。


 ならば、明日には確実に二人を生贄にするだろう。


 あの堪え性のないカエデが、さらに次の満月まで待てるとは思えない。


 施設にとどまれば、今夜が最後になるだろう。


 めまいと吐き気に襲われながら№108は必死にどうすれば生き残れるかを考え、そして導き出された答えは、実に単純だった。


 脱走。


 しかし№108は施設の外を一度も見たことがなかった。


 そもそも、ここは時計塔(ロンドン)からも隠された施設だ。

 まともな立地に建てられているとは考えにくい。


 もしもに備えて侵入者を打倒する魔術が幾重にも施されているはずだ。


 加えて、実験の犠牲となる者たちは拉致してきた人間。

 それらが逃げ出さないように、監視用の魔術陣もなければならない。


 行き先もわからないままに外に出るのは危険でしかない。

 しかも監視用の魔術陣をバレないように潜り抜けるのは至難の業(わざ)だ。


 脱走を邪魔するのはなにも魔術陣だけではない。


 カエデを崇拝する数十人の大人たちは全員が魔術師である。


 当然、幾人もの魔術師が捕獲しにくる。


 最悪の場合、カエデが直接手を下しにくる可能性まである。


 正直なところ、№108はカエデ以外の魔術師は相手にしていない。

 というより、一介の魔術師風情では№108の相手にはならないのだ。


 今となっては皮肉だが、この判断基準はカエデのお墨つきだ。


 だからカエデにさえ捕まらなければ、逃げ切れると判断した。


 だが彼は、自分ひとりで逃げるつもりなど毛頭なかった。


 殺される恐怖を知ったいま、初めてできた友達をおいて逃げるなどという選択肢は浮かばなかった。


 №108は風切る音さえも無音のまま廊下を疾走する。


 見慣れた廊下はどこまでも長い。


 はるか頭上に整列させられた窓から差しこむ月の明かりだけが、漆黒の影に覆われた廊下を仄暗く照らしている。


 途中いくつもの鉄扉を素通りして、思わず泣きそうになった。


 覗き窓もない鉄扉の向こうは、実験の犠牲となる者たちが収容されている。


 その向こうから、あるはずのない――けれど、ないはずがない怨嗟がいくつも聞こえた気がした。


 ――おまえは逃げるのか? ――

 ――わたしたちを見捨てて逃げるの? ――

 ――何人も殺してきたくせに、おまえは生き延びるのか! ――

 ――助けてよ! ――

 ――おまえも死ね! ――

 ――助けて! ――

 ――死ね! ――

 ――痛いよ……――

 ――苦しい……――

 ――もう殺して! ――

 ――お家に帰して! ――

 ――おまえだけ逃げるのか! ――


「ッ!」


 きつく眼を閉じて、現実か幻聴かも判断できない声なき声から遠ざかっていく。


 目指す部屋はまだ先だ。


 それまで、この幻聴に付き合うハメになる。


(それがどうした)


 №108は姿の見えない彼らの声にうしろめたさを覚えながらも、何一つ応えない。


 どれだけの罪を犯そうが、どれだけの罰を背負おうが、これまで犯した数々の大罪が減るわけではない。


 ならば何もかもを背負っていく。


 願いを実現させてやることはできないが、願いを持ち出してやるくらいはしてやれる。


 目頭が熱くなる。

 我慢しても涙が溢れていく。

 それでも足を止めない。


 それが、最後まで自侭を突きとおす決意と覚悟だ。


 やがてつきあたりを曲がり、白亜の大理石で造られた施設でも異色な場所に到達する。


 闇に覆われた屋内ではっきりと色を見分けられないが、そこから先は漆黒の大理石で建造されていた。


 その黒い、まるで底のない闇のような廊下に一歩踏みいる。


 途端に、壁面に十重二十重(とえはたえ)と刻まれた呪文が浮かびあがった。


 デタラメな魔力の総量を肌で感じる。


 ここは『転生体』を閉じこめるためだけに施設の最北に離れとして造られた部分だった。


 呪文が現れたせいで№108は迷った。


 無断でこれより先に踏み入れば即座に離反を察知される。


 抜け道はない。


 強行突破を試みれば、それこそ無駄死にだろう。


 迷うだけの時間が惜しい。


 けれども策がない。


 自身の無力さと情けなさで視界が暗くなりかけた。


 そのとき、施設を揺るがすほどの爆音が響き渡った。


(侵入者!?)


 №108は駆けだしていた。


 これまでに培(つちか)った経験から勘が告げた。


 かつてこの施設の内部まで辿り着いた刺客はいない。


 ならば侵入者は相当の手練であるはずだ。


 ほんの数分、数秒でもカエデの注意を引きつけてくれるのなら、その隙に女の子を救いだす。


 迷うヒマなど最初からなかった。


 怖れている時間などない。


次回は12/8

22:00投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。