≪四章≫連理の枝 ~たくらみ~
女の子と友達になれと言われてから一ヶ月が経っていた。
拘束された生活に変化らしい変化はない。ただ、女の子と会ってからは、魔術師殺しを命令されることもなくなっていた。
内心で嫌々こなしていた殺害をしなくてもよくなったのと、女の子と友達になれたことが、数少ない変化だ。
でも、№108はそれだけで満たされていた。
嫌いだった仕事をさせられなくなって、人間の死に目に会う回数は極端に減った。
同時に、女の子と仲良くなれたからうれしかった。
当初はカエデを疑っていた。
あんな変なお願いをされたのが初めてだったから、いつかは何か嫌なことを仕掛けてくると思っていた。
しかし実際は、何事もなく月日が過ぎた。
それともう一つ。
たった一回だけだったが、頭を撫でてもらった感触を覚えていた。
だからだろう。きっとこのまま、そう遠くない未来に、施設を出て幸せに暮らせるんじゃないか。
なんて、ありもしない空想を願うようになっていたのは……。
この日も平穏だった。むしろこれまで生きてきた中でもっとも幸福な日だった。
女の子と知り合って一ヶ月してようやく、たがいの名前を教えあった。
名乗りあうという行為が、やっと心を開いてくれたのだと確信するのに必要な材料となった。
事前にカエデから女の子の名前を聞いていたが、本人から教えてもらうのとでは意味合いがまるで違ってくる。
これで本当の友達になれた。
そう№108は思っていた。
事実、女の子もそう思っているだろう。
唯一、罪悪感が残るとすれば、本名を教えてあげられなかったことだ。
№108には名などない。
彼が女の子に教えたのは、自分に与えられた数字をゴロ合わせしただけの、架空の名称だ。
それでも女の子は受けいれてくれた。
その幸福感をつたない笑みに表して、女の子の部屋を訪問するのと同時に発生した報告の義務を果たすために、カエデの部屋へと訪れた。
ノックしようとドアに近寄った。だが、今日はいつもと違っていた。
「?」
室内から声が聞こえる。
一人ではない。
複数の人間が話をしている。
他人を極端に嫌っているカエデにしてはめずらしい。
№108以外の人間が何人もカエデの部屋に同席しているなど、これまで一度もなかったのに。
大人たちには決して見つかるな。と言いふくめられてはいたが、どうにも声のトーンが不吉だ。
根拠もなくそう思った。
(……少しくらいなら)
№108は魔力で聴覚を強化する。
できるだけドアに接近して、聞き耳をたてた。
「本当によろしいのですか?」
聞き覚えのある野太い声。
実験監督を任されている魔術師のものだ。
他にも数人、異論を唱える声があがる。
「あれは貴重なサンプルです。“原初”に至るためとはいえ、簡単に切り捨てるのはいかがかと……」
「はっ。オレがいいと言っているのだ。黙って従えばいい」
「ですが。まだ二体目の人造魔道師も稼動していません。時期尚早ではありませんか?」
(二体目の人造魔道師?)
№108は自分が普通の人間ではないことを知っている。
その正体が人造魔道師であるのは理解しているが、他にも造られているとは聞かされていない。
嫌な予感が広がっていく……。
「ふん。肉体に問題はないのであろう?
蘇生機能も正常に動作しているではないか。ならばよい。
奴らの絆が綻びる前に“門”を開いてしまえばいいだけの話だ。そうすれば二体目も必要ない。
万が一にでも失敗したとしたら……この方法自体が間違っていると結論も出るだろう。
もし二体目が必要となれば、それに応じて調整すればよい」
嫌な感じが密度を増す。
二体目の人造魔道師を製造している――つまり、自分は用済み。
“魂”を蒐集する――つまり、あの女の子が犠牲になる。
この施設に『転生体』は二人しかいない。
自分たちがどのような結末を迎えるのか、簡単に察しがつく。
全部悪い夢だと思いたい。
実はベッドで眠っていて、勝手に妄想を膨らませているだけだと信じたい。
(女の子と友達になってくれと頼んだじゃないか)
温かかった手の感触を思い出す。
(ボクの頭を撫でてくれたじゃないか)
これまで生かされてきたのは何故か。
(でも……)
深く息をついて動揺する気持ちを落ち着かせる。
まだ決定的な証拠がない。
カエデがどれだけ酷い奴だとしても、直接「殺す」と宣言されたわけではない。
これまでも何度かカエデのやりかたには反感を抱いていたのに、事ここに至って、№108はカエデを信じようとしていた。
それは人間的な信頼とは程遠い感情だと考えられるだけの精神的余裕は持ち合わせていない。
彼はただたんに一人の子供として、親代わりであり兄のようだった少年から見限られるのを怖れたのだ。
カエデに見限られれば大人たちは揃って№108を廃棄するだろう。
例外などない。
施設において、カエデは絶対の暴君である。
そして現実は、どこまでも冷酷だった。
「あの様子からして、娘も№108に懐いているのは明白だ。ならばもう必要あるまい。
もともと棄てる予定で育てていたのだ。執着もない。
明日は満月だ。“門”を開くには絶好の機会であろう」
「!?」
「なあに、策は二重だ。№108が死亡すれば、ヤツの内包する“魂”は“門”に干渉する。
それだけでは不十分だとしても、あの小娘が自我を失ってくれるなら、連続して“門”に干渉できるのだ。
“原初”に至るのもさして苦労しないだろうよ」
声が出そうになった口を塞いで一歩、よろめきながら下がる。
今度こそすがるものがない、完全な殺害予告だった。
知識としては死を理解していたが、いざ本当に殺されるとわかって、恐怖が心のすべてを支配した。
立ってなどいられない。
力の抜けた膝が床にあたる。
そうして初めて、後悔した。
今まで殺してきた魔術師達もみな、こんなに想像を絶する恐怖の下に死んでいったのだ。自分が殺していたのだ。
なんて罪深い。
自分はどれだけ腐っているのだろう。
自分が生きていたいがために、無闇な殺人を繰り返していたのか。
いまさらになってようやく、後悔した。
胃の底から這いあがる物がある。
猛烈な嘔吐感を何とか堪えて立ちあがる。
まだ吐くわけにはいかない。
ここで音をたてれば、会話を聞いていたとバレてしまう。
そうなれば終わりだ。
見つかった瞬間に処刑される。
何とか耐えなければ……。
声はまだ聞こえていた。
聴覚強化をまだ解いていない。
(もう、聞きたくない)
ふらつきながら魔力を制御しようと試みたが、どうにも上手くいかない。
聞きたくもない声が、会話が、筒抜けている。
とてもその場にはいられず、来た道を戻っていく。
こんな状態で報告などできない。
顔色から表情から、すべてが物語ってしまう。
そう簡単に殺されたくなんてない。
№108は壁を伝いながら、どうにか自室まで帰り、そして倒れた。
次回は12/7
22:00投稿予定です。




